冬の国
その道は舗装され平らな道でしたが、人がひとり歩くのがやっとな細さで、両側はすぐ崖でした。気をゆるませて少しでも道の端を歩こうなら落ちてしまいそうになります。マライカは何度かひやりとすることがありましたが、お父さんがくれた地図を握りしめコンパスを頼りに、道の真ん中を歩き続けます。
そしてついに、マライカの前に高く高くそびえる氷の城壁があらわれました。城壁は透明でつややかで、まるで氷の壁などそこにはないかのように思えるほど向こう側の景色がよく見えました。
雪です。城壁の向こう側では雪が空から降っており、すべてが真っ白です。
マライカは冷たいのもかまわず壁にはりついて景色をみていました。生れて初めて見る白い世界にマライカの心は高揚していきます。
雪は本当にあった。もうすぐそこにある。これでお父さんに会えるのだと、マライカははやる気持ちのままに氷の門を力いっぱい叩きました。
ですが何の反応もありません。マライカはまた叩きました。それでも辺りは静かなままです。門番もいなければ町の人の姿もありません。
マライカは確かに地図通りの道を歩いてきましたし、だからこそ、今、門の前に立っているというのに。どういうことでしょうか。
城壁を見上げても、とても高くてよじ登ることなどできそうにありません。城壁の周りを歩いてみましたが、他の扉を見つけることもできません。誰かが気づいてくれるまで扉を叩くほかは方法がないようです。
マライカはまた叩きました。叩いて、叩いて、叩いて。
太陽が傾きかけたころ、もうマライカはめげそうになっていました。叩き続けていた手はじんじんと痺れてきています。
「お父さん、あいたいよ」
マライカは目の奥が熱くなってくるのを感じ、ごしごしとマントの袖で顔をふきました。
雪はすぐそこにあります。ですからお父さんもぜったいにいるはずです。マライカはこんなところであきらめたくないと、拳をにぎりなおして今度は両手で叩きました。
静かな空に拳を叩きつける音が響きます。
「あれ?誰か門をたたいてるよ?」
どこからか小さな子供の声が聞こえてきました。辺りを見回してもだれもいません。門の向こう側にも人の姿は見えません。
マライカはもう一度叩いてみました。
「ほら!聞こえたでしょ?」
同じ声が門の向こう側から聞こえます。姿は見えませんが、中にいる誰かが気づいてくれたとマライカは嬉しくなりました。そしてもう一度叩きます。
かんぬきが外され、門が静かに開きました。そこに立っていたのは小さな男の子でした。大きな目をくりくり見開いて不思議そうにマライカを見上げ尋ねました。
「お名前は?どうして来たの?」
「わたしはマライカ。お父さんに会いに来たの」
「あっ!おじさんの!」
男の子の顔はみるみるまに輝きました。そしてくるりと身をひるがえし、「おじさーん」と叫びながら中へ入っていきます。
ひとり残されたマライカは、門の中をのぞきこむように見回しました。外から見えていた景色と何も変わりません。
そっと門の中へ足を踏み入れてみました。真っ白な雪の絨毯に足をのせた瞬間、ざくっと足が沈みました。今度は雪を手にすくってみます。ふわりとした軽さは砂より手ごたえのないもので、ぎゅっと握りしめば簡単に小さく固まってしまいます。不思議な感覚です。とても冷たく、ずっと触っていると指が痛くなってマライカは思わず雪をほおり投げてしまいました。
「マライカ!」
聞きなれた懐かしい声が聞こえました。顔をあげるとお父さんがむこうから、さっきの男の子と一緒に走ってくるではありませんか。
「お父さん!」
マライカも走っていこうとしました。ですが雪に足をとられ思うように進めません。お父さんがいちはやくマライカのもとにかけより、マライカをぎゅっと抱きしめました。
「どうして帰ってこないの!?なんで手紙くれなかったの!?すごく心配したんだよ!?」
さっきは我慢できたはずの涙が今はもうマライカにさえとめられないほどあふれました。
「悪かったな、マライカ」
お父さんはそれ以上何も言いませんでしたが、目を真っ赤にしながらマライカの頭をぽんぽんとやさしく叩いてくれました。
マライカが落ちつきを取りもどしてふと気がつくと、辺りにはいつのまにか人だかりができていました。
「町の人たちだよ。みんないい人たちなんだ。お父さんが雪を持ち帰りたがってることを知って、それなら雪がとけない荷車を作ろうと言ってくれてね。それがしだいに雪をつくることに発展して、ついお父さんも夢中になってしまったんだ」
「だったら手紙でそう知らせてくれたらよかったのに」
「いや、それが書くには書いたんだが、なんせ人知れぬ冬の国だからね。なかなか便り屋がきてくれなくて。そうだ、お母さんはどうしてる?」
マライカは家を出てきた時のことを思い出してうつむきました。
「ケンカでもしたのか?」
「だってお母さん、女の子だからっていう理由だけでお父さんを探しに行っちゃだめだって言うから・・・・・」
お父さんはマライカの両肩に手を置きました。
「マライカ、お母さんがだめだと言った本当の理由は、お父さんがいなくなったのにマライカまでいなくなってしまったらどうしようっていうお母さんとしての不安だったんじゃないかな。だけどどうしてもそれが言えなくて、お前に女の子だからという理由づけをしてしまったんだとお父さんは思うよ?お前がそんな理由で納得するはずがないことぐらい、お父さんもお母さんもよく分かってるからね」
マライカはぎゅっと唇をかみました。また泣きそうになったからです。
「見えない人型の型ぬきにみんながみんなを押しこめてしまう時でも、お前は自分の限界を決めたりせず、やれることはなんでもする子だ。それは難しいことでもあるけれど、心に決めたことをつらぬこうとするお前がお父さんは誇らしいよ」
マライカはお父さんにもう一度抱きつきました。
「ありがとう、お父さん。私もお父さんが大好き!でもはやくお家にかえらなきゃ。お母さんがひとりできっと寂しがってるよ」
「よし、じゃあ荷造りを手伝ってくれるかい?」
マライカは大きく頷きました。
それから夏の国へ戻ったマライカたちは、家族みんなで仲良く雪や氷を売り何不自由なく暮らす事ができたそうな。そんなマライカが人類未踏の地を発見するのはもう少しさきのお話。






