ドーピングリック
203✕年冬。南米のチリでオリンピックと双璧をなすスポーツの祭典『ドーピングリック』が開催されることとなった。名前から想像がつくであろうが、この大会はドーピングOK。ようするにどんなクスリも使っても良いという、ある意味で選手に優しい大会なのである。時代が時代ならばベン・ジ○ンソンもシャ○ポワも何の問題もなくその力を発揮できたであろう。彼らは生まれてくるのが早すぎた。
様々な副作用をもたらしながらも4年に1度の『ドーピングリック』は何故か盛り上がりをみせ、開催される度に世界に浸透してきた。
ただ日本での浸透具合はまだ薄かった。というのもNHKと民法各局が放映権獲得を拒否したために、ユーチューブを通してでしか視聴できなかったためである。しかしそれも今年に入っててスカパーのとある局が動き出したことで事情が変わった……。しかしこの1局だけなので、イースター島各地で同時進行的に進む競技すべてをフォローするのは難しいのである。
とりあえず酷い破廉恥騒ぎに終わったという開会式は、諸事情により放映されなかった。よって大会2日目から中継が始まることになる。
「こんばんわ。スカパー✕✕チャンネルの斉藤です。いよいよ、はじまりましたね〜薬丸さん」
アナウンサーの隣に座っているサングラスの怪しい男は、薬丸博という人物である。どの競技の専門家ということはなく、ドーピングリック全般の解説者と理解して頂きたい。彼には六本木で怪しい外国人の売人の傍にいたなどと噂されているがそれは嘘である。
「はい、4年ぶりのドーピングリック。楽しみですね〜。いや〜それにしても昨日の開会式は酷かった。まったくどこぞの成人式より荒れまくってましたね。お届けできなくて残念です」
「今回の開催地はチリのイースター島ということですが、これはどのようにして決定されたのでしょうか」
「ええ。各国が開催を拒否しますので常に政治的な押し付け合いです。最終選定ではコロンビアのボゴタとの争いになったのですが、絶海の孤島の方が何かと都合がよろしいということで渋々チリ側が承諾した次第です」
「さてドーピングリックでは世界中からジャンキー……ではなくスポーツ選手が集まってくるわけですが、今大会の注目点を教えてください」
「まあ……これは全般的な話なのですが、前回大会のメダリスト達は7割が4年後まで生存していません。このドーピングリック特有の事情がありますので、今大会も大勢のニュースター達が活躍すると思われます!」
「なるほど。これは私、斉藤個人の意見なんですが日本人選手の活躍は一切期待したくありませんね。薬物汚染の観点から」
「同感です」
「それでは、ボクシング・ドーピングの解説……おおっと。ここで別会場からニュースが届きました」
いきなり画面上に速報のテロップが入る。
「え〜。100メートル走男子・ドーピングで、6秒99の世界新記録を出したそうです。ロシアのクス・リー選手がやりました!」
「ついに人類は7秒の壁を破りましたか。もはや足の速さは原付き並だ。凄い」
「2位はアメリカのドラグ・タイマー選手で7秒01。惜しかったですね〜」
「さすが2大国です。我々の知らない薬物が色々と製造されているのでしょう」
「あっと。ここでリー選手が緊急搬送されたそうです。ゴールした瞬間に倒れてしまったと」
「全く中継できないのでラジオ放送と変わらないですね……」
一方でテレビ画面にはボクシング会場が映され、選手が入場している。
「薬丸さん、いよいよですね。ボクシングフライ級日本対ブラジルの戦いがはじまります」
「その前に少し気になっているんですが、審判がちょっとフラフラしていませんか?」
「主審はイタリアのラリ・ホーさんですね。」
「試合の邪魔にならないといいんですけど……」
ゴングが鳴り試合がはじまると、日本人の明智選手は恐ろしい速度でパンチの連打。
「おお〜速すぎて残像しか見えません。凄いパンチです。しかしブラジルのマリ・ファナ選手にはまったく効いてません」
「そうですか?滅多打ちされてるんですが……」
「まるで効いてません。向こうは極めて強い麻酔を用いてますから。おっとしかしマリ選手は眠そうです。ちょっと強力なクスリを使い過ぎたでしょうか。あ〜、座り込んで寝てしまいました」
「しかし審判がカウントを取りません!妙な白い粉を吸っているように見えます。大変です、審判は一体何をしてるんだ」
「明智選手、審判に手を出してはいけません。いや〜実に酷い試合ですね……」
ドーピングリックのチリ大会はかつてなく盛り上がったが、一方で狭いイースター島で行方不明になった選手が376名。試合後に病院に担ぎ込まれた選手が2328名と課題を残す結果になってしまった……。