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キギ  作者: 白信号
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葉内小鳥 ―人食い図書― そのいち

 曰く、彼に会う際には必ず一人で会わなくてはいけないらしい。


 曰く、彼に会う際には甘いものを持っていかなくてはいけないらしい。


 曰く、彼の許可がない場合はいかなる場合も彼に触れてはいけないらしい。


 曰く、彼に会えるのは一度きりらしい。


 曰く、彼は不思議な力を持っているらしい。



「ようこそ、世界の外側へ」

 

 彼――キギは不自然な笑みを浮かべてそう言った。



 私の通う高校は、もう何年も前に創立百周年を迎えた歴史のある学校だ。それに応じて校舎もそれなりに古く、各所校舎の傷みや綻びは、単純な老廃を通り越して最早貫録とさえ感じてしまう。

 身内の贔屓の部分も大いにあるとは思うが、地元ではそれなりに名の通った進学校であり伝統校なので、そう言った要素がそうさせるのかもしれない。

そしてそれらが原因なのかどうかは知らないが、私たちの学校では恐らく他の学校よりも頻繁に、とある種類の噂話が飛び交っている。

怪談。

都市伝説。

 それら噂は、トイレの花子さんのような誰でも知っているようなものから、そういった系統の話の話に興味が向いているような人でも初めて聞くようなマイナー過ぎるものまで、幅広く存在する。

 そんな学校だから、怪談が暇つぶしに留まらなくなってしまう生徒も時たま出る。面白半分に手を出して、あちらの世界に足を踏み入れて、それで戻ってこられなくなる生徒が出るらしい。

 もしもそんなことがあった時、人知を超えた恐怖が自分の身に襲い掛かり、自分たちだけの力じゃどうにもならないようなのっぴきならない事態が起こってしまった時、そんな時は同じく怪談に頼ってみるのも一つの手かもしれない。

怪談への案内人、キギ。

一つの噂によればその怪談は、私のような問題を抱えた生徒を助けてくれるようだ。


 聞くところによるとそのキギという怪談は、我が校の生徒の姿を取っているようではあるけれど、最低でも六十年ほど前からキギに関する噂がある。キギとは実は私達と変わらない生身の人間であるという噂もある一定の勢力をもってあるのだけれど、しかしだからと言って今はもう廃れた噂であるとか、実際会ってみたらとんでもない老人だったとか、そういう話ではないようだ。


「どうした? さっきから案山子みてぇに固まったままじゃねぇか。まさか人間を見たのが初めてでもあるまいし。別に取って食ったりしねぇよ、あんまり怖がるな」 


 実際に目の前にいるし。

 場所は学校の屋上。本来であれば鍵が掛けられ生徒が立ち入ることの出来る筈のないその空間に、私とキギはそれが当然であるかのように侵入していた。

 現在、梅雨真っ盛りの季節ではあるけれど、幸運にも、今日に限っては雲一つない晴天だ。

 そして目の前のキギは、確かに怪談として語り継がれるにふさわしく不気味な様子を呈していた。

 年の頃は高校一年生の私とさして変わらないだろう。いや、同学年とは少し違った大人びた雰囲気がなんとなくあるので、先輩だろうか。体は別段大きいという風ではないが、細くて、何処か針金を連想させられる。肌も病的に白い。男子にしては髪の毛は長く、恐らく視界を阻害する位置まで来ている。顔立ちは意外にも整っていて、中性的な風貌だ。髪の毛が長いこともあって、角度によっては女子生徒に見えないこともない。

 しかしそんな特徴的な部位は、私にとって後付でしかなかった。私が最初に彼を見た際、否が応でも目を向けられたのは針金のような体でもなく、人より長い髪の毛でもなく、彼のその気味の悪い表情だった。笑ってはいる。が、ただそれだけだ。その笑みは恐らく誰一人として幸せにしない笑みだ。


「あ、ごめんなさい。少し驚いてしまって」

「構わねぇ。初めて会う奴は大抵そんな反応だ。いやあ、自分でも何がいけねぇのかは分かってるんだけれど、出会い頭に皆が皆そういう反応だとこっちもテンションの上げどころを無意味に模索しなくちゃいけなくなって、それでもやっぱりそれも面倒だから結局いつもこういう感じで出迎えてるんだけれど、どうよ。やっぱり髪切った方がいいか?」


