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キギ  作者: 白信号
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葉内小鳥 ―人食い図書― そのよん


「どうでもいいことですけれど、キギって結構お喋り好きですよね」


 それから私たちは屋上に戻り、下校時間、さらに日付が変わるのを待った。

 勿論家族に何も言わずに丸一日学校で過ごすなんてことは出来ないし、本当のことも言えないので、私は親に友人の家に泊めてもらうと電話で嘘をついた。

 その後、空が暗くなるまでは適当に図書室から持ってきた本で時間をつぶし、暗くなってからは屋上の柵に寄り掛かり、体育座りで睡眠をとった。キギはそこらに放置してあった寝袋のようなものに包まっていたが、案の定家庭にあったらその週の燃えるゴミの日に捨てられてしまうような汚さだった。


 で、時刻は午前一時半。


「意外か?」


 少しだけ表情を緩めて、キギは聞く。


「ええ、まあ。事前の情報から推察するに、というか怪談の案内人という肩書で、なんだか怖い人って思うのは当然なんじゃないですか?」

「そんなものお前らの勝手な想像だろう。ま、俺は普段は全然喋んねぇ大人しい真面目っ子ちゃん設定なんだけどな。こういう時は喋らせろ。あれだよ、普段は全く喋らねぇけど自分の得意分野になるが否や滝のように言葉が口から溢れ出る奴っているだろ。俺がそれだ」

「あー、成程」


 しかしこの人からは普段の大人しい姿が全く連想できないのだけれど。っていうかこの人普段何してるんだ? 学校に来てるのかな?


「言っておくが俺のプライベートは探るなよ。冗談抜きで迎撃しなくちゃいけなくなる」


 キギがいつもの口調に少しだけシリアス雰囲気を混ぜて、私に釘を刺さす。まるで私の思考を読み取ったようで驚いたのだが、私がわかりやすかったのかな。


「さ、行くぞ」


 そう言って屋上の出口の扉を開いた。


 学校の周りはとにかく田舎な為、めぼしい人工物は学校裏の体育館程度の大きさのスーパーか、ちょっと先のコンビニくらいしかないので屋上ではキギの表情を読み取るのも苦労するくらいに真っ暗だ。それでもキギは迷うことなく扉を開き、その下の階段を躊躇もせずに降りて行った。


「照明付けちゃ駄目ですか?」


 キギはともかく私は階段の途中ですっ転んでしまいそうなので、そう提案をする。


「あぁ、見えないのか。まあもう誰もいないだろうし良いぜ」


 適当に言うキギ。確か守衛さんとかが居たような、いないような気がしていたけれど、自分にとって都合が悪いから忘れよう。

 手探りで照明のスイッチを探して押す。わっ、まぶしい。


「眩しいな。余計に目が見えないだろ」


 私もそう思った。

 けれどもそれも一過性のもので、30秒もすれば普段と変わりなくいつもの屋上へ繋がる階段が視界に広がった。


「あれ? キギ、それなんですか?」


 暗かった時は気付かなかったのだけれど、キギは銀色の金属でできている洒落た鳥籠を持っていた。恐らく屋上のゴミ山からとってきたのだろうと推測できるけれど、一体何のために。


「ああこれか? まあ使わないのが一番なんだけどな。万が一のことを考えて、一応って奴だ」


 なんだか煮え切らない言い方をするな。悪意を持ってごまかしているのか、それともなにか理由があるのかは知らないけれど、とにかくそうやって誤魔化すということは、つまり教えてくれないということだろう。

 その証拠に、キギはガチャガチャと持っている鳥籠を揺らしながら、どんどん先へ行ってしまった。


 図書室は二階だ。


 更にもう一段回階段を下り、右に曲がって少し行った先に図書室はある。

 その図書室の、古い扉の前に二人で立ったとき、私はあることに気が付いた。


「あれ、そういえば鍵ってどうするんですか?」


 校内において施錠されている空間は、何も屋上だけじゃない。まあ、屋上も何故開錠されているのかは謎だけれど。

 とにかく、我が校では一般的な教室以外の部屋は殆ど鍵付きの扉であり、図書室もその例外ではない。私も詳しい訳ではないけれど、確か放課後に用務員さんか、当番の先生が全ての特別教室の扉の鍵を閉める筈である。

