ことの終わり
テスィシート王国歴826年。日の落ちも早くなり、水瓶には薄氷も張るようになった寒い冬の寒い夜。
現在王都テスィシートでは大規模な闇奴隷商の掃討作戦が行われようとしていた。
現国王イグ=ウィナス・ィクィンシー・テスィシートの勅命により第一、第二王国騎士団が合同で作戦に従事している。統括として、第一騎士団団長として全団員の指揮を執るはアルネージ・ギルフリッドである。
四年前の赤竜討伐作戦にて分断された第二騎士団を見事な采配で動かし赤竜を撃退、団員全員を無事に帰城した功績が称えられ第二騎士団を空いてしまった第一騎士団のポストにまるまる全員昇格させ、団長であるアルネージも統括へ昇格、それに合わせ準男爵だった彼は伯爵にまで陞爵した。
年齢にして36歳の彼は180cmのそこそこ大きな体躯とそれに見合った力強い筋肉、そこそこ整った顔は近年年を重ねる毎に大人の色気を身に付け始めて短く整えられた髭に惹かれる婦女子は老若貴賎問わず存在する。
貴族ではあるものの元平民の彼は非常に庶民派で城下町の屋台や雑多な飲み屋へ一人で訪れることも珍しくない。そこがまた平民達へ希望と好感を与え、羨望の眼差しを向けられている。
また庶民派な彼はとても愛妻家でもあり一人の妻を愛し、爵位を持つ者は一夫多妻が認められているものの新たな妻を娶る話も無く、妾がいると言う話も聞かない。
ただし彼には跡継ぎがいない。娘が二人いるものの既に嫁いでおり、昨年大きな病を患った妻を相手にするのも些か難がある。伯爵と言う決して低くない爵位から跡継ぎを作ることはほぼ必須条件であり、第二夫人や妾にと国中の貴族から若い婦女との縁談を持ち掛けられたり、養子にと同じく国中の貴族から若い男児を養子に紹介させられたりと苦労が絶えない。
そんな疲れが取れないアルネージは現在違法で奴隷商をしていると囁かれている『ワラゥル商会』を外から監視しつつ、潜入班からの合図を待っていた。
「あぁー、寒い」
「団長黙ってて下さいよ、みんな同じ気持ちなんですから」
「そうは言ってもなぁ...あっ、雪」
月明かりだけが照らす中、チラチラと輝きながらゆっくりと空から冷たい雪が降ってきた。
「早く突撃出来んものか、凍えて動けなくなる」
「そうですねぇ、そろそろだと思いますけど」
アルネージと彼が率いる正面入り口側突撃部隊の一人が愚痴を零していると、建物の窓から赤い光が右へ左へゆらゆらと揺れた。突撃の合図である。
「お、やっとか。お前ら、突撃だ!」
おぉーと寒さに震えた声で返しが返ってくるものの彼らの目は鋭く、力強いものとなっていた。
ワラゥル商会の商店はかなり大きく、それこそ他の追随を許さないほど成長しており初めてその店を訪れた者は驚愕し立ち止まってしまう。だがその広さは内に秘める闇を隠すためであり、内部構造と外観に大きな差異があるのだ。間諜として送り込んだ人間からの報告では至るところに隠し通路や隠し扉、隠し階段に隠し部屋と隠しに隠しまくっている。
その中で今回問題となったのは地下に存在する異常に広い空間とそこへ続くいくつもの牢屋である。長期間に渡る調査によってそこでは日夜奴隷による殺し合いが行われていることが判明した。それもテスィシート王国における奴隷法に大きく違反した奴隷を使ってである。
この国の奴隷法では奴隷として使役、売買する場合いくつかの条件を全てクリアした者でなければ奴隷にする事は出来ない。例えば未成年(15歳未満)や妊婦を奴隷には出来ない。また誘拐や私怨などの不当な理由では奴隷に出来ない。一部例外はあるものの“罪人や過度の借金を抱えた者”で“契約や罪状などの理由”で“国の正式な監査を通過した者のみ”奴隷として扱えるようになり、使役売買が可能となる。その他にも様々な条件があるが省略。
ワラゥル商会は上記の奴隷法に違反しており、その奴隷達を使い一種の娯楽として殺し合いをさせている。
その非人道的行いが国王の逆鱗に触れ、調査の元厳正なる審査が王城で行われ見事有罪判決が下された。既にワラゥル商会にはその旨を書き記した書状も送られているが容疑を否認。書状は後日店の裏路地のゴミ箱に捨てられていた。
そんなワラゥル商会にアルネージの部隊が突入した時、既に裏口から陽動部隊が侵入して敵を引き付けていた。そのせいかアルネージ達はさして大きな戦闘もなく1階を制圧し、地下への隠し階段を降りていた。
その時。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ...
