第15話:金型職人 岩田玄三(いわたげんぞう)の再就職
虎之介との再会の日から一週間が過ぎた。
あの日以来、毎日虎之介がくれた名刺の裏に書かれた奴の携帯電話に電話をかけ、ボスの安否を確認し、自室のデスクトップパソコンでボスに渡したココデースの位置情報をモニタリングすることが日課になった。
虎之介と虎之介の部下達が、俺達夫婦に張り付いている奴らの正体について調べているが、依然として正体はつかめずにいた。
それにしても俺を護衛してくれている虎之介の部下達は、俺の生活圏にうまくとけ込んでいる。誰が俺を護衛してくれているのか全くわからない。
あの日以来、俺は努めていつもの生活パターンで生活した。今日は午前中に洗濯を済ませて昼飯を食い昼過ぎに外出し、ハローワークに行く途中の公園でベンチに腰掛け第三のビールを飲んでいた。
いや~、平日の昼間から飲む酒は最高だ! 羨ましいだろう、「ネクタイゴリラ」。
俺は黒スーツにサングラスをかけた奴らのことを「ネクタイゴリラ」と呼ぶことにした。黒スーツに毎日同じネクタイのゴツい奴ら。我ながらナイスなネーミングセンスだと思う。
俺は二本目の第三のビールを飲み始めた。ネクタイゴリラの生唾を飲む音が聞こえてきそうだ。
今年の夏も例年通り暑い。セミの鳴き声が暑さをより一層体感させる。
二本目の第三のビールを飲み終えると、余った第三のビールが二本入ったレジ袋を左手にぶら下げ、飲み終わった空き缶を公園のゴミ箱に捨てた後ハローワークに向かった。
平和玩具の平沼雄一社長の根回しにより俺の再就職が妨害されているとは言え、俺はハローワークでの求人探しを止めなかった。
ハローワークに着くと玄さんが入口の階段に腰掛け笑顔で待ち構えていた。
「おう、竜ちゃん。待ってたよ!」
「こんにちは、玄さん。今日は機嫌良さそうだね。良い仕事見つかった?」
「おう、良いのが見つかったよ! ダメ元でハローワークの職員さんに勧められた金型加工会社の工場長補佐の求人に応募したら、なんと書類審査が受かったよ!」
「へー、それは良かったじゃない! それじゃお祝いしなくちゃ!」
「お祝いはまだ早いよ。明後日の面接をクリアしなくちゃぬか喜びになっちまうよ」
「まあまあ、そう言わずに。面接前の景気づけだよ!」
俺はレジ袋から第三のビールを一本取り出して玄さんに手渡した。
「あんまり冷えてないけど、これ俺からのお祝い!」
「おう、竜ちゃん悪いね。ありがとう!」
俺はレジ袋からもう一本の第三のビールを取り出し、今日三本目の第三のビールのプルタブを開けた。
「それじゃ、玄さんの再就職を祈って乾杯!」
「竜ちゃん、ありがとう。乾杯!」
玄さんと俺はハローワークの入口で第三のビールを飲み始めた。
「ところで玄さん、その金型加工会社ってどんな会社?」
「おう、よくぞ聞いてくれた! 聞いて驚け、大手電気機器メーカーの下請けの金型加工会社だ!」
「へー、そんな会社の工場長補佐かぁ。そんな良い職を逃す手はないね」
「おう、嫁さんと子供のためにも面接頑張るつもりだよ!」
「うん、玄さん頑張ってね!」
「おう!」
玄さんと俺はもう一度乾杯した。
「そういやぁこの金型加工会社、竜ちゃんが前に勤めていた平和玩具の金型の下請けもやってるぞ」
「えっ? へー、そうなんだ……」
しばらくの間、玄さんと俺の会話は途切れた。玄さんと俺は黙々と第三のビールを飲み進めた。
もしかして玄さんの再就職に平和玩具株式会社が絡んでいるのか? 俺に関わりあいを持つ者との接触の機会を減らすためか? 俺の周りはそれだけ危ないってことなのか?
「おい、竜ちゃん、さっきから浮かない顔してるけどどうした?」
会話を再開させたのは玄さんの方からだった。どうやら内心の不安が顔に出てしまったようだ……。
「ううん、なんでもないよ。それよりも玄さん、明後日の面接絶対に受かるよ!」
俺はにわかに顔に笑顔を作って玄さんを励ました。
「えっ、そうかい? 竜ちゃんにそう言われると何だか自信が湧いてくるよ!」
「うん、大丈夫だよ。きっと大丈夫!」
多分俺の予想に間違いない。玄さんの再就職には平和玩具株式会社が絡んでる……。
「いや~、ハローワークの入口で竜ちゃんを待っていた甲斐があったよ。毎日のように俺に声をかけてくれる竜ちゃんにも報告したかったんだよ」
「玄さん……」
「俺の再就職が決まったら本物のビールを飲みに行こうや」
「そうだね、玄さん。約束だよ」
「ああ、約束だ。その時は割り勘で頼むわ」
「えっ、玄さんの再就職のお祝いだよ? 俺に奢らせてくれよ」
「お互い嫁さんからの小遣い制だろ? 割り勘にしようや」
「そ、そうだね。それじゃ割り勘で」
「おう。それでは、男、岩田玄三、明後日の面接頑張って参ります!」
「うん、玄さん頑張ってね!」
「おう。それじゃ俺帰るわ。竜ちゃん、ビールご馳走さん」
「じゃあね、玄さん」
玄さんから飲み終えた第三のビールの空き缶を受け取ると、俺の飲み終えた空き缶とともに空のレジ袋に入れた。
玄さんが帰っていった後、俺はハローワークの入口でたばこを吹かした。
「いっちょ、聞きに行ってみるか……」
俺はことの真相を知っていると思われる人物、平和玩具株式会社社長、平沼雄一氏に直接聞きに行くことに決めた。




