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異世界就職

作者: 夜 錬生

 1


 朝、散らかったワンルームマンションの一室で中肉中背、大人しい髪型の薄羽うすば ゆずるがTシャツにボクサーパンツの姿でテーブルの上のスマートフォンを見ながら、牛乳のかかったシリアルを食べている。

 「まじかこれ」

 大学生活の4年間と卒業してからの数ヶ月ほどの一人暮らしで、すっかり独り言の多くなったゆずるがつぶやいた。

 譲はスマートフォンの”爆弾魔ベンジー・エゼル失踪”の記事をスクロールし、次の記事”冒険家タイラー・バレット、異世界から生還”の見出しに目を奪われ真剣に読み出す。世界では謎のゲートがあちこちに出現するようになって数年たつ。今まで、調査隊や物好き、偶然の事故などで多数の人がゲートの中に入って行ったが誰も帰ってはこなかった。それがついに現れたこと、ゲートの中で身につけた超能力を使って元の世界に戻って来たことを記事は伝えていた。添付された画像には生還者である冒険野郎といった雰囲気の屈強そうな白人男性が笑顔で写っている。

 その記事に夢中になってスマートフォンを覗き込んでいた譲が「やばい。時間ない」とシリアルを慌てて掻き込んだ。


2


 ハンバーガーショップの中、厨房で譲が忙しく働いている。作り終わったハンバーガーをカゴに入れる。

 「お願いします」

 譲が差し出す。

 「はい」

とレジに立っていた2人の女子のうち長い髪を後ろで束ねた子が、トレイに作り終えたハンバーガーを乗せてレジを出る。

残ったショートカットの子が譲に近づく。

 「やっと、お客さんが落ち着きましたね」

 「ほんとに」

 譲が厨房のステンレスの台に手をついて一息いれる。

 長い髪の子が戻って来て会話に参加する。

 「今日の中島さんと和田さんの送別会、薄羽さんも来るんですか?」

 「うん、行くよ」

 気まずそうな顔をして譲が返事をする。

 お客さんが店を出ようとするの見た女子2人が「ありがとうございました」と声を揃えて言う。


 居酒屋の中、ハンバーガーショップアルバイトの若者たちが多数集まって騒いでいる。譲はテーブルの一番はしっこで独りスマートフォンをいじっている。

 「中島さん、和田さん、就職おめでとうございます。そしてお疲れ様でした」

 幹事らしき男がそう言うと、みんなが一斉に乾杯する。

 「あれ、そいえば譲さんって就職してないの?」

 「ちょっと、まずいって」

 譲の斜めの席の女子2人が一瞬気まずい顔をするが、すぐに誤魔化すように笑顔で別の会話をする。

 それに気付いた譲が席を立つ。

 「トイレ行ってくる」


 夜、人気のない住宅街を独り酔っぱらった譲がうつむいて歩く。

 「あーあ」

 と先ほどの飲み会の事、就職の失敗の事を考え両手で頭を抱え込む。

 その時、通りかかった公園の中で何かが一瞬強い光を放つ。

 譲が光の方へ顔を向けると、そこには何もない空間にポッカリと人ひとりが通れるほどの大きさの光る楕円が出現していた。

 光る楕円の前に譲が歩いて行く。

 「これって例のゲート?」

 あたりを見回すが他に人はいない。立ったまま少し考えこむ譲。

 「行っちゃうか」

 さっと譲が光の中へ飛び込む。


3


 小鳥の鳴き声と頭に当たる木洩れ日で、うつ伏せになり意識を失っていた譲が目を覚ました。四つん這いになって地面を見つめ、そして顔を上げて立ち上がる。

 そこは深い森の中だった。あたりを見回し、途方にくれる譲の耳に犬の遠吠えに似た声が聞こえる。その声がする方向を見ると、二十メートルほど先の木々の隙間から軽自動車ほどはある巨大な狼が譲を睨んでいた。

「え!」

 パニックになる譲を目指して巨大な狼が走り出す。

 譲は慌てて逃げ出すが、すぐに木の根に足をとられて激しく転がる。地面でもがき仰向けで後ろを見る譲に狼が飛びかかる。恐怖にかられた譲がなんとか腕で顔をかばう姿勢をとり目を閉じる。