大きな地響きのような音が鼓膜を揺らしパラパラと土や崩れた壁が落ちてきた。
「上の連中、暴れ過ぎじゃないか?崩落とかしたら洒落にならんぞ」
「それだけ敵が多いんでしょう。ココから増援を出しますか?」
「いや、大丈夫だろう。あいつらもそれなりに鍛えている。安い金で雇われたようなチンピラに負けることは無いだろう」
アルネージがそう答え、補佐の団員はそれに了解した。
さらに階段を降り続けると3方に別れる通路に出た。左右に続く通路は円形に沿っているのかカーブが目立つ。そして正面には両開きの重厚な扉、その向こうにはまたも階段が続いていた。だがただの階段ではなく、円形に広がる空間を下るような作りだ。
「ここは...報告にあった闘技場か」
明かりは全く無く、普段なら熱気と歓声に包まれる闘技場は暗闇と静寂だけが占めていた。
「天の輝き、陽は闇を焼き、月は闇を照らさんとす。『シャイン』」
足下を照らす程度の光を作り出して視界を確保した。かなり広いのかシャインだけではいささか光量に不安がある。なんとか目を凝らして周囲を確認すると天井部に拳大の魔水晶が嵌められていた。かなり上質な物だ。
「あれが照明か。天の輝き、陽は闇を焼き、月は闇を照らさんとす。『シャイン』」
先と同じ魔術を天井部の魔水晶に掛けるとその力は何倍にも増幅し、闘技場の全貌を見せた。
現在アルネージ達が立っている場所は闘技場より高い位置にある観客席。闘技場を丸く囲い、そこで戦わされている奴隷達を360°見れるようになっていた。
「ッつ...眩し。って、アレは...?」
夜目に慣れてしまった視界を強い光が刺激した。目を細めながら闘技場を覗き込むとあるモノが目に入った。
「魔物...?あれは一角闘牛か?」
アルネージは観客席から飛び降り、一角闘牛のそばに寄って詳しく調べた。
「死んでいるようだな、どうやったらこんな死に方するんだ?」
「顎の下から何かで頭蓋ごと貫かれてますね、とても人間業じゃありません。身体中穴だらけですし、それにこれ...」
部隊の1人が一角闘牛に近付き死体の眼球に突き刺さるソレを引き抜いた。半分固形になりつつある血液がネチャっと生々しい音を立てて赤黒い糸を引きながら。
「う、腕、ですね。それもまだ小さい...子供のでしょうか...」
その言葉を聞いたアルネージは胸を締め付けられるような思いだった。
「子供がこんな魔物と戦わされていたのか...」
その子供の生死は不明だが絶望的な観測しか出来ない。
「ではこの一角闘牛は誰が殺したのでしょうか?」
「多分ここに雇われてる強者だろ、コイツが暴れ始めたから殺して無力化を...」
何かに気付いたアルネージは腰の鞘から剣を抜き、飛んで来たナイフをたたき落とす。
「ちっ、コッチに来たか」
「んな!?どうしたんですか!?」
「敵襲だ、恐らくソレを殺ったやつだろう」
部隊は全員抜刀し、背中合わせになり周囲を見渡す。先の投げナイフの使い手は未だ姿を見せず、闘技場内のどこかに身を潜めている。
少しの沈黙の後、男は現れた。
真っ黒いローブに中肉中背な身を包んだその男は真っ直ぐアルネージを見据えていた。
アルネージはキッと睨みつけ、怒鳴るように訊ねた。
「お前は何者だ!」
「...」
「話す気無しか、なら。お前はワラゥル商会に雇われたのか」
黒ずくめの男は何故か素直にコクリと小さく頷いた。
「俺らを処分しに来たか」
男は首を横に振った。
「なら俺らに何の用だ!」
男は懐から羊皮紙を取り出し木炭で何かを書き、ナイフに括りつけて投擲した。
「読めってことか?」
コクリ。
アルネージが警戒心を剥き出しに羊皮紙を手に取った。
「我はここから立ち去る、既にワラゥル殿は貴殿等の上の部隊が身柄を拘束している。ワラゥル殿を救出する事は我の契約に含まれていない。煮るなり焼くなり好きにしろ、だぁ?何を言っているお前は、お前もまとめて捕まえるに決まっているだろう!!」
語気を強めてそう叫ぶが男は柳に風といったようにさらりと受け流した。
男は懐から今度は何やら黒い玉を取り出し、勢い良く地面に叩きつけた。
「な!?くっ...!」
黒い煙が吹き出し辺りを包み込んだ。
「煙幕か!待て!!」
