不安の種
72番が奴隷として地下牢にぶち込まれて2ヶ月が過ぎた頃。奴隷生活にも慣れはじめ、隣人付き合いも良好になってきた頃。
「21番、出ろ」
ここで呼ばれる“上の奴ら”の男が21番を指名して牢屋から出した。
「俺に買い手が付いたのか?酔狂なやつだ、こんな親父を」
「無駄口を叩くな。黙って付いて来い」
21番はそのまま強引に連れて行かれた。
「21番さん売れちゃったのかな?」
「そりゃあねぇだろ57番ちゃん、あのオッサンだぜ?誰があんなの買うんだ?」
「うーん...」
「傭兵とか、冒険者とかの人手を欲してる人間が買ってったんじゃないか?」
「いやぁ、それこそ有り得ねぇ。ここは違法な奴隷商だ。どこぞの貴族様が買ってくんならまだわかるが、そんな冒険者連中に売ったらここの足が着く。情報漏洩を何よりも気にするここでは絶対に有り得ない」
「そうなんだー」
そんな会話をしつつ2時間後。
「入れ」
「わかったよ、クソが...」
看守に連れられて21番が戻ってきた。
「21番、どうしたんだ?」
「とうとう始めやがった」
「何をだ?」
「殺し合いだ」
21番の口から飛んだ言葉はそれだった。
「はぁ?殺し合い?どういうことだよ」
「わかった。今から説明するから黙って聞いてくれ」
いつになく真面目なトーンで21番はさっき呼ばれた理由を語り始めた。
「俺はさっきある場所に呼び出された。凄く広い空間、上の奴らは“遊戯場”と言っていたか」
「遊戯場?」
「あぁ、だが遊戯場なんて可愛らしいもんじゃない。あそこは戦場だ。どっちかっていうと闘技場の方がピタリと合う」
「闘技場だぁ?」
「地面が土で丸く高い壁に囲まれていた。その壁の上には思い出すだけでも気持ち悪い仮面を掛けた連中が俺らを見下していたんだ」
「見世物ってことか。それで遊戯場」
「たぶんあいつらは顔を明かせない貴族の奴らだ。あいつらは俺ともう1人の若い男の奴隷を対面させて殺し合いをさせた」
「は!?」
「互いに崩魔鉄の手錠付きで手入れのされていない直剣を渡され、どちらかが死ぬまでやり続けろと言われた」
「酷い...」
「上の奴らは言った『生き残ればこれを見ているお客様に買ってもらえるだろうな』と。つまりあそこは俺ら奴隷にとっては外へ出るためのアピールをする場所、上の奴らにとっては客寄せ、仮面の連中にとっては賭け事道楽だ。だけど...」
「だけどそれだけじゃないんだろうな」
21番が話している所を遮り72番が続けた。
「多分そこは俺らの間引きの場でもある」
「間引き?」
「あぁ、買い手が付かず行かず後家になってる奴隷を処分すると同時に賭博による収益、俺らを売らせてさらに儲けるための場なんだろう。俺らからしてみれば負けはすなわち死に直結する、手は抜けないから必死になる。そうやって必死にもがく俺らを見て楽しんでいるんだろ」
「...マジかよ」
「わたしイヤだよ...」
各牢屋に暗く重い空気が流れる。
19番が21番に訊ねた。
「なぁ21番。オメェここに帰ってきたって事は...」
「...あぁ、殺した」
「そう、だよな・・・」
「俺は奴隷になる前は冒険者稼業をやっていた。その時から人を殺すことは経験していた。けど、今日みたいな殺しはもうしたくない」
その日はそのまま眠れない夜を越した。
それから更に3ヶ月間。19番と21番が度々“道楽”へ参加させられた。
回数を重ねる毎に2人の気持ちは沈み、表情が暗くなっていった。夜中にうなされう事も多くなった。自分が手にかけた奴隷達の顔、声、切った感触が夢に出ているのだ。
だが幸いなことに57番と72番はまだ幼い事もあってかなかなか声が掛からずにいた。4人ともそのまま年少の2人を誘わないでくれと日々願っていた。
そんなある日。想像もしなかった事が起こった。
