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キギ  作者: 白信号
6/6

葉内小鳥 ―人食い図書― そのご

「日常は終わりだ。少し世界から“ずれる”ぞ」


 彼がそんなことを言った次の瞬間、それまで本棚に大人しく並ばされていた学校所有の本たちが、一斉に飛び出した。


「っ、キギ!」

「大声を出すな。大丈夫、死んだりしねぇよ」


 そういう問題ではない。

 私が驚いている中いくつもの本たちは、私達の周りをせわしなく回っている。本の壁に隠れて本棚や窓などの日常的な景色は拝むことが出来ない。

 見渡す限りの本、本、本。最早視界に入るのはキギか本の二択になってしまった。


「今までと少し俺たちの立ち位置がずれただけだ。今日もこの図書室はいつもと変わらず平和だよ。ただ、いつもお前が立っている世界から、たったの半歩だけお前自身が移動した。それだけだ」


 そんな風にキギは言うけれど、それを聞かされたからと言って落ち着ける訳がない。そもそも言っていることが理解不能な点に重大な欠陥がある。

 心なし、本の壁がだんだん近づいているように見えるもの、私の恐怖心を煽った。


「さて」


 そんなことを言って、キギが右手を目の前に迫る本の壁の中に突っ込んだ。


「お前の友達ってこいつ?」


 次にキギが腕を引き上げたときには、私の友人がキギに襟首を掴まれる形でその姿を現した。

 肩までの黒髪を後ろで一つに束ねていて、大きめの眼鏡をかけている。そして化粧っ気のない少し野暮ったい顔は、見間違えるはずがない、


「そ、そうです!」

「お前よりは頭よさそうな顔してんなー」


 どうでもいいキギの感想は無視するとして、私はまだ下半身が本の壁に埋もれていた彼女を何とか引っ張って救出する。

 意識は無いようだけれど、息はしているみたいだ。大きな怪我もしている様子は無いので、一先ずは安心と言ったところか。


「だ、大丈夫!?」


 声をかけてみる。反応は無い。

 ここに来たのがもう三日も前の事なのだ。衰弱してしまっているのも仕方のないことだろう。早く病院に連れて行かなければ、最悪が起きかねない。


「それは大丈夫だ」


 まるで私の心を見透かしたかのように、キギが私に向かって言ってきた。


「ここの時間の流れは外とは少し違うんだ。あっちじゃ三日経っていても、ここじゃあ半日も経過してないんじゃないのか? 多分」


 最後の多分が気になるけれど、とりあえずそこは無視して安堵しておこう。まだ完全に安心していい訳ではないけれど、これで最悪なことにはならなかったと思っていいかもしれない。


「って、なんでこんなところにこの子がいるんですか? 人食い図書に食べられたはずじゃ」

「あ? あんなちまっこい本一冊に人間が収納出来る訳ねぇだろ。掃除機を使うならまだしも」


 掃除機を使っても無理だと思いますけどね。


「別に本当に食われたってわけじゃなくて、あの本を媒介としてこっちの世界に連れてこられたってだけだ。結果としては一緒だから俺も態々訂正はしなかったが」


 つまり食べられたように見えたのは間違いで、あの本が扉のような役割をはたして、この子がここに連れてこられたということか。ま、確かにそんな細かいことはどうでもいいのだけれど。というか本当にここって違う世界なのか。


「さっき俺が人食い図書を開いた時に、閉じていた扉を無理やり開いて広げたんだ。お前ごとこっちに連れてくるために」

「え、私を連れてくる意味は一体どこに?」

「置いてきたら置いてきたで危ないだろ。それにお前の友達っつっても俺は見たことないからな。万一俺の見当違いで昔の生徒が救出されないままにここにいたら、俺は最悪複数人を担いであの図書室に戻らなくちゃいけなくなっていただろうが」


 それは私がいたとしても複数人担いで戻りましょうよ。


「とにかく、目的は達成されました。さっさと戻りましょう」


 いまいち現状を理解していない私であるけれど、今はそんなことはどうでもいい。この友人を出来るだけ早く安心できる場所で保護してもらうのが先決だ。私だってこんなところから早く抜け出したいし。


「出来るならな、俺もそうしたい」


 ん?