「団長!落ち着いて下さい!」
「離せお前ら!」
「我々の目的はワラゥルの拘束と奴隷の保護です!目的を見失わないでください!」
黒煙の中ではアルネージが数人の団員に羽交い締めにされていた。
しばらくして黒煙が消えるとやはりそこに黒ずくめの男は居なかった。
「ちっ、いつか絶対に捕まえる。総員!各自奴隷の保護、必要であれば治療もしておけ!」
了解!という声と共に団員達は散開、アルネージ自身も囚われている奴隷の捜索を始めた。
シャインで視界を照らし、暗く細い通路を歩んでいるとアルネージの足にネチャリと不快な感覚が走った。
「なんだ?」
足を退かして見ると若干固まり始めた赤黒い血痕があった。通路の先に続いているようだ。
「怪我人か?」
奥へ奥へと進むと鉄臭い空の牢屋を左右に見ながら一番奥の暗い牢屋に到達した。
辺りは酷い臭いが立ち込めている。ねっとりへばりつくような鉄臭さ、ツンと鼻につく何とも言い難い糞尿の臭い、表現することすらはばかられる腐敗臭。
蝶番が壊され、鍵が鍵としての用途を成していない静かな牢屋。そこには。
「だれ...だ...」
まだ幼くそれでいて掠れて衰弱した声が聞こえた。
「誰かいるのか!?今助けてやる、どこだ!?」
声のした方に光を向けるとそこには小さな子供が居た。身体は酷くやせ細り、手足は細く枯れ枝のよう、黒くボサボサの長い髪から覗く焦点の合わない目は黒く、服なのかどうかも疑わしいボロボロな布っ切れを身に纏い、今にも死にそうな様子である。
そして目を引くのは少年の右腕、肘から先が無いのだ。
アルネージはすぐに察した。一角闘牛の目に刺さっていた腕はこの少年の物であると。
「だ、大丈夫か!」
急いで駆け寄りその肩を掴む。ヌラっと手に付く粘性のある赤い液体。少年の身体は血濡れであった。
「い、痛い...」
振り絞るような声で少年はアルネージに言った。
「わ、悪い、ちょっと待ってくれ。今治療してやる」
アルネージはバッグから応急処置用の薬を取り出すが、どう考えても応急処置でどうにかなる怪我ではない。回復魔法も初級までしか使えないため彼だけではどうにもならなかった。
「今回復魔法が使える奴のとこまで連れてく!頑張って耐えてくれ!」
虚ろな目の少年は既にアルネージの声は聞こえておらず、虚空を見つめて嗄れた声で呟いた。
「生きな...きゃ、生き...だ、あいつらの...ために...生きて...生きて...つぐな...だ...」
ゆっくりと手を伸ばすと少年は糸が切れた操り人形のように倒れてしまった。
「まだ息はあるな、今助けてやるから」
アルネージは少年を抱き抱えると、部隊の医療班の元へ駆けた。
「誰か、この少年を治療してやってくれ」
「はいはいって...どうしたんですかこの子!?血だらけじゃないですか」
明るい闘技場では何人もの奴隷達が治療や食事を与えられていた。
明るい下で改めて少年の身体を確認すると、全身は真っ赤に染まる程血に濡れており、至るところに青痣や火傷やミミズ腫れがあった。赤黒い斑点や白いフサフサした何か、左目は気絶しているにも関わらず開かれ、左耳も剥ぎ取られたように存在しない。それはもう他の奴隷達と比べても異常としか称せないほどである。何処を探しても彼以上に酷い傷を負った者は居なかった。
そしてアルネージ達は大きな疑問を抱いた。
なぜ奴隷達がこんなにも“怯えて”いるのか。
アルネージ以外の団員達は事更に疑問であった。つい先程までは救出された事に少なからず喜びの表情があり、何回も感謝の声も聞いていた程だ。しかしある瞬間からそれは一変し、奴隷達は皆顔を青ざめ、壁に引っ付くほど距離を取っていた。アルネージが入って来た時から。
しかしその視線はアルネージには向いておらず、地面に降ろされた黒髪の少年に向いている。
「ど、どうしたんだ?」
「さ、さぁ?どうしたんでしょう」
アルネージは奴隷の一人に近づき訊ねた。
「すまないあんた、いきなりどうしたんだ?」
「お、俺に話し掛けないでく、うっ、おえぇええええええええっ」
話し掛けた男は恐怖のあまりか激しく嘔吐した。吐瀉物を足元に撒き散らし蹲った。
「だ、大丈夫か?」
「ひっ、一人にさせて...下さい......」
