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世界を知るワシ

 マライカが町はずれにある国境の門をくぐり抜けた時、空はもうにじみだしていました。

 生まれて初めて砂漠の国から出るマライカにとってまだ見ぬ世界へひとり踏み出すこの時ばかりは、夢みていた冒険への期待はひとかけらかふたかけらしかなく、胸の中は不安と恐れでいっぱいです。ですが、お父さんを見つけだしたいという気持ちと、お母さんの笑顔を見たいという気持ちがマライカをふるいたたせます。門を出てからずっとうつむいていた顔を、マライカは思い切りよくあげました。

 すると四方八方どこまでも広がる大地がマライカの目に飛び込みました。

 山よりも大きな雲が割れ、赤く熱した太陽が夜を焼き焦がしまばゆい明るさで空を覆っています。マライカがその両手を思いっきり広げても、空も大地も抱きしめられません。両手に風の感触をうけ、この手が翼なら空を飛べるのにと少し悔しい気もしますが、もうすでに空を飛んでいるような気にもさせます。

 空と地の境目には大きな大きな湖が水面みなもを揺らしています。その前を竜巻が砂を巻き上げ一つ二つ三つと柱をつくっています。マライカの目には小さく見えましたが、遠い場所にあるのにはっきりと見えるのですからきっとあの竜巻は近くで見るととても高くて大きなものなのでしょう。遠くてよかったとマライカは思いました。


 どれだけ歩いたのでしょう。

 太陽はすっかり頭上高く昇り、強い日差しがマライカを照りつけます。後ろを振り返っても、もうマライカの町は見えません。

 すると、大きな翼をもつワシが空から急降下してマライカの前を横切りました。あまりにも大きな翼だったので、羽ばたく翼にあおがれてマライカのマントがめくり上がるほどでした。

 ワシは地面におりたち、マライカをじっと見つめています。マライカは不思議に思い近づいてみました。


「おい、おぬし、人間じゃろ?何してるんだ?」


 ワシがマライカに言いました。マライカは驚きました。


「は、話せるの?」

「何を言うておる?話せるに決まっておろう。わしはワシの中でも一番賢いワシなんじゃぞ。そのわしが話せんわけがない。さてはおぬし、大地で生きる我ら動く生き物が話せることを知らなんだか?」


 マライカはこくこくとうなずきました。


「だって町の動物たちが話しているのを聞いたことないし、本にだって書いてなかったもん」


 ワシは大きな翼をひたいにあて、ため息をつきました。


「これだから人間というやつはいかん。自分の目で見たものしか信じられず、疑うことも考えようともしない。なんておろかなことよ。おぬしが手当てしようとしたロバのあやつはなげいておったぞ?最近の若いやつらは何を考えておるのか分からんとな」

「え!?あのロバも話せるの?」

「当然じゃ。人とともに生きるあやつらは人と同じ言葉を話したがらないがの。だがあやつはロバの中でも変わった言葉を話すんじゃ。だがわしには問題ない。わしは世界中の言葉が話せるでな。若い時から幾つもの海をわたり多くの山を越え世界中を飛びまわっておるんじゃ。お前の町にも何度も行っておるわ」


 ワシはふさふさな胸の羽毛をふくらませて得意げに言いました。


「じゃあ世界のことなら何でも知ってるの?」

「おお、おお。もちろんじゃ。わしに知らぬことはない」


 くちばしを空にむかってあげ、ワシャシャシャと笑い声をあげていたワシはふとマライカの肩掛け袋に目をやりました。


「む?うむむむ?」


 ワシはマライカの袋にくぎづけです。


「かぐわしい匂いがしておる。おぬしが持っているのはパンなるものではないのか!?」

「うん、そうだよ?」

「なんたること。わしが求めてやまぬ、あの美味なるパンが今、目の前にあるというのか!?」


 ワシの鋭い目がぎらりとひかりました。


「よし、人間の子よ。このわしの知恵をおぬしのために役立ててやろう。わしは世界中のことを何でも知っておる。おぬしの知りたいことは何だ?何でも答えてやろう」

「本当に!?」

「ただし!おぬしのパンをわしに食べさせるのじゃ」

「え?」


 マライカは迷いました。これからどれほどの道のりになるのか分からないのに、食べるものが減ってしまうのは不安です。


「くれぬというのなら、わしとてワシの貴重な知恵をおぬしにくれてやる気はない。すぐにでも飛び立ち死肉でも探しに行くぞ?だがそのかぐわしいパンをくれるというのなら、おぬしが知りたくてやまぬことを教えてやろう。もしやすると旅も短くてすむかもしれん。そうなれば少しばかりパンが減ろうが問題ないじゃろ?」