「19番、出番だ」
「...チッ」
「早く出ろ」
もはや見慣れた光景の19番呼び出し。いつものようにどうすることも出来ない歯痒さを感じながら見送る一同であった。
しかし。
数分後、再び現れた看守が発した言葉に空気が凍りついた。
「57番、出ろ」
顔面蒼白の一同、全身の毛穴が広がり冷や汗が噴き出した。
「どうした、早く出ろ」
「い、いやぁ...っ」
「早く出ろと言っているだろう!」
「いやぁ!!」
泣きじゃくる57番。それもそのはず、つい先程19番が連れていかれたばかりで57番まで連れられる。それが示すことはつまり。
「いやぁ!19番さんとなんていやぁ!!」
「そうだ!嬢ちゃんじゃなくて俺を出せぇぇえええ!!」
隣から21番の嘆きにも聞こえる声。看守は全く意に返さない様子で57番の腕を掴む。
「その手を離せクソ外道がぁ!!」
72番が勢いよく看守に飛び蹴りをしようとするが。
「“動くな”!」
「ぐぎっ!?」
72番の肩の数字が紅く光り、奴隷紋の発動を確認した。
「72番、お前はそこで“じっとしてろ”」
「がぁぁあああああああ!!!!ああああああああ!!!!」
口まで動きを封じられているせいで72番は咆哮のような声にならない声しか出せなくなった。
「待て!嬢ちゃんを嬢ちゃんを...」
「21番、“黙れ”」
「んんん!?」
21番も72番と同じく奴隷紋が発動。声を封じられた。
「いや!2人とも!わたしイヤだよ!!いやぁああああ!!」
看守に連れられて遠ざかる57番の声を聞きながら2人は己の無力を呪った。
一時間後。二人とも戻って来ない。
二時間後。まだ戻って来ない。
そして、三時間後。
「うえぇぇえええええええん、うえぇぇえええええええん」
57番の泣き声が聞こえた。
「57番!」「嬢ちゃん!」
「入れ」
「うぐっ、えぐっ、うぅ、うえぇぇえええええええん」
「57番、“黙れ”」
「んぐ!?」
看守によって無理やり黙らされた57番は涙で真っ赤に腫れた目で72番に抱きついた。
んー!んー!と声に出せずに72番の胸で泣いていると一定時間経過して奴隷紋が解除された。
「うぅっ、うえぇぇえええええええん」
72番の胸で声がくぐもりながらも全てを出し尽くすように泣いた。何分も何時間も。気づいた時には泣き疲れて眠っていて。事情を聞こうと思っていた2人は明日を待った。
☆★☆★☆
翌朝。まだ腫れる目を擦って57番は起きた。
72番の身体にギュッとしがみつき、冷える身体を暖めながら。
「起きたか?」
ふと優しい声音で72番の声が耳に入った。
見上げたすぐ近くに彼の顔があり、一瞬ドキッと胸の奥が跳ねると顔を真っ赤にして後ずさった。
「うわぁあぁあぁあ!?」
「だ、大丈夫か?」
「う、うん。今ので落ち着いた...」
「そうか」
沈黙。微妙な距離感と微妙な空気が牢屋を包み、なんとも言えぬ微妙感を出していた。
見た目は兎も角中身は三十路近いおじさんの72番は57番の視線に含まれる熱っぽさを容易に察知した。相手はまだ8歳。淡い恋心も上手く隠せない。単純な好意に喜ぶべき72番だが昨日の一件しかり実年齢との差しかりで一旦彼女の気持ちは放置することにした。
「あのー」
「ひゃいっ!」
「ちょっと辛いと思うけど。昨日の事を教えてくれないか?」
「昨日の............ぇうっ」
あ、マズい。その予感はあっさり的中。もはや予感と言うよりも直接確認したレベルである。
「うぇええええええええん」
爽やかな朝は乙女のスクリームから始まった。
57番を落ち着かせるべく一時間が経過。
「落ち着いた?」
「...うん」
「昨日の事、思い出せる?」
「ぇうっ、うん...」
「よしよし。ゆっくりでいいから、教えて」
「うん...まずね?」
☆★☆★☆