「ここに出口は無い。入り口ならあるけど。実際、入るだけなら簡単なんだよ。俺じゃなくても出来る。ここにいるこいつが出来たように。ただ、出ることに関してはちょっと厄介だ」

「ええっ、出れないってどういうことですか! 何度も大してことのない怪談だって言ってたじゃないですか!」

「出れないとは言ってないだろ。少し厄介だって話だ」

「殆ど同じ意味じゃないですか!」


 私が叫ぶと、キギはそんなことねぇよ、と私の言葉を軽く受け流して、少し考えるようにそっぽを向いてしまった。


「入り口があるのなら、そこから出ればいいでしょう。入り口は出口としても使える筈です」


 僭越ながらも、提案させて頂いた。

 私はいまだにキギが持っている人食い図書を指さして言う。どうやってここに来たのかは知らないけれど、同じ方法で帰れないのか。


「こういうのって川の流れみてえなもんでさ、留まったり下ったりするのはそう難しいことじゃあないんだけれど、これが逆流するってなると、中々面倒になってくる。少なくとも、人間の力じゃあ不可能だ」

「そんな……」


 確かに今の説明は少しだけ理解できた。


「ま、だから不可能ってわけじゃあねえよ。内側から少しづつ溶かしたり、俺たちの構成を弄ったり、時間を切り離して再編集するっていう方法もあったりするんだけど、やっぱりどれもこれも面倒なんだよなあ」


 面倒がるなよ。出来るんならさっさとやれよ。


「まあ、殆ど価値のねぇ本と言ってもいいくらいだし、確率低いとはいえ人に危害を加えるタイプだし、そもそも作った奴が気に食わねぇからいいか」


 私の思いが通じたのか、キギは一人納得したようにつぶやくと、来た時と同じように本を開いた。ただ、今回はページは適当のようだ。


「葉内小鳥。ちょっと友達担いでこっちにこい」


 そう言いながら、手招きされたので素直に従う。私は言われた通り、友人を引きずってキギの近くに寄った。

 するとキギは、無言で私の頭を掴んだ。おおぅ、触れていいのか。いや、キギが良いと言ったときは良いのか。なんだその王様ルールと思わなくもないけれど、そんなこと考えている場合じゃないという事は私でもわかる。

 キギの、私の頭を掴む力が少しだけ強くなると同時に、


「気を付けろ、また少しずれるぞ」


 そう言った。

 それとほぼ同時に、轟音が私の耳に届く。

 それは何かが崩れているよな、割れているような、壊れているような、朽ちているような、なんといっていいのか分からないけれど、とにかく何かしらの終りを伝えるような音だった。

 その音の正体は、恐らくは周りに犇めく本の大軍だろう。

 今までは私の周りに壁の様に佇んでいたそれらは、何かの糸が切れたようにこちら側に向かって、重力に逆らわずに流れ込んできた。


 一冊一冊は大した重さでは無くても、その数たるや、目算だけで優に千は超える本の数。

 もしも私がこの光景を客観的に見ることがあったのなら、私はこれを災害だと思うことだろう。それほど現状は怖くて酷い。

 怖くて悲鳴を上げたけれど、そんな自分の声さえ聞こえない。

 目の前が本一色になる。やがてそれも暗闇に代わり、私が必死にしがみついている友人と、私の頭に触れているキギの手だけが唯一恐怖以外の感情を向けられる。


「目を開けろ」


 それからしばらく経ったとき、いつの間に目を閉じていたのだろう。キギにそう指摘されてからようやく私が強く目を閉じていることに気が付いた。

 恐る恐る瞼を上げる。気付けば、あの轟音も何処かへ去っているようだった。そんな簡単なことも気が付く余裕がなかったのか、私は。


「ま、及第点ってところだろ」


 そう言うキギの手には、真っ黒に焦げた本のようなもの。形を保っているのが不思議なくらいボロボロで、風が吹けば跡形もなく消えてしまいそうだ。

 そして場所は、いつもの図書室。……だと思う。違いが分からないから何とも言えないが、まあ本は全て大人しく本棚に収まっているので、こちら側、と考えて大丈夫だろう。


「えっと、因みにどうやって戻ってきたんですか?」


 ずれるぞ、としか説明を受けてないからさっぱりだ。


「んー、わかりやすく言うと、川の水を全部干上がらせた感じだな。無理矢理で、力任せで、全く華麗じゃないけれど、これでもう人食い図書を使うことは出来なくなり、被害者が出ることも無いだろ」

