無知の恐れ
お久しぶりです。生きてます。
19番が死んで1ヶ月が過ぎた。あれから57番は道楽に呼ばれなくなり、21番だけが呼び出されるようになっていた。
57番の精神状態はだいぶ安定し、今では3人で雑談することも容易である。19番が惚れた心の強さはここでも発揮されていた。
72番はいつまで経っても自分に道楽への呼び出しが掛からないことに疑問を覚えつつも19番の遺言通り57番を守り過ごしている。
今までとさして変わりない牢屋生活である。
ただ、唯一変わったところと言えば57番と72番のあいだがどこかギスギスしているところである。ギスギス、と言っても仲が険悪なわけではなく、あの一件以来57番が本格的に72番を恋愛対象として見ていることが原因であろう。
自分の情けない泣き姿を見せてしまい、あろう事か胸を貸してもらい丸一晩慰めてもらったのだ。優しい言葉まで掛けてもらい、あんな笑みをされてしまってはもうどうしようもないのである。
どうして今まで平気で同じ部屋で過ごせたのだろうか、どうして今まで平気で水浴びの時に裸になれたのだろうか。自分が今までやってきた事を振り返り顔を真っ赤に染める。身体をクネクネとうねらせ壁に向かってブツブツと呟く姿は恋する少女の姿なのだろうか。とはいえ、その姿も愛しの彼には同室だから丸見えなのだが。
そんな彼女の想いに72番は応えてくれない。72番自身彼女の気持ちに気付いているがあえて気付かないふりをしている。
互いにまだ8歳であること、奴隷であること、道楽でいつ死んでしまうかもわからないことなど幾つも考えるべき項目があるのだが、一番の問題は72番の中身が28歳のおっさん入り始めであることが関与している。主に彼の心持ちの問題である。
57番の気持ちは素直に嬉しい、見た目も奴隷の身を脱した後で綺麗に整えれば十二分に可愛いと言える。将来が期待出来ると言うのが彼の感想である、が。
28歳と8歳が恋仲になるなんて彼の理性ではNG。俺に幼女愛好の趣味は無ぇ!と考えてはいるものの彼女の期待に応えるためにはそのNGを脱しなければならないと大きな壁である。煮えきらない思考の中、下された決断は“放置”。状況の変化を待つばかりのなんとも情けない決断である。
そんな代わり映えのしない獄中生活は呆気なく砕ける。
「21番出番だ、出ろ」
「わぁったよ」
いつも通り21番は道楽に連れていかれる。重い腰を持ち上げて嫌々看守について行くのだ。
今日も今日とても57番と72番はお留守番で、気まずい空気が流れる2人っきりの空間が形成されるのであった。
「...」
「...」
無言。
話すことが無いわけではない。
牢屋での生活なんて代わり映えもなく、奴隷同士で常に見張っている状況のため一々報告するような内容もない。ともすれば自ずと話題に上がるのは奴隷になる前の話。
ただ、それはお互いの古い記憶を刺激して要らぬ古傷を抉ってしまったり、諦めかけていた家族への念を思い出させたりと不安要素がままある。故に奴隷間での暗黙のルールとして“過去の話は聞かない”なる物があったりする。
72番と57番にして言えば、四六時中同じ牢屋で生活しているわけだから殊更に話すネタが無かったりする。
ここで第三者である21番や19番が居ればこんな事にもならないのだが、無い物ねだりをするわけもいかないのだ。
57番にとってこの暗黙のルールは今現在非常に邪魔である。自分のこの想いを伝えるためにもっともっと彼のことを知りたい。わたしのことももっともっと知って欲しい。けど昔のことを聞くのは...。そう言った感情のせめぎあいが一層彼女をやきもきさせ、彼への想いに拍車をかけるのだ。
結局その後、会話らしい会話も無く2人は眠りについた。
翌朝、と表現していいのか。地下の牢屋において日の光なんてものは無縁の代物である。
だが2人にとってこういう時、役に立つ人が隣の牢屋に。
「21番さん、起きてますか?」
57番が声を掛けるが返事が無い。きっとまだ眠っているのだろう、そう思い2人は二度寝を敢行した。21番が寝ているのだ、まだ深夜なのだろうと予想し。
数時間後。二度寝もとっくに目が覚め、2人は近年稀に見る快眠を体験したのだが、隣の住人から一向に返事が無い。いくら何でも寝すぎだ、そう思っていると看守が食事を運んできた。
「食事だ」
「あ、あの...」
「...なんだ?」
