story6。決意と選択
クレストが、シーザーの言うとおりに車を進めていると、予想通りというべきか、どんどん人気の無い場所へと車は進んでいった。
クレストとアリーナが不安そうに、本当にこの道でいいのかと疑問をぶつけると、シーザーは黙って首を縦に振った。その言葉を信じて車を進めていると、いよいよ家が一つも見えなくなった。
その状況に、クレストもアリーナも不安は感じていたものの、シーザーを信じて何も言わず黙っていた。
しばらく車を進めていると、一棟の古びた病院らしき建物が見えた。シーザーがそこへ止まるように指示をし、指示通りにクレストが車を止めた。
「ここがその場所だ。見事に人気がないだろう?」
シーザーが自信満々に二人に言う。
「ほんとねぇ……未だにここに医者がいるなんて信じられないわ」
アリーナが呆れたように言葉を返す。
「まぁ、入ってみれば分かるじゃない? とにかく入ろう」
そして、クレストが会話を長引かせないために冷静に対処した。
三人は人気の無い不気味な病院らしき建物に足を踏み入れた。
建物の中に入っても不気味で、本当にこんな場所で医者なんて勤まるのかと疑問に思うくらいだ。
だがここで帰るわけにもいかないので、二人は黙ってシーザーについていった。
「ここだ」
シーザーが立ち止まりそう言うと、ノックもせずにドアを開けた。
そこには、ちゃんとした白衣を着ており、綺麗な顔立ちをしているまだ若い女性が椅子に座っていた。クレストとアリーナは心の中で、ちょっと色が汚い白衣を着ている老人を想像していたので色々な意味で驚きを隠せなかった。
「シーザー……ノックくらいして入ってきなさい。あら、お客さんがいるの。お二人さん。こんな病院に何の御用かしら?」
医者の女性が二人に問いかけた。
その問いかけにアリーナが答えにくそうにしていたので、クレストがアリーナの病気を説明した。
「そうなの……それは表の病院じゃ言えないわねぇ。その病気なら治す方法は一つあるわ。でも……」
「えっ! 治す方法があるんですか!? 私の病気治るんですか!?」
アリーナが興奮を抑えきれない様子で医者の女性に問いかけた。だが、医者の女性はアリーナの病気を治す方法をとても言いにくそうな表情をしている。
「喜ぶのはまだ早いの。この病気を治しに来た人はあなただけじゃないわ。あなた以外の人も治す方法があると知ったときは同じように喜んでた。でも……まだいないのよ。治った人がね。治るのは間違いないの。でも、誰も耐えられなかったのよ」
医者の女性が、ちょっと冷や汗を流しながらアリーナにそう伝えた。
「私耐えます! どんなことでも耐えます! だから治る方法を教えてください。この病気が治る程の苦痛なんて考えられないんですもの。お願いします!」
アリーナは、医者の女性に頭を下げて頼んだ。医者の女性は、そんなアリーナの方へゆっくりと近づき、アリーナの上にゆっくりと手を置き頭を撫でた。
「そうね。あなたなら耐えられると思う。でもね、耐えるのはあなたじゃないの。あなたと一緒に来ているあの男性なの」
医者の女性のその言葉に、アリーナは動揺しながら「えっ……それどういうことですか?」と聞いた。医者の女性は、その問いかけに丁寧に答えた。
医者の女性が言った言葉をまとめると、アリーナの血の中には化け物になる成分をもった血が少し含まれていて、その血が脳におくられるときに変身してしまうのだという。しかし、その血は感染者以外の空気が体に入るのを嫌い、逃げてしまうので症状がおさまる。
なのでその血を全て脳に集め、いつもより強大な力を持つ化け物となる感染者から、その血を吸い出してしまおうという考えだ。なので、危険な目にあうのは吸い出す役のクレストというわけだ。
「先生。そんなこと出来るんですか? 普通に聞いてたらありえないような話なんですが……」
クレストが不安そうに医者の女性に聞く。
「ええ。まぁ、私は裏医者のようなもんだからそんなことくらいしか出来ないんだけどね。それよりもアリーナさん。どうする? やるんなら今からでも手術に取り掛かるけど」
