一角闘牛
72番が奴隷兄弟を見るも無惨に屠りあげ、約半年が過ぎた。
道楽にて72番が作り上げた死体をかき集めれば死山血河が出来上がる。
だが、その頃になると72番の身体はボロボロ。至るところに傷や腫れや痣が目立つ。またそれ以上に変色した皮膚に目が行く。最悪と言っていい衛生環境下で他人の血を浴び、洗うこともなく放置する。最後に水浴びをしたのはいつだと聞かれれば月単位の答えが返せる。無論、72番はいつの日以来か言葉は一切話さなくなっているため聞いたところで返っては来ない。
最近に経っては彼の相手はもはや奴隷ではない。ワラゥルが秘密裏に仕入れた魔物、彼の部下になろうとするならず者の試験代わりに争わせたりと、当初の目的など一切無視して72番を虐め抜くためだけに道楽は使われている。
それで良いと言うのだ。ワラゥルが、観客が、奴隷が。
ワラゥルは自分の嗜虐趣味を満たすため。
観客は派手で爽快なアクションで人を殺すことが出来る72番を見るため。
奴隷は矛先が自分達に向かないように。
今日も今日とて72番の戦いが始まる。
「...」
いつもの明るい道楽の場。痛烈な光量に目を細める事すらしなくなった反応の悪い目は既に片方機能を停止していた。
『さぁ!やってまいりました72番!』
いつからか大音量で声を響かせる実況が付いた。風属性の応用で作られた拡声マイクが売られ、一部貴族間で流行りつつあるのだ。そんな彼の饒舌で軽快なトークは普段表の世界で優雅にお茶会を嗜む奥様方や、気丈な振る舞いで貴族のあり方を平民に見せ付ける男性達を沸かせている。
『いつもの無表情はご愛嬌!最近奴隷たちの間で“死神”との呼び声高い無敵の少年!!お前ら!迎え入れてやれ!!』
ウォオオオオオオオと轟音にも近い声が観客たちから発せられた。
『さぁ!我らが死神様の今日の生贄だがぁ...えぇっとぉ?』
ハハハ
マイクを通してパラパラと紙をめくる音が聞こえ、道化を演じる彼に笑い声が届く。
『は?おいこれマジかよ...洒落になんねぇぞ?』
不穏な声が会場内に響く。いつもであればハッハーと笑い飛ばす彼が今日に限ってそうではない。並々ならぬ不安が会場内に巡る。
『マジか...どうなっても知らねぇぞ?んっん!おまたせしやがりましたぜお前らぁ!!今日の生贄はいつもよりイキがいい!こんなヤツが来ちまったらとうとう死神も終わりか!?さぁ!入って貰おう!!モノォォォォォオオオ!タウロォオオオオオオオス!!!!』
「BmoooooOOOOOO!!!!!!」
一角闘牛
文字通り一角の巨躯な牛の魔物で、人間のように二足歩行と五本指の手を持っている。また額部から伸びる角は非常に強固。金槌で叩こうが石壁に叩きつけようが傷一つ付かない化け物じみた硬さを持つ。それゆえに討伐したとしても加工が出来ず、せいぜい置物にしかならないと専らの不評である。
しかしその付加価値とは裏腹に一角闘牛のランクは高い。Bランク冒険者程度では束になっても勝てないような強さだ。
討伐の苦労と手に入れる素材の価値が合わない事で依頼にあっても冒険者達に放置されることも多い。だが放置すればそのせいで村や集落の一つや二つ平気で滅ぶ害悪魔物の代名詞とも言える。
そんな一角闘牛が鎖で四肢を縛られ目の前に用意されても72番は動じない。いや、動じることすら出来ないのだろうか。
それに反して観客は一瞬その正体に驚愕するも、72番の歴戦を見てきた彼らもある程度慣れてしまったのだろう。声援も歓声も嬌声も悲鳴もあげることなく固唾を飲んで見守っている。
そして、開始のゴングの代わりに聞こえたのはバキンと鎖が千切れた音だった。
「BmooooOOOOO!!!!」
雄叫びをあげながら突進してくる一角闘牛を72番はひらりと躱す。角を躱し、腕を躱し、足を躱し。当たればそれだけで即死の特急列車を木の葉のように躱す72番に観客たちは見蕩れていた。
だがそれも長くは続かず、72番の足取りは次第に不安定なものとなった。
いつからか彼は道楽を手早く済ませるようになった。それこそ半年前の兄弟戦では既に死に体の兄の身体を引き裂くほどには時間を掛けていた。だが今はどうだろうか、半歩ずらして避ける様は最小限の動きで体力の消耗を抑えているのではないか?
