赤竜の襲来2
一方その頃。花子によって赤竜と村人達が上手いこと分断され、彼らの救助に向かったティアリスとチターナはと言うと。
「お母さぁああああん!!!」
「チターナ!」
「ティーちゃん連れてきたよ!!」
再会を喜びイェラにヘッドダイブするチターナ(見た目年齢14歳)を魔力の消耗で息も絶え絶えなイェラ(実年齢100歳over、見た目年齢30代前半)が盛大にどてっ腹で受け止めた。
「ぐふぅっ!?」
「お母さぁん・・・はっ!お、お母さん?返事してよお母さん、お母さぁああああん!!」
イェラは気を失った。
「何やってんだ、バカ」
「痛っ、ティーちゃん!お母さんがぁ、お母さんがぁ!」
「ほれ、いいからさっさと連中呼んで来い、イェラは俺がおぶるから」
「う、うん」
後ろ髪引かれる思いでイェラのもとを離れて村人達の方に向かうチターナ。
「村長さん!みんな!助けを呼んだよ」
「おぉ、あの小僧がホントに来てくれおったか」
「うん、それにみんなが隠れられる場所もあるから大丈夫だよ」
「なんと、それはホントか」
「うん!」
村長とチターナは心の底から喜んだ様子だが、他の村人達はどうだろうか。1度は追い出した相手に匿われ、大の大人が子供に助けてもらい、そもそも人族に対して助けを乞うのはエルフとしてのプライドが許さない。
敵愾心と疑心に満ち満ちた表情で一歩引いていた。
それに気が付かないティアリスではない。
「テメェらは・・・はぁ、別にいいんだぜ?助けて欲しくないのなら、自分でこの状況を打破出来るんなら。嫌々着いてこられてもコッチが迷惑だ」
多少トゲを含んだ言い分に村人達は怒り心頭である。白い肌を長い耳の先まで真っ赤にしてティアリスに罵声を飛ばす。
「人族が嘗めた口を」「貴様なんぞに救けてもらう道理は無い」「そも、何故村に来た」「エルフを嘗めるな」「いっそ今この場で殺してしまうか」等々。
イェラ、チターナ、サマドの三人は村人達とは逆に顔を真っ青にする。
「テメェらが俺に救けてもらう道理は無いのと同じで俺もテメェらを助ける道理は無い。現時点で俺が積極的に庇うのはイェラとチターナとサマドの三人だけだ。それ以外はオマケ程度にしか考えてない。ついて来ようが来まいがテメェらの勝手だ」
ただ、と後に続けるティアリス。
「ただ邪魔するってんなら俺はテメェらをぶち殺す。邪魔せず大人しく付いて来るってんならあのドラゴンくらいぶっ飛ばしてきてやるよ」
七歳の少年から向けられる圧倒的な殺意。幼さと言う異常と殺気の巨悪さの異常が絡み合う矛盾はその場の連中を一瞬で黙らせた。
その殺気に充てられたせいかどうか知らないが、一人の女性エルフが前に出た。
「わ、私は付いていくわ」
見覚えのある顔立ち、獣じみた雰囲気を持つ前線のあのエルフにソックリであった。
「フェリリー!血迷ったか!!」
「いいえ、血迷ってなんかいないわ、私はこの子を信じるの。シャスティナが信じるこの子を」
フェリリー。シャスティナの実の母である。
「聞いた話ではこの子・・・ティアリス君は物心つく前からこの村に居たって言うじゃない、そんな子が外の人族と繋がっているわけないし、何より娘が信頼する人を母親が信じないなんて母親失格よ!」
