赤竜の襲来4
シャスティナが戦線を離脱してすぐの事、残された数人の自警団と花子達は火炎を纏った赤竜と対峙していた。
「グルルルルルルゥ・・・」
「Ghrrrrrrrrrrr......」
睨み合う花子と赤竜。ジャリオ達自警団は情けなくもそれを眺める事しか出来なかった。下手に首を突っ込めば必ずどちらかに殺られる、そう理解したからだ。
「Ghoaaa!!」
先に動いたのは赤竜、花子はそれを注視しながら横に避けた。
赤竜の突進が避けた花子を通り過ぎた瞬間、赤竜の尾から炎の渦が発生、蛇のようにうねりながら花子を襲う。
「ガァ!!」
だが花子はそれをものともせずに短く一喝して消し飛ばした。
霧散する炎は赤竜に吸われるような軌道を辿ると再び炎の尾を作り出した。
「Gh........」
赤竜の声は何処か辛辣、何かを我慢しているような印象を受けた。花子もその事を十全に把握し、ある推測を立てた。
赤竜の炎の鎧は魔力の消費が著しいという事。おそらく長続きはしないだろう、無闇に仕留めに掛かるよりはティアリスの回復と炎の鎧が解けるのを待つのが最善であろう。
なら赤竜はどうか、花子が取ろうとする作戦は赤竜からして見れば最悪。花子の推測通り今使っている炎の鎧はそう長く持たない。魔物の中でも魔力量はケタ違いに多いドラゴンを持ってしてこの消費、並の人間が使えば一分と持たないだろう。赤竜も既に消耗は激しい、持って残り三分と言ったところだ。ならばその三分に出し惜しみせず全力を出すのが赤竜にとっての最善というモノだろう。
「Ghoaaaaaaaaaaaa!!!!」
赤竜の雄叫びと共に地面が隆起、花子は不安定な足場にたまらず跳躍、この瞬間を待っていたと言わんばかりに赤竜は空中の花子に炎の渦を四本と火炎放射の同時攻撃を浴びせた。
花子は避けること叶わずそれらを纏めて防ぎにかかる。
「ガォオオオオオン!!!」
夥しい炎に花子は包まれ、その姿を隠す。ジャリオ達にはそう見えた。
「Ghooaaaaaa!?!?!?」
赤竜の悲痛な叫びが木霊する。
そこには、両の翼に氷の槍が突き刺さっていた。それも特大、赤竜の両翼のそれぞれ三分の一を占める割合で大穴が空いていた。
その原因、言わずもがな花子である。
花子は空中で赤竜の猛攻を受けていた、では何故今まさにその赤竜の両翼を貫いているのか、それは誰の目にも止まらぬ花子の神業が成した結果である。
花子は迫り来る炎、それは壁と表現してもおかしくない迫力であった。炎の壁が自分を包み込まんとした時、花子は咄嗟に土属性で身を守ろうとした。しかし直ぐにそれは悪手だと気付く。ティアリスが樹属性で身を守った際、焼かれる熱で火傷を負った所を目撃していたため、その二の舞になる懸念が脳裏を過ぎったのだ。
即座に花子は魔術形成を変更、氷の殻で身を守ろうとしたがその一瞬のせいで時間が足りず中途半端となった。結果殻は正面にしか現れず、炎は脇から花子に襲いかかろうとしていた。だがそこは彼女の発想の機転が功を奏した。
防げないのなら、避けられないのなら、通り越せばいいじゃないか、と。
意を決した花子は目をきつく瞑り、地面に向かうよう空を蹴った。激しい業火が彼女の黒い毛を焦がすが、花子はそれを耐え切り地面へ着地し、未だ気付かぬ赤竜の下へ潜り込み水属性魔術派生の氷属性魔術『アイススパイク』を発射、見事両翼を討ち取った。
よろける赤竜が大きく数歩下がって姿を現した花子の身体は毛先が未だ燃えているのか赤熱しており、一部は炭化していた。花子自身もかなりダメージが多いようで足はぷるぷると震えて立っているのがやっとの状態である。
動けない、本来ならこの場合追撃してやられる前にやってしまうか、本来の目的通り一旦距離を取って時間を稼ぐかのどちらかの選択をしなければならない。だが彼女の足は全く動いてくれず、その場に佇むことしか出来なかった。
視線の先で赤竜が立ち直った。
まずいやられる!と花子は覚悟したが。
「待たせた!」
聞き慣れた声が鼓膜を揺らした。軋む身体を無意識に動かした先には彼女の片割れである彼の姿があった。
動かなかった四肢が、動いた。彼を求めて走り出した。一歩進む毎に身体が痛む、だがそんな事気にするか!駆け出した足は止まらず、ましてや力強く踏み込むとティアリスに向かって跳んだ。
ティアリスは駆ける花子をその胸で受け止めた。
「お前も火傷だらけじゃねぇか、せっかくの毛並が台無しだな」
「キャン!(ティアリス!)」
「俺との会話は考えるだけでいいんだけど?」
「キャンキャン!(どうでもいいよそんな事ぉ!)」
ずしりと掛かる重さをティアリスは感じてしみじみと思った。
「(大きくなったな・・・)」
「キャン!(うん!もっともっとティアリスと戦えるように、おっきくなったよ!)」
聞かせるつもりは無かったが、とティアリスは笑った。
