story1。殺し屋と身体異変者の出会い
太陽も隠れ、月が照らす明かりしかない時間に、深き森の中に三人の人間が見える。
三人の人間は、深き森を出て、見るからに廃墟と言うような場所に出た。
廃墟の前で三人の人間は動きを止めた。動きを止めた三人の人間の一人が言葉を発する。
「ここだよ……ここに化け物がいるのさ……でも、あんたなら大丈夫さ。報酬は弾むから頼んだよ……」
「任せてください。でも、人間は栄養を摂らないと生きれない生物だと父から教えられています。僕が行かなくてもいずれ死ぬのではないでしょうか?」
「それは違うんだ。クレスト君に言ったとおり、私たちの娘は、身体異変により凶暴な生物へと変身してしまう。この森には動物の気配すらあまり感じられなかっただろう? それは、私たちの娘が凶暴な生物になったときに食べているんだろう。そして、この森に動物が生存しなくなると、きっと我々人間を襲うに違いない。だから、その前に殺さなければならないのだよ」
年は40くらいと思われるターゲットの親らしき二人が、クレストと言う、若き殺し屋に自らの子どもを殺してくれと依頼する。まったく奇妙な話だ。
クレストは、納得したのかしてないのかわからない表情で頷き、拳銃の弾丸を込め、廃墟へと歩き出した。
廃墟へと歩く後ろでは、二人が祈るようにして手を合わせている。
クレストは廃墟の中に入った。
中は、見たことも無いような虫がウジャウジャしているような場所で、特に調べる場所なども無く、階段の上にある一つの部屋以外部屋が見あたらなかった。
クレストは、足音をたてないように歩きながら、階段の上にあるドアの前まで辿り着いた。
クレストは、ドアの前に銃を突きつけながら、ドアを気づかれない程度に少し開け、カプセルのような小さい物をドアの隙間から部屋に投げた。
投げたカプセルから煙幕が発生し、部屋一面を覆い尽くす。
その隙を狙い、クレストは一気に部屋に突入した。
突入したのはいいが、クレストに銃を撃つ気はないらしく、構えるポーズだけとっていた。
そして、煙が晴れると目の前には、若い女性の姿があった。やはり、廃墟への監禁生活のせいか、少し痩せている。
「僕は君を始末してくれという依頼を受けている。早速だけど死んでくれ」
そう言うとクレストは、何も躊躇わずに銃の引き金を引こうとしたが、なぜか、引き金を引く手を止めた。クレストは、とても驚いた表情をしている。
「なんで、脅えた表情をしていないの? なんで、ガタガタ震えながら涙を流さないの? 父は言ってた……人は、死ぬときは必ず脅えるものだって……この世で一番怖いものは死なんだって……」
無抵抗の女性の前で、銃を突きつけて引き金を引こうとしている殺し屋がガタガタ震えている。なんとも奇妙な状況である。
そして、ずっと無抵抗で黙っていた女性が、静かに口を開く。
「私を殺すのを依頼したのって、私のパパとママでしょ?」
「そうだけど……それがどうしたって言うの……?」
殺し屋は本来、依頼者の名を明かしてはいけない義務があるのだが、この時ばかりは、焦って喋ってしまっている。それだけ動揺しているということだ。
「じゃあ、早く殺して……だって……生きてたってもう意味ないもの……私は、この体のせいで、友達からも親からも望まれない存在になった。この際だから教えてあげる。この世で一番怖いものは死ぬことなんかじゃないわ。私を必要としてくれる人が居なくなったときよ。誰からも望まれなきゃ、生きてても意味ないじゃない………っっ!!」
そのとき、女性の体に異変が起こった。目が真っ赤に充血し、気が狂ったような息の仕方をしている。口からは唾液が飛び散り、牙のようなものも生えてきた。
「はや……早く引き金を引きなさい……早く私を殺すのよ……私の理性が……早く……早くしなさい……あんた……死んじゃうわよ? ……早く……早くしなさい!!」
女性は、最後の力を振り絞るようにして声を出した。
それでもクレストは引き金を引くことは出来なかった。女性の変貌もあるが、それよりも、死を怖がらない人がいる事に対し、混乱しているのだ……それほどまでに、クレストの父の言葉は、クレストにとって凄い効果のあるものなのである。
