第五章 希望に繋ぐプロパガンダ(前篇)
正弘は子煩悩とは言わずとも、一人息子である雄大には滅法甘い男だった。まだ六歳ということもあり、何をねだっても、さしたる金額でない事もあり、多くの玩具も買い与えていたし、休日に行きたいという場所があれば、可能な限りに、その願いを聞いていた。
雄大は五歳当時、つまり今からちょうど一年前の夏、日曜日の朝から放映されていた戦隊物の特撮ヒーローに夢中だった。この人気シリーズは、丸一年で番組が改変される訳だが、正弘がまだ子供だった頃に比べて、その一年の中で発売される関連玩具の数と合計金額は、年々増えている。雄大の心を掴んで離さない、超空戦隊ジェットレンジャーに至っては、ジェット戦闘機がそれぞれ人型に変形する五機が、更に合体変形する事で人型決戦形態になる大空神の玩具に始まり、戦闘ヘリのみで構成されるマグナムローター、宇宙ロケットが発射基地と合体変形するアストロカイザーと、ロボットだけで三体、変身ブレスレットであるウィングブレスや、追加戦士用の変身アイテムであるイカロスバイザー、ごっこ遊び用の武器などなど多岐に渡り、それ程の額にはならぬだろうとタカを括って居たが、かなりの金額になっていて、少々甘やかし過ぎたかなと正弘は思い始めていた。
とは言え、そうやって発売される玩具の情報を仕入れる事が元になり、雄大と共に本放送を視聴していく内に正弘もジェットレンジャーの魅力に徐々に気付きだした事も事実だった。
そんな夏のある週末、真奈美が同窓会で家を開けた日、正弘は自宅から車で三十分程にあるショッピングモールのジェットレンジャーショーに雄大を連れて出かける事にした。
そのショッピングモールは、三棟の建物は勿論、それらを繋ぐ屋外部分にも店舗が軒を連ねる、徳島最大の規模を誇る施設だ。また、全ての建物と屋外部分を貫く形で流れる人工の川は売りの一つで、特に最源流となる建物の吹き抜けに作られた屋上の大型ポンプから三階層を流れ落ちる滝には、人工の物とは思えない程の迫力があると評判だった。
正弘は件の滝がある建物からは一番遠いものの、書店や時計店など、趣味の商品を揃えた店の多い建物と、ジェットレンジャーショーが行われる屋外ステージに近い駐車場に車を止めた。時間はちょうど昼を過ぎた所で、十五時開始のショーには余裕がある。真夏の陽射しを避ける為、ステージの傍らを足早に抜けて、近くの建物に入ろうとすると、すでにステージ袖にて、ジェットレンジャーの握手に必要な整理券の配布が始まっていた。開始直前に来ていたら、貰い損ねる所で、ラッキーだったねと、正弘と雄大は言い合って、その場を後にした。
自動ドアを抜けると、熱した油の中を泳いでいるみたいだった真夏の暑さから開放され、スンとした、エアコンによって作り出される心地良い冷気に出迎えられる。先述の人工の川は、エントランス部分では、一時的に地面に埋められた透明なアクリルの下を流れる事で、冷気を逃さぬようにしている。
「雄大、お腹空いてないか?」
「お腹、うーん、大丈夫! 今きっと混んでるし、それよりおもちゃ見たい!」
なるほど昼時とあらば、店にせよフードコートにせよ混雑は目に見えている。そうだな、と言って正弘は雄大の手を引いて館内案内板の前に立つ。大手玩具店が二階の最奥に入っている様だ。
「よし、じゃぁ行くか。でも今日は何も買わないぞ? 来月か再来月、最終ロボが出るから、その時まで我慢だぞ。」
「うん、分かった。でも何でパパ、最終ロボが出る日知ってるの?」
正弘はギクリとした。先の展開が気になってインターネットでネタバレを検索して最終ロボの存在を知ったとはさすがに言えない。
「パパは大人だから、知ってるんだ」
意味が分からない。言い訳にせよ、もう少し捻るべきだ。
「ふーん、よく分かんない。でもすごいんだね」
雄大の素直さに助けられた正弘だった。
