赤竜の襲来3
ティアリスが村人達の避難をチターナに任せた後、花子やシャスティナなどが揃うまでの二分間、ティアリスは一人で赤竜の足止めである。
「(日本で資料映像を見せられた時はもっと小さくなかったか?俺がちっこいだけか?)」
赤竜を舐め回すように観察してそう思った。以前の記憶ではこの赤竜はせいぜい一般乗用車程度、だが目の前のそれは倍もいい所である。
赤竜は逃げるエルフ達には目もくれず、視線はティアリスに一貫している。
「ghrrrrrrrr...」
「あ?んだよその目・・・なんか文句あんのかよ」
赤竜は憤慨した。目の前にいるその存在が以前自分に手酷い傷を与えた連中と同じ臭いを放っていたからだ。人族の、立ちはだかる、獲物。
「Ghoaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」
「ちぃっ!」
予備動作無しのブレスがティアリスの元いた場所を焼き払う。
火炎は地面に当たると津波のように覆い尽くした。
一方ティアリスは空中だ。ブレスの直後、瞬時にそれを見切って空高く跳んだのだ。足場にするため作り出した木は一瞬にして炭と化していた。
「さっきまでこんな威力じゃっ!?」
「Ghoaa!!」
余所見をするなと言っているような勢いで赤竜は右翼をティアリスに叩きつけた。
シャスティナにやられた意趣返しのつもりだろうか。
「ぐっはぁ!!」
空中で叩きつけられたティアリスは無論地面に落とされた。正面はなんとか防げたが背中はそうではない。柔らかい土の上とはいえ勢いよく衝突すれば痛い。衝撃は身体を通り、鳩尾を揺らす。
「Ghoooooo!!!」
「っ!クッソ!!」
畳み掛けるような連続攻撃。倒れるティアリスに飛びかかり鉤爪を立てるもティアリスは横に転がり難を逃れた。
「やられっぱなしで・・・いられっかよ!!」
立ち上がったティアリスが腰の袋から取り出したのは青い林檎。熟してないと言う意味での“青い”ではなく、文字通り“青い”その林檎をティアリスはスッと赤竜に向かって放物線を描くように投げると、それに向かって駆け出し、飛び跳ねて、殴りつけた。
「喰らいやがれ!!」
殴られた青い林檎は砕け散るかと思いきや、凍りついた。氷は殴られた衝撃をそのまま凍てつかせたように広がり、赤竜の左翼を一部包み込んだ。
氷結林檎という名のこの林檎。ごく普通の見た目をした林檎の木に“赤い”実を実らせ、成熟するにつれて“青く”なる。青々とした緑と言う青でなく、空のような青に。
ではなぜこの林檎に氷結などと付いているか。それはこの実が木から落ちた時に所以する。
氷結林檎も果実よろしく育ち過ぎれば熟れて木から落ちる。その際、地面に落下した熟れてやわくなった実は潰れるかと思いきや凍るのだ。べしゃりと潰れるように広がった実はその衝撃出来る即座に結晶化し、剣山が如き氷で出来た針山を形成する特殊な性質を持っている。
そしてこの氷結林檎は丁重に扱えば美味しく頂ける。いきなりかぶりついてしまうと食べた拍子に口内が凍り付いてしまう恐れがある。なので鋭利な刃物で一口サイズに切り分けた後、ゆっくり噛み締めることで凍ることなく常に冷たく甘いこの氷結林檎を味わうことが出来る。
そして今回ティアリスはその氷結林檎を武器として使った。衝撃をファクターに凍ってしまうこの林檎を樹属性以外が使えないティアリスにとっては大事な武器である。そして樹属性の効果で植物からの害は全て無効化されるため、彼の手が凍ることは無い。
「Ghoaaaaaa!?!?」
刺すような冷気が赤竜の翼を刺激し、悶えさせた。
「効いてる効いてる、あと二つだけで仕留め・・・られねぇか」
チラリと腰袋を覗くとそこにはあと二つしかない氷結林檎。他にも武器になりそうな種や果実が入っているがこの林檎程の有効打にはならないだろう。
森に住まう魔物の中に火炎を扱うものが居なかったことから林檎集めを怠っていたことが仇となった。さらに林檎の氷結能力を素種子に付与出来た成功例が未だ無く、戦場でそれを実行するのはあまりにマヌケである。
「最後まで取っとくか」
「Ghrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr......!!」
凍てついた左翼を振り乱し氷を払った赤竜は憎々しい目でティアリスを睨みつけた。
「速攻!」
土煙を巻き上げ走り出したティアリスは赤竜の足元に潜り込み、羽石のナイフをその無防備な腹へ突き立てる。だが。
ピシッ
「な!?」
予想外にもナイフは腹に刺さる事はなく、むしろ罅割れてしまった。
そして次の瞬間目にしたものは高く上げられた赤竜の右足、それが勢いよく落とされる瞬間だった。
ズドォン・・・!