 そんなことを表情を変えないまま言いつつ、近くにゴミの様に放ってあったパイプいすを立て、そこにどかりと座った。

 というか思ったよりもベラベラ喋る人なんだな。半分くらい何言っているのか分からなかったけれど。

 後、私が怖がったのは髪の毛が原因じゃない。


「まあ、髪に関して言えばお前だって人のことは言えねぇか」

「いや、一応私は人に不愉快を与えるようなデザインにはなってないと思いますけど」


 しまった、この言い方だと彼が人に不愉快を贈呈している人になってしまう。まあその通りで訂正はし辛いのだけれど、本人がいる前では流石に不味かろう。


「いや、そっちじゃなくて色の方」


 私の言い方にキギは反応せず、言葉を続けた。


「ああ、これですか。でも別に珍しくもないでしょう。校則違反という訳でもありませんし」


 現在、私の髪の色は明るめの茶色となっている。

 だが、私が今言ったように、染髪自体は決して珍しいという訳ではなく、全校生徒の4分の1くらいは何かしら髪を染めていると思う。


「いやいや、黒髪じゃねぇのは太古の昔から異国の人間か異形の怪物かのどちらかに分かれるからな」

「それって江戸時代ぐらいの常識じゃないですか」


 歴史詳しくないから知らないけど。


「耳もほら、穴なんぞ開けよって」

「貴方は私の父親ですか」


 恐らくピアスのことを言っているのだろう。今時ピアスごときで一々小言を言われても困る。


「悪いとは言わねぇよ。でも今後もし間違えてお前のことを退治しそうになっても勘弁な」

「勘弁する訳ないでしょう」

「まあそんなことは置いておいて、お前も座れ。そこらにいくつか投げてあるだろ」


 見れば、確かに彼の座っている椅子の他にもいくつかの椅子と、その他恐らくなにかしらで使うのだろうと思われる日用品が不法投棄と見まがえるほど乱雑に置かれていた。

 けれどそのパイプ椅子はどれもこれも雨風に晒され汚れていて、一見ゴミとの判別が難しい程の有様だったので、座るのは遠慮させてもらった。座るとスカートが汚れそう。


「ま、お前は中々肝が据わってる方だな。前に一度、俺の顔を見ただけで逃げ出した奴が居る」

「気持ちは、なんとなくわかりますね」


 ただでさえ一人で不安なのだ。そこにこんないかにもな生徒が現れたら、確かに逃げ出してしまっても不思議ではない。


「ま、あいつの時は丁度ハロウィーンだったからな。仮装してたのがいけなかったのかもしれん」

「あ、そういうことするんですね」

 というかこの人仮装とかするのか。少し可愛いな。

「うむ。半透明だった」

「本格的だ!」


 それは私でも確実に逃げ出すぞ。っていうか仮装?


「冗談だよ。俺がそんなことするか」

「あ、ですよねー」

「半透明だったのは俺じゃなくて、こいつを見ただけだよ」

 キギが自分の隣をちらりとみる。まるで、そこに見えない誰が言うように。

「…………」

「いや、冗談だよ」

「……笑えねえっす」


 貴方が言うと信憑性が段違いだという事を理解してくださいよ。

 すこし思っていた人物像とは誤差があったが、とりあえず、


「えっと、貴方がキギなんですよね」


 もしそうでなかったのならこいつは誰なんだという話であるけれど、ことは慎重を極める。この程度の確認は当然必要だろう。


「ああ、俺が怪談の案内人、キギだ」


 至極当然の流れとしてキギが肯定する。

 私はその自信に満ちた表情で、再度自分の中のキギ像と目の前の男を照らし合わせて確認する。

 うん、大丈夫。一〇〇%とは言えないけれど、この信用の欠片も見当たらない人物なら信用できるだろう。


「あ、私、一年二組の葉内小鳥といいます。よろしくお願いします」


 そういえば自己紹介を忘れていたので、軽く挨拶をしておいた。


「ああ、知ってる」


そりゃそうか、と私は心の中で呟いてから、仕切り直す。


「あ。これ、ケーキです」


 彼に会う際には甘いものを持参しなければならない。

 キギに関しては様々な噂が流れているが、いくつかある主流の噂の一つがこれだ。まあ、相談に乗ってもらうための料金と言ったところなのだろう。

 彼に会うにあたって今日の朝、近くの洋菓子店へ寄ってきた。一体どのような物をどれだけ買えばいいのかという指定は無かったため、適当に店員さんに見繕って貰い、一つ420円のケーキを三つ購入した。高校生の自分には少し痛い出費なのだけれど、これで問題解決がなされるのなら、安いものだ。