そうこうしている内に二人は玩具店の前に来た。雄大はジェットレンジャー見てくるねーと言い残し、店内に駆け出して行った。走ると危ないぞー等と声をかけながら正弘も入店する。慌てて後を追わないのは、雄大がジェットレンジャーの売り場に行った時は、脇目も振らずにひたすらそこに居続ける事を知っているからだ。普段であれば正弘もおっとり刀でジェットレンジャーコーナーに向かう所だが、真奈美が帰るのが翌日になる事もあり、何か暇を潰せそうな物でもと思い、その日はプラモデルコーナーへと足を向けた。
プラモデルコーナーはガンプラに始まり、戦車、戦艦、戦闘機、F-1マシン、城に至るまで、かなりの品揃えだった。正弘は元来オタク趣味があったという訳では無かったし、インターネットでネタバレまで見る程にジェットレンジャーにハマったのだって、雄大あっての事ではあった。けれども日本男子に生まれたからには、人生のどこかで必ずガンダムを通って来ていることも確かであった。その為、この時は膨大と言って差し支えない種類と量があるガンプラ棚からこれぞと言える一つを選ぼうとしていた。
「パパ居たー」
いつの間にか雄大がジェットレンジャーコーナーを離れて自分を探しに来ていた。時計に目をやると既に三十分が経過している。
「遅いよーパパー」
「ごめんごめん、ところで雄大、こっちのサザビーと、νガンダム、どっちが格好いいと思う? 買って帰ろうかと思うんだけど」
「分かんない。パパが好きな方で良いよーだ」
やはり雄大にはまだガンダムは早かったらしい。正弘個人的にはアムロよりシャア派ではあるのだが、サザビーはフィンファンネルという特徴があるνガンダムに比べると遊びに乏しいというか、ギミックが少ないのが迷いどころなのだ。正弘がどちらかを選ぶには、まだ時間が掛かりそうだ。
店を出て面白くなさげに手すりの下のガラスから階下を雄大が覗いていると、一階の通路の中心を流れる川面に何かキラキラした物が見えた。
川を見下ろしながら通路を移動していくと、正面に階段がある。やった、これなら川の側に行って、キラキラの正体が分かるぞ。そう思うと雄大の顔に自然と笑みが浮かぶ。階段を駆け下りながら川をチラチラ見ていたら、危うく人にぶつかりそうになる。ごめんなさいと低く短く言って、また駆け出す。
一階に降りるとキラキラはもう見えなくなっていた。きっと流されて先まで行ったんだろう。今なら追い付ける。今度は人にぶつからない様に、前と川を見比べながら通路を進む。時計屋さんを通り越して、川の向こう側に駄菓子屋さんを見て、太鼓の達人があるゲームセンター前を通る。ペットショップ、宝石屋さん、携帯電話屋さん。さっき入って来たのとは別の出口から外へ出たところで、雄大の目にキラキラが映る。
あっと思って駆け寄ると、それを誰かが拾い上げた。ピエロだ。手にはビニール袋がポタポタと雫を垂らしてつままれている。
キラキラの正体は、誰かが捨てたビニール袋に光が当たって光っていただけだったのだ。なんて詰まらない結末だろう。そう思った雄大の顔を見てピエロが首を傾げる。ポンと手を打ち、雄大を手招きすると、まだ水が垂れているビニール袋をクシャクシャっとピエロが両手で丸める。その手を雄大の顔の前で二度三度と振ってみせる。そしてパッと開いた時には、面白くもなんともなかったビニール袋は消え失せ、プラスチックの小舟が現れた。
ピエロは今一度雄大を手招きして、一緒にしゃがんで、小舟を川に浮かべた。雄大の冒険はまだ終わらないのだ。
屋外部分の川は起伏に富んでいる。人口的に配された石により、自然の渓流の様に蛇行し、ゆるい斜度の滝の様になっていたり、石造りの橋をくぐったりして、雄大の追う小舟に襲いかかる。
川のせせらぎの隙間に人々のざわめきが聞こえる道を、雄大は夢中で小舟を追った。
癒しの清流も、小舟に取ってみれば激しく荒れ狂う濁流の様だ。沈んだかに見えても、また浮き上がり、左に右にと煽られながら、曲がりくねった川を越えて行く。
息を切らしながらも、雄大にとっては、この上なく楽しい一時であった。
小舟は屋外の小さな池に行き着いた。
それまでの速さはもう無く、ただゆっくりと金属製の柵に向かって進み、カツンという軽い音を立てて、その進行を止めた。
雄大は小舟を拾い上げて周囲を見る。
ここは、一体どこだろう?