そして鍵は職員室へ向かわなければ無い。勿論職員室にも鍵が掛かっているので、私たちが図書室の鍵を手にすることは出来ない。


「鍵? ああ、これの事?」


 持ってた。

 職員室や教師の誰かが持っている時など、私達のような一般の生徒も時たま学校の鍵を目にする機会はあるのだけれど、今キギが何ともなさそうに取り出したそれは、まぎれもなく我が校の鍵であった。


「つっても唯のマスターキーだけどな」


 しかもマスターキーのようだ。


 一体どこで盗んだんだ。

 私のそんな疑念はキギにはどうでも良いようで、意気揚々と鍵を差し込み、開錠するキギ。彼の存在自体が既に一つの大きな不思議なのだから、やはりこんなことで一々驚いては駄目なのだろうか。

 スライド式の扉をキギが開く。どうやら立て付けが悪いようで、片手だけでは開くのが難しかったのか、手に持った鳥籠を一旦床に置いて両手で何とか開ける。この学校、もう随分古いからなあ。


「さ、入るぜ葉内小鳥」


 そんな風に言われて、少しためらいつつも大人しくキギにしたいって図書室に潜入しようとする私とキギ。

 扉の前から見る限り、図書室は昼間とはまた少し違う雰囲気に満ちていた。


「照明はつけるなよ」


 先に図書室に入ったキギに言われて、扉付近に設置されているスイッチに伸びていた手を慌てて仕舞う。


「何故ですか?」

「雰囲気が大切だから」

「何ですか、それ」

「分からなくていいよ。とにかく付けんな。今日は月も出てるし、なんとなく見えるだろ」


 確かに目さえ慣れてしまえば、何度か来たことのある空間だし、間取り程度は把握できる。

 けれど見える見えないの問題ではないのだ。

 そう、怖いのだ。

 キギはこういったことに慣れているから良いのだろうけれど、私はついこの間怪奇現象に出会ったばかりなのだ。しかもこの図書室で。私はどうであれトラウマになりかねない体験をしたのだ。抵抗があると言ってもそれは仕方ないことだろう。


「早く来い。時間になっちまうだろ」


 が、キギは私のそんな思いを知ってか知らずか無情にも図書室の中へと入ることを催促してくる。キギの性格的に言って、引っ張ってでも私を図書室に連れ込むのかと思ったがそういう事はなく、あくまで紳士的に声をかけるのみだった。

 まあ言い方が紳士的かどうかは置いておいて。

 ……あ、そういえばキギは私に触れないのか。

 いくつかあるキギに関する噂の一つに、キギに触ってはいけないという物がある。もしもそれが私からキギだけでなく、キギから私にも適用されるのだとしたら、現在のキギの行動には納得がいく。

 そうだよね。キギが紳士的なはずがないよ。


「なんだかすごく失礼なこと思ってねぇか?」

「まっさかあ」


 このわずかなやり取りで気分を軽くした私は、ニュートラルに近い状態で図書室に第一歩を踏み入れることが出来た。

 ことをその二秒後激しく後悔した、

 外から眺めているだけでもなんとなく分かっていたことではあるけれど、図書室が昼間とはまるで違っていた。

 どうやら見た目は同じようだ。が、見た目以外はどこを切り取っても同じ個所が見当たらない。私の本能が逃避を促している。

 何が違うのかと言われれば、やっぱり正確に答えることはできないけれど、それでも分かる。ここは、私の学校の図書室であって、図書室ではない。ここには何かが潜んで溜って蠢いている。


「キギ……」

「大丈夫だ。俺がいる限りあれから手を出してくることはねぇ」


 あれ、とはキギが昼間に言っていた五つの怪談の事だろうか、それともまた別のなにかだろうか。

 ともかく、キギがそう言うのなら信用するしかない。キギがいる限り大丈夫という事はキギがいなければどうなってしまうのだろうという想像を一瞬したが、直後にそんなことは頭から切り落として捨てた。

 無意味に怖がることは無い。

 キギが図書室をゆっくりと移動する。恐らく例の人食い図書の下へ向かっているのだとは思うけれど、私の記憶では彼に人食い図書の場所を教えてなかったはずだけれど。


 キギは迷うことなく人食い図書へ真っ直ぐ歩いてゆく。私もキギに置いて行かれないように必死に追いかける。キギは別段急いで歩いているという訳でもなく、むしろ私でも緩慢に見えてしまう程ゆっくり歩いている筈なのだけれど、それでもどうしても彼に置いて行かれないように歩こうと思うと、体が思うように動かなくて必死になってしまうのだった。