 目を閉じたままの譲に狼の息遣いが聞こえる。しかし、不思議にも体には痛みも感じない。恐る恐る目を開けると譲の真上に狼の頭がある。びっくりして仰向けのまま上体をあげると、狼の右前足が自分の体を貫通して地面に到達している。譲が混乱したまま横に転がり立ち上がる。

 狼は鼻をヒクヒクさせ譲に全く気付いていない。

 それを見た譲がすぐ横に立つ木に寄りかかろうと手を伸ばすが、手は木をまるで何もないかのように通り抜けてしまう。譲が自分の両手、それから体をまじまじとみる。

 「どうなってるんだ、俺」

 それはまるで幽霊のように半透明になっていた。

 その場にさらに二匹の巨大狼が駆けつける。それを見て逃げ出そうとする譲だが、最後に現れた狼の背に人が乗っているのを見て立ち止まる。それは黒い髪のショートボブの少女だった。

 その女の子が首を撫でると、狼は従順な犬のように地面に伏せる。地面に降り立った少女に最初に譲を追って来た狼が近づき、お互いのおでこを擦り合わす。

 「そっか」

 と少女がうんうんと頭を振る。

 「帰ろう」

 黒髪の少女は狼達に声をかけるとその背にまたがり、来た道を引き返して行った。

 気が抜けた譲がそばに座り込むと幽体状態が解除される。

 木の根元に背中をもたれ体育すわりで休む譲。

 「さっきの子、やっぱ気になるな」

 譲が自分の手のひらを見ながら意識を集中すると、体が半透明に変わる。能力を解除して拳を握り、うんと頷くと立ち上がり黒髪の少女と巨大狼が去って行った方角へ歩き出す。


 夕暮れ、譲が森の中で急な坂を登って歩いている。疲れた顔、荒い息で小高い丘の上にたどり着き、森を見下ろす。

 下方の森の中、焚き火の煙が登っている。それを目にした譲の顔に生気が戻る。

 「よし」と譲が体を幽体化にさせ、煙の出所へ空中を飛んで行く。


 焚き火の側、リラックスしてうずくまる巨大狼に包まれるように黒髪の少女が座っている。周りには他の二匹も休んでいる。そこに幽霊状態の譲がすっと降りたつ。譲が黒髪の少女に声をかけたそうに手を伸ばすが巨大狼に目が行き躊躇する。

 「暗くなる前に水浴びしてくるから待っててね」

 黒髪の少女が立ち上がる。

 それを聞いてガッツポーズをして譲が幽霊状態のまま後をつける。


 森の中の澄んだ泉、黒髪の少女が服を脱ぎ出す。譲がそれを見て慌てふためくき声をかけるが黒髪の少女は気がつかない。黒髪の少女が完全に裸になり、色白の豊満な後ろ姿を晒す。譲が能力を解除して姿を表す。

 「あの、ちょっといいですか」

 譲が目を手で半分隠しながら声をかける。

 「きゃーーーー」

 黒髪の少女が振り返り譲を見て叫ぶ。

 「い、いや、違うんです」

 譲は振り返ったことにより見ることのできた黒髪の少女の白い巨乳にクギ付けになりながら、しどろもどろに弁解しようとする。

 その時、後ろから猛然と駆けつけた巨大狼が譲の首に鋭い牙をたてようとする。動転した譲は幽霊化する暇もなく恐怖に固まる。

 「待て!」

 譲の首が噛み砕かれる寸前に、黒髪の少女が左手で胸を隠しながら右手を前突き出し、恥ずかしさに赤くなりながら巨大狼を制止した。


 夜、焚き火を挟んで譲と服を着た黒髪の少女が向かい合う。黒髪の少女の隣に白い巨大狼が、譲を挟むようにして黒い巨大狼と灰色の巨大狼が三匹とも譲を威嚇するように唸っている。

 「シロ、クロ、ポチ静かに」

 黒髪の少女にたしなめられると、白いのがシロ、黒いのがクロ、灰色のがポチと安直に名付けられた巨大狼がしゅんと大人しくなる。

 「私は山花やまはな 優衣ゆい、19歳。あなたは?さっきはどうやったの?」

 と優衣ゆいと名乗った少女が問う。

 「俺は薄羽 譲、23歳。あれは、こっちに来てから幽霊みたい消えれるようになったんだ。狼に追われてもうダメだって時に」

 それを聞いて優衣が泣きそうな顔をして手を合わせる。

 「ごめんなさい。ポチに私と同じ生物がいるって言われて。こわったよね」

 「こっちこそゴメン」

 譲が頭を下げる。

 裸を見られたことを思い出してたのか、優衣が赤い顔で伏し目がちになる。

 ”許してあげる”