パパは?
雄大の手から小舟が滑り落ちて地面を跳ねた。
先程まであんなに軽かった脚が今は重い。まるで石になったみたいだった。自然に眉間が中央に寄り、口角がわなないて横に広がる。
「パパァ···パパァァ···」
声が震えて涙が出てくる。
川沿いに来たのだから、逆に沿って行けば元の位置に戻れる。しかし迷子になった子供に、その判断を期待するのは少々酷だ。恐怖と不安に支配された小さな心では思いつく事さえできない。まるで酒に酔った大人の様に、千鳥足というか、覚束ない足取りで右に左に体を揺らして歩を進める。溢れる涙を拭う為に手首を目に押し当てて居るから、視界も狭く、その弱々しい進行に拍車をかけていた。
ちょうどその頃、正弘はようやくνガンダムを購入した所だった。やはり出来上がった後、飾って置く事を考えると、フィンファンネルを展開させられるνガンダムの方が見栄えが効くと思ったからだった。
レジで支払いを済ませ店外に出る。だいぶ待たせてしまったから、きっと雄大は手摺にもたれて暇を持て余して居るだろう。ショーの前にサーティワンにでも寄って機嫌を取らないとな。そんな風に思った。
居ない。雄大の姿が無い。
きびすを返して店内に戻り、ジェットレンジャーコーナーに足早に向う。玩具の試遊台に群がる子供達の中には雄大は居ない。ショーケースの前にも、隣接する仮面ライダーのコーナーや、ウルトラマンのコーナー、ソフトビニールフィギュアのコーナー、プリキュアのコーナー、ゲームコーナー、手品やマジック、各種パズル、ぬいぐるみ、ミニ四駆、店内ありとあらゆる箇所を次第に速くなる鼓動を追い抜く様に正弘の歩調も増していく。
「すいませんっ五歳の男の子で、浅田雄大という子なんですが、見かけませんでしたか?」
今しがたνガンダムのマスターグレードを購入したレジ店員の前に行き、カウンターから身を乗り出して正弘は聞いた。
「少々お待ち下さい、私はお見かけしませんでしたが、店内の者に聞いてみます」
当然の話だ。レジ担当の彼女はレジ周辺しか見ていない。そんな状況判断も出来ない程に正弘は狼狽していた。
「申し訳ございません、店内の者に聞いたのですが、誰もお見かけしておりません。店外に出てしまった可能性もございますので、お近くのインフォメーションまでご案内いたします。そちらで全館向けに捜索願いをお出しください」
店員は親切だった。本来なら店内の外に出てしまった子供の事なら業務上は管轄外、店内には居ないようですで終わる事のはずなのに、インフォメーションまで案内してくれるという。正弘が先程プラモデルを購入した客であるからというより、玩具店に勤める者として、子供の事を無碍にできないと言った風だった。
「ありがとうございます」
そう言って深々と頭を下げた正弘の目は潤み、視界が次第に滲んできていた。
「こんにちは、パパやママ居なくなっちゃったかな?」
半ば惰性で歩を進めながら泣きじゃくる雄大の正面から女性の声がした。
雄大は恐る恐る顔を上げ、声の主を見た。
女性、だと思う。
思うという曖昧な感想になるのは、相手の女性(と思われる)はスレンダーで、胸部や腰部に特有の丸みが見て取れず、キャップを被り、細身のデニムパンツという出立ちであったからだ。
雄大は日頃から真奈美や正弘から、知らない人から話しかけられても、すぐに信用してはいけないと言われていたし、その意味を五歳ながらも理解できる聡い子でもあった。だからこの時も、優しげというより、フレンドリーな笑みを浮かべる相手をまじまじと見た。
「あらら、もしかして警戒されちゃってるかな? まぁすぐに知らない人に付いてっちゃわないってのは、偉いよ。君、名前は?」
女性はそう言って、しゃがむではなく、手を腰に当てて深くおじぎをする様にして雄大の目線に合わせた。笑みはより崩れ、目を細めて、歯を見せた笑みに変わっていた。八重歯がキラリと光っている。
あれ? この人、どこかで、と雄大は思う。
いや、決して知っている人というでは無い。
幼稚園の友達のお母さんとか、お姉ちゃんとか、そういう人でもない。面と向かってというか、同じ空間に居た記憶は微塵も無いのに、何故か知っている、より正確に言えば、分かると言った感じだった。
「浅田、雄大です」
こくんと一度頷いてから名前を伝えた雄大に女性は今まで以上に大きく笑って見せた。
「雄大くんか、よろしくね。今日はパパやママと一緒に来たんだよね?」
頷く雄大。
「でも、いつの間にか居なくなっちゃった?」
今度は被りを振る。
