温もり食らい
突然、暖かい部屋の中に冷たい風が舞い込んで来た。
部屋の中を風が舞い、暖炉の炎を大きく揺らす。
丸太で組まれた部屋の壁に映った幾つもの影が踊る。
暖炉の傍の椅子に腰掛け、編み物をしていた母親は、寒さを感じて微かに身体を震わせた。
「また、メルデンだね…」
母親は椅子から腰を上げ、居間から玄関の方へと向かった。
玄関の方へと近付くにつれ、寒さは強く、暖かい空気は薄くなっていく。
「メルデン?」
母親の目は玄関の扉を開けて、外を眺めている息子の姿を捉えた。
息子であるメルデンは寒さに震える事もなく、扉の向こうの雪降る景色を眺め続けている。
「メルデン、何度言ったら分かるの?」
そう言ってメルデンの方へ歩み寄りながら、自分が羽織っていた暖かそうな青色の外衣を脱いだ。
「こんな日に玄関を開けっ放しにしたら、温もり食らいにお家の中の温もりを全て食べられちゃうのよ?」
優しく声を掛けながら、母親は息子の肩と背に青色の外衣を被せる。
自分の肩に外衣が乗せられたことによって、初めてメルデンは母親の方に顔を向けた。
「母さん、温もり食らいってどんな格好してるの?」
「メルデン。温もり食らいには格好なんて無いのよ。今もほら、お家の中がどんどん寒くなってきているでしょう。姿も見えない怖い魔物だから早く扉を閉めないと私達まで食べられちゃうわよ」
母親の言葉を聞いても、メルデンは納得出来ないといった顔をしている。
メルデンは再び扉の向こうに目をやった。
「あれが温もり食らいじゃないのかな…」
何かをじっと見つめながらメルデンは呟いた。
その呟きを聞き取った母親が驚きの表情を浮かべる。
「今、なんて言ったの?」
「母さん、あれが温もり食らいなんじゃないの?」
母親はメルデンが指差す先を見つめたが、何の変哲もない雪景色が広がっているだけである。
母親はため息をついて、メルデンの頭に優しく手を置いた。
「お前にはあそこに何かが見えるの?」
「うん。温もり食らいだと思う」
「ああ…。どうしてシトライヒア家には奇妙な物が見えてしまう男が多いんだろう!」
母親は呆れたように声を上げて、玄関の扉を閉めた。
「奇妙な物?」
メルデンは母親の方に身体を向けた。
「ええ。奇妙な物よ。母さんには何も見えないわ」
「父さんなら見えるかな」
「父さんだって見えないわよ。父さんは普通の人だからお前も奇妙な物が見えたりしないと思っていたのだけれど…」
「ジェイク叔父さんは?」
「まあ!」
母親はメルデンに驚いた表情をして見せた。
「叔父さんは特別よ。氷の帝さまに目をかけて頂けるほどの立派な人なの」
「じゃあ、ジェイク叔父さんに聞いてみるよ」
「そうね。それが良いかもしれないわね」
母親はメルデンの傍から離れて居間の方へと戻っていった。
玄関の扉が閉められた事によって、家の中に暖かさが戻りつつある。
「僕にはあれが温もり食らいだと思うんだけどな…」
メルデンはもう一度、外を見てみようと思い、扉の方に振り返った。
「…!」
玄関の扉のこちら側。家の中にメルデンが先ほど見ていた物が居た。
それは兎ほどの大きさの半透明な氷の塊のようである。だが、それがただの氷の塊ではない証拠に、生き物のように氷の身体を動かして、少しずつメルデンの方へ向かって進んできた。
メルデンは驚いて身動きできなかったが、すぐに思い直したようにその奇妙な物体に対して手を伸ばす。
「君は温もり食らい?」
メルデンは尋ねながら、自分の手からみるみる暖かさが失われていくのを感じた。温もり食らいとかざした手の間は、何かが溶けていくように空気が色のない色に滲んでいく。
「泣いているの?」
メルデンの目には空気の滲む様子が、温もり食らいが泣いているように見えた。メルデンの小さな手はだんだんと冷たくなっている。
温もり食らいの方にも変化が見られた。氷の塊のような身体が少しずつ小さくなっているのである。
メルデンは温もり食らいを抱きかかえるように腕を伸ばしたが、その腕からも体温は急速に奪われていった。それと同時に温もり食らいも、その身体を失っていきつつある。
「君も寒いんだね。暖かい所に来たかったんでしょ?」
「メルデン?誰と話しているの?」
母親が居間の方から異変に気付いて早足でやって来た。
見れば、メルデンは真っ青な顔をしている。母親は驚いて、メルデンの方へと駆け寄っていく。
母親が倒れそうな息子を抱きかかえた時には、メルデンの目から温もり食らいの姿は消えていた。
「メルデン、どうしたの!?」
母親は顔面を蒼白にしながら、酷く冷たくなっている息子の身体を暖める。外の冷気に少し当たったぐらいでは、こんなに身体が冷たくなる事はない。母親は心配そうにメルデンの顔を見つめた。
「温もり食らい、死んじゃったよ…」
メルデンは悲しそうな顔をして、母親に告げた。




