えらぶべき道
マライカが山のふもとまで来てみると、そこには幾つも枝分かれした道が山へと続いています。標識はあるのですが、そのどれもが「冬の国」とは書いていなかったのでいったいどの道が冬の国へ続いているのか分かりません。
マライカが困っていると、山のすそから煙のような砂ぼこりと共に地響きが聞こえてきます。いったいなんだろうと目をこらしていると、黒く、ツノのはえた動物が大群をなして走っています。
ヌーです。ヌーたちが大移動をしています。
マライカは大きく両手を振って、先頭を走るヌーの将軍に挨拶を送りました。するとヌーたちは走る速さをゆるめマライカの前でとまりました。
「これはこれは人間の子よ。このようなへんぴな地でいかがなされた?何かお困りかな?」
ヌーの将軍は数歩前に進み出ると自慢のツノを左右に振りました。
「冬の国へはどの道を行けばいいんですかのか?標識を見ても分からなくて困っていました」
「なんとなんと。冬の国へ行こうとな?それはいい。いいことだ。だが何も迷うことはない。冬の国はこの山のいただきに城壁をすえておる。どの道へ行こうとも頂上へと続いておるゆえ好きな道を行くがいい。どれを通ろうとも冬の国へたどり着けようぞ」
将軍はりっぱな白いひげをふさふさと揺らしながら、またツノを左右に振りました。
「では一番近い道はどれですか?」
「何?最短距離の道を探しておるとな?」
「はい、できるだけ早くお父さんを探し出したいんです」
「そうかそうか、だが余も分からぬ。お前のよいと思う道を進み行くがよい。ある道は険しくも近いかもしれず、ある道はゆるやかなれど遠回りかもしれんが、行き着くところはみな同じだ。安心せよ」
本当にそうなのでしょうか。将軍はじしんたっぷりに言いますが、マライカは不安になる一方です。遠回りはしたくありませんし、険しい道がどれほどの危険がともなうのか想像もできません。
「では我らは急ぐのでな。失礼させてもらう。みなの者、出立だ!!」
将軍の号令にヌーたちはヌーヌーと声をあげ、あっというまに砂埃をまきあげて走り去っていきました。
マライカは考えました。どの道も本当に冬の国へ続いているのでしょうか?そもそもどの道を選んでもたどり着けるのであれば、もっとたくさんの人たちが冬の国のことを知っていてもいいのではないでしょうか。ですが誰も、たくさんの国を渡り歩く旅商人ですら冬の国についてマライカが尋ねても分からないようでした。
マライカが標識を見ながらうなっていると、どしんどしんと再び地響きがします。しかし今度はゆっくりです。
とても体が大きく耳も大きく鼻の長い動物がどこからかやって来ました。
「ゾウさんですか?」
ゾウの老婦人は大きな耳をぱたぱたと動かし長い鼻をマライカに近づけました。
「おやまあ、人間の娘さん。前にどこかで会いましたかしら?あなたと同じような匂いをさせた人間にあった気がするんですけどねえ」
「もしかしてお父さんのことですか!?」
マライカは身を乗りだしました。
「それがねえ、実に多くの人がこの山に入っていくものだから、名前を聞いてもすぐに忘れてしまうのよ。ごめんなさい?」
マライカは少しがっかりしました。ですが落ち込んではいられません。
「どの道も冬の国へ続いていると言われたので、どの道を行けばいいのか考えてるところなんです」
「おや、そんなことを言うのはヌーの将軍あたりかしらね?」
マライカはうなずきます。
「そうだと思いましたよ。彼は大群の長だというのにいつも行き当たりばったりの移動を好むんですから。また大地が足跡だらけになるわね」
ゾウは鼻をピューと鳴らして楽しそうに笑いました。
「ですけれどね、冬の国へ行くと言うなら話は別です。彼の言ったことは間違ってるわ。この道のすべてが頂上へ続いているわけではありません。すそを横切って山の向こう側へわたるだけのものもあれば行き止まりになっている道もあります。落石がひんぱつする道もあれば地ばんのゆるいものもあります。それに何より、冬の国へ行きたいのであれば、冬の国が決めた道を選ばなければ城壁の中へ入れないのよ」
「どうしてですか?」
「それが冬の国が定めたゆいいつの法令だからです。冬の国はとてもとても分厚い氷の城壁で囲まれていて、決められた道の先にしか門は通じていないわ。それにどういうわけかその道はやみ雲に歩いてもたどり着くことができないんですからね。必ず地図とコンパスが必要なのだけれど」
ゾウはそこで話すのをやめマライカの顔をじっと見つめました。
「思い出したわ。あなたお名前はなんて言うのかしら?」
「マライカです」
「そう、やはりね。あなたのお父様にお会いしたわ。そしてあなたがこの山へ登るのならわたして欲しいと、あずかっているものがあります」
ゾウは長い鼻で近くの木の茂みの上から地図を取り出しました。その地図には冬の国へ行く詳細な道がかかれていて、お父さんのサインもありました。お父さんはマライカが自分を追いかけてくることが分かっていたようです。マライカのために自分への道しるべを残してくれていたお父さんのことが、マライカはもっと好きになりました。早く会いたくてたまりません。
そんなマライカの様子を見て取ったのか、ゾウは言いました。
「この地図をよく見て、その通りに行きなさい。そしてコンパスが常に北をさしているか確認しながら歩くのよ」
コンパスを見ると、ある一本の道だけが北をさしています。マライカは自分の行くべき道が分かりました。その顔にはもう迷いはありません。
ゾウに礼と別れを告げ、マライカは冬の国が定めた道を歩きはじめました。