ティアリスの新居、シャスティナの葛藤
連投です。前回が正直短いんで数でボリューム感を出そうかと。と言うかある程度読み物として皆様に楽しんで貰えるようにしたいんでササッと一気に10話分くらい上げちゃいたいんですけど、そんなストック無いです(泣)
村のエルフたちが外れの家から去り、残されたのはティアリスだけとなった。
「どうしたもんか」
やはり第一声はそれであった。目の前のボロ屋でどう生活していくか、4歳の彼にとって鬼門だった。
「悩んでても仕方がない、とりあえず中見ないことには始まらんしな」
そう言って彼はボロ屋に1つ魔術を掛けた。彼がこの一年で独自に編み出した魔術の1つ“状態固定”の魔術だ。
特に名前はつけていないが、風属性の魔術の応用で一定の風圧をいくつもの方向から適切な強さで当て続けて物体をその場に固定するものだ。軽い物であれば空中にでも固定が可能だ。
この状態固定の魔術を家全体に掛け、不意に倒壊などが起こらないように保険をかけた。
「なんか使えるもんあるかなぁ」
少し楽しげに玄関を開けた。
ムワッ
「っ!?げほっ、えほっ!なんだなんだ!?げほっ」
扉を開けたティアリスを襲ったのは大量の埃、強烈な臭いであった。
「ど、どんだけ放ったらかしにしといたんだよ」
一歩踏み入れるとまるでカーペットを踏んだような感覚がティアリスの足に伝わった。しかしそれはカーペットなどではなく。
「これは・・・流石に・・・」
全て埃である。ところどころ雨漏りによって水に浸っている部分もある。ハッキリ言って人が住める環境ではない、外で寝ている方がよっぽど安全である。
だからと言って散策を止めるわけでも無く、裾で口元を隠しながら奥へと進んだ。
ボロ屋はそれほど広いものではなく、ジャリオの家よりも小さい程だ。
「ふむ、部屋は3つ。1つにベッドがあったから寝室だろう、それと台所のすぐそばに机が1つと椅子が2つだからリビングか?それと最後の部屋は屋根が崩れててわからない、と・・・」
外へ出て地面にこの家の間取りを書き、どこがどの部屋かを推測する。
「リビングから裏口で外に出ると屋根で半分潰れたボットン便所・・・・・・風呂無しかぁ・・・」
元日本人でジャパニーズスピリッツを根強く残す彼にとってそれは由々しき事態であった。
この世界に来てから身体は水で濡らした布で拭くぐらいで、実質ここ4年間一度も風呂に入っていないという事だ。その上この不衛生な家で過ごすとなる考えると別段潔癖症ではない彼でさえも多大な嫌悪感を抱いた。
風呂に関しては一旦置いておくとして、何か役に立つものがないか再び散策に戻った。
リビング、寝室、トイレと順に見て回ったがこれと言ってめぼしい物はなかった。
最後に屋根で潰れている角の小さな部屋、ドアを開けると酷い腐臭が漂っている。台所のすぐ隣の部屋であるからここは料理の材料を置いておく部屋だったのではないかとティアリスは推測した。
「うーん、瓦礫が邪魔だ、めんどくさいしとっぱらっちまうか」
考える事をやめたティアリスは瓦礫へ向けた右手に魔力を集中させ、そのまま魔力の塊を撃った。
ドバァァァアアアン
強烈な音を響かせ、裏のトイレごと瓦礫を吹き飛ばし、それにとどまらず奥の森の木も数本消え去った。
「・・・・・・あぁ〜、もうちょい調整が必要だな・・・」
自身の行動と結果を呆然と省みて、反省するわけでもなく失敗に評価を付けていた。
これほどの衝撃ではあるが、ボロ屋は倒壊せずに済んだ。ティアリスの状態固定の魔術のお陰である。
吹き飛んだ角の部屋(とはいってももう更地であるが)を見渡すと視界の端におかしな物を見つけた。
「これは・・・・・・ハシゴ?」
入口から見てすぐ左の下、ティアリスの足元に鉄板の蓋があり、それを開くと地下へと続くハシゴがあった。
底を覗き込むが真っ暗で何も見えない。手元にある小石を落とすと、カタンと音がするまで数秒、かなり深そうだ。
「深くね?」
ボソッと呟いたその言葉も幾度となくこだまし、更に深さを強調した。
「天の輝き、陽は闇を焼き、月は闇を照らさんとす。『シャイン』」
ティアリスは口早に明かりを灯す無属性魔術のシャインを唱えるとハシゴを降りた。
明かりを灯すだけであれば火属性魔術でも良かったのだが、地下では酸素も薄くなるため火を使うことは望ましくないのだが彼がそれを判断した上で使ったシャインなのかは定かではない。恐らく地下に対する好奇心が無意識にそうさせたのだろう。
地上からおよそ50m近く降りたところに地面があった。
「帰りはこの距離を昇るのか・・・」
上を眺め、今後自分が被る事態を想像してげんなりした。
ポジティブシンキングを今だけ座右の銘にした彼はすぐさま首を横に振り、目の前にある石壁以外の物質に目を向けた