 と優衣の声が直接に譲の頭に響く。

 譲が驚いて優衣を見る。

 ”テレパシーっていうのかな。これで離れてても、それに動物とも話せるんだ。元の世界までは届かないけどね”

 続けて譲の頭の中で優衣の声がなる。

 「やっぱりこっちにくるとみんな超能力が使えるようになるのかもね」

 譲が前に見た記事を思い出す。

 「こっちのこと何か知ってるの?」

 真剣な顔をして優衣が問いただす。

 「元の世界に戻った人がネットのニュースで言ってたんだ。向こうで身につけた能力で帰って来たって」

 「帰れるの?その人の顔見た?」

 優衣が大きな声を出すと焚き火を回り込み、譲の側に肩に両手を置く。

 「思い出して」

 と強く言い優衣がまるでキスをする時のように目を閉じて譲に顔を近づける。

 譲がドギマギしながら目を閉じて読んだ記事の中の写真を思い出そうと必死になる。少しの間、二人のひたいが触れ合う。

 優衣が譲から離れ目を開ける。

 「タイラー・バレット」

 優衣が譲の頭の中か読み取った人物の名前をつぶやく。

 「この人に会えば帰れる」

 もう一度目を閉じて集中する優衣。数分が過ぎて、落胆した顔で目を開ける。

 「こっちにはいないみたい」

 優衣の目が涙で潤んでいる。

 「また、そのうち戻ってくるんじゃないかな」

 譲がそう言って優衣を慰める。

 狼たちも鼻を鳴らして優衣を慰めているよだ。優衣が笑顔を作り灰色の狼ポチの胸に顔を埋める。


4


 夜明けの森、遠くで何かが爆発したような音が響く。それを聞いて、譲が目を覚ます。狼たちも顔を上げ周囲を警戒しているが、優衣は全く気づく様子もなく、シロのお腹のふわふわの毛にうずくまって気持ち良さそうに眠っている。

 森に静けさが戻ると、譲が消えた焚き火を見て寒さで震える。譲が自分も毛にうずくまろうかとクロに近づくが、警戒したクロと目が合う、諦め首を振って考え直すと泉に向かって歩きだす。

 譲が泉で顔を洗っていると、クロが隣にやって来て水を飲む。譲が怯えながらクロに顔を向けるが、襲ってくる様子はない。どうやら譲を仲間と認めたようだ。

 譲とクロが並んで戻ると優衣とシロ、ポチも起きていた。

 シロが優衣に何か訴るように唸る。

 「狩に行こうって」と優衣が笑顔で譲に声をかける。

 「狩?」状況を飲み込めない譲をよそに、優衣は鼻歌まじりにリュックを背負うとシロにまたがる。

 「クロお願い」

 優衣に言われ渋々という感じにクロが譲の横に来て乗れと身振りで示す。


 森の中、木の間を縫うようにしてポチとクロが駆け抜ける。その前方に巨大狼に負けないくらい大きなイノシシが必死に逃げている。

 「うわああ」

 クロの背に乗る譲がジェットコースターに乗っているように絶叫する。

 クロがイノシシに追いつき、その首に噛み付いて倒しこむ。その勢いで譲がポチの背から吹っ飛ぶが、すぐに幽体化して難を逃れる。

 仕留めたイノシシのそばに三匹と優衣が集まる。そこに空中から譲が降り立つ。優衣は背負っていたリュックから包丁を取り出し、慣れた手つきで肉を捌く。二人分の肉を取り分けビニール袋に入れると、三匹がイノシシかぶりつく。