そして、直ぐに表情を引き締めて鋭い眼差しを赤竜に向ける。
「花子、やれるか?」
「クゥ・・・(かなりキツいかも・・・)」
「そっか、けどやってもらうぞ!」
ティアリスはそう言うと背中から数本の蔓を生やし、それで花子を引き上げる。花子の前足はティアリスの肩に乗り、二人はおぶさるような形になった。
「魔力は残ってるだろ、背負って走るから魔術で戦え」
「キャン!(わかったよ!)」
傍から見ればなかなかに間抜けな姿である。かくいうジャリオ達は目を点にしていた。
「行くぞ!」
「ギャン!」
ティアリスは腰を低く、勢い良く駆け出した。筋肉増強を使っているため背中の花子の重さはそう感じない、一瞬で赤竜の元へ肉薄したティアリスは花子へ最初の指示を出した。
「(ヤツの身体の炎が邪魔だ、全身に水をぶっかけてやれ)」
「(わかったよ!)」
ティアリスは地下に蔓延る木の根を隆起させ足場に使い高く飛び上がって赤竜の上を取った。
「ガァ!」
花子が勇ましく鳴くと口の先に水の球体が現れた。大きく開いた口を勢いよく閉じるとそれは炸裂した。
バシャァァアアアアア!!
拳大のサイズしか無かった水球から信じられない量の水が溢れ出し、滝のように赤竜へ降りかかる。
炎の鎧は大量の水を被るとたまらず消火された。蒸発音とともに白い煙を巻き上げ、周囲を隠した。
辺り一面白、白、白!辛うじて目の前の木々を確認出来る程度で、小さな二人を赤竜が見つける事は困難であった。更に追い討ちを掛けるように降りかかる水は赤竜の鼻へ進入、一時的に嗅覚を鈍らせた。
視覚、嗅覚を封じられ、残すは聴覚。赤竜は周囲の音へ耳を傾けた。
バシャバシャバシャバシャ!
丁度背後を走るように移動する水音、赤竜は濡れた身のまま全力とは言い難い火炎を振り向きざまに吐いた。水蒸気はその風圧によって吹き飛び、視界を晴らす。そして現れたモノは。
「ガァアアアア!!!」
「だらぁあああ!!!」
氷山が如し氷の塊と巨大な人の手のような木の幹。
“上”から聞こえる獣の声と“下”から聞こえる少年の声。
火炎の先に、二人はいなかった。未だにバシャバシャと音を立てるそれは、木の根。幾本もの根が水に浸った地面を叩いてまるで足音のような音を出していた。
「Ghrrrrr!?!?!?」
先に接触したのは木の幹。手のような形は見た目通り手の仕事をした。赤竜の両翼を鷲掴みにし、動きを封じる。
ならば次にソレは・・・
ズドォォオオオオオオン!!!
森に凄まじい音が響き渡り、冷たい風が豪と周囲へ広がった。
氷に潰された赤竜はピクピクと痙攣すると、やがて絶命した。
☆★☆★☆
「は?・・・」
そう呟いたのはジャリオ。二人の戦いを見ることしか出来なかった彼は未だに目の前の現象を理解することは出来ない。ただ、赤竜が死んだ。そうとしか捉えられなかった。
それは他の自警団員も同じようで口をポカンと開けてその光景を見ていた。
視線の先では赤竜の死体にキャンキャンと吠える恐狼と死体の下からもぞもぞと這い出てきた人族の少年は結果、合流してから傷を負っていない。各々が個別に行動していた時こそ赤竜の業火に身を焦がしたが致命傷に至ったわけでなく、寧ろ単騎でドラゴンに挑んでその程度の怪我で済んでいるのだ。
と言うよりもそもそも、そもそもだ。
何故隔離したはずの人族の小僧がまだ生きているのか。
ジャリオは言い知れぬ恐怖に身を震わせた。
追いやったあの家屋は既に人が住める状況では無かった。ましてや彼処は“村の範囲ではない”。
彼処は二十数年前に住んでいた老エルフが死去して以来誰も使いはしないし近付きもしない。たまに子供が度胸試しで近付いては大人から叱りつけられるだけだ。
それは何故か。既に彼処は村の結界外にある施設だからだ。魔物避けの結界は既にあの場所まで届いてはいなく、それゆえに小さい子供が近付いてはいけないと決められたのだ。
確かに結界のすぐそばだったためあまり魔物の姿は目撃されなかったが、あくまで“あまり”である。はぐれの魔物や頭の悪い魔物なんかは近付くこともあった。そんなところへ人族の子供がいればどうなるだろうか、若い血肉を求めた魔物に食われてあえなく死亡。その予定だった。
確認しに行ったことも無いし、偵察を出したことも無いがたかが数歳の小僧にどうする力も無いと勝手に思っていた。
だが実際はどうだ、人族の少年は未だ生存どころか目の前のでドラゴンを討ち取ったではないか。
つまり・・・そういうことだ。
「あのクソガキは、俺らを平気で凌ぐ力がある・・・のか?」
口にして改めて理解した。
「ば、化け物だ・・・!」
人族の子供がドラゴンを討てるわけがない、あんな眩しいほどの魔力量を持っているわけがない、身一つであの森を生きていけるわけがない。ましてや・・・
「あの恐狼を従えているだと?」
そうだ、ヤツは化け物だ。
人の形をした魔物だ。
でなければこんなこと、説明できるはずが無い!