「随分乱暴ですね。というかそう言う方法があるなら最初の一人が閉じ込められた時点でそうしてくれればよかったのに」


 そうすれば我が友人もこんなことにはならずに済んだ。


「いや、こういうことすると後々面倒なんだよ。無理矢理空間を一つ捻じ曲げたから図書室の空間が荒れてるし、人食い図書に込められた燃料も全部なくなった訳じゃなくてそこいらに漂ってるから新しい面倒臭いのが発現したり、変な奴が利用したりしかねない。向こう一月は俺がここを見張ってなくちゃいけなくなった」


 あー面倒だ、と言ってキギはその長い髪をわしゃわしゃと乱暴に掻いた。

 私は腕の中で静かに寝ている友人を見る。

 特に異常は見当たらない。どうやらあの空間から出てくるときにも怪我を負うようなことは無かったらしい。よかった。


「そうだ、言い忘れてたことがあるんだけど」


 ありがとうございましたと一言お礼を言って、友人を抱えてその場を去ろうと思ったら、先にキギから声をかけられてしまった。


「連絡先を教えろ。できればメールアドレスがいい」


 あれー?


「あの、キギさん? それはもしかして私の携帯電話のメールアドレスをあなた、つまりはキギに教えて欲しいという意味ですか?」

「教えて欲しいじゃなくて、教えろ、だ。それ以外は訂正するところは無いな」


 いや別に良いよ。良いけどさ。

 なんだそれ今まで散々もう会うことは無いだろうとか俺のことは詮索するなとか偉そうに言ってたくせにメアドって、メアドって! 友達じゃないんだから!


 

 なんだか一気にキギの正体不明なオーラが消え行くように感じられた。


「いや、別にお前とメル友になりたいから教えろって言ってる訳じゃねぇぞ」


 少しだけ呆れ顔のキギが言う。


「え、じゃあなんで」

「依頼の前金は貰った。で、今依頼を完遂したから今度は成功報酬だ。その為に俺に教えろ」

「はぁ」


 一応納得しかけているので、曖昧に返事をする。

 メールアドレスって、いったい何に使うつもりなんだろう。


「成功報酬は、お前が一度だけ俺の駒になることだ。とはいえ今すぐに何かしてもらうことがある訳じゃあねぇから、とりあえずお前の連絡先を教えろという話だ。電話だと俺の声がお前に届いてしまうし、手紙でも証拠が残る。そう言う訳でメールが一番勝手が良い」


 私の表情がそんなにわかりやすかったのか、キギは丁寧に説明してくれた。


「今から三か月まで、今からだと9月の中ごろか。それまでに多分連絡入れるから、それまでは絶対アドレス変えるなよ。もし一度連絡が来たり、もしくは連絡が来ずに三か月経ったなら、勝手に変えてくれ」

「わ、分かりました」

「今携帯持ってる?」

「あ、はい」


 そう言いながら私は友人を静かに寝かせ、制服の内ポケットから携帯電話を取り出す。黄色で、目立つやつだ。

 私が携帯を取り出すと、キギは無言でそれを奪い取る。いや、鍵を掛けているから解除しないと操作できないのだけど。

 そう言うことを言って、携帯に手を伸ばそうとすると、キギに断られた。あら? もしかして例の能力で鍵の解除も出来るのかしら。


「別に、これは使わねぇから」


 そう言って、キギが携帯を持つ手とは別の手に取り出したのは思わせぶりに登場させておいて、結局出番のなかった鳥籠ちゃん。

 いや、使わないんだったら携帯返してよ。


「成功報酬は、多分、今貰うことになる」


 ん? どういう意味だ? というか、なんで多分?