 実際の時間は一分と経っていないだろう。しかしキギと私が図書室の入り口から奥の人食い図書の陳列してある本棚まで移動することにかけた時間は、とても長く感じられた。


 キギが人食い図書のある本棚の目の前に立つ。私はそれよりも少しだけ離れた位置で様子を見る。

 そして持っていた鳥籠を静かに床に置き、右手で一冊の本を取り出す。見間違えることは無い、あれが人食い図書だ。


「人食い図書。この本の42ページを開くと、本に体と魂の両方を食われて永遠に文字の海を彷徨うことになる」


 人食い図書をぱらぱらと捲りながらキギがそう呟いた。いや、それは私に向けられた言葉かもしれない。


「え、大丈夫なんですか?」

「俺が食われる心配なんてしてくれんのか。友達食われているのに余裕だな。だがまあ、その点は大丈夫だ。こいつだって何も本を開いた奴を無差別に食ってるわけじゃねぇ」


 そういってこちらに人食い図書を開いて向けてきた。よく見てみると、ページは42。


「こいつが人を食う条件は、この本が人を食うと知っているかどうか。知識があるかどうかだ。人食い図書もどう転ぼうが本だからな。学のねぇ人間に自分の知識を押し付けることを喜びとしてるんだ」

「え、じゃあ」

「そう。こいつ自身に悪気はねぇ。まあ悪気のある怪談なんて滅多にいねぇけどな。だからお前が初めにこの本を見たとき食われなかった理由が分かったろ。あの時お前は友達が本に食われるのを見て、これが人食い図書だという事を知った。だから今でもお前はこうしてここにいる」


 そんなことを言いながら、キギは人食い図書を念入りに読み込んでいる。いや、あれは本文を読んでいるのかな。随分ページを進めるのが速いけれど。

 成程、キギはそう呟いてから本を閉じる。


「朗報だ、葉内小鳥。なんとこの本にはお前の友人しか中に閉じ込められてねぇ」

「え、それってどういうことですか?」


 キギの言うところの朗報の意味が、全く理解できない。友人以外に誰が閉じ込められているというのだ。


「……お前本当に頭弱いな。お前の友達の前にも、人食い図書に食われた奴が居るってのは分かってただろ?」

「ああ、そう言う事ですか。つまり、同じように人食い図書に食べられた人がいたかもって推測が間違いだったってことですか?」

「いや、それ自体は間違いじゃねえ。まず、最初から三番目までの物語だけど、これは製作者によって意図的に繰り返された物語だ。人食い図書を制作するにあたって必要な過程だったのだろう。こんな悪趣味なもん作る奴の気が知れねぇが、もう何十年も前の話だ。そいつにお礼することは叶わねぇだろうな」


 この人食い図書には製作者なるものがいたのか。全く考えていなかったことだけれど、考え至ってもよさそうなことだった。

 まあ、友人が食われたりして余裕がなくなっていたのだろう。そうでなければ、こんなものを作るような人がいるなど想像もしたくなかったのかもしれない。まあ、こちらは考え過ぎか。私はそこまで良い子ではない。


「じゃあ、三篇以降の物語については? あちらも他の誰かの手によって書き足されたという事ですか?」

「いや、こっちは実際に閉じ込められた奴が居る。お前の友達みたいにな。けど、すぐにこっちの世界にサルベージされたんだろう。恐らくはキギの手によって」

「成程。それでも記録って残るんですね」

「記憶みたいなものだからじゃねぇか?」


 適当にそんなことを言う。まあ、そこはどうでもいい。


「で、どこが朗報?」


 確かに友人の他に被害者がいないというのは大変喜ばしいことだけれど、そもそもの友人が閉じ込められている状態なのだ。その程度では気分は上げられない。


「馬鹿かお前は。今までの人間が助かったってことは、お前の友達も助かる見込みがあるってことだろ。しかも過去達率十割だ。そこまで大変な仕事になるとは思っちゃいなかったけど、思ったよりも簡単にことが済みそうでよかった」


 キギに言われてやっと理解した。一つ前のセリフを言ってしまった自分が恥ずかしい、


「んじゃ、始めますか。偉大なるキギが一体どんな方法でここの人間を助け出したのかはさっぱり見当がつかねぇが、俺は俺のやり方で行かせてもらおう」


 恐らく私に向けられた言葉ではないだろう。けれど独り言という訳でもないようで、まるでここには居ない誰かに向かって宣言をしているようなキギ。


 もう一度人食い図書を開く。



「日常は終わりだ。少し世界から“ずれる”ぞ」


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