目の前に居る少年の不安感を煽らぬようにと、迷子という言葉を使わずに現状を掴もうとした女性だったが、否定の素振りを見て、不意を付かれた様に表情に疑問符が浮かぶ。
「パパが居なくなっちゃったんじゃなくて、僕が川の中にキラキラしたのが流れてるのを見て、勝手にこっちまで来ちゃったんです。途中で、ピエロの人が船をくれて、それで、ここまで」
文字にすれば僅かこれだけだが、雄大は言葉を詰まらせ、時に溢れて来そうになる涙を堪え、震える声を正しく伸ばして、ようやくにそれだけの事を伝えた。
小さいのに賢い子だ。居なくなったのはパパではなくて自分。それをきちんと把握して反省もできる、賢い上に素直な子だ。そう思うと女性の笑みは友達に向けるようなソレから、まるで母が我が子に向けるような表情に変わる。
「川の流れに沿ってきたなら、上流の方に向かっていけば、パパと一緒にいた所まで戻れる。そうじゃない?」
雄大が涙をたっぷり貯めて膨らんだ瞼を開いて女性をはっと仰ぎ見た。
そうだ、川を逆に行けば良いんだ。何で気付かなかったんだろう。
一転して今度は俯いてゴニョゴニョと雄大が何か言った。
「ん? なに? 聞こえないよ」
「···がと······ざいま···」
「もう一回、ちゃんと聞かせて?」
女性は今度はちゃんとしゃがみ、俯く雄大の顔を下から覗き込むように優しく言った。
「ありがとうございます」
「大変よくできました。さ、パパの所行こっか」
二人は手を繋いで歩き出す。
ふと繋いだ手に違和感がある。紙片を雄大が握りしめている。
「雄大くん、これ、何? ちょっと見せて」
もしかしたら、両親の連絡先でも持っているのかもしれない。そう思ったが違った。ジェットレンジャーショーの握手券だった。
「雄大くん、ジェットレンジャー好きなんだ!?」
女性の声が弾む。
「うん、もしかして、お姉さんも好きなの? 大人なのに?」
「あはははは、うん、大人なのに大好きだよ、ジェットレンジャー。多分、雄大くんより好きな自信あるよ?」
「そんなこと無いっ! だって僕、大人になったらレッドアルファになるんだもん! お姉さんより好きだもん!」
「そうかそうか、レッドアルファが好きなのか。でも、今日からはイエローデルタの事も大好きになって貰うよ!」
イエローデルタ? そんなの女の人じゃないか、と雄大は思う。
「女だと思ってバカにしたでしょー? これがすごい格好いいんだって気づかせてあげるよ。だから行き先変更、多分パパも雄大くんの事探してるだろうから、もう元の場所には居ないよ。ジェットレンジャーショーの会場で会えるように、放送流してもらおう! そうしないと、ショーに間に合わなくなっちゃうからね!」
雄大は、勢いに押されて、う、うんと頷く。
「さ、見えてきたよ、分かるね、今なら一番前の席に座れるから、今度はちゃんとあそこで待ってるんだよ」
そう言って女性は雄大の手を離してバイバイと手を振って足早に立ち去る。インフォメーションへ向かって全館放送をして貰おうというのだ。
「ええ、ですから、浅田雄大という五歳の男の子です。さっき、あそこのおもちゃ屋さんの前ではぐれたんです。捜索と放送をお願いします」
正弘が決死の様相で迷子担当の女性に説明をしていた。そこへ女性が割り込む様にカウンターに詰め寄り言った。
「ちょっとすいません、大至急、放送お願いします。浅田雄大くんって男の子が、ジェットレンジャーショーの会場の最前列でお父さんを待ってます、今は落ち着いてますが、あまり時間がかかるとまた不安にさせてしまうんで、一刻も早く放送してあげて下さい!」
女性の割込みに腹を立てた正弘だったが、その言葉を聞いて、文句を言ってやろうなどという気持ちは霧散した。というより驚いて今度は、今しがた駆け寄ってきた女性に向いて聞き返す。
「ひまっ」
今っと言いたかったらしい。あまり驚きと唐突な展開に声が裏返った。
「今、浅田雄大って言いました? 五歳の、男の子の、服は···」
そう言いかけた正弘を遮って女性が言う。
「雄大くんのお父さんですかっ!? あの、雄大くん待ってますので早く行ってあげて下さい。それから、勝手に居なくなってしまったこと、反省してるのであまり叱らないで上げてください!」
一体この女性は何者だろう。見たところ店員という風ではない。だとすれば親切にしてくれた人なのだろう。
「あの、雄大の事、ありがとうございました。何かお礼などしたいので、連絡先···」
「いえ、結構です。それよりも早く行ってあげてください。私も用がありますのでこれで。また、後で」
正弘が言い終える前に女性はそれだけ言って、現れた時同様、足早に去っていった。
それにしても、また後で、とは一体?