その間にも、女性の体は、変貌していく。鋭そうな長い牙が生え、目は驚くほどに充血し、目つきも鋭くなり、手から伸びる爪は、刃物のように大きく尖っている。息も、獣のように大きく呼吸している。
「それ……それでも殺し……なの? ……最後の手……断よ……私の体が変貌した……ら……私の唇に口付け……しな……さい……わかっ……わね……」
女性は、そう言うと意識が飛ぶように倒れた。その数秒後の事である。人間とは思えないような叫び声を上げて立ち上がった。
その叫び声に、ガタガタ震えたままだったクレストも流石に反応した。
クレストは、少し女性から間合いをおいた。
しかし、そんなことも構わずに変貌した女性はクレストに襲い掛かる。
クレストはそれを紙一重でかわす。女性のスピードは尋常じゃなかった。それをかわすクレストは、やはり戦闘能力は超一流なのである。
しかし、かわしてもかわしても、女性は、問答無用にクレストに襲い掛かる。
その時、クレストはかわそうとしなかった。
女性の獣のような大きな爪を肩に受け、血を流しながら女性を引き寄せ口付けをした。
あのスピードを冷静に捉え、更に引き寄せ口付けをする。これも、クレストしか出来ない芸当であろう。
口付けをすると、変貌した女性は、ヘナヘナと倒れ、少しすると女性が起き上がった。
「どうやら成功したみたいね。さぁ、これで心置きなく殺せるでしょ? 早く殺して!」
女性は、自らの手でクレストの持っている拳銃を心臓に突き付けた。
「駄目だ。僕は君を殺せない」
いきなりのクレストの言葉に女性は驚いた。
「な……何を言っているの……? あなた殺し屋でしょ? 殺し屋が人を殺せないでどうするのよ!! どうせ、私なんか死んだって迷惑かける人なんかいない……ううん。むしろ感謝されるのよ。だから、私を殺してよ……私なんか存在してるだけで邪魔者なのよ!?」
女性は、叫ぶようにクレストに言葉をぶつけた。
「駄目だ。出来ない」
「どうして!?」
「それは、僕が君に興味を持ってしまったからさ。君は、僕の知らないことを沢山知っている。それじゃ理由にならないかな?」
「でも……私は、誰からも望まれない人間なのよ……私といるだけできっとあなたまで狙われるかもしれないのよ?」
必死で言葉を発する女性の肩に、クレストは手を置いて言葉を発した。
「誰からも望まれていないわけじゃないよ。少なくとも僕は今、君を必要としている。それに、みんな君が怖いんじゃない。君の体の異変を怖がってるんだ。君は、この廃墟に誰かに入れられたのかい?」
「違うわ……私の意志でこの廃墟に来たのよ。ここなら誰にも被害は出ないんじゃないかと思って……動物には被害だしちゃってるけど……」
女性は、さっきの勢いは嘘のように照れながら答えた。
「だろ? 君はとても心が綺麗な女性じゃないか。大丈夫。君の変化は口付けすれば治まるんでしょ? なら大丈夫。僕がいる。僕が絶対に君の異変を治して見せる。だから、行こう? もう、君の親も逃げているころだろうしね。あっ。そうそう。僕の名前は、クレスト・オルブライト。よろしく」
クレストは女性に手を差し出した。
「そ……そうね。わかった。私はクレストに着いていくわ。でも、後悔させてしまうと思う……それは先に謝っとくね……ごめん……あっ! 私の名前も言わなくちゃね。私は、アリーナ・ハーネット。よろしく」
アリーナはクレストの手をがっしりと握った。
「決定だね。とりあえず、僕の家へ行こう。それと、僕は後悔しないよ。自分から誘っといて後悔なんてしない。約束するよ」
「そう? 余計なお世話だったかしら? でも、あり……とね」
「ん? 最後の言葉聞き取れなかったなぁ? なんて言ったの?」
「どうでもいいじゃないそんなこと! じゃあ、お邪魔させてもらうわ」
こうして二人は出会った。向かう場所はクレストの家。だが、このままアリーナの親が黙っているとは思えない……この先どうなっていくのだろうか……