 「今日はバーベキューだよ」

 優衣がビニール袋を誇らしげに持ち上げる。


 薪の火で直接炙られるバーベキューコンロの上、優衣が肉を乗せていく。

 「川でバーベキューしてて、帰ろうとしたら光が目の前に。びっくりして転んじゃって、気がついたらこっちの世界に居たんだ」

 と優衣が肉をひっくり返しながら、寂しそうな表情でいう。

 譲が箸を持ったまま優衣を見て固まる。

 「そこもう焼けてるよ。早く食べて」

 優衣が譲を急かす。

 「そのおかげで美味い肉を食べられる」

 譲が肉を頬張る。

 優衣が笑顔を作った。


 譲が川で洗ったコンロを持って優衣と三匹の元に戻ると、優衣が目を閉じ集中していた。譲がコンロを片付け、優衣の前に座る。優衣が勢いよく目を開けて、立ち上がる。

 「繋がったよタイラーさんに!」


5


 森の中の一部にポッカリと巨大なクレーターができている。そのクレーターの側、譲が記事で見た帰還した男タイラーが手足を結束バンドで留められ、さらに鎖で木の根元に縛り付けられて座っている。アウトドア慣れした服装をして、体格の良い体のあちこちに傷を負っている。あたりに他に人はいない。

 ”タイラーさん、聞こえますか”

 タイラーの頭に直接に優衣の声が響く。

 ”ああ、聞こえる。誰だ”

 ”私は花木優衣といいます。元の世界に帰りたいんです。タイラーさん力を貸してください”

 ”君もか”

 頭の中に響く優衣の声にタイラーが苦笑ながら続ける。

 ”このままでは君を助けることはできなさそうだ。私は今、危険な男に捕まっている。君は知っているかい。大量殺人犯、爆弾魔のベンジー・エゼルだ”

 ”えっ”

 困惑する優衣。

 ”エゼルはこっちで身につけた爆弾能力を使ってもっとたくさんの人を殺すつもりだ。奴を野放しにはできない。どうだろう君が私を助けて、二人でエゼルをとっちめる。それから帰ろうじゃないか”

 ”はい。でも私一人じゃありません。こっちには一人と大きな狼三匹の仲間がいます”

 ”狼? 君は巨大狼の住む森にいるのかい? よし、そこから五十kmほど北へ向かってくれ。エゼルが爆弾で作った大きなクレーターがある。そこを目指せ”

 タイラーの方へ黒い長髪垂らしてジーンズと革ジャン着た長身痩躯の男が近づく。

 ”エゼルが戻って来た”

 タイラーがエゼルを見上げる。その視界の映像を優衣が共有する。エゼルがタイラーの顎を蹴り込む。優衣が共有する映像がプツッと暗く途切れる。


6


 夜、森の中を暗闇を物ともせず三匹の巨大狼が疾走する。シロの背には優衣がクロの背には譲が乗っている。譲が幽体化して木の上さらに高く上がり、先を確認する。譲の目線の先に森の中、クレーターが見える。

 「もう近い。慎重に進もう」

 クロの背に戻った譲が声をかける。

 優衣が頷くと三匹が速度を落とす。


 クレーターから少し離れた所で二人と三匹が、焚き火に照らされるタイラーとエゼルを見つける。

 「俺が消えて助けに行く。エゼルをテレパシーで引き離してくれないかな」

 譲が緊張し、震えた声をなんとか絞り出す。

 「うん。やってみる」

 優衣が力強く応える。

 怯えた表情の譲が幽体化し、タイラーに向かって飛んで行く。


 幽体化した譲が二人の元にたどりつく。

 「早くゲートを出せ」

 エゼルが木の根元で幹に縛り付けられ手足を結束バンドで留められたタイラーを怒鳴りつけ殴る。エゼルにやられたであろう傷で弱っているタイラーが何も答えずに血の混じった唾を地面に向かって吐き出す。

 ”あの誰かいますか?”

 エゼルの頭に優衣の声が響く。

 「誰だ!」

 エゼルがあたりを見回して叫ぶ。

 ”近くからテレパシーで話しかけてます。足を挫いて動けないんです。こっちに来て助けてくれませんか”

 「お前、女か」

 ”はい、十九歳女子大生です!”