「デカ・・・」
直径5m超の非常に巨大な円、木の根が螺旋状に絡まったように見えるそれは、ただでさえ巨大であるが4歳のティアリスにとっては輪をかけて巨大に感じられた。
「・・・魔法陣・・・っぽいな」
螺旋状に絡まる木の根は規則的に文字が刻まれており、魔法陣を象っていた。
「なになに?『日の光浴びて地に根を張り、嵐を耐えては雨を吸う。樹は正しく魔の頂点、寿深く父が如し。彼の父成る者此処に眠り、妨げるは新たな父。幾年月を超え此処を開くは新なる父。生の原点にして死の終点を委ねし彼の新なる父に試練を与え、乗り越えし父に真なる魔の原点を与えん。』・・・・・・・・・なんだこりゃ?」
すらすらと読み上げるティアリスであったが違和感を覚えた。それはここに書かれていることを読めたことだ。
「なんだこりゃ、エルフ語じゃねぇぞ?何語だこれ」
そう、彼が読み上げた文字は彼の知らない文字であった。エルフ語でもなければ前世で見たことも無い文字。しかし初めて見るその言語をティアリスは無意識に読めてなおかつ意味を理解したのだ。
「こわっ、ファンタジーとオカルトは別物だぞ!?」
不可解な現象と現在の自身の状況を鑑みて恐怖したティアリスは魔法陣を後にして地上へと戻った。
「ふぅ、なんだったんだあそこ・・・」
地上へ上がったティアリスは改めてハシゴの下を覗き込んだあと再度蓋をした。
「さって・・・」
ティアリスは日が傾きつつある空を見上げ呟いた。
「住処・・・どうすっかな・・・」
グゥ〜・・・
埃だらけで倒壊寸前のボロ屋で腹を鳴らしながら。
★☆★☆★
シャスティナはそわそわしていた。せっかく母が数年ぶりに作ってくれた料理の味もわからない程に。
彼女に落ち着きが無いのは昔からであるが、今のそれとは違うものである。
彼女が気掛かりに思っていることは勿論ティアリス少年のことである。
「(あの人族の坊主、アタシのせいであんなとこに追いやられたんだよな・・・)」
忘れられないさっきの情景が頭に浮かび、深くため息をつく。
「シャスティナ?食べないの?」
「え?あ、あぁ、食べるよ母さん」
シャスティナは母親にそう言われ、スープを流し込む。
「・・・どうしたの?」
「・・・・・・」
「昼間の・・・あの男の子のこと?」
「・・・・・・うん」
「そう・・・」
シャスティナの母親は極々普通のエルフの女性だ。村からは出たことがあるが森からは出ず、人並みに種族愛が高く、人並みに人族を毛嫌いしている。
昼間の情景を思い出しティアリスが隔離されたことに対して特に感情は無い。
そんな人並みのエルフだ。だから彼女は人並みに“母親”だった。
「何かあの子に思うことがあるのなら悩んでないでパパッと片付けちゃいなさいな、あなたらしくない」
「・・・・・・・・・・・・そうだな、アタシらしくないな。ありがとう、母さん。アタシちょっと行ってくる!」
「はいよ、行ってらっしゃい」
シャスティナを動かした彼女の言葉は、やはり“人並みに母親”だった。
ボロ屋、つまり新ティアリス宅にシャスティナが着いた頃、月明かり以外に地面を照らすものは無かった。
「はぁ、はぁ、おーい!昼間の人族のー・・・えっと、名前なんだっけ・・・ティ、ティ、ティライスぅー!!」
「ティアリスだ」
「うおぅ!?ビックリしたぁ!」
叫ぶシャスティナの斜め後ろ、月明かりの届かない森の中からティアリスは現れた。
「アンタ確か昼間の・・・あぁ、俺を見つけたヤツか。まさか約束したその日のうちにそっちから違反してくるとはな」
昼間に見たひ弱な印象とは違って、なかなか荒っぽい口調に動揺しつつ彼女は謝罪した。
「あ、あんときは悪かった!まさか人族だとは思わなかったんだ!」
「別に気にしてないよ」
「け、けど・・・」
ティアリスの言葉に納得のいかないシャスティナ。見かねたティアリスはちょっとした本心を語った。
「もともと近いうちにあの家からは出るつもりだったんだ」
「え?」
「どうせ人族の俺がいつまでも居られる環境じゃないし、あのまま居座ればイェラ達にいつか迷惑がかかる。だからいずれ一言置き手紙でも書いてあの家を出るつもりだった」
「そ、そうだったのか・・・」
「ま、今回の件は俺にとってプラスになる事が大きいから逆に感謝したいくらいだ」
「どういうことだ?」
「まぁ、ここじゃあなんだし家に来いよ、引っ越してから初めての客だ、何も無いなりにもてなすよ」
そう言ってティアリスは再び森の中へと潜ろうとした。
「ちょ、ちょっと待て!お前の家ってあれじゃないのか?」
「あんな埃だらけで屋根が半分落ちてる家に誰が住むか」
「じゃあ一体どこで・・・」
「着いて来りゃあ分かる」
ティアリスはシャスティナの手を掴み、森の中へ引き込んだ。