 私の疑問はさておいて、キギは更に言葉を重ねる。


「一つ、お前に聞きたいことがある」

「彼氏はいませんよ?」

「俺もいねぇよ。そうじゃねえ」


 それはいたとしたらとても嫌だね。

 なんて、軽口を言っている場面ではどうやら無いようだ。


「こいつの名前、なんていうの?」


 そう指している先は、予想通り私が今まで抱えていた我が校の女生徒。

 相変わらず目を覚ます様子は無い。


「佐々木香奈枝です。彼女とは中学生の時から一緒で、私と同じバレー部でした。彼女はとても内気な性格で、友人と呼べるのは私と、他に数人しかいませんでしたが、とても優しい子です。勉学は基本的に好んで行うタイプだったので、全教科私よりも点数はかなり上回っていますが、中でも得意科目は数学で、苦手な物はてんとう虫とハンバーグについてくる人参のグラッセです。最近とある家電量販店に赴いた際に、そこで働く二十代の男性に一目惚れしたと零しておりまして、今では週に二度、その家電量販店に通っています」

「聞いてもねぇのに丁寧な説明ご苦労さん。まあ全部嘘だけどな」


 むう、嘘かどうかは本人に聞いてみないと分からないじゃないですか。なんか奇跡が起こって偶然一致している可能性もまだ完全には捨てきれませんよ。

 と、心の中だけに留めておいた。


「こいつ、友達でもなんでもないだろ」


 もう一度女子生徒を指すキギ。


「さらに言えば、こいつが本当に自分で人食い図書を開いたかどうかも怪しいな。ずっと言ってはいるがあの本は目立たない場所にあるし、あの内容だ。誰も進んで読もうとは思わないだろう」

「私は結構好きですよ。ああいうの」


 怖いものが苦手だとか、ああいうのも実は嘘だったりする。


「ずっと変だとは思ってたんだ。目的の本が目立つ場所にあるというのに、一時間も図書室に残っていたという発言や、この生徒が一度目に人食い図書を開いたページが42頁だという不自然。いや、その前に滅多なことじゃ見向きもされない人食い図書が、どうしてたまたま一度図書室に来訪しただけの生徒に、そんなことが可能だったのか。それに、今さっき人が呑み込んだばかりの本を、どれだけ勇気があったって何の知識もないただの子供が開くことなんて出来る筈がない」


 ましてお前は、図書室で封印された怪談相手にあれだけビビって見せたからな、とキギは続けた。

 これは、もう言い訳も無理そうだ。


「ありゃまあ、もうその時点でばれちゃってましたか。いやあ、昔から嘘を付くのは苦手なんですよねえ。馬鹿正直に生きなさいというのが祖母からの教えなものでして」


 降参したように手をあげながら、私は言った。


「お前、一体何なんだ?」

「貴方も知っての通り、葉内小鳥ですよ。強いて言うなら、オカルト好きのただの女子高生です」


 現在自信を持って語れる肩書きが無いのが恥ずかしい。


「でも、どうして確信したんですか? どうやら今の説明では、ここに至るまでに私が彼女の友人でない証明などできそうに無いのですが」


 まさかキギの不思議パワーで交友関係が見れるとか、ある訳ないか。いつ活躍するんだよ、それ。

 やっぱり私には全く予想もつかない。きっと聡明なキギのことだ、私の理解の及ばないような方法で断定したのだろう。


「え? お前とこいつが全然友達に見えなかったから」

「直感かよ!」


 思わず普通にツッコんでしまった。


「いや、だってタイプが全然違うだろ。こいつはお前も今言ったように眼鏡で大人しめ代表格の生徒だが、お前は染髪に化粧にピアスと馬鹿みてぇに着飾っている。これで信じろっつう方が無理な話だ」