 エゼルが下品なにやけづらを浮かべると、その場を離れて行く。

 譲が姿を表し、それを見たタイラーが驚く。譲が口に人差し指を当てて静かにと合図する。そして、タイラーを縛っている鎖を調べる。鎖は木の幹のタイラーと反対側で南京錠で止められている。

 譲がタイラーの前に戻って来て小声で鍵の場所を尋ねると、タイラーが顎を使って焚き火の脇のボストンバッグを指し示す。譲が慌ててボストンバッグの中を漁る。工具、爆弾の材料、拳銃などを次々とボストンバッグから出し、ついに鍵を見つける。

 譲が南京錠に鍵を差し込むと、カチリと解錠される。譲が笑顔になった瞬間、南京錠が爆発する。


 少し離れた森の中、優衣が見ている先、譲が爆風で掻き消される。

 「譲さん」

 泣きそうな顔の優衣と三匹が譲が消えた地点に走り出す。しかし、エゼルが一足先に戻ってくる。

 「ハメやがったな」

 エゼルが迫る三匹と優衣を見ると指をパチンと鳴らす。その瞬間、地面が爆発し、優衣たちが吹き飛ばされる。幸い、爆発のタイミングが早かったために重傷には至っていない。

 エゼルがとどめを刺そうと、さっき譲がボストンバッグから出した拳銃を拾い、優衣に銃口を向ける。

 その時、両腕から血を流した譲が幽体化をといて姿を表し、エゼルに体当たりをする。エゼルは拳銃を落とすが、すぐに譲に反撃する。もみ合いながら両者とも地面に転がるが、エゼルが譲に馬乗りになる。譲は上から殴りつけられて防御するのが精一杯だ。

 パンっと乾いた音が響くとエゼルの体から力が抜ける。頭を撃たれ崩れ落ちるエゼルをどかし譲が起き上がる。その横で結束バンドで留められた両手で拳銃を握るタイラーが笑顔を向ける。


7


 アメリカ、病院の待合室の椅子にタイラーと優衣が向かい合って腰掛けている。二人ともあちこちに包帯を巻いている。廊下の奥から手当てを受けたやはり包帯だらけの譲が歩いてくる。それを見つけた優衣が手を振る。

 「大丈夫?」

 優衣が隣に腰掛けた譲に心配そうに聞く。

 「俺は大丈夫。花山さんは?」

 「うん」

 「みんな包帯だらけだな」

 流暢な日本語でタイラーが言うと三人がお互いの姿をみて笑う。

 「早く帰りたいだろうけど、ちょっと私の家に寄っていいかな」

 言いながらタイラーが歩き出す。二人が後に続く。


 タイラーの家の中、譲と優衣がテーブルのまわりの椅子に座っている。タイラーがコーヒーの入ったカップを右手で二つ左手で一つ持って来てテーブルにつく。

 「二人とも、助けてくれて本当にありがとう」

 タイラーが真剣な顔つきでいう。

 怪我した手でぎこちなくカップを口に運んでいた譲が照れ臭そうにする。

 「こちらこそありがとうございます。帰ってこれたのはタイラーさんのおかげです」

 優衣が真っ直ぐににタイラーをみて言う。

 タイラーが微笑む。

 「私は今回のことがあって思ったんだ。異世界冒険には信頼できる仲間が必要だってね。そこで話がある、私たちでチームを組まないか?また一緒に冒険しよう」

 タイラーの提案が意外だったようで譲は驚いたようにハッと顔を上げる。一方、優衣はテーブルのカップを困ったように見つめている。

 「今、異世界を行き来できるのは私だけだろう。そのアドバンテージがあれば大金だって稼げるだろう。どうかな?」

 「俺、やります」

 譲がためらいがちに小さな声を出すと、タイラーが満面の笑みで手をさしだし、ガシッと固く握手する。

 「ごめんなさい。私はまた異世界に戻るなんて、今は考えられません」

 優衣が下を向いたまま申し訳なさそうに言う。

 「私こそ悪かったね」

 タイラーが優衣の肩に手を置く。

 「時間を取らせたね。日本へのゲートを開こう」

 タイラーが立ち上がり、手を構えると光のゲートが出現する。

 優衣が笑顔で立ち上がり、タイラーに抱きつく。二人が離れると譲がタイラーに会釈する。

 「また会おう」

 とタイラーが手を振る。

 二人も手を振りゲートに近づくが、タイラーが呼び止める。

 「ちょっと待って、私は日本は京都しか行ったことがなくてね。ゲートは京都だが大丈夫かい?」

 それを聞き二人が一瞬困った顔で見つめ合う。

「大丈夫です」

 優衣がもう一度手を振って笑顔で光の中に消える。

 譲も後を追う。

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