やはり彼女は“人並み”に母親である。エルフとしての矜持よりも母親としての在り方を優先する。
フェリリーが率先して前に出ると、ぽつぽつと集団から手が上がった。
エルフとはいえ、皆が皆人族を嫌っているわけではないのだ。シャスティナが冒険者として外に出たように、人族と関わる機会が無いわけではない。どちらかと言うと一部の人族嫌悪派が声を上げ、まわりが同調するように中立派がそれに引っ付いていただけなのだ。故に自身や身内の危機となれば人族であろうとそれまでの主張を投げうって頼ってしまうような薄っぺらい嫌悪でしかなかった。
最終的に残ったのはたった6人のエルフ。人族に家族を奪われた者や、酷い虐待を受けて村に逃げ込んだ者、あとは村の創設時からいる古株が多い。中には今までの人族に対する暴言の数々が本人を引くに引けない状況にしたと言うのもあるだろう。
「じゃあアンタらは自分達で何とかするってことでいいんだな?」
「貴様のような輩に助けてもらうなどエルフの恥。我々は確固たる決意のもとあのドラゴンに立ち向かい、追い払う」
リーダー格と思しきつり目の女がそう言うと、後ろに付く残りの5人が同調し、ヤジを飛ばした。
「あなた達見たいな売女には成り下がらないわ」
「私達がドラゴンを撃退した暁には、あなた達をこの村から追い出してやる」
「もう同じエルフだなんて思わない、人族に身体を売った」
などなど・・・。彼女達は村でも昔から過激派として扱われ、必要以上に関わりたくないと隣人達から思われていたようだ。
ティアリスに彼女達への興味は一切無くなり、突っぱねるような一言。
「あーもうわかったからはよ行ってこい、ドラゴン追い出して俺らも追い出すんだろ?こんな所でギャーギャー喚いてないでやることやって来い脳足りん共が」
その言葉に6人はわなわなと怒りに打ち震え、ダルマのように真っ赤な顔で一人が手をティアリスに向けた。
「くたばれ下等生物がぁ!!エアウィップ!!!」
無詠唱による魔術行使、中級魔術である『エアウィップ』風で出来た不可視の鞭がティアリスの首筋を狙う。が。
「なんだぁ?この細っちぃのは?」
文字通り空を掴むようにティアリスはエアウィップを掴んだ。もちろん風で出来ているわけだから物として掴むことは出来ない。
掴むように触れ、魔力を“打ち消した”のだ。
植物分析や品種改造で植物に自分の魔力を流し込むことに慣れているティアリスは多少勝手が違っても人体に魔力を流し込むことくらい造作もないのだ。
「な、なぜ!?」
「何故って・・・あっ」
ピクンと何かを察知したティアリスは自分に付いてくると言った村人達ににこやかに振り返り。
「ちょっと皆、十歩くらい下がって」
その言葉にその場にいた全員がハテナを頭の上に浮かべた。対峙していた反発派の6人も含めてだ。
「いいからいいから、はいいーち、にーい、さーん・・・」
そう言って強引に十歩下がらせた。
「・・・きゅーう、じゅーうっと」
スッと振り返り、今度はティアリスが頭の上にハテナを浮かべた。
「あ?アンタらもなんで下がってないの?」
その言葉が全員の耳に入ると。
ボワァアアアアアアアアア!!!