57番の幼児じみた話し方で聞いた昨日の闘技場での事を纏めると。
闘技場へ行くと待っていたのはやはり19番であった。19番は自分の相手が57番であるとわかると上の奴らに抗議した。なぜ俺が57番ちゃんと殺らなくちゃいけないのかと。
しかし上の奴らは聞く耳を持たず、殺し合いを早く始めるように新たな奴隷を呼び出した。1人は屈強な元戦士、もう1人は色香の香しい女性で、新たに増えた2人は真っ先に57番を狙ってきた。
剣など持ったこともない57番はかっこうの的、勢い良く振り下ろされた2本の剣は甲高い金属音を奏でて静止した。19番が庇っていたのだ。19番は57番に得物を貸してくれと要求した、57番は一瞬唯一の武器を渡してしまって大丈夫なのだろうかと思想が錯綜したが相手が信頼できる19番と言うことで素直に渡した。
得物が2本になった19番は57番を守りながら2人を相手取った。実は19番は元王国騎士だったらしく、剣の扱いは人一倍長けていた。最初19番は防戦一方、二方向から振られる剣を見切り、流し、弾き、受け止めた。どちらか一方に集中するともう片方が57番を狙いに来るのだ。
しかし相手も同じ人間。2人がかりであろうと必ずどこかで綻びが出る。丸一時間の防戦の末、一筋の光が見えた。
19番が男を蹴り飛ばし、そこを隙と見た女の方が転がる男を飛び越え真正面から斬りかかった。19番は2本の剣を交差させて女の剣を受け止めた。今までぴょんぴょこ動き回っていた女の動きは一瞬停止。隙だらけの腹を思いっきり蹴り飛ばし起き上がった男の方へ飛ばした。このまま巻き込まれれば両方に一瞬の隙が出来ると思った故の行動だ。だが、その予想は大きく外れる事になった。
片膝立ちの男は迫り来る女を“力技でぶった斬った”のだ。
19番も57番も観客も上の奴らも唖然、闘技場を長い長い沈黙が支配した。唖然とした人間の中には斬られた女も含まれていた。身体を上下に分断された女の顔は口をポカンと開けていた。
ゆっくりと立ち上がる男の眼に自分が斬った女は映っておらず、淀んだ眼をした戦闘狂は19番だけを見ていた。もはやこの段階で男は57番に目もくれていない。周囲の静寂を全く意に返さずケタケタと笑い始めた男は言った「邪魔はいない。俺とお前の一騎打ちだ、楽しみだぁ・・・なぁ?」と。血濡れの直剣を恍惚とした表情で眺めた男は剣を構えて19番に対峙した。
19番もその“化け物”に剣を構えた。男は既に人とは呼べない。ただひたすらに戦いと血を求めるだけのバトルジャンキーと化した。その人でなくなったモノにもはや対人剣術は意味をなさず、19番は魔物を狩るよう気持ちで剣を交えた。
それから一時間。19番と男の荒々しく激しい戦いが続いた。19番は男の型も何もなっちゃいない力任せの剣をひらりと避けつつ急所に剣を刺す。まさしく蝶のように舞い、蜂のように刺すを地で行っていた。
拮抗する勝負の最中57番は蚊帳の外である。泣きべそかいて死闘を繰り広げる2人を見ていることしか出来なかった。
勝負はいよいよ佳境を迎え、いつまでも続く死闘に煮えを切らした19番は強行突破へ出た。
縦へ力強く振り下ろされた男の剣を受け流すと、カキンと音を立てて剣は地面を刺した。唐突な事に一瞬たじろいだのが男の命運を分けた。
地面に刺さった剣を引き抜こうと動きを止めた男の顔面に19番の膝蹴りが打ち込まれ仰向けに倒れた。19番はすかさず男の腕に剣を突き立て地面に固定、身動きを封じた。
もがき苦しむ男は脱出を試みるも思いの外深々と突き刺さった両腕の剣は抜くことが出来ず、ダラダラと流れる血と同じ分だけ身体から力が抜けるような錯覚をしていた。見上げる先には冷たい表情で見下す19番、男の声は震えてか細く小さくなってゆく。
19番は男が突き刺した直剣を引き抜き、男の喉元へ突き立てた。