「うん」


 彼はそう言って私が差し出したケーキを受け取った。ここにきてずっと笑顔だった彼の表情が微妙に、本当に微妙に崩れた。


「あれ、もしかしてケーキ嫌いでした?」

「いや、嫌いって程じゃねぇんだけど。俺、和菓子主義者だから」


 そう言いつつ手づかみでケーキを頬張るキギ。あ、ここで食べるんだ。


「ま、いいんだけどな。どうせこれってお供えみてぇなモンだから。ようは気持ちの問題でさ。今日ここに来るまでにお前、葉内小鳥が財布の中身を少しでも軽くして、俺に何を食わすか悩んだ時間があって、そのものをここまで持ってきた。っつー過程が大切なわけだよ。今からお前や俺がすることって信頼関係が大切だからさ、お前が少しでも俺に意識を向けてさえくれればそれでいいんだ」


 器用にも食べながら説明するキギ。手についたクリームをべろりと舌で舐めとり、早くも二つ目のケーキを取り出したキギがそう言った。

 まさか店員さんに選んでもらったとはいえなかった。


「うん、じゃあ次に会う時は和菓子を持ってきますよ」

「次はねぇから気にするな。これだって嫌いって訳じゃねぇし」


 おっと、そうだった。彼に会えるのは一度まで、だ。


「どうしても気にするって言うのならば、適当に噂でも流しておいてくれ。キギは洋菓子なんてチャラ付いたものより和菓子の方が好きなんだってー」

「はあ」

 面倒なので恐らくそんなことはしないと思うけれど、一応そう返事しておいた。というかこの人が結構気にしてるんじゃないか?


「じゃ、とりあえずお前の抱えている問題でも聞こうか」


 三つめのケーキに手を出すついでに、さらりとそんなことを彼は言ってきた。てか、食べるスピード速いな。自分が食べている訳じゃないけれど、鼻から何かでそうだ。


「え?」

「いや、だからなんで俺のところに相談しに来たのか聞いてやるって。あるから来たんだろ? 厄介ごと」

「あ、すみません、いきなりだったので。普通もう少しシリアスな雰囲気になってから話始めるのかと思って」


 時は夕刻、逢魔が時ではあるけれど、まだ放課後になったばかりであるので階下からは生徒たちの笑い声が聞こえるし、夕方とはいえまだまだ明るい。


「俺の売りの一つに行動迅速ってのがあるんでな。基本的に仕事は次の朝までは持ち込ませない。でないと俺に会うのは一度まで、なんて決まりが簡単に破られてしまうだろ。ま、今日徹夜するのは覚悟してもらうけど」

「な、成程」


理屈は分かった。そういう理由なら徹夜も吝かではない。何より私だって、こんな問題早く解決したいんだ。


「あとこれ、やる喰え」


 キギが脈絡もなく私に近づき、私の購入した最後のケーキを、私の口に突っ込んだ。


「ほがほが」

「まあ、嫌いって訳じゃあないんだけどな、やっぱり三つはきついわ」


 あげるにしてももっとやり方があるでしょうと抗議したくなるような彼の行動であったけれど、それも口内いっぱいのケーキによって、阻まれる。

 それから十数秒、ケーキを呑み込み、気を取り直して、私は言う。


「助けてください。友達が、本に食べられてしまったのです」

「……へえ」


 そんな風に言う私をぎろりと見つめるキギ。その表情は、なんと表現していいか適切な言葉が見つからないけれど、少ない経験ながらも彼の見せた表情の中で最も、愉悦に満ちた表情だったことは間違いない。


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