食べ慣れたクズパンと濁った水と萎びた野菜の三点セットを置いて早々に立ち去ろうとした看守を57番が引き留めた。
「21番さんは...どうしたんですか?」
「21番?あぁ、隣のやつか。死んだよ、昨日の遊戯場でな」
「へ?」
「は?」
死んだ。看守は確かにそう言った。それも昨日の遊戯場で。あの時呼ばれた道楽で21番は死んでしまった。すなわちそういう事である。
「し、死んだってどういう事だよ!!」
「どういう事も何も、そういう事だ。遊戯場で同じ奴隷に殺されたってことだ」
「なっ!?なんで何も俺達は...」
「お前達に、なんだ?」
「21番のオヤジが死んだってことを!俺らに!!」
「...何故報告しなければならない」
「は?」
「やつが死んだ事を何故俺がお前らなんかに報告するんだ、何のために」
「なっ!?」
看守の言う事ももっともである。遊戯場で殺し合いをしているということは相手を殺す事ではあるが、同時に自分が殺されると言う事でもある。
その詳細を奴隷に知らせる義務も無ければ必要も無いのだ。
「だからってそんな...」
「また...」
「そういうわけだ。早く食って食器を出しておけ」
看守はそう言い残し立ち去った。
21番が死んだ。
2人は失念していたのだ。普段何の気なしに帰ってくる21番と19番を見ていた2人にとってあまりに衝撃で、あまりに当たり前のことであった。
人は死ぬ。それもあっさりと。
重苦しい空気の中、57番が呟いた。
「...じゃあ...わたし達は誰も居ない牢屋に...話しかけて...」
全身に鳥肌が立った。
普段当たり前のように居る存在がふと消えてしまった事が酷く恐ろしかったのだ。
19番の時とは違う。強く死を認識したあの時とは全く違う。おそらく、これが本当の“死”なのだろう。いつの間にかそこにいる死。
当たり前が当たり前じゃなくなる。それも気付かないあいだに。隣に居ると思っていた存在は振り返った時にはもう居なく、後にも先にも居るのは自分だけ。あまりにも呆気なく。そう呆気なく消えた。
「いやぁ...もういやだよぉ...」
57番の泣き声がまたも牢屋に響いた。
「なんで?わたし達何もしてないよ?なんで...なんでこんな...」
寂しい。
57番にとって一番近くで感じた死は19番の時である。目の前で知り合いが死ぬと言う衝撃的な死であった。だがその時死に感じたモノは“綺麗”であった。
大切な人のために死ぬ。それがあまりに眩しく尊いモノに見えていた。あぁ、人の最後とはこんなにも綺麗なのか。と。
だが今回のソレは全くの別物である。
何も知らない。いつ、どこで、どうやって、誰に・・・何も、分からない。死んだ事すら分からなかった。
そこに美しさは微塵も存在せず、冷たさと残酷さと恐ろしさがあった。
無知という事の恐ろしさが。
思えば。自分達は何も知らない。何も...。
死んだ者達の事も、この場にいるお互いの事も。
何が好きで何が嫌いか、何が欲しくて何が要らないか、いつどこで生まれたか、好きな異性のタイプは。
そして
なんて“名前”か。
何も知らないのだ。名前すら。
2人が知っていたことと言えばここで19番、21番と呼ばれていたことだけ。
それがどれだけ寂しいものか。
57番は知らなかったのだ。
命を賭して自分のことを守ってくれたあの青年を。
72番は知らなかったのだ。
いつもいつも正確な時間を教えてくれて知らずうちに心の拠り所となっていたあの男性を。
知らなかった。
その晩。2人はいつまでも寝付けずにいた。それははたまた二度寝のせいか。それとも本当の意味で死を体感したせいか。
57番は膝を抱え、72番は部屋の角を見つめ。各々が各々、放心していた。
だが考えている事は同じだろう。知らない事の恐ろしさについて、2人は考えていた。
そして呟く。
「72番くん」
「57番」
全くの同時。
「なに?」
「なんだ」
またも同時。
「...」
「...」
沈黙も、間も。
「教えて」
「知りたい」
求める事も。
「君のことを」
「お前のことを」
そう、知りたいのだ。お互いを。
「じゃあまず俺から。最初に言ったと思うが名前はティアリスだ」
「うん、覚えてるよ。最初の日のこと。次はわたしね。わたしはマミュリエ」
「そう言えば最初にマミまで言ってたな」
「よく覚えてるね、そんなちょっとの事」
「あの時はいち早く状況を知りたかったからな、どんな情報も頭に叩き込んだ」
