story4。殺し屋として……
アリーナが大変な事態になっている時、クレストは父のいる組織の本部の前へ来ていた。
クレストは一度大きく深呼吸をすると、大きな覚悟を決めた顔つきで本部の中へと足を進めた。
中へ入ると、すぐにクレストの父の部下らしき人物がクレストの前へ現れた。
出てきた瞬間はいばったような態度だったが、本部に入ってきた人物がクレストの父の息子だと分かると、態度を変えた。
クレストは、その場を適当に対処し何事もなかったかのように父のいる部屋まで足を進め、立ち止まりもう一度大きく深呼吸をしてドアを開けた……
そこには、真剣な顔つきでクレストを見つめているクレストの父がいた。
「よぉ。ようやく来たか息子」
クレストはその言葉に動揺を隠せなかった。それもそのはずである。どちらかというとビックリするのは父のほうだ。息子のクレストがいきなり来たのだから……だが、父に動揺など一切ない。逆にクレストが来るのを分かっていたようだった……
「まるで僕がここに来るのが分かっていたような言い草ですね。でも、今はそんなことはどうでもいい。とても聞いてもらいたいことがあるんですよ」
クレストは、動揺を無理やり抑え込み、様々な聞きたい事を心に封じ込め、あくまで自分の言いにきた事を主張する。色んな事を聞いてしまうと、ペースに呑まれてしまうだろうから……
「わざわざお前の口から聞くことでもねえさ。殺し屋辞めたいんだろ? これのおかげで全て知ってんだよ」
「こ…これは盗聴器……」
父は、ボロボロに壊れた盗聴器をクレストの前に出した。クレストも、これには動揺を隠そうにも隠せなかった。そんなくレストを見て、父は、不適に笑った。
「見ての通りその通りだ。まぁ、もう必要ないと思い、お前の決意を聞いたときに壊してしまったが……でもよぉ。本当にお前は甘いよ。子どもの頃から俺の無茶な教え込みに文句の一つも付けずに俺が言うこと全て聞きやがってよぉ。だから俺が盗聴器を仕掛けたことにも気づきもしねえんだ。なんせ、俺が言うことは絶対だからな。俺を信頼しすぎなんだ。俺は殺し屋だ。人を殺すし騙す。それが息子であってもな」
淡々と話す父をクレストが止めた。
「あなたが言いたいことは分かります……でも、今はそんな話を聞きに来てるわけじゃない。それは……」
色々な感情を込めて喋っているクレストを今度は父が止めた。
「待てや。俺の話はまだ終わってねぇ。俺だって別に深い意味があって盗聴器を仕掛けたわけじゃねぇのさ。いつか笑い話にでもなると思ってな。そんな軽い気持ちで仕掛けた。
どうせ、一人になっても俺といたときと同じ。心を持たないロボットのように任務を遂行していくと思ったさ。でも違ったよな。時々、一人でブツブツと自分の心の内に秘める苦悩をぶちまけてたりよぉ。一人で気味悪く笑う練習とかしてたろ? 笑い声聞こえてきたぞ。そういや、ティッシュを取るような音とかしてたりもしたな。その後、所々で気味悪い声もだしてたよな? ありゃ自慰か? そんなお前の日常を盗聴してる内によぉ。俺は殺し屋としてじゃなく、お前の親としての俺として嬉しさを隠せなかったよ。ずっと俺の言うことだけ聞く、心を持たないロボットがよぉ、人間になろうとしてんだよ。そんで、決め手があのどこから連れてきたのかも知らねぇ女だ。あの女の後押しでお前に心が生まれた。もう、そんときには決まってたよこうなるのはな……」
父はそう言うと、机の引き出しの中から一丁の拳銃と、何かが書いてある紙を取り出し、クレストにその拳銃を投げた。
