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第18話:面会

 七月二十五日金曜日午後一時過ぎ。俺は愛車のバイク「エリミネーター」の「エリオット」に跨がり、一路、株式会社ピースメーカーの本社ビルに向かっていた。

「エリオット」とは、俺が勝手に付けた愛称だ。俺は愛着のあるものに愛称を付ける癖がある。掃除機の愛称は未だに決まっていない。愛称の第一候補は「サイクロン号」だ。しかし、我が家の掃除機はサイクロン式ではなく紙パック式なのだが……。

 ボスには今朝「久しぶりにツーリングに出かける。帰りは遅くなるかもしれない」と話してある。

 株式会社ピースメーカーの本社ビルは品川にある。俺の自宅からバイクで行くと三十分ほどで着く距離だが、ガルジヤ王国の大使館員と思しきネクタイゴリラ達の尾行を巻くために一時間ほど早く自宅を出た。

 今日のボスからの任務は、キッチンの換気扇の掃除を仰せつかった。キッチンの換気扇には、あらかじめ換気扇フィルターやラップを取り付けて汚れが付きにくくしており、あまり汚れていなかったが、なにぶん初めての作業だったので手間がかかった。それに金曜日はルーチンワークの部屋の掃除も行ったので少々お疲れ気味だ。

 バイクを走らせながら視界に入ってくる空は、今にでも雨が降ってきそうな曇り空。俺の心の中に一抹の不安がよぎる……。

 ネクタイゴリラ達は、外交官ナンバーの黒のミニバンに乗り、俺の後を二台の一般乗用車を挟んでぴったりと付いて来る。

 俺は遠回りとわかっていながら、奴らを巻くためにあえて道幅の狭い道路を選んでバイクを走らせた。

 俺はどんどん道幅の狭い道路にバイクを走らせて行き、最終的に軽乗用車がかろうじて通れそうな狭さの道路に入った。

 バイクのサイドミラーで後方を見ると、ネクタイゴリラ達を乗せた黒のミニバンは、道路に入ることができずに立ち往生していた。ネクタイゴリラの一人がミニバンから降りて、悔しそうな顔をしながら俺を見つめていた。

「へっ、ちょろいぜ!」

 俺は独りごちるとバイクのスピードを早めて先を急いだ。




 午後二時半過ぎ。目的地の株式会社ピースメーカーの本社ビルに辿り着いた。

 バイクを専用駐車場に駐輪した後、正面入口からビルの中へ入り、受付の受付嬢に虎之介を呼びだしてもらうように告げた。

「剣崎はすぐ来られるそうです。ソファにお座りになってお待ちください」

「はい、わかりました」

 俺は受付嬢に言われた通りソファに座って虎之介が来るのを待った。

 それにしても受付嬢のお姉ちゃんがかわいい。警備会社の社員だからああ見えても空手か柔道の有段者なのだろうか? もし柔道の有段者なら寝技に持ち込まれてみたい……。

 しばしの間いやらしい妄想にふけっていたら、四基あるエレベーターの一基のドアが開き、中から虎之介が姿を現した。俺はソファから立ち上がり虎之介の方に近づいていった。

「竜作、意外と早く着いたな。ちゃんと尾行は巻いて来れたのか?」

「へっ、ネクタイゴリラ達が乗る車を巻くことなんて余裕だっつうの!」

「『ネクタイゴリラ』か。相変わらず面白い名前を付けるのが好きだな」

「ああ、今は掃除機の愛称を考え中だ。そんなことより雄一さんは既に来ているのか?」

「いや、まだだ。前の会議が長引いてしまって到着は三時過ぎになりそうだと先ほど連絡が入った」

「そうか」

「尾行を巻くのに疲れただろう。会議室でコーヒーでも飲みながら平沼社長の到着を待とうや」

「ああ、それにしても小腹が空いた。何かおやつ出してくれない?」

「そう言うと思ってケーキを買ってあるよ」

「おう、やったね! さすが元相棒!」

「ただし、ケーキは面会が始まるまでおあずけだ」

「えーっ! 今すぐ食わせろ!」

「駄々をこねるな。それじゃ会議室に行くぞ」

「ああ、わかったよ……」




 虎之介と俺はエレベーターでビルの地下四階に降りた。

 カード認証、指紋認証、網膜認証と、三重のセキュリティゲートを通って向かった先にあったのは、「第零会議室」というプレートの付いた会議室だった。

「この会議室の存在はうちの会社の中でも社長と一部の幹部達しか知らねえ」

「へー、幹部でもない虎之介がなんで使用を許されているんだ?」

「表向きの肩書きは警備主任だが、実は俺って影の幹部なんだ」

「何だか昔の学園漫画に出てくる裏番長みたいだな」

「まぁそんなところだ」

 第零会議室に入ると虎之介は、すぐさま備え付けの内線電話でどこかの部署に電話をかけた。

「もしもし、剣崎だ。第零会議室にコーヒーを二つ持って来てくれ」

 虎之介がどこかの部署にコーヒーを二杯持って来るように頼んでからおよそ五分後、会議室のドアがノックされ、物静かな雰囲気を醸し出した銀縁眼鏡をかけた小柄な女性社員がコーヒーを持って会議室に入って来た。

