そうめんに愛を3
ついに、この日がやって来た。
引き裂かれる二人を前に、僕はどうしたらよいだろう。
暗く、陰を落とす彼女に僕は何をしてあげられるだろうか。
建ち並ぶ大きなビル
人工でも青々しくさざめく緑
小綺麗なカフェテリア
「そうだと思わない?」
彼女の声に合わせて視線を戻した。
コーヒーカップに視線を落とした彼女は何か思い出したのか、悲しく微笑んだ。
彼女は諦めようとしている。
その事実が僕を揺り動かした。
「思いません」
あくまで誠実に
「どうして?」
彼女の問いかけにこたえる。
「僕が男だから、ですかね」
僕はあなたのことが好きだ。
「答えになってないわよ」
僕はあなたのそばにいたい。
「では、僕が男でありたいから、です」
だけど、あなたはきっと彼が好きだ。
「そんな終わり方、僕は到底認めることができない」
あなたがこのまま終わるのは嫌だと思っているなら
「男の意地ってやつです」
背中を押さなきゃ、男が廃る。
彼女は頭を垂れてコーヒーの、揺れる波面を見つめていたが、ポツリと一つ呟いた。
「ほんと、かってね」
僕は、あなたのそばにはなれない。
わかっている。
「こんなところに二人でいるの見られたら終わりですよ。終止符を打つなんて僕は真っ平ごめんだ」
彼女は顔をあげない。
「素直になれませんか?」
幼なじみですもんね。
「素直って何よ?私があいつに遠慮してるとでもいいたいの?」
全くだ。彼女は彼に遠慮している。
遠く旅立つ彼に。
思いを伝えぬまま。
ここに残る僕が何をいったところで彼女は顔をあげてはくれないだろう。
だから
男は彼女の手を引いた。
「何してるのー?」
姪っ子のはるちゃんが嬉しそうに尋ねてきた。
おままごとをやっているとでも思ったのだろう。
「全国郵送されるそば男と現地で売られるそば子、そば子に恋する素太郎。二人の中を引き裂く大晦日という日に素太郎はなにを思ったのだろう、とね」
「そばおくんとそばこちゃんは同じ畑で育った幼なじみなんだねー」
ふむ、はるちゃんはちゃんと話を聞いていたようだ。
「そう。それじゃあはるちゃん、このあと素太郎はどんな行動をとったと思うかい?」
「うーん。そばおくんのところに…」
「梱包され、整然と並べられた段ボールのなかで運ばれるその時を待つそば男のところに行き?」
「そばおくんにおわ…」
「出荷される寸前、そば男と入れ替わった。そうだね?はるちゃん」
そうだ。素太郎は彼と彼女の幸せを望んだのだ。彼女の顔をあげることができるのはこの世でただ一人、そば男だけなのだから。
この子には素養があるかもしれない、いやあるに違いない。
「う、うん」
一歩足を引いたはるちゃんに伸ばした手を、誰かがはたき落とした。
「何してんの?お兄ちゃん」
「おお、妹か。素太郎、食べるか?」
「素太郎って何よ、気持ち悪い。はるちゃん、あっち行きましょ」
そば、か。
素麺とは色、形、香りどれ一つとして異なる日本の麺の一つ。
だが、みんな違ってみんないい。
「そうだろう?素太郎」
素太郎から一本、素麺を引き抜く。
しなる曲線美にまた物思いに耽る。
読んでいただき、ありがとうございました。