「息子。そいつを使って俺を撃て、自らの手で俺の束縛を解き放て。俺が死んだその後は、この遺書の通りにすればお前は捕まらずに晴れて自由のみだ。さぁ、引き金を引け。これでお前はもう……殺し屋という名の呪縛に追われなくて済むんだぜ?」
クレストは、その言葉を聞いた直後に、拳銃の安全装置を外し、父の額に銃口を向けた。
だが、クレストは中々父に向けて引き金を引くことが出来ない。クレストの額からは冷や汗が流れ、手も震えている。
しばらくして、クレストが手を下ろし拳銃を捨てた。
「違う……何かが違う! 僕があなたを殺しても僕は殺し屋としての呪縛が解かれるわけじゃない……」
その瞬間。父がクレストの頬を思いっきり拳で殴った。殴られたクレストは吹っ飛び倒れた。
そして父は、倒れたクレストの胸倉を思いっきりつかんで無理やり立たせた。
「何奇麗事ぬかしてやがる!? 俺を殺しても呪縛が解かれるわけじゃないだ!? お前はただ俺を殺したくないだけじゃねえか。お前はまだ尊敬しちまってんだよ殺し屋の俺をな。そんなことで殺し屋から逃げられると思うか? いや、無理だね。確実にだ。殺し屋を辞めるってのはそんな簡単なことじゃねぇ。だから俺を殺せ。お前が尊敬する殺し屋の俺をな。自ら自分の目標を絶て! 殺し屋っていう仕事に絶望を感じろ! 絶望を感じる……それで初めてまた立ち上がれんだよ……息子……俺という呪縛を早く解き放ちやがれ……」
父がそう叫ぶと、クレストは黙って地面に転がってある拳銃を拾った。そして、また銃口を父の額に向けた。
だが、さっきと全く目の色が違っている。悲しみの目とそれを乗り越えるための決意の目が目の奥で戦っているようにも見えた。
しばらくすると、クレストの目は決意の目になっていた。
「確かに俺はあなたを尊敬しています。今もそうです……ずっとそうだと思ってました。でも、今日で僕はあなたから離れます。さよなら僕の目標。僕の父……」
クレストは、静かに引き金を引いた。銃口から放たれる弾丸は、正確に父の額を撃ち抜く。
父はそのまま地面に崩れるように倒れた。だがおかしい。撃ち抜かれたはずの父の額から血が一つも流れていないのだ。それに、撃ち抜いたはずの弾丸も地面に転がっている。
「ち……違う! この銃弾は本物じゃない!」
クレストが驚いていると、父が笑いながら立ち上がった。
そして、地面に落ちている銃弾をクレストの方へ放り投げた。
「よく見てみろ。重さも形も色も全て本物の銃弾と同じだが、軟らかい材質のものを使ってるから死ぬわけないだろうがよ」
少しの沈黙の後、何かやりきれない感情がクレストを襲った。そして次第に、クレストに怒りの感情が襲ってきた。その勢いで父に飛び掛ろうとしたその時、父が言葉を発した。
「まぁ。お前が怒る気持ちは分かるわ。お前が滅茶苦茶悩んで苦悩して決断した二つの選択肢の中に、俺は笑顔で三つ目の回答を選んだんだからな。でもよぉ。それは違うんだよな。お前は間違いなく俺を殺したよ。もう、お前の中に殺し屋としての俺はいない。今ここにいるのはお前の親としての俺だ。そんな俺から言える言葉はただ一つ。幸せに生きろ。これしかない。もうお前は自由だ。恋愛でも就職でもなんでもしな。お前の殺し屋としての記録は俺が責任を持って抹殺するさ。でも、拳銃は一応持っときな。お前を知る殺し屋はいっぱいいるからな。あの女を守るためでもある。じゃあな……幸せに生きろよ」
そう言うと、父はタバコに火をつけ、タバコを吸いながら奥の部屋へと姿を消した。その父の姿は、嬉しそうでもあり、寂しそうでもあった……
そんな父の後姿を前に、クレストは静かに礼をしてその場を去った。
こうしてクレストは、殺し屋という職業から足を洗った。だがこの後、更なる出来事が起こることを、まだクレストは知る由もなかった……