「いや、それって大分偏見大きいですよね」


 見た目だけで判断していたのか。なんだか聡明とか言ってしまってこっちが恥ずかしい。

というかこれだったらいくらでも言い逃れできたんじゃないのか。


「あ? 俺は一般論を言ったつもりなんだけどな。見たことないぞ、お前みたいな女子がこいつみたいな女子と仲良さげに話したり歩いたりしているところ」

「万が一の可能性がありますよ」


 まあ私も見たことないけどね。


「いや、万が一の時点でほぼゼロじゃねぇか。俺だってお前とこいつが友達の可能性は0.01%よりは高いとは思ってたよ」


 少し呆れたように、キギが言う。


「で、お前はこいつに人食い図書を読ませたんだな?」


 どうやら本題に戻ったようで、キギはいつもよりも一ミリだけ表情を真面目に寄せた。


「ええ、図書室に最後まで残っていたのが彼女だったので。まあ別に人食い図書の存在を知ってさえいなければ誰でもよかったんですけどね。簡単でしたよ。だってあのページが少しでも目に触れただけで勝手にこの本が呑み込んでくれるんですもの」

「どうして、こんなことをしたんだ」

「だって、何故かは知りませんがキギって嘘の依頼だとそれを見抜いて接触してくれないじゃないですか」

「……なんとなく理解していたが、やっぱりお前、俺に会う為にこんな面倒臭ぇことしたんだな」

「だって下駄箱にラブレターぶっこめばそれでのこのこ体育館裏に来るような人でもないでしょう?」

「そりゃそうだ」


 そもそもキギの正体が掴めないことがこのクエストの難だったのだ。それさえわかれば全部イージーモードだったのに。


「で?」


 キギは聞く。

 今までのどの場面よりも嬉しそうに、楽しそうに。


 愉快に笑って見下している。


「お前の望むシーンがやってきたぞ。キギがいて、お前がいる。それでお前はどうするんだ? まさかこんなことをしておいてこのまま自分の足で帰れるとは思っちゃいねぇだろうよなあ」

「すみません、そういえばペットのサボテンに水をあげるの忘れていたので帰らせてもらいます」

「それなら心配するな。俺が代わりにやっておいた」


 嘘つけ!

 まあ、まさかこんなスカスカな作戦がばれないとも思ってはいなかったけれど、だからと言って特に対策もしていなかった。


「訳がない!」


 私が手にしているのは一冊の本。


 だがしかし、それは単なる本ではない。怪談話が載っていて、更に挿絵には主に本物の怪談が使われている、曰くつきの本だ。今日、キギに紹介された、5冊のうちの一つである。


「あ? なんだ。お前妙に怪談臭ぇと思ったらそんなもん持ってたのかよ。臭いのは人食い図書に関わってるからだと思ったら。しかも今日俺と会った後だと、ずっと一緒にいてそんな時間もなかっただろうし、前々からその本の存在知ってたのか」

「言ったでしょう。オカルト好きの美少女女子高生って」

「あれ? なんか増えてねぇ?」


 そんなことは無い。


「これでもオカルト臭さを消すためにいろいろ苦労したんですよ。そのまま持ち歩いていたらあなた相手だと一発ですからね」

「だろうな」

「私は一応オカルトマニアとしてこの程度の封印を解くことは可能です。勿論封印を解かれた怪談は暴れ回るでしょうし、私もあなたも無事では済まないでしょう。ここで提案なんですが」

「やだね」


 まだ本題を言い始めない内に、鋭く短くキギは言った。


「……別に私も見逃してくれとまでは言いません。それ相応の謝罪の気持ちもいくらか包みましょう。なんならあなたの活動に協力したって構いません。手前味噌ですが、私はそれなりに役に立つと思いますよ」


