1話
北と西を高品質の魔晶石が産出される山脈に、南は古くからある大国と接して、東は海に面している。そして土地も一部の作物は輸出出来るくらいには肥えていた。
こういう地形であり、長い間大きな争いはなかったからだろう。
独立を保っている国としては不思議なくらいにこの国の人たちは非常に穏やかな気性をしている。
王都に観光に来ていたロベリアはそんな事を考えてくだらないと思い直す。
きっと会った人達が優しかったせいだろうと思って。
その日泊まる宿屋へと向かっていると、喧騒が聞こえてきた。
「だから、ぶつかったのはそっちだろ。前見ずに歩いてたのが悪いんじゃないか」
聞き慣れた声が宿屋の前で2人の男性と言い合っている様だった。誰だったかなと思って人ごみの中から見ると、偶然にか目があった気がする。
目があったのは絡まれていた方。つまり知人のアルフレッドの方だった。
「あ、イリ・・じゃねえロベリア、ちょっと助けてくれね?」
「どういう意味で、だろうか。私は宿屋に入りたいだけなので」
面倒だという表情を作るロベリアは機嫌が悪い事を悟るアルフレッド。
周囲の様子を見て呟くように言う。
「あー確かにこれじゃここの宿屋に入れないか」
「ああ。だからそちらの殿方達とは違う場所で話し合いをして貰おうかな」
ロベリアが穏やかな笑みを2人の男性に向けると、男性達は何かを感じたのか慌てて逃げ出した。
おや、と首をかしげるロベリアとは裏腹に、言い合っていたはずのアルフレッドは彼らに同情したい気持ちになる。
機嫌が悪い時のロベリアは相手に容赦がないからだ。今回は追い打ちをかけない様なので、まだいい方なのかもしれない。
アルフレッドは小さくため息をつきロベリアに向く。
「とりあえずありがとなロベリア。この後何処かに行く予定はあるか?」
「いや、もう宿屋で休もうかと思っているのだが、どうして?」
「観光って一人だとなんか物足りなくてさ。3日4日くらいでいいから。どうだ?」
アルフレッドの誘いにロベリアは考えるような素振りを見せる。
今回は観光のため来ているので冒険者の仕事をするつもりはないし、何よりそろそろ一人でいるのも寂しくなってきていた頃だ。
そわそわしているアルフレッドはどうやら断られると思っているようだ。自信がない様子の彼にロベリアは口元を緩める。
「急がなければならない用事は今のところないから、その間なら大丈夫だろう」
「そうか、良かった。早速だが行きたいとこがあるんだ、行こう」
返答を聞いた途端に明るい笑顔を見せたアルフレッド。腕を引っ張って広場の方に行こうとする彼に、早まったかもしれないと思ったロベリアであった。
しかし、そのまま広場まで行くのかと思ったがどうも違うようだ。
アルフレッドはあるレンガ造りの建物の前で立ち止まる。甘い匂いがすることからパン屋か菓子屋だろうか。
「ここなんだけど、男が一人で入るのってハードル高いだろ?」
「確かにそうだね。女の子がいれば入りやすいかもって事か。そう言ってくれればきちんと姿を変えたのに。少し待っててくれないか」
「勿論それくらいは構わないさ」
本当に気になっていたようで、とても嬉しそうに笑った。
見た目を変化させるだけなのだが、どうしても目立ってしまうので部屋か路地でしか変化しないようにしている。
アルフレッドを置いて家の間に入っていく。
通りの喧騒が殆ど聞こえなくなった辺りで周りに人が居ない事を確認してから、一瞬で男性から本来の姿である女性の姿になる。一緒に服も変化していた。
「よし、早く行くか」
踵を返してロベリアもといイリスは通りへの道を戻っていく。
通りに出るとそれほど待ったわけではないだろうに、アルフレッドは待っていたと言うように駆け寄っていく。
「よ。うん、やっぱオレはイリスの方が好きだ。ロベリアも嫌いじゃねえんだけど」
「ありがと。でもそいうのは他の女の子に言ったほうがいいんじゃない」
アルフレッドの言葉にイリスは素直に答える。
付き合いが長いので喜ばないことは分かっていたらしく、特に悲しむ様子は見せない。
「入ってみようよ。どんな所か気になっていたんでしょ?」
「おう。じゃ、入るか」
家族との冷めた食事をしたエルザは一人バルコニーに出ていた。
食事の時の話を思い出し、ため息をつく。
「分かってはいるのだけれど・・・」
話というのが自分の結婚相手のことだった。
エルザの年頃ならば地方の貴族に嫁ぐなり、王位を継げるような人を迎えたりしていてもおかしくはない。
しかし前者は国土の問題で、土地を持てるほどの貴族がいないのと貴族の中で年の近い男子が居なかったのだ。
後者は有用な資源が取れるとは言え他国でも代用できる程度の物なのと、外国に小国なせいで相手にされなかったというのが理由である。
一度だけ隣国のリカルネで婚姻の話が持ち上がったが、リカルネの貴族に反対されて無くなってしまった。
「国を守れるような人でないとするつもりはないのに」
どうすればいいのだろう。
少女の悩みの声は風に消えていった。