 マライカはワシが言う通りなのかもしれないと思いました。マライカが袋の中からパンを取りだすとワシはひとのみでたいらげてしまいました。


「まだ足りぬな。もうないのか?」


 マライカがまたパンを取りだすと、ワシはまたひとのみで食べてしまいました。まだまだ、まだまだと言われ、マライカはワシの腹がいっぱいになるまでパンを取りだします。ワシがすっかり満足したころには、マライカの袋の中にはパンのかけらがひとつふたつ残っているだけでした。ですがマライカはこれでワシから雪のことを教えてもらえるとわくわくしています。


「ワシのおじさん、教えて?わたしが知りたいのは雪のこと。雪ってどんなものなの?」


 ワシはくちばしから大きなげっぷを吐くと、翼で腹をさすって答えました。


「雪、雪、雪。ふむ。そうじゃな、雪はこの世にはない」

「え?」


 マライカは驚きました。


「そもそも冬の国など存在しとらん。ワシは世界中を飛び回ってきたが冬の国にすら行き着いたこともなければ雪を見たこともない。どんな本にも雪の正体など書いておらんかったじゃろ?それはな、冬の国も雪も人間が生み出した、まやかしだからじゃ。だれも見たことも行ったこともない作り話を、なぜおぬしは信じておるのじゃ?」

「だってお父さんが教えてくれたから……」

「のう、小さい人よ。自分の目で見たこともないものをそうやすやすと信じてはならん。存在しないもののことを考えておってもきりがないじゃろ。答えなぞないんじゃから」


 ワシが言うことはもっとものように聞こえました。ですがワシは自分の目で見たものしか信じないことをおろかだと言っていたのに、今度は見たことのないものを信じてはいけないと言います。マライカはよく分からなくなりました。

 首をひねるマライカにワシは言います。


「いいか?存在するかどうか分からんそんなもののために時間を無駄にするでない。雪なぞ腹をふくらませてくれるわけでもなかろ?おぬしはまだまだ若い。今すぐ町に戻って勉強にはげむことが、お前のためでも親のためでもあるんだぞ?」


 ワシはまたくちばしを空に向けて開き、ワシャシャシャシャと笑いました。

 マライカの胸の中はすっきりしません。ワシの言うとおり、雪を探すことはむだなのでしょうか。お父さんを助けることにはならないのでしょうか。


「そうだ、人間の子よ。この道の先でキリンに会うことじゃろう。だがあやつの言うこと、真に受けてはいかんぞ?キリンという奴は空も飛べぬのに、少し首が長いというだけで世界がよく見えているとうそぶいておる。そんなあやつに会わぬよう一番よいのは道の先に進まず、町に戻ることじゃな。今なら一日で戻れるじゃろ。そいならばここいらでわしは失礼するかの」


 ワシは大きな羽を思いっきり伸ばし数回ぱたぱたと動かすと、するどいかぎづめで地面をけり上げ空高く舞い上がっていきました。

 マライカはワシに言われたとおり町へ戻る気にはなれません。ワシの言ったことが本当にその通りなのかどうか、いくらもっともらしく思えてもマライカは納得できません。ワシの言葉にますますマライカの知りたいことが増えてしまいました。

 この世に雪というものがないとすれば、どうして色々な本に雪の存在が描かれているのでしょう。雪について書いてあることはわずかばかりだとしても、だれもが暑い国で暑い日には冷たいものが欲しいと願ってしまうのはきっとこの世界のどこかに雪が存在していることを、みんなが心のどこかで感じているからなのかもしれません。

 マライカは道を進み続けることにしました。


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