 私としては考えに考え抜いたセリフだったのだが、キギにとってはそんなものはどうでもよかったようで、何かに落胆したように私に言う。

 心なし、キギの声が沈んでいる。


「駄目だな。とても駄目だ。命乞いならもっと素敵に華麗にひれ伏せよ。脅迫? 買収? 面白く無いにも程がある。なんつーか、がっかりだよ」


 それがキギの最後通牒だったようだ。

 鳥籠を私に向ける。

 不思議と、それから目を離すことが出来ない。なんだか鳥籠に吸い込まれるような感覚になる。体の感覚が少しづつ消え、手から本が滑り落ちる。

 それさえ見ずに、私は立ち尽くす。

 最後に聞こえたのは、キギの言葉。


「出直してきな」





 暗闇だった。

 あれから一体どれくらいの時間が経ったのだろう。ずっと寝ていたような気もするし、さっきの出来事は数分も離れていない様にも感じる。


「どこ、ここ」


 私が起きた場所は、真っ暗な場所だった。何もない、ただの暗闇。

 時間を見ようとして、携帯をキギに取られたことを思い出す。腕時計は持っていないので、現時刻が把握できない。

 少し離れた場所に、なにか太い棒のようなものが何本も立っていた。

 その棒は私の周りをぐるりと囲んでいて、私の上空5m程の所で一点に結ばれている。


「鳥籠……」


 どうやら私は、大きな鳥籠の中にいるようだ。それとも私が小さくなったのか。小さな頃に読んだ西遊記の中に、似たような物語があって、私はそれを思い出した。

 あれは確か、瓢箪の中だったか。

 もしかしてあのキギが持ってた鳥籠も、西遊記に出てくる瓢箪のように不思議アイテムだったのかな。


『あー、聞こえるか葉内小鳥』


 突如頭の中にキギの声が響いた。それは唐突の事であったが、私はそれに何とか反応する。


「キギ! これは一体何ですか! 早く出して! 出せ!」


 暗闇の影響からか半狂乱になりかけながら、どこにいるとも分からないキギに向って叫ぶ。

 ただ暗いだけでここまで恐ろしいものだとは思わなかった。なんでもいい、早くここから出たい。


『恐らく今お前は俺の声に向かって叫んでいる頃だろうが、この声はあらかじめここに残しておいたものがお前の意識の復活と共に再生されているだけだから、俺との会話は出来ないぞ。多分お前がこれを聞いている頃には俺は風呂でも入ってるんじゃないか?』

「なっ……」

『お前は今回いろいろ面倒なことをした。うん、まあいろいろしたな。でもなんかもういいや。面倒だ。お前のことはどうでもいい。本当はこんなことをした理由とか、これからしようと思っていた事とか、知識元とかいろいろ聞かないといけないんだけど、もう面倒だから、それはしないことにした』


 淡々と、キギは続ける。まるで友人と話しているような気軽さで。

 私はそれに対して言葉も出ない。何も言うことが出来ない。


『でも、お前を放っておくものいろいろ面倒だろ? 後々のことを考えると、野放しにも出来ない。かといってお前の為に態々時間をかけて拷問するのも面倒だ。じゃあどうしようかと考えたときに、一つ名案が思い付いたんだ。そうだ、お前に妖怪関連の専門知識とかを忘れてもらおう』


「な、何を言ってる……」


 だって、それって、今私がこんな所にいる理由になってないじゃないか。監禁ならともかく、記憶を無くす? それって、まさか。


『でも俺には記憶の改竄とかそんな器用な真似は出来ないからさ。“時間”に忘れさせてもらうことにした』


 血の気が引くのが分かった。周りは暗闇のはずで、もうこれ以上暗くなりようなどない筈なのに、目の前が真っ暗になる感覚がする。


『その結界、まあ鳥籠のことな。朝には完全に解ける。でもそこの中、こっちの世界とじゃあ少しだけ時間の流れが違うんだ。まるで人食い図書の中みたいだな。まあでもあれとは逆で、具体的に言うと、大体こっちの10分が、そっちの一年。まあ夜明けまでこっちの時間で大体三時間ってところだから、そっちの時間で18年? 何もなくて退屈だとは思うけれど、肉体は三時間分しか衰えることは無いから気長に待てよ』


 立っていられなかった。

 不思議と笑えてくる。

 こんな、何もないところで18年もいろって? 無理に決まっているだろう。気がおかしくなるに決まっている。


『じゃ、また18年後に会おうぜ、会えたらな』


 キギからメッセージは、それが最後だった。


「いやあああああああああああああああああああああああああ!」




 この叫びは、18年分の絶望だ。


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