「ghrrrrrrrrrrr!!!!」
突如木々を掻き分けて火を吹きながら赤竜が現れた。火炎放射の射線上に“留まっていた”6人は声を上げる間も無く燃えカスとなった。
実は先のエアウィップを掴んだ時に花子から一報を送られていたのだ。
「(ドラゴンがそっち行っちゃった!ティアリスゴメンね)」
と。
その結果6人はそれが人であった事も認識できないような真っ黒い何かとなった。
と言ってもティアリスの若干悪意の籠った不明点の多い指示のせいである。理由も無けりゃ緊張感も無く、振り返って指示をした事で他人から見ればその方向にいる連中にのみ指示したと思わせ、6人を調子よくブレスに巻き込ませた。
「あーあ、だから言ったのに、十歩下がれって」
何をいけしゃあしゃあと。だがだれもこの場で彼を責めることをしない。目の前に件のドラゴンがいるのだ。冷静にその場でツッコミを入れられる者はかなりの大物だろう。
「あぁ、お前か、この村こんなにしたの。村の連中はアレとして村自体は気に入ってたんだぞ?って、テメェ・・・レッドベビー?」
ようやく気付いたティアリス。赤竜の正体は彼の前世で初めて確認された出どころ知らず(ホームレス)のレッドベビーだ。
「お前らこっから来てたのか」
出どころ知らず(ホームレス)の出どころが知れた瞬間だった。
だがそんな悠長にしてる時間は無い。絶句という形で大人しかったティアリスの後ろにいるエルフ達が騒ぎ始めてしまう。
「ど、ドラゴンだぁああああ!」
ほら。
ギャーギャーと阿鼻叫喚の現場にティアリスの叱責が飛んだ。
「あぁもううっさい!チターナ!」
「は、はい!」
呼ばれたチターナは一歩前に出てティアリスの視線に入った。
「ソイツらさっきの所まで連れてけ!後で俺も行くから!」
「わかった!」
ダッと踵を返したチターナは集団にあれこれどれそれと説明し、元ボロ屋まで走らせた。
「アイツ、俺が口調変えてからなんか変になってねぇか?」
そう思うのも無理はない。今までであれば年下の男の子を守るお姉ちゃんとして接していたが、今では自分が守られる立場にある。
ティアリスに呼ばれた際、若干頬が上気していたことに彼は気付いていなかった。
「さって、邪魔者達はいなくなったし。花子達が来るまでやるか」
「Ghrrraaaaaaaaaaaa!!!!!」
互いの鋭い視線が交差した。
☆★☆★☆
赤竜が村へ迫る前のこと。
ー臭いが強いー
紅い瞳を憎しみに燃やした赤竜は傷の治りきっていない翼をはためかせてウェリナ村を目指す。
ドスンと音を立てて村のド真ん中に着陸した赤竜の目の前には顔を驚愕の色に染めた憐れな若いエルフの青年がいた。
ーお前では無いー
つまらなそうにその姿を見た赤竜は邪魔なその存在を灰にした。
ゴォンと炎が空気を焼き尽くす音を立てて周囲を火の海に変えた。
ー近いー
ー何処だー
ヒクヒクと鼻を動かし目当ての臭いをかぎわける。自分の安寧を阻害し、気高きその身体を傷物にした憎き人族の臭いを。エルフ達ではない。エルフ達ではないが邪魔立てするのなら容赦はせずに排除に徹した。
焼き付くし、喰い千切り、踏みにじり。
赤竜の目に映る邪魔者に統一性も例外もない、老若男女問わず排除した。
数分して赤竜の前に殺気立ったエルフ達が集結した。自警団の男勢とシャスティナだ。
ーまた邪魔かー
再び赤竜が全てを焼き尽くさんとすると目の前の殺気に動きを止めた。
シャスティナから発せられる圧倒的な敵意と殺気。その気配に赤竜はここに来て初めてソレを敵と認識した。ただの虫けらでも無く、喰われるだけの餌でも無く敵として。
ー面白いー
赤竜が身体を低くし戦闘体制へ移行した。
住民の避難がある程度完了したウェリナ村での戦いは熾烈を極めた。
次々と息絶えるエルフ達、赤竜にとってシャスティナ以外はせいぜい足元に群がる蟻程度の認識でしかなく、邪魔立てするのであれば踏みつぶされるだけでしかなかった。それでも十分被害は抑えられているのだ。シャスティナによる獅子奮迅の攻撃が赤竜のブレスを抑えていた。