鈍い音が森に響き渡る。揺らめく土煙が晴れるとそこには踏み潰されたティアリスの姿があった。
「ghrrrrrrrr......」
満足げな赤竜の唸りだけが場を制した。
かに思えた。
「何勝ち誇ってんだよ、よく見ろってぇ・・・のっ!!」
瞬間、地面から無数の棘がせり出して赤竜を襲う。
赤竜はその棘が危険な物であると本能で理解し、ティアリスの上から飛び退いた。
赤竜の足の下にいたティアリスはと言うと。
「たっく、今のでストックのほとんど使っちまったじゃねぇか・・・」
胴体部を覆うように存在した木のトンネルがボロボロと枯れ崩れ、彼は立ち上がった。
その周囲には尖端を螺旋回転させる不思議な木の根が彼を囲うように蠢いていた。
素種子進化系統、螺旋の樹根。極限まで捻られた根は元に戻ろうとする力で回転、尖端が螺旋状にかたどられたそれは普通であればより深く確実に地面を堀勧め、地底に潜む未到達の栄養や水分を求めるために進化した物だがティアリスはそれを利用、対象に向かって回転した根はいとも容易く対象を穿つ。それは瞬間的性能であれば羽石のナイフを優に超える。
「当たらんか・・・」
「ghrrrrrrrr......」
拮抗する力と力、ティアリスはドラゴンと言う化け物相手に、赤竜は樹属性と言う未知相手に。彼らは手を出すことが出来なかった。
そんな中先に動いたのはティアリスである。地面に手を着き魔力を流し込み螺旋の樹根を精密操作、赤竜の身体を八方から穿孔せんとする。
だがそれは起きなかった。なぜなら
「な・・・んだよあれはぁ!?」
赤竜を包み込んだ炎の鎧、途轍も無い魔力の流動を感じるソレはティアリスがけしかけた螺旋の樹根を一瞬にして灰にした。
炎の鎧を纏った赤竜は翼を大きく動かし低空で飛翔、先程凍らせた左翼も溶かし尽くしたようだ。
滞空する赤竜はバッと両翼を広げるとそこから発せられるは激炎の嵐、二本の炎の竜巻が両脇からティアリスに迫る。
「クッソ!」
再び地面に手を着き新たな種を芽吹かせる。
素種子進化系統、包抱の樹幹。ティアリスを幾本もの樹木が包み込み、まるでドームのように、シェルターのように彼を守る。
ハウスツリーをより防御に徹した物がこれだと言えよう。
だが今回、これは悪手である。
「ぐぅああああああああああ!!!!」
ドーム内からくぐもったティアリスの声、その原因はドーム内部の温度である。
炎の竜巻が包抱の樹幹を熱し、内部までそれを届かせる。今やティアリスのいる内部は蒸風呂状態、だが今包抱の樹幹を解除してしまえばティアリスはそのまま炎の竜巻に焼かれてしまうだろう。八方塞がりとはまさにこの事、殻(包抱の樹幹)にこもる亀はなす術もなく外敵の攻撃を受け入れるしかなかった。
そんな時。
「ガウッ!!」
「Ghoa!?」
赤竜は背後から鎌鼬によって切られた。
「花子!いた・・・かってなんだこりゃ!?」
「ドラゴン・・・だよな?」
続いて現れたのはシャスティナとジャリオ達自警団であった。
攻撃が止んだと同時にティアリスは包抱の樹幹を解除し、全身に浅い火傷を負いながらもはい出た。
「て、ティアリス!大丈夫か!?」
「あぁ・・・シャスティナか・・・なんとか、大丈夫だ」
「全然大丈夫に見えねぇよ!一人でやり合ってたのか!?」
「お前らが来るまでの・・・足止め程度・・・だけどな・・・」
「馬鹿かお前は!あぁ、酷い火傷だ・・・村長かイェラなら治せるか、ティアリス、みんなは?」
「そこの・・・道を進んでった・・・」
「今連れてってやるから、それまでの辛抱だ。ジャリオ!アタシはティアリスを治療しに行ってくる!」
シャスティナの言葉を聞いたジャリオは。
「あァ!?今お前に抜けられたら殺られちまうだろォがァ!んな糞ガキほっとけ!!」
「ジャリオ!!お前ってやつは!!」
シャスティナが怒りを顕にするも横たわるティアリスの状態はよろしくない、迷っている暇は無かった。
「ジャリオ、お前がどう言おうとアタシはコイツを連れてくぞ!」
「あ、馬鹿!戻ってこい!!」