それも仕方が無い事である。72番の身体は、言ってしまえば全身くまなくどこかしらに傷害があるのだ、癒えぬ傷や治らぬ病を抱えてあの動き、ある意味動かねば死ぬということで当然だが本来ならば有り得ない。人間の生命力でないと言える。弱々しい動きは人間の限界を超えた代償なのだろうか。
72番は大きく揺れた。明らかにおかしい動き。足に力が入らないのだ。
「BmooooOOOOOO!!!!」
一角闘牛はそこを隙と見て突進。それを72番はマトモに喰らった。
「っ...!」
角を運よく避けて即死には至らなかったものの、肋は数本イカレてしまった。激しい衝撃と体内で臓器に触れる折れた肋骨が72番の気を狂わせるような痛みを与える。
折れた肋骨はなんとか肺や心臓には刺さらず、二度目の幸運を手にしたが。それでも痛みは収まらない。むしろ一瞬で死ななかっただけ痛みを感じるため生き地獄を味わうハメになる。
膝立ちの状態でぷるぷると震える72番の口の端から一筋の血が垂れる。
「BmoooooOOOOOO!!!!」
非情にも一角闘牛は大きく勝利を確信した雄叫びを上げてもう一走。72番にトドメを挿しに突進した。
☆★☆★☆
でかい、牛。
殺さなきゃ。
だめだ、避けなきゃ。
避けなきゃ。
避けなきゃ。
避けなきゃ。
避けな...あっ。
痛い。
血が...。
でかい、牛。
来てる。
避けなきゃ。
右腕、動かない...。
どうしよう。
防がなきゃ。
..............................。
「(いてぇ...)」
☆★☆★☆
薄れる意識の中目覚めた“ティアリス”は血の回ってない頭を無理やり動かして現状を確認する。
「(いっつ...)」
背中に強烈な痛み、四肢は先の方が冷たく、特に右腕が異常に冷たい。半目を開いて己の右腕を確認すると。
「(んだこれ...)」
ぷらんと皮膚一枚繋がって垂れ下がった腕があった。肘をピンポイントで何かに貫かれたよう。
「(痛た...幻肢痛ってやつか...)」
疲労と怪我と病気によって外的痛みをほぼ感じなくなっているものの、脳が伝える痛みは抑えることも出来ずその表情は苦痛に歪む。
「(立てるか、立てない...)」
右腕にはもちろん力が入らず、無事な左腕も度重なる酷使がやってきて砂を掴む程の力も無い。
「(死ぬか?俺は死ぬのか?)」
そんなことが考えたくも無いのに頭を巡る。一年前のあの日も同じだった。目の前の理不尽に蹂躙され、終いには殺される。あの時は中身を、今は外身を。こんなに辛いなら本当に死んだ方がマシなんじゃないかとさえ思う。
黒い黒い感情がティアリスの中に積もり積もっていく。
脱力感、無力感、喪失感、それらが一挙に押し寄せ、何とも言えない苛立ちを感じさせる。
「(ふざけんな、死んでたまるか、あぁイライラする)」
改めてぷらぷら揺れる右腕を見て思う。
「(くっそ邪魔)」
そう思うと、ティアリスは右腕を足で押さえ引きちぎった。
「(ッつ〜!)」
繋がっていた神経の一本が切られて例えようの無い痛みがティアリスに降りかかる。
「(〜っ!っはぁ...いてぇ。けど少しはスッキリし...)」
ジャラリ。
今度は金属音が耳に入った。
切り離された右腕を見ると左右の手首に繋がれた崩魔鉄の手錠が音を立てていた。
「(すげぇ邪魔...)」
いそいそとそれを両足で挟むと思いっきり引っ張った。切り離された右腕から血が飛び散り、手首の手錠を濡らす。すると。