右へ左へ、上へ下へ、俊敏な動きが赤竜を翻弄し、一撃一撃が致命となる槍撃が赤竜を苛めた。
ーちょこまかと鬱陶しいー
苛立ちが如実に現れ始めた赤竜はシャスティナの意表を突く。最低限ダメージとならないように、それでいて相手を傍に寄せるため急所をずらした赤竜は力強く地面を踏み締め、雄叫びを上げた。
「Ghrrraaaaaaaaaaaa!!!!!」
地盤をひっくり返してそこらじゅうを隆起させた。土属性中級魔術『アースヒーブ』だ。
シーソーのように勢いよく傾いた地面に浮かされたシャスティナは顔を歪ませて防御の姿勢を取った。
宙に浮く無防備なシャスティナを見逃すような赤竜でも無く、身体を力強く回転させて右翼でシャスティナを弾き飛ばした。
ーこのまま殺すー
吹き飛んだ先は住民達が立ち往生している河原付近。シャスティナの驚愕の声が上がったのもその時である。
赤竜が追い付く前にチターナがティアリスの元へ走った。赤竜は微弱な気配が何処かへ走るのを察知はしていたが特に気にすることは無くシャスティナの方へ向かうとそこにはシャスティナを始めサマド、イェラの三人が立ち塞がっていた。
ーまた虫けらが増えたかー
赤竜はその程度の認識しかしていなかった。視線はシャスティナを捉え、他の二人は意識の外側にいた。
だがその慢心が悲劇を生んだ。
突如爆発的に強まった魔力を充てられて赤竜は1歩たじろいだ。
その正体はサマド。身体を支えていた杖を投げ捨てた彼は悠然と大地に立ち、濃密で危険な魔力を練り始めた。
ー邪魔だー
サマドを危険因子と判断し、やられる前にブレスで焼き払おうとした。だがそれは未遂に終わる。
放射した火炎はサマドの前に突如として姿を表した光の壁に防がれた。またも強い魔力、赤竜がギョロリと視線を動かすと額に汗を浮かべるイェラの姿が見えた。
ー洒落臭いー
防がれるなら、防がれるならそれを超える火力で組み伏せてしまえばいい。そう考えた赤竜は大きく息を吸うと力強く炎を撒き散らした。光の壁はピキピキと不穏な音を立ててヒビ割れてゆく。イェラの表情が苦悶に歪み、額の汗はさらに勢いを増す。
だがそこへ・・・
「よそ見してんじゃあ・・・・・・ねぇ!!!」
ーッ!?ー
赤竜の背後から強烈な衝撃。気付けば背後に回っていたシャスティナが長槍の矛先を土属性魔術『土装の欺瞞』で肥大化させた一撃を与えていた。
普段では絶対に使う事は無い魔術、それを使ってまで、奇襲をかけてまであのシャスティナが相手にするのだから赤竜は矜持や信念で勝てる相手でないことは明確である。
ショックで火炎を停止せざるを得ない赤竜は追撃を逃れるためにグルリと半回転、そばにいるシャスティナを牽制しつつ距離を取らせた。王国騎士団に切断された尾があれば牽制ではなくまともな一撃を与えられたのだが、無い物は仕方がない。
半回転したという事は、今度はイェラとサマドに背を向けることとなる。それに気付いた赤竜、背後から感じる禍々しい魔力の奔流を危惧して空へ飛ぼうとするが。
ズドンッ!
地面が凹んだ。空間すら軋む圧倒的重力が赤竜を囲うように降り掛かった。
サマドの魔術である。練りに練った魔力は天へと通じて神の鉄槌と思わせる強烈な重力を与えた。しかしこの魔術の行使によってサマドの魔力は一気に空に、イェラも光の壁の酷使で同じく魔力を失った。
「今じゃ!皆のもの、逃げるのじゃ!!」
サマドの掠れながらも大きな声がその場に響き、非戦闘員の村人達は恐怖で砕けた腰をなんとか持ち上げ赤竜から距離を取った。無論イェラとサマドも重い足取りながらもその場を退避、後の始末はシャスティナとジャリオ率いる自警団に任せる事にした。
ー逃がすかー
逃げる背中に向けて赤竜はブレスを放とうと画策するが重力がそれをさせない。
ー・・・・・・・・・ー
赤竜はブレスを断念し、視線を周囲を囲む自警団に向けた。
その後サマドが残した重力場が途絶え、戦いが熾烈を極めた頃、華麗な放物線を描いて花子が飛来してくる事となる。
次回予定1/24