「……、お待たせしました。コーヒーをお持ちしました……」

「おう! ありがとう、キャサリン!」

 虎之介はコーヒーを持って来てくれた女性社員に気軽に感謝の言葉を述べた。

「……、剣崎主任、(わたくし)をその名前で呼ぶのはお止めください……」

「おう、すまない、住崎(すみざき)。ありがとう」

「……、それでは失礼いたします……」

 住崎さんと言う女性社員は静かに会議室から出て行った。

「……、物静かな女性だな」

「住崎のことか? あいつは常に冷静沈着だ。俺の秘書をやっている」

「警備主任のお前に秘書がついているのか?」

「さっき言っただろ。俺は影の幹部だって」

「そっか、幹部には秘書がつくのか」

「ああ、俺にはもったいないくらいの優秀な秘書だよ」

「へー、そうなんだ」

 俺は虎之介のことを羨ましく思った。




 雄一さんの到着を待っている間に虎之介と俺は、コーヒーを飲みながら俺とボスに張り付いているネクタイゴリラ達の尾行パターンについて知り得た情報を交換した。

 自宅付近で俺に張り付いてるネクタイゴリラ達の尾行タイムは、俺の調べ上げた通り朝の六時から深夜二時までだった。やはり二十四時間ずっとは見張っていなかった。虎之介の調べによると、ネクタイゴリラ達は交代はせずにいつも同じ奴が張り付いているとのことだった。

 ボスに張り付いてるネクタイゴリラ達は、俺に張り付いてるのと同様に三人。尾行パターンは平日は自宅を出発後、自宅最寄り駅から尾行を始め、会社でボスが仕事をしている間は近くのカフェでじっと待機。帰宅時はまた自宅最寄り駅までずっと近くで見張っているそうだ。

「まったくうざったい奴らだ。虎之介、どうにかならないかね?」

「大使館員となると下手に手出しはできねえ。下手に手を出したら最悪の場合、国際問題にまで発展しちまうおそれがある……」

「そっか、やっぱりそうだよな……」

 虎之介と俺が考えあぐねていると、虎之介の携帯電話に着信があった。虎之介はすかさず電話に出た。壁掛け時計を見ると時計の針は三時十分を過ぎていた。

「もしもし、剣崎です。……、ああ、わかった。今すぐお迎えに上がる」

 虎之介は携帯電話を切ると、すぐにまた内線電話でどこかの部署に電話をかけた。

「もしもし、剣崎だ。第零会議室にコーヒー三つとケーキを三つ持って来てくれ」

 虎之介はそう告げると素早く電話を切った。

「雄一さんが到着したのか?」

「ああ、今迎えに行ってくる。竜作はここで待っててくれ」

 そう言うと虎之介は急いで会議室から出て行った。




 およそ十分後、虎之介は雄一さんを連れて会議室に戻って来た。虎之介が戻って来る間に先ほどの住崎さんと言う女性社員が、コーヒー三杯とショートケーキ三つを持って来てくれた。

「遅れてすまない。久しぶりだね、竜作君」

 俺は椅子から立ち上がり雄一さんに対しておじぎをした。

「お久しぶりです、雄一さん。あなたに聞きたいことがたくさんある。知っていることを全部教えてくれるまで今日は帰しませんよ!」

「落ち着け、竜作君。今日これからの予定は全てキャンセルしてある。甘いものでも食べながらゆっくり話そう」

「毎日変な奴らに付きまとわれて落ち着かないし、今は小腹が空いてちょっと(いら)ついてる。決して話をはぐらかさないでくださいね!」

「ああ、わかった。まずは甘いものを食べてリラックスしよう」

 雄一さんと虎之介と俺は、それぞれ椅子に座るとゆっくりとショートケーキを食べ始めた。

 ……、このショートケーキ美味い。さっきまでの苛つきが徐々に消えていく……。

「剣崎君、このショートケーキ美味しいね」

 雄一さんも俺と同意見だったようだ。

「はい、高級なショートケーキを買い求めました」

「ほう。そのお店の場所、あとで教えてね」

「はい、かしこまりました」

 平沼雄一という人物は飄々(ひょうひょう)とした雰囲気を醸し出す。それでいて会社の経営手腕には定評がある優れた人物だ。

「虎之介、ここ禁煙室?」

 ショートケーキを食べてコーヒーを飲んだらたばこが吸いたくなってきた。俺は虎之介に尋ねた。

「いや、吸っていいよ」

「それじゃ私も……」

 三人、ほぼ同時にたばこを吸い始める。三人とも同じ銘柄、セブンスターを吸っている。

 しばしの間会議室の中は三人のたばこを吸って吐く音だけが繰り返されていた。

 雄一さんはたばこを吸い終え、吸い殻を灰皿の中でもみ消した。




「……、それでは父から伝え聞いたこと、私の知っている全てのことを包み隠さずに話すよ……」




 しばらくの沈黙が続いた後、雄一さんが重い口を開いた……。

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