男は肩を震わせそのまま顔を伏せた。
アルネージは腰を上げて他の奴隷達を見渡すがどこも同じような反応だ。少年に何かあることは確かなのだが誰もその詳細を話さなかった。さっきの男のように蹲る者、わんわんと泣き出し話にならない者、話しかけようとした団員から逃げるように距離を取る者。
団員達がお手上げと言った様子でいると、1人の老人がアルネージの元へ歩み寄った。
その風貌たるや恐ろしいもの、筋張った身体に肉付きはほとんど無く、縮れた白髪と剥き出しになった眼球がその恐ろしさに拍車をかける。さながら骸骨である。
老人は枯れ枝のような指で治療を受ける少年を指さして言った。
「騎士様や、ソレ...そやつの事を知りたいんですな?」
ソレという物言いに引っ掛かったが取り敢えずと言った形で話を進めた。
「あぁ、なんであんなに血まみれで傷だらけなのか、なんでこんなに...」
「恐れられているのか...ですな」
「あぁ」
老人は一拍置いて口を開いた。
「この地下闘技場で奴隷達同士の殺し合いが行われていた事はご存知ですな?」
「あぁ、だから俺達はこうやって救出に来た」
「その殺し合い、ここでは客には“道楽”、店の連中からは“間引き”と呼ばれていました。奴隷同士を一体一で戦わせ、どちらかが死ぬまでそれを続けられました。その殺し合いは上の観客席で顔を仮面で隠した人間共の賭け事として行われていました」
「それは...」
報告で受けていた事態よりも深刻だった。賭け事としての道楽。ともなれば間引きとは...。
「お察しの通り、間引きとは売り物にならない奴隷を処分するために行われていました」
周囲の奴隷達は顔を俯かせ、誰もが暗い表情であった。
「そしてそこに眠るヤツこそ、その間引きで全勝無敗の戦績を持つ悪魔なのです...」
「なっ!?」
バッと振り返り少年を確認する。肉の削げ落ちた弱々しい少年が幾人もの奴隷を屠っていたと言う衝撃。
「そんな、馬鹿な!」
「嘘ではないでございます、ヤツの手で殺された者は既に七十人を超え、つい先程も...あ、あそこで横たわる一角闘牛を屠ったばかりでございます」
「んなっ!?」
「驚く気持ちはわかります。ですが、事実なんです」
「じ、じゃああの子がこうも恐れられている理由は」
「はい、間引きにおいて相手がヤツであったとき、それは自身の死を意味するからです」
団員達は皆信じられないと顔に書いており、奴隷達は恐怖を思い出し頭を抱えたり、そばの人間と抱き合ったり、気絶までする者もいた。
その様子が今の話の信憑性を強めた。
「...御仁よ、あの少年の話、もっと詳しく聞かせてくれないか」
「お国も騎士様の御命令なれば...ですが一つ条件が」
「なんだ」
「私を、我々をヤツと二度と引き合わせないようにして頂きたいのです」
アルネージは絶句した。今までの会話の流れから予想は出来ていたが、それでもなお酷い衝撃を受けた。まだ若い少年が多くの人間から嫌われる。その事実をとても重いものと受け取ったのだ。
「わ、わかった。了承しよう」
「では、場所を移しましょう。それなりに長い話になりますし、皆の古傷を抉るわけにはいきません」
「いいだろう」
地下に空き部屋となった部屋を見つけ、アルネージと部下の一人と老人の三人で入った。
「御仁、先に名前を聞いても良いか?」
「あぁ、私はコルダと申します」
「コルダ殿か、俺はアルネージ・ギルフリッドだ。そしてコッチは」
「はっ私、テスィシート王国第一騎士団副長を務めるネイヴ・ハリオンと申します」
「自己紹介も済んだところでコルダ殿、あの少年について頼む」
「はい、これは私がよく話していた看守から聞いた話なんですが。ヤツが...確か名は“ティアリス”と言ったか、まぁここでは押された焼印の数字が名前でしたが。まぁそのティアリスがここに来たのは今から二、三年前になります...」
お久しぶりです。二週間ぶりの投稿ですね。今回から3章に突入です、最近スマホを替えて仕様が前のと変わってしまって微妙に書きづらくなっちゃってちょっと困ってます。追々慣れていこうかなーって思うので、今後の投稿でミスが見つかった時は報告してくれると幸いです。




