laststory。ヨーイ スタート
手術室に入った後、ミーシャがクレストとシーザーに注射器を渡した。
この注射器は特別なもので、注射した場所の血を瞬間的に採取することが出来る。なのでクレストかシーザーのどちらかが血が脳に集まって化け物となっているアリーナの脳にその注射器を刺せばいいというわけだ。
その後アリーナを寝台に寝かせ、ミーシャがアリーナの脳に血を集める。するとアリーナがあの時のように発狂を始めた……
「シーザー! 早くあそこへ運ぶわよ」
ミーシャとシーザーが発狂して化け物へと変身しようとしているアリーナをどこかへ運び始めた。クレストは黙ってその後ろをついていく。
ミーシャとシーザーが向かった場所は、病院の目立たないところにある部屋だった。
中に入るとそこは物一つない広々とした部屋だ。ミーシャは「ここなら思う存分戦えるわ。クレスト。シーザー。生きて……生きて戻ってくるのよ」とだけ言い部屋には入らなかった。
部屋の中に入ったクレストとシーザーは、発狂しながら化け物へと変身していくアリーナの姿をじっと見詰めている。
するとアリーナがとても大きな声で奇声をあげた。それと同時にクレストとシーザーも注射器を取り出す。命を懸けた戦いの始まりである。
まず二人は二手にわかれ様子を見る。だが、そんなことはお構い無しにアリーナは切り裂こうと近づく。切り裂くターゲットはシーザーに決めたようだ。
この瞬間。アイコンタクトによる合図でシーザーが囮役に決定する。長く伸びた爪でシーザーを切り裂こうとした瞬間にクレストがすかさず注射器をアリーナの脳に刺すのだ。
予定通りアリーナがシーザーを爪で切り裂こうとする。その瞬間にクレストがアリーナの脳に注射器を刺そうと一気に駆け寄る。
だが、アリーナは野生の勘なのか、切り裂こうとしている爪を止めクレストの方に素早く振り向き蹴り飛ばした。
クレストは吹っ飛び、遠くにある壁に当たった。それほどの威力があるということである。壁に当たったクレストは吐血し、壁にもたれてぐったりとしている。
その瞬間。クレストに気を取られているアリーナを見てチャンスと思ったシーザーはすかさずアリーナに飛び掛った。だが、それも軽くあしらわれる。
シーザーは一度距離をとり、ぐったりとしているクレストの所へ向かった。
「大丈夫かクレスト!」
シーザーがクレストの体を揺さぶりそう言う。
「うん……なんとか。肋骨は何本か折れちゃってるみたいだけど。それよりもどうする? 多分、普通にやったんじゃ間違いなく死ぬ。ほら、あちらさんは余裕綽々みたいだし」
前を見ると、アリーナがゆっくりと二人の下へ近づいてくる。そのゆっくりと近づいてくる姿は確かに余裕すら感じられる。
「そうだな……これはもう抜くしかないか。なぁクレスト」
「そうだね。殺さない程度に」
そう言うと二人は拳銃を抜いた。そして二人別々の場所へ散らばる。
アリーナもこれには何か危険を感じたのか、一気に警戒心を強めた。
まず二人が試しにアリーナがどういう行動をするのか調べるために銃弾を一発ずつ撃つ。アリーナのとった行動は銃弾を爪で切り裂くという行動だった。
その瞬間。アリーナがニタ〜ッと不気味な笑顔を作るとクレストの下へ全速力で突っ込んできた。
シーザーはアリーナが背を向けた瞬間をチャンスと感じ、瞬時にアリーナの急所を外しクレストに銃弾が当たらない全ての場所に銃弾を発砲した。
だが、アリーナは後ろを振り向くことなく、シーザーが撃った全ての銃弾を全て片腕だけで切り裂いた。それはまるで後ろに目があるように正確であった。
それにはシーザーも「こんなんありかよ……」と思わず呟いてしまった。
アリーナは何事も無かったかのようにクレストに突っ込むと、思いっきりクレストに爪を突き刺した。
クレストもそれをギリギリでかわす。
かわしたその時である。クレストが急に何か思いついたような顔をした。
「そうだ。そうだよ。あるじゃないかとっておきの方法。初めからこうするべきだった」
クレストはそう呟くと銃を後ろへ放り投げた。クレストはそのままその場所を動かない。
シーザーもクレストに「何をしてる!」と叫んだ。
アリーナはそんなクレストを見て、またニタ〜ッと笑うと、さっきと同じように爪を突き刺そうとする構えをとった。
それでもクレストは動こうともかわそうともしない。
シーザーは頭で考えた行動なのか、直感で動いた行動なのかは定かではないが「馬鹿野郎!」と叫ぶと同時に自分の持っている拳銃を思いっきり放り投げた。
その拳銃はアリーナがクレストを勢いよく爪で突き刺そうとしているその場所に丁度うまく入り込み、爪と拳銃が重なった。それは正にクレストを守る盾のようであった。
だが、その行動も無駄な足掻きであった。アリーナの爪が拳銃を貫いたのである。これにはシーザーもがっくりと膝を落とした。
そして、その爪は同時にクレストも貫いた。
爪をクレストに突き刺したアリーナはキャキャキャキャと不気味な声で笑った。だが、その声はすぐに止まった。刺されて苦しんでいるはずのクレストは笑っているのだ。それも満面の笑みで……