「ふふ、変なの。わたしね村にいた頃は略してマミュって呼ばれてたんだ」
「マミュか、じゃあ俺もそう呼ばせてもらおうかな」
「ティアリスくんはなんて呼ばれてたの?」
「うーん、普通にティアリスとか小僧とかクソガキとか」
「何それひっどい」
「あー、ティーちゃんとかティー君とか呼ばれてたな」
「ティーちゃんかぁ、うーん」
「なんか問題あるか?」
「うん、折角だからお互いもっと違う呼び方しようよ、例えばねぇ、ティアくんとかアリスくんとか」
「ティアはまだしもアリス...ただでさえ女みたいな名前なんだからさ」
「うー、じゃあティアくんね」
「じゃあマミュは...もう一文字取ってマミだな。最初にそう言ってたし」
「マミかぁ、うん。ある意味思い出の呼び名だね。じゃあこれから一生その名前はわたし達だけしか呼んじゃダメだから」
「え、そういう話だったのか?」
「今そういう事にしたの」
「そうか。じゃあまだまだ行くぞ」
「うん。もっと一杯教えて」
2人はいつまでも教えあった。どこまでも、どこまでも。
好きなもの、嫌いなもの、やりたいこと、やりたくないこと。たくさんたくさん、思いつく限りいつまでもお互いを知り合った。家族の事についても。
「テスィシートから東にまっすぐ行った所にフォルフ村ってところがあってね、そこがわたしの住んでたところ。お父さんとお母さんと妹と4人で暮らしてたんだ」
「フォルフ村ね、いつかここを出たら行こうか」
「良いの!?やった!ティアくんのこと紹介してあげるね!」
「どんどん紹介してくれ、今まで話したこと全部話すくらいになっ」
くすりと笑い合う2人。
「じゃあ次は俺の番。俺は親と呼べる人間はいない。捨て子なんだ」
「え?」
「物心つくまえに川に流されているところをエルフの村で拾われてな」
「えぇ!?」
「両親と姉...みたいな関係の3人が俺の家族だったよ」
「だった?」
「魔術で俺に関する記憶を消したんだ。人族の俺はあの村にとってあってはならない存在だからな。最初から会わなかったことにした」
「そ、そんなこと出来るの?」
「俺の使う属性はちょっと特殊でさ、俺自身よくわかってねぇんだ」
「へぇー...その魔術わたしに使っちゃやだよ?」
「使わねぇよ、これのせいで使えねぇし」
ティアリスはジャラリと手足に嵌められた崩魔鉄の枷を見せた。
「そうだったね」
どれくらい教えあったかどうか定かではないが既にお互い教えるネタが尽きてきた頃。
「あとなんかあるか?俺はもう何も無いぞ?」
「うーんそうだねー...あっ」
「なんかあったか?」
「う、うん!ちょ、ちょっとね。えっと。わたし崩魔鉄の手錠が付いてても使える魔術知ってるんだ!」
マミュリエが赤面させながらそう言う。ティアリスはその言葉を信じ、どういう物かを真剣に考えている。そんなティアリス対してマミュリエは。
「じゃあティアくんに掛けてあげる」
「え、俺にやって大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫。回復魔法みたいなやつだから」
「へぇ」
「じゃあ目を瞑って」
「?」
大人しく目を瞑るティアリス。何時間も話し続けているせいか意識が朦朧としており、正常な判断が出来ていない。普段の彼であれば即座に気付くものだが。
「...じゃ、じゃあ...やるね...」
「おう、ドンとこ」
チュッ
「......え?」
「え、えへへぇ、これがわたしの魔術です!」
頬をリンゴのように真っ赤に染め、強がるように言う声は少し震えていた。
「...そういうことか」
「どう?回復したでしょ」
「...はぁ」
「えぇ?何その反応!」
「なんでもねぇよ」
そう言うティアリスの顔も俯いているが耳まで真っ赤である。その胸のときめきは理性から来るものか、それとも恋慕に駆られて来るものか。後者であったとき、彼の精神衛生はズタボロであろう。
「えへへぇ」
マミュリエの幼さ故の好奇心と無邪気さ故の無謀さの成せる技であった。
幸せそうな2人を見つめるその人物は、口が裂けんばかりに笑った。
実は4章くらいまで書き溜めがあるんですがどうにも面白くないんで丸々書き直してます。また次の投稿がかなり遅れるかもしれませんがよろしくお願いします。
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