ゴギョッ
「(取れた)」
手を奇妙に変形させて無理やり手錠を引っこ抜いた。
「(スッキリ)」
歯に挟まった物が取れたような上機嫌さでティアリスは立ち上がる。節々が痛みを訴えるが一切を無視。遠くで勝利の雄叫びを上げる一角闘牛に細めた視線を向けてニヤリと笑った。
☆★☆★☆
『......うわぁ...』
72番が一角闘牛に腕を貫かれ、唯一の武器だった彼の剣も半ばから砕け散った。割れた剣から赤黒い何かが漏れたように見える。何人、何十人と吸ってきた血の塊だろうか。比喩で用いられる「剣が血を吸う」と言う表現は錆の合間に蓄えられた血を流す彼の剣が比喩でないことを証明した。
「Bmo...」
一角闘牛が壁から身を引き、一角闘牛の形に凹んだ壁からずるりと滑り落ちる72番は力無く壁に寄りかかった。
『やっちまった...』
実況の声が特別大きく響く。
ざわざわと小さな声がそこかしこで囁かれ、それは次第に大きさを増す。
この場において人の死とは酷く軽いもので72番が何人もの奴隷を殺してきたことからそれは周知の事実であった。
だが今回、72番が一角闘牛に殺されたことは大きな波紋を産んだ。何十人と相手にして来て無事だった彼を人々は不死身と思っていた。いや、明確に“不死身”と呼ばれているわけではなく、生きて帰ってくることを当然と思い込んでいただけである。
そんな72番が殺された。
彼を知らない人物が聞けば間違いなく当たり前と答えるであろうこの勝負、ここの観客たちはそれを理解出来なかった。
短くはない時間を要してようやっと理解した彼らの表情は「あ、やってしまった」と、その程度だった。
スープを掬ったスプーンをふとした拍子に落とした時のように。
子供がじゃれ合いの最中、笑いながら伸ばした手が相手の目に入った時のように。
当然起こりゆる事態を想定せず、意識の外側に追いやっていた時の表情であった。
観客たちの眼下には雄叫びをあげる一角闘牛がいる。改めてこの魔物を理解する。
Bランク程度では束になったところで勝てない化け物。
金しか取り柄のない自分達ではコレが暴れ出したらどうにも出来ない。
恐ろしくなった。冷静になったとも言える。
どうすることも出来ない、蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなかった。
永遠にも思える沈黙の時が遊戯場全体を掌握し、皆己の心臓の音が煩く聞こえていた。
そんな時。
ブチッ...
小さな音。普段であれば確実に聞き逃すような小さな音をその場の全員が確認した。
ジャラリ...
ゴリュッ...
ジャラ...
音の発生源を見て観客たちは絶句した。
72番が生きていた。
観客たちは十人十色な反応をする。
生きていたことに驚き、生きていたことに喜び、生きていたことに怖がり。
次第にバラけた感情は一点に集約する。
恐怖。
その一点にだ。
絶望的にも思えた一角闘牛の一撃を耐え抜き、あまつさえ自分の腕をちぎる所業、繋がれたままの手錠を引き抜く力。その全てが恐ろしかった。正しく不死身の名が相応しい72番を恐怖した。
誰かが言った。
「死神...」
どこかの誰かのそんな声はあまりにも大きく響いた。
だがそんな事を塗り潰す些細な言葉が視線の集約点から発せられる。
「だれ、が...死神、だっ...」
最近ツイッターのフォロワーとかRTとか、ここでのPVとかが少しずつですが増えてきて嬉しい限りです。