クレストは満面の笑みのままで注射器を取り出すと、それをアリーナの脳へ刺し、血を吸い出した。
その瞬間。化け物の姿から少しずつ元のアリーナの姿へ戻った。アリーナは気を失っているようだ。クレストを突き刺している長い爪も次第に元の長さに戻っていき、爪はクレストから離れる。クレストはその場に倒れこんだ。もう動く力もないようである。
遠くにいたシーザーは、重症であるクレストの方へ駆け寄る。
「大丈夫かクレスト! しっかりしろ!」
クレストはゆっくりとシーザーの方に振り向いた。
「うん……君の投げた拳銃のおかげなのかな、急所は外してるよ……でもよかったぁ。これでアリーナはもう悩まないですむんだよね。病気に怯えることなく色んな人と接する事が出来るんだ……本当よかったぁ」
クレストはそう言うと気を失った。シーザーはこれはまずいと感じたのか、全速力でミーシャを呼びに向かった。
すぐに二人はミーシャの医療室へ運ばれた。ミーシャは専門業は裏に関する医療だが、ただ、ミーシャが普通の医療は嫌いなのでしていないだけであり普通の医療に関しても一流なのである。
検査によるとクレストは心停止。仮死状態のようなもので、とても危険な状況である。アリーナは運ばれる最中に意識を取り戻した。今はシーザーと共に医療室の外で待っている。
「私のせいだ……私がクレストを……私のせいだ……」
アリーナは泣き崩れながらずっと同じような言葉を呟いている。隣にいるシーザーはただ黙っていた。
それから五分程経過した。アリーナはまだ泣き崩れながら言葉を呟いている。シーザーはようやく口を開いた。
「なぁ。君は変身してたときのこと覚えてるか?」
突如質問されたアリーナだが、一つも体を動かさずに「覚えてない……」と答えた。
「そっか。あいつな。笑ってたんだよ。君に爪を突き刺されて笑ってたんだ。満面の笑みでね。その理由がさ。これで君を元通りの姿に戻せる。そうすれば君は悩まないですむし人と接することも出来るだろうって。最後まで君のことしか頭に無かったんだクレストは。そんな風に思われるなんて幸せなことだと思う。でも、君が今そうして落ち込んでいるとクレストも元気無くすさ。胸張って生き返れないさ。そうならないためにこういうときはどうするべきだい?」
そう問われたアリーナは必死で涙を止めてシーザーの方に頑張って作った笑顔で振り向いた。
「そうね。私が泣いてどうするのよ……クレストは私のために命をかけてくれたんだもの。それに泣いて落ち込んで答えるのは失礼だわ。私、笑顔で待つ! 笑顔でクレストを待つ! それが今の私の出来る最大限の事だもの。クレストを泣き顔で迎えるわけにはいかない。笑い顔で迎えるわ!」
そう無理やりでも意気込んでいるアリーナを見て、シーザーは、もう何も言うことは無いというような顔をしてまた黙った。
それから五年の月日が流れた。ミーシャはシーザーと結婚し、一緒に経営を営んでいる。そこに二人の客人が訪れた。
「あら、久しぶりね。今日はどうしたの?」
ミーシャがその客人二人を見て親しげに話しかける。
「お久しぶりです。今日はちょっと伝えたいことがありまして」
客人の一人がそう言うと、もう一人の客人が照れ気味に伝えた後、軽くお辞儀をしてその場を去った。
「あいつらもいよいよか。思ったよりも長かったな」
「そうね。でも、憎いくらい幸せそうねあの二人」
「おいおい。なら俺達は幸せじゃないってのかよ」
「当時は私もそう思ったわよ。でも、今となっちゃ疲れるだけって感じかしら」
ミーシャは、少し間をとってシーザーのほうへ振り向いた。
「まっ、そんなことはどうでもいいじゃない。さぁ。今から大変よ! 色々やることが増えたわ。今日は病院休みにして準備しましょ準備」
「おぅ。急に元気出しやがって疲れるぜ全く。でも、俺も今日はそんな気分だ。盛大に準備してやるぜ! なんたって俺達の親友の結婚式だもんな」
「えぇ。それにしてもまさかこんなことになるとは思わなかったわ。表社会に出れるはずも無い境遇にあった二人がこうして結ばれちゃってるんですもの。あっ、それは私んとこも同じか」
ミーシャは笑いながらそう言った。シーザーも笑いながら「それもそうだな」と返す。
彼らはスタートの位置に立った。だが、ただのスタートではない。マイナスからスタートまで這い上がってきてのスタートだ。これから彼らにスタートの弾丸が発砲される。これは、普通の人にとっては当たり前のことだ。だが、彼らにとっては幸せの発砲。今までドロドロの道を進んできた彼らにしかわからない幸せの瞬間。
位置について。ヨーイ スタート。
初めての長編小説完結です!(長編でもないか)
本当はもっとドロドロな終わりにする予定だったんですが、書いてるうちになんだかドロドロにするのに抵抗が出来て、結局ハッピーエンドっぽくなっちゃいました(汗)
本当にここまで読んでくださった方には感謝の極みです。ありがとうございました。