シャスティナはジャリオの言葉を無視し、ティアリスを抱えて坂道を駆け上がった。
☆★☆★☆
ジャリオ達から離れてティアリスを運ぶシャスティナ、背後に赤竜の並々ならぬ気配を感じながら胸の内でジャリオに謝罪した。
「(すまん、ジャリオ。少しでいい、少しでいいから耐えてくれ。ティアリスをイェラ達に渡したら全速力で戻る、それまで・・・すまん!)」
その心情を知ってかどうか、ティアリスが呟いた。
「シャスティナ・・・悪い・・・手間、掛けさせちまって・・・」
「あぁ本当にな!一人でドラゴンに挑む馬鹿野郎のせいでジャリオを裏切っちまったじゃねぇか!」
シャスティナは半ば逆ギレ気味に言い返し、より一層抱える力を込めた。
坂道を登りきると、見覚えのあるボロ屋ではなく不思議な巨大樹が佇んでいた。
「な、なんだ?」
「あそこ、目指して」
「お、おう」
巨大樹の根本まで行くと、先に避難していった村人達が集まっていた。
疲れた表情で座り込むイェラとサマド、チターナは疲れきって眠っていた。
「イェラ!」
「シャスティナ!無事だったのね、ってティー君・・・どうしたの!?」
「あのドラゴンに焼かれたらしくて、火傷が酷いんだ、治療してもらえないか?」
すると、シャスティナの言葉にイェラの表情が曇った。
「ど、どうしたんだ?」
「ごめんなさい、無理なの・・・」
「な、なんで!?」
「さっきの魔術のせいで私の魔力は残ってないの・・・」
「そんな!」
シャスティナは周囲を見回すがこの村にイェラ以上に魔術、特に回復魔術に長けた者は居ない。あのサマドでさえ回復魔術に関して言えばイェラに遠く及ばない。
ティアリスの怪我の具合を見るに初級程度の回復魔術では焼け石に水である。
「シャスティナ・・・」
ティアリスが言った。
「俺を・・・あの木の・・・幹に・・・」
「運べばいいのか?」
ティアリスはコクりと力無く頷いた。
シャスティナに運ばれてハウスツリーの根本に寄り掛かるように座った。すると。
「頼む・・・」
「「「「「え!?」」」」」
ティアリスがハウスツリーに“埋まって”いった。
グググ・・・とゆっくり身体が木に取り込まれ、いずれ全身すっぽり埋まってしまった。
「って!ティアリス!?おい!大丈夫か!?今助けて・・・」
「待って!」
声を上げたのは今の今まで眠っていたチターナだ。シャスティナはその声で振りかぶっていた長槍を降ろした。
「ど、どうしたんだ?」
「今ティーちゃんは休んでいるの、邪魔しちゃダメ」
「休んでいる?」
「うん、だってこの木、ティーちゃんが作ったんだもん」
「「「「「え?」」」」」
その場の全員がチターナの言葉に耳を疑い、目の前の大樹を見る。
「これを?」
「うん」
「ティアリスが?」
「うん」
「作った?」
「うん」
信じられない、とシャスティナは思ったが心のどこかであいつならもしかするとと言う一抹の可能性を捨てきれずに何とも言えない心持ちである。
「そもそもこの木はなんじゃ?」
と、そこで今まで口を出さなかったサマドが開口一番にそう訊ねた。
「んーっとね、避難所?」
「なんで疑問形なんじゃ・・・」
「だってわたしだって全部知ってる訳じゃないもん」
チターナがそう告げるとハウスツリーが仄かに若草色に輝く。
輝くハウスツリーは風も無い場所でさざめき、深緑の葉を心地よく揺らした。
「な、なんだ?」
「なんだろ?」
瞬間、輝きは爆発し、膨張した光はその場の全員を包み込んだ。
思わず目を庇った彼らは皆、目を開くと見慣れぬ空間にいた。
広々としたどことなく涼しさのある空間。壁面はゴツゴツと凹凸があり、半球状に湾曲して彼らを包んでいる。
チターナが叫んだ。
「ここ・・・さっきの大きな木の中だよ!」
「なんでそんな・・・」
「多分ティーちゃんがやったんだと思う、元々ここは私が無理して頼んで作ってもらった所だから、私がみんなが避難する所が欲しいって言ったから」
「だからってアタシまで入れることは無いんじゃ・・・」
あっ、とその場の全員が小さくこぼした。
次回予定1/31