医者の女性が真剣な眼差しをアリーナに向けながら問う。
「やっぱりやりません」
アリーナは医者の目をじっと見ながらそう言った。
「クレストにはこれ以上迷惑をかけるわけには……」
「いいえ。やります!」
アリーナが喋っている声を掻き消すような大きな声でクレストが叫んだ。
「僕の人生なんて殺し屋で始まり殺し屋で終わると思ってました。でも、アリーナのおかげで殺し屋も辞めることができ、人生に光が見えてます。だから今度は僕がアリーナの人生を変える番なんです。だからやらせてください!」
クレストが医者の女性に深々と頭を下げた。医者の女性は、表情一つ変えずにクレストに問いをだす。
「あなたの決意は分かったわ。でも、あなたが諦めると誰もアリーナさんを止められなくなってアリーナさんは死んでしまうわ。あなたにアリーナさんのために死ぬ覚悟はある? それくらいの覚悟がないと本当にアリーナさんは死んじゃうのよ」
クレストは、何の迷いも無く「あります」と答えた。その表情には嘘なんてカケラもみえなかった。医者の女性もそれ以上クレストに何も言わなかった。でも、アリーナはそれに納得のいかない様子だった。
「何言ってんのよ! 死んじゃうのよ? 一歩間違えれば死んじゃうのよ? 私のために死ぬなんてやめてよ。気持ちは嬉しいけどさ……クレストが死んじゃうなんてやだよ……」
アリーナの目から涙がこぼれた。そして、アリーナの中にある本音も一緒にこぼれた。クレストは、そんなアリーナを見て、ただ一言笑顔で「大丈夫。僕を信じて」と言った。アリーナはクレストのその表情を見て、何も言えず、ただ涙だけが溢れていた。
「分かったわ。やりましょう。その決意を変えるのはどれだけ経っても無理そうだしね。手術室に案内するわ。ついてきなさい」
医者の女性はそう言ったが、顔はなんだか不安そうな顔をしていた。そして、その表情のまま手術室へと足を進めようとした。だがそれを、さっきまで何も言わず話を聞いていたシーザーが止めた。
「ちょっと待てよミーシャ。そんな不安そうな顔のまま手術できるのか? そりゃ今まで成功したことがないんだ。不安なのは分かるよ。でも、クレストの決意を見ただろう? 殺し屋としてトップクラスの俺を凌駕するクレストが本気になるんだ。もうちょっと自身もった顔してもいいんじゃないか?」
シーザーが、ミーシャの表情をじっと見ながらそう言葉を発した。
「クレスト君を疑ってるわけじゃないわ……私だって人が死ぬのを見るのが嫌なのよ。大きな決意を持った人たちが死ぬのを沢山見てきたわ。化け物になった自分が、助けようとしてくれてる人を殺すのよ? その苦しさあなたにはわからないでしょ? 私だって嫌なのよ。希望から絶望に変わる瞬間を見るのがね」
さっきまでのミーシャとは違い、ムキになった表情でシーザーの問いを返した。
「なら、俺もクレストと一緒にやるってならどうする?」
そう言いながらシーザーがゆっくりとミーシャ達の方へ歩く。そして、クレストの肩に手をポンと乗せた。ミーシャは、シーザーの発言に驚きを隠せなかった。
「何を言っているのシーザー。今は、かっこつけてる場合じゃないのよ?」
ミーシャは、焦りながらそうシーザーに問いをだした。すると、シーザーの目が急に真剣な表情になり、ミーシャの目を見つめながら言葉を返した。
「かっこつけてなんていないさ。俺だけ見てるだけってのも嫌だしな。クレスト達を見殺しにするのは後味悪い。それに、俺はミーシャに絶望なんて見せたくないし。とにかくその表情はやめようぜ。みんな不安になっちまう。心配すんなって、俺とクレストが組むんだ。大怪獣が襲ってきても勝てるさ」
シーザーがそう言うと、場の雰囲気が変わり始めてきた。ミーシャの不安も少し消えたのか、顔から不安の表情が消えた。クレストも素直にシーザーが加わってくれることを喜び、アリーナも涙は消え、小さい声で「ありがとう」と呟いた。
そして彼らは手術室へと足を進めた。