「う、うわぁああああああ!!!」
ジャリオのすぐ横を通り過ぎる黒い影、この恐怖に耐えきれなくなった自警団の一人が飛び出した。
「あぅっ!?」
そして呆気なく地に伏した。
何が起きたかわからない。突然突っ込んだ彼は突然糸が切れた操り人形が如く前のめりに倒れた。
「や、野郎!」
「よくもデルを!」
再び過ぎる二つの影、目の前で倒された彼の敵を討たんと飛び出した。だが・・・
「い゛っ!?」
「あだっ!?」
またも接触前に倒れた。
「『エア・ブレイド』!!」
続いて飛んだものは魔術。ジャリオの後ろでいつの間にか詠唱を終えていた団員が奇襲を掛けるかのように中級レベルの魔術を行使した。だがそれもまた。
「ぁっ」
ドスンと音を立てて彼は後ろへ倒れた。気付けばそこにいるのはもうジャリオのみ、赤竜との戦いで数多くの犠牲を出してしまい二十人もいた自警団はジャリオを含み五人、そのうち四人も目の前でやられてしまった。
背後に向けた視線を正面へ戻すと。
「なんしてんの?テメェら」
「ひぃっ!?」
いつの間にか化け物が目の前にいた。手を伸ばせば触れられるまでの距離へヤツらは来ていた。
「ひぃいい!?」
「そう怯えんなよ」
「く、来るなぁ!!来たら殺すぞぉ!!」
「何言ってんだテメェ」
支離滅裂な言葉を並べて後ずさるジャリオ、腰が抜けたせいで立ち上がることも出来ない。
「お前が来なければぁ!お前なんかいなければぁ!!この化け物が!!」
ティアリスはピクリと眉を揺らす。
「出てけ!化け物!!お前のせいでこの村はこんな事に!!」
静かに言葉に耳を傾けるティアリス。その顔は前髪の陰に隠れて定かではない。
「お前がぁ!!お前なんかぁ!!「わぁったよ」おま、え?」
「出てけば良いんだろこんな村、化け物の俺はさっさと森へ帰れと、わぁったよ、出てってやるよ」
ティアリスは行くぞ花子、と後ろの恐狼に声を掛けて何処かへ行ってしまった。
「っはぁ・・・」
極度の緊張状態だったジャリオは溜まりきった息を一つ吐くと場所もかえりみず寝てしまった。
☆★☆★☆
「(良かったの?ティアリス)」
そう言葉を掛けるのは花子。
「ん?まぁいつか出てくつもりだったし、それがたまたま今日だったってだけだ」
ティアリスは特に気にした素振りもなくそう答える。
のそのそと歩いてたどり着いた先は村のエルフ達を収容しているハウスツリーである。
「出てく前に最後の仕事だ」
「(何するの?)」
「ちょっとな」
そう言ってティアリスはハウスツリーに両手を添えて魔力を篭める。
ドクン!
鼓動のような音が辺りを支配する。
ドクン!
ティアリスから魔力が溢れ出るようにハウスツリーへ注がれる。
ドクン!
深緑色に輝き始めるハウスツリーはさらに葉を揺らし、ざわめきを作る。
そして最後に殊更大きく一つ。
ドクン!!!
「『メモリー・ツリー』」
ティアリスがそう呟くと、木が纏っていた輝きは波紋のように森へと広がる。
「よし、これでいいな」
花子はティアリスが何をしたのかがわからない。首をかしげて何処かへ向かうティアリスの後を追った。
場所は移って森の中、ティアリス宅にて。
「はぁ、今日は疲れたな。今から出てくのもキツくなってきた・・・」
「(なら明日にする?)」
「いや、今日中に出ていく。けどちょっと寝てからな」
「(わかった)」
ティアリスが布団に入ると花子も同じように潜り込んだ。
一時間後、花子が寝息を立てて寝ているとティアリスがそっと起き上がった。
「悪いな、花子」
ティアリスは一粒の種を机に置くと、気配を消して外へ出た。
次回予定2/6