女が男に切り裂かれた時と同じような静寂が辺りを包み、19番は一仕事終えたような表情で額の汗を拭った。
次の瞬間。静寂は一瞬にして破られ、観客達の賛美と称賛の声が幾重にも重なり爆音のような喧騒がその場を支配した。
観客達は19番をいち早く欲しい、あのような強い私兵が居れば安泰だと、19番の評価は鰻登りである。
最後に残った2人。19番と57番。観客達は19番に早くその小娘を殺せとはやし立てた。19番を我が物にせんと躍起になっているのだ。
怯える57番。貼り付いたように表情の変わらない19番。
ゆらゆらと19番は57番に近付いた、手を伸ばせば触れる距離まで。ヌッと伸ばされる19番の右手にビクリと身体を震わせた57番は次の瞬間呆気に取られた。
撫でられたのだ。頭を。
57番が19番の顔を恐る恐る見るとそこにはさっきまでの冷たい表情は微塵も存在せず、柔和な笑みで頭を撫でる19番がいた。
19番は言った。
「やっと触れたね。声が届くほど近くにいるのに、姿を見れるほど近くにいるのに、格子と通路のあいだはあんなにも遠い。俺は最初、57番ちゃんが嫌いでさ、牢屋に連れ込まれてピーピー泣きわめいて、うるさくてうるさくて、コレだからガキは。なんて思ってたんだ...」
撫でる手を引き、けどと続ける。
「けど、すぐに57番ちゃんの事を尊敬するようになったんだ。最初の1週間こそ泣いてばっかだけど、8日目に入ったらケロッとしてんだ。俺、聞いたよね、なんで泣かなくなったんだ?って。そしたら57番ちゃん、こう答えるんだ『泣いてばかりじゃ、誰も助けてくれないからです』ってさ。そんとき俺はどうだったんだって考えたんだ。思い返してみれば俺はあそこに入れられて、確か3ヶ月くらいは誰か助けが来ることを信じ続けてさ、いつまで経っても来ないことにグジグジしてて」
19番は男に突き刺した直剣を一本引き抜き、話を続けた。
「情けなくなったさ、自分の半分も生きてない、それも女の子がそんなこと言うんだもん。それ以来、俺はどんな事があっても57番ちゃんだけは守るって決めたんだよ、自分勝手な考えだけどさ」
肩をすくめた後、握った剣を構えて綺麗な剣舞を見せた。
「57番ちゃん、さっきの俺は君をちゃんと守れてたかな?」
その問いに57番が答える。
「はい、守れてました。ちゃんと。わたしのために...」
「カッコ良かった?」
「カッコ良かったです!けどちょっと怖かったです」
「はは、ごめんね、あぁでもしないと守りきれなくてね」
切なげな表情でそう言うと、19番は己の首筋に剣を当てた。
「もひとつごめんね、俺、もう57番ちゃんの事を守れないんだ」
「なにを...」
「牢屋で待ってる21番と72番によろしく言っておいて、特に72番。『後を頼む』って。あと『生きてくれ』って」
「ま、待って!」
「騎士をクビになった俺だけど。お姫様を命を賭して守った騎士になれたんだ。これ以上幸せなことはないさ。だから...」
ーじゃあなー
そう呟いた直後。19番の首は地面に落ちた。
☆★☆★☆
「だから、19番さんはっ。わたしを、わたしのせいで...っ」
「そうか、そうか」
「わたしっ、わたしぃっ」
ふたたび72番の胸で泣き出す57番。21番は隣で黙って聞き、72番は57番を宥めていた。
「19番は最後。幸せだと言ってたんだな」
「...うん」
「ならきっとアイツも報われただろう、少なくとも、お前が自分のせいでアイツが死んだなんて思って欲しくないはずだぞ?」
「うん...うん」
57番はそうやって宥められているうちに眠りについた。72番の服は涙と鼻水でベチョベチョである。
「19番...」
ぼそりと呟いたその声は21番にも、すぐ横の57番にも聞こえないほど小さかった。




