第17話:ボス 竹田恭子(たけだきょうこ)の素顔
ボスは日本人の父とインド人の母から生まれたハーフだ。
ボスはぱっと見では日本人には見られない容姿をしている。
ボスの瞳は薄いブラウンの瞳で、顔はインド人の一般女性特有の、くっきりとした目鼻立ちをしている。ショートボブの髪型と小麦色の肌が健康的な印象を感じさせる。
ボス曰く、「私はお母さんの遺伝子が色濃く反映されたの」と言っていた。俺もそう思う。ボスの親父さんとボスとは顔があまり似ていない。
ボスと俺との最初の出会いは、俺が通っていた「静動流空手道」の空手道場だった。
ボスは護身術として空手を習いたいという目的で入門してきた。
俺の通っていた空手道場の門下生は、小学生や中学生がほとんどを占めており、高校生や大人の門下生は七名ほどしかいなかった。
ボスが入門してきた頃、俺は三段に昇段しており、道場主の先生から白帯の人達の指導を任されていた。要は師範代のような役をやっていた。
ボスが入門した時は白帯を巻いた者はボスしかおらず、俺がマンツーマンの指導をしていた。
ボスは熱心に練習に励んだ。練習時間が終わっても自主的に居残り練習を行い、俺はその居残り練習にいつも付き合わされていた。
居残り練習が終わるとボスと俺は、駅まで一緒に歩いて帰った。時には駅前の喫茶店で空手の話をしながらコーヒーや紅茶を飲んだ。そんなことを繰り返しているうちにボスと俺はどちらからともなく自然と付き合い始めた。これがボスと俺との馴れ初めだ。
ボスは、入門当初こそ突きや蹴りがぎこちなかったが、徐々にコツを掴むとメキメキと上達していき、気がつけば二年で二段の段位を取得していた。
ボスは基本的に普段は穏やかで、いつも機嫌が良さそうだが怒ると怖い。ひとたび怒ると手加減なしの正拳突きが繰り出される……。そんな時俺は、反撃せずにただただ防御に徹するのみ。ボスの正拳突きは、俺の手から肘までの前腕部に青アザができるほどの強さだ。
午後七時半過ぎ。ボスが会社から帰って来た。
「ただいま! ああ、もうムカつく~!」
「恭子、おかえり。どうしたの? 会社で嫌なことでもあったの?」
「ちょっと聞いてよ、竜作! 帰りの電車で痴漢にお尻触られちゃったの!」
「えっ! マジで?」
ボスはグラマラスなナイスボディの持ち主だ。痴漢が触りたくなるのもわかる気がする。
「それでその痴漢どうしたの?」
「私のお尻を触ってた左手を掴みあげてからすかさず顔面に正拳突きを入れてやったわ! 久しぶりの正拳突きで拳が痛いわよ、まったく……」
「拳に湿布でも貼っておいたら? 腫れが引くよ」
「手加減して突いたから腫れるほどではないわ」
「そっか、それはよかった。でもそんな時こそ俺のあげた防犯ブザーを使わなきゃ」
「そうね。ついカッとなって防犯ブザーを鞄に付けているのを忘れてたわ」
「これあげる。恭子のためにもう一つ防犯ブザーを買ったんだ。これはプライベート用の鞄に付けて」
俺は先日追加でもう一つ購入したココデースをボスに手渡した。
「わぁ、ありがとう! へー、これもなかなかかわいいわね! 早速鞄につけるわ!」
「ああ、そうしてくれ」
二つのココデースのおかげで平日と休日のボスの位置情報が把握できる。念には念を入れておくべきだ。
「竜作、今日はカレーかハヤシライス作ってないの?」
「今日は作ってない。恭子の帰りを腹を空かせて待ってた」
「私、今日夕食作る気力ないな。これから駅前のファミレスに食べに行こうよ!」
「えっ、いいけど……」
「ん? 竜作は行きたくないの?」
「いや、行く行く! 早く着替えておいで!」
「うん!」
ボスが着替えるとボスと俺は早速駅前のファミレスに向かった。久しぶりの外食だ。ネクタイゴリラ達がボスと俺の周りに張り付き始めてからは今夜が初めての夜間の外出だ。
虎之介と再会した日から今日までの間に、俺はネクタイゴリラ達の尾行パターンを分かる範囲で調べあげた。
奴らは、朝の六時から深夜二時まで俺に張り付いてるみたいだ。どうやら二十四時間見張っているわけじゃないらしい。
駅前のファミレスに向かっている今も奴らは距離を置いて付いて来ている……。
駅前のファミレスに入るとすぐに店員が入口にやって来た。
「いらっしゃいませ。『トミーズキッチン』へようこそ! 禁煙席と喫煙席、どちらになさいますか?」
「禁煙席でお願いします」
俺は店員に告げた。ボスと外食する時は禁煙席を選ぶようにしている。ボスとの外食時の喫煙は極力我慢している。
「かしこまりました。お席にご案内致します」
店員さんに案内されてボスと俺はテーブルについた。
「恭子、いつものでいいかな?」
「うん!」
ボスと俺はメニューを見ずに呼び出しボタンを押した。このファミレスで食べる料理はほぼ一つに決まっている。
俺達のもとへすぐさま店員が注文を聞きに来た。
「ジューシーハンバーグを二つ、二つともライス大盛りで。それとドリンクバーを二つ」
俺は店員に注文した。
ボスと俺の共通の好みの一つ。ボスと俺はハンバーグが大好物だ。
「はい、かしこまりました! 少々お待ちくださいませ!」
俺達のもとへ注文を聞きに来た店員は元気の良い女性店員だった。
料理が来るまでの間ボスと俺は、コーヒーを飲みながら久しぶりに空手の話で花を咲かせていた。
「お待たせしました。ジューシーハンバーグです!」
テーブルについて注文してから待つことおよそ十五分。ジューシーハンバーグがテーブルに届くとボスと俺は、「いただきます」の挨拶をしてすぐさま食べ始めた。
ボスと俺は黙々と食べ進めた。
「相変わらずここのジューシーハンバーグは美味しいわね!」
ボスが食べながら俺に言った。
「そうだな、美味いな」
俺も食べながらボスの感想に同意した。
ボスと俺は大好物のハンバーグを食べ終えるとコーヒーを飲んで一息ついた。
「ねぇ、竜作。たまにはストレス発散に河川敷か市の体育館を借りて組手でもやらない?」
「そうだな、たまにはストレス発散にやるのもいいかもな」
「今度やりに行こうよ!」
「ああ、でも手加減してくれよ。恭子はすぐ本気になるから……」
「あら、竜作が相手だもの、本気を出さなきゃケガしちゃうわ!」
「いつも手加減してたじゃないか」
「そうかしら? 私との組手の時、結構本気になってた感じがしたわ」
「そうかな?」
「そうよ」
こうしてボスと空手の話をしていると付き合い始めた頃を思い出す。ボスを愛する気持ちは今も昔も変わらない。いや、昔よりも深く愛している……。
俺はほんのひと時だけネクタイゴリラ達の存在を忘れてボスとの会話を楽しんだ。