ふと考えそうになったが、一瞬で我に返った正弘は、ショーの会場に走った。
結果から言えば、雄大は正弘に心配されこそすれ、怒られる事は無かった。それどころか、雄大の姿を見つけるやいなや、正弘は我が子を抱きしめてオイオイと泣いた。人目も憚らずに。そんな父の姿を見て、雄大も涙が出てきたし、もう絶対に一人で勝手にどこかへ行ったりはしないようにしようと思った。
ショーが始まって、クライマックス直前頃、客席の子供達を怪人がさらって人質にするシーン、先の迷子の件もあって、積極的に前に行けない雄大が何故か選ばれてステージに上げられた。他の行きたがる子供達を尻目に何故か雄大が選ばれたのだ。
雄大はレッドアルファに助けて欲しいと思っていた。しかし助けてくれたのは、イエローデルタだった。
「雄大くん、頭を下げて」
イエローデルタがそう言った。この手のショーでは、スーツアクターは、事前に収録された台詞を放送で流し、それに合わせて演技をするのが常識だ。
なのに、確かに目の前のイエローデルタは、雄大の名を呼び、そう語りかけた。
スーツの上からでも分かるスレンダーなスタイル、フェイスマスクのバイザー部分から透けて見える眼差し、そして何より今の声、雄大が間違えるはずは無かった。
それ以来、雄大はイエローデルタのファンになり、笑顔が素敵で自信たっぷりなスレンダーな女性を好きになるのだった。
「パパ、桐ヶ谷香澄さんって、格好いいね。イエローデルタのお姉さんみたいだ」
時は現代に戻る。マリンシティホイールのゴンドラの中で、正弘が香澄を書いた記事を読み聞かせて居ると、雄大がポツリと言った。
いつの間にか、香澄は雄大の中で神格化され、ヒーローとして感じていた。
それを感じ取った正弘と真奈美も、香澄が必ず助けてくれる、そう信じる様になっていた。
突然、正弘のスマホが聞き慣れない呼出音を奏でた。
先だって物資の補給を受けた際、紙片にあったスカイプの音声通話による呼び出しだった。
「文科省政務次官の薮下と申します。
物資補給の際には書面にて失礼しました」
通話は正弘を含めた、全ゴンドラの全員と同時に繋がっていた。よって同じ事を他のゴンドラの者も同じくきいているという事だった。
「まずは皆様も既にご存知かとは思われますが、今まで、マリンシティホイールの誘導は、内閣情報調査室所属の桐ヶ谷香澄捜査官が執り行って参りましたが、先のけやき坂作戦の失敗と、その後の鳥居坂滑落、暴走の責任と、捜査官本人の負傷をもって、その職務を罷免された事と、今後の誘導は、私が担当させていただく事をお伝えする為に、ご連絡いたしました」
今の今まで、香澄の活躍と行動力に信用を起き、我が子のヒーローにまでなり、心の拠り所にしたいとさえ思っていた。
薮下の言葉は、浅田家の三人の希望を見出しつつあった心に、暗い影を落とした。
前々回の後書きにて、なるべく週イチ更新は守りますと書いた矢先、またもや一週間開けてしまいました。申し訳ございません。
今回より後半部分、大団円に向けたストーリーになって行きます。
しばらくは盛り上がる前の助走といった感じになるかとは思いますが、現在、お盆休みと言うこともあり、週イチに限らず書け次第、更新をして行こうと思いますので、今しばらく、盛り上がりが始まるまでお付き合い頂ければと存じます。