森に入って数分、木々が捌けた空間に小さな家があった。
「こんなところに家があったのか・・・」
「いんや、俺が建てた」
「そうかお前がたて・・・・・・ハァ!?」
ティアリスの言葉に少し遅れて激しく反応したシャスティナ。
「おぅ、俺が土属性でちょちょいっと。そのお陰で壁から屋根から家具から、全部泥製だがな」
「魔術で建てたって、家を建てる魔術なんて存在しないだろ!?」
「ははは、あるわけねぇじゃ〜ん」
「だったらどうやって・・・」
「どうやってって、こうやって」
何気ない口調で手をかざした先に、次第に土が盛り上がり小さな小部屋が出来た。
「いやぁ、トイレ作んの忘れてたわぁ。水洗じゃないのが不満だけど、まぁ最初はこんなもんだろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
シャスティナは口をあんぐりと開け、呆然と目の前のトイレを見つめている。
「とまぁ、コレがさっき言った利点の1つ。気兼ねなく魔術を使えて練習が出来る」
ティアリスはそう言うがシャスティナの耳には入っていないように見える。
そんな彼女にティアリスは無言で水の球を手の上で作り、顔に向けて放った。
「ぶわっぷ!?べほっ、げほっ、は、鼻に!」
ややあって鼻の激痛が引いてきたシャスティナは涙目でティアリスに叫んだ。
「い、いきなりなにすんだよ!」
「いや、なんか呆けてたから」
ティアリスは激情するシャスティナを冷静に対処し、新居へと入った。
家の中は明るく、これもまたシャスティナを驚かせた。
「なんで天井が光ってんだ?」
「あ〜、あそこに小さくシャインの魔方陣を描いてるんだ」
嘘である。実際はまたも独自の魔術を使っているのだが説明するのが面倒なのでそういう事にした。
へぇーと感心したシャスティナは続いて壁に着目した。
「これ、全部お前が作ったんだよな・・・」
シャスティナは壁に手を触れて言った。
「おうそうだ、まぁ明日にはもうちょい見た目にこだわるつもりだけどな」
ティアリスがそう言いながら壁に手をあて魔力を流すと、触れていた周辺の壁はレンガ造りの家のような見た目に変化した。
「こういう並べ方をランニングボンドって言うんだっけか?」
うろ覚えだわ、と呟き前世の記憶の棚を閉じた。
「で、だ」
土製の椅子に座ったティアリスは先程切りやめた話を再開した。
「俺が一人になって得る利点だが、さっき言った通り魔術の練習が好き放題出来ること。いずれ勝手にイェラのとこを離れると言ったが、俺じゃあ一人でこの森を抜けることは難しいからな、まずそれだけの実力が欲しかった」
「さっきの魔術を見る限りそんなこと無いような気がするけどなぁ」
「だとしてもだ、油断すれば魔物に殺されるからな。アンタ冒険者なんだろ?それくらいわかるだろ」
「ま、まぁ、ここの魔物はそんなに強くないけど子供一人じゃあ無理だな」
「で、二つ目だが。資金が無い、だからある程度までここで魔物を狩ったり薬草を採取したりして資金源を増やす。アンタが言ったようにここらの魔物はそんなに強くない、後ろから急所に一発当てれば仕留められる」
「そうだな、上手く頭に矢を撃ち込めば二牙猪くらいなら簡単だな」
「だろう?斯く言う今日も一匹飯用に仕留めたんだ。なんて言うヤツかわかんないから見てくれ」
そう言ったティアリスは調理場の奥にある小部屋に向かった。
「シャイン」
明るくなった部屋にあった物は。
「うぉ!?」
巨大な熊の頭だった。
「この熊なんだけどさ・・・ってどした?」
「お前、ホントに人族のガキか?コイツは『ギリーベアー』っつって、冒険者ランクBⅢ以上が推定の魔物だぞ?」
「あ、そうだったの。なんかアホヅラ引っさげてたから後ろからぶっすりと・・・」
「アタシだって二年前にやっと一人で殺れるようになった相手なのに・・・」
「へぇー。でさぁ、コイツの何処がどれくらいで売れるか知らない?」
「そうだなぁ、肉は硬いから売れないとして、毛皮が銀貨7、8枚で牙が金貨1枚ってところか。けどこのサイズならもっと高値で売れると思うぞ」
「おぉー、さすが現役冒険者だなぁ」
そこでふと気付いたティアリス。
「さっきの謝罪の件だけどさ、許す代わりにたまにここ来て今みたいに鑑定してくんね?」
「なるほど・・・あぁ、それぐらいなら良いぞ」
「よし、じゃあこれからよろしく。ティアリスだ」
「アタシはシャスティナ、よろしく」
ティアリスとシャスティナは友好の握手を交わした。
「とりあえずシャスティナ、俺と会ったことは内緒な」
「あ、あぁ・・・」
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