プロローグ
「竜作、あなたずっと家にいるのなら専業主夫やってよ!」
結婚して五年、我が家のボス|(俺は陰で妻のことを『ボス』と呼んでいる)からの突然の提案だった。
昨年末に雇用されていた会社からリストラされ現在無職の俺に対する提案。
これまでの間、転職活動をしていなかったわけじゃない。
これまでの戦績は十九連敗、全て書類選考の段階で落とされた。
今日あいにくにも二十連敗目の不採用通知が届き、業を煮やしたボスがとうとう最後の切り札を出したわけだ。
これまで夫婦共働きだったが正直言ってボスの方が稼ぎが良い。
無職の手前、俺に異論を挟む余地は無かった。
実は俺が専業主夫になることは、昨年末に雇用されていた会社からリストラされる時点で決まっていた。
俺が勤めていた会社はボスの伯父が社長を務めている玩具会社だった。
ボスの伯父の平沼武雄はボスのことを溺愛していた。
平沼武雄社長は末期の肺癌を患い病床に伏せていた。
そんな折に社長の長男で副社長の雄一氏と、次男で専務取締役の雄二氏と俺の三人が病室に呼ばれた。
社長はか細い声で俺達に遺言を残した。
「雄一、私の亡き後の社長はお前に任せる。好きなようにやれ!」
「はい、お父さん!」
「雄二、お前には副社長とお客様相談室長を兼任してもらう。この意味はわかるな?」
「はい、お父さん、必ずお客様へご安心を提供します」
「最後に竜作君、恭子はあんたにべた惚れだ。恭子のことをよろしく頼む」
「はい、必ず恭子さんとの幸せな生活をお約束します」
「それを聞いて安心したよ。しかし君には申し訳ないが君は今日付けでクビだ」
「えっ、社、社長、それは一体どうしてですか?」
「君には恭子のことを二十四時間体制で守ってもらいたい。恭子に幸せな生活を送らせることが、私の弟、恭子の父親と約束した最優先事項なんだよ。今はわからないかもしれないが、おいおいわかってくるはずだ。恭子を守れるのは君しかいない。いっそ専業主夫になるといい。どうかよろしく頼む」
「は、はい……」
ボスの知らない間でそんな約束事が取り交わされていたのだ。
それから数日後、社長は静かに息を引き取った。
社長が俺に残した遺言の真意はわからない。
しかし、社長と取り交わした約束通りに俺は専業主夫になることになった。
俺は表面上ボスの提案を受け入れる形で専業主夫になり、俺の生活は次の日から一変した。