赤竜の襲来
数ヶ月が経過し、ティアリスは7歳になっていた。詳しい誕生日など最初っからわからないがだいたいの換算で言うとこの時期、日の昇りが早く朝露が霧となっていわゆる朝曇りが視界を遮るような夏季。この世界に来て7年かーと家でボーッとしていると彼のよく知る来訪者が。
「ティーちゃぁああああああん!!大変!村が大変なの!!」
泣きべそかいて無様に走り寄ってくる少女、チターナであった。
「うお、ど、どうしたの。そんな慌てて」
一瞬素の反応をしてしまうが、一瞬でチターナ用に素直な弟君を取り繕った。
「はぁ、はぁ、村が、村が襲われてるの!」
「誰に」
「ドラゴン!!」
「ドラゴン?」
「そう!真っ赤で、おっっっっっきくて、火を噴いて・・・」
チターナをよく見ると所々が黒く煤けていて、足には火傷のようなものも見える。
「・・・それで、僕にどうしろと?」
「助けて!」
「助けて・・・って、ここに匿ってくれってことでいいの?」
「違うの、ティーちゃんに・・・その、ドラゴンと戦って欲しいの!」
ティアリスは耳を疑った。実力がどれほどのものか他人と比べた事は無いが、常識的に考えて凶悪なドラゴン相手に7歳になったばかりの少年を一人向かわせる考えにはならないはず。その矛盾を孕む願いが罠と言う可能性を考えるのは至極当然である。
「・・・・・・・・・・・・本気で言ってる?」
「う、うん・・・私もおかしいと思うけど。けど頼まれたの!」
「誰に」
「村長とお母さん、それにシャス姉にも。ティアリスならもしかしたらって聞いたから・・・」
その瞬間、ティアリス達の耳に爆音が入った。
慌てて外に出ると空に黒煙が昇り、赤い光がそれを照らしていた。
「お母さん!お父さん!!」
「・・・っち。花子、行くぞ!」
「ガウ!」
どうやら悠長にしている時間は無いようだ。
ティアリスは取り繕った自分を脱ぎ捨てて荒っぽい語調になった。
「て、ティーちゃん、どこに?」
「あぁ?村にだよ」
「助けてくれるの!?」
「・・・イェラとサマドには良くしてもらってたからな、“俺”の恩返しだ」
三人は村へ駆け出した。
☆★☆★☆
30分前。ウェリナ村。平穏なこのエルフの村を巨大な影が覆った。
「ghrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr......」
ドラゴンだ。真っ赤な翼に真っ赤な身体。真っ赤な頭に真っ赤な目。その目には復讐の炎が燃え、それと同じように燃え盛る炎を吐きだした。
運悪くその場に居合わせた青年は一瞬にして灰と化した。
少し遅れて事態を理解した女性が絶叫し、村に木霊した。その声は連鎖を呼び、村中がパニックに陥った。
村の自警団が赤竜の前に集結した時、既に何人もの犠牲者が出ていた。最初の青年のように灰塵となった者、頭から喰いちぎられた者、今現在燃え盛る者。周辺には様々な物が焼け焦げた臭いが立ち込め自警団の鼻腔を刺激した。
「ちっ、お前らァ!!死人の確認は後にしろ!!今は目の前のコイツをどうにかする!大丈夫だァ!俺らには今、シャスティナもいる!殺せなくとも追い返す事ぐらいできるはずだ、気張ってけェ!!」
「「「「「おうっ!!」」」」」
自警団を率いる男はジャリオであった。その後ろには20もの村の男が集い、赤竜に対峙していた。
その中で最も強い殺気を放ち、近寄り難い雰囲気を醸す女が一人。シャスティナだ。自慢の長槍を構え、ジャリオの言葉に言を発する事すら放棄した集中力。短くない冒険者人生の中で幾度となくあった死を迎える難所を生きて乗り越える為に身に付けたこの集中。それを今実行しているという事はそこがまさに死を目の前にしていると同義であり、経験上無事では済まないと言う覚悟の表れでもある。
そして今。エルフ達による赤竜との死闘が幕を開けた。
「かかれェ!!」
「「「「「うぉおおおおおおおおお!!!!」」」」」
「斥ッ!!」
ジャリオの声で自警団が動き、シャスティナが掛け声と共に力強く踏み出した。
その間、他の村人はと言うと。
「皆!早くドラゴンから逃げて!!コッチ!」
「ドラゴンのことはあやつらに任せてコッチじゃ!」
村長サマドと自警団団長の妻イェラが代表して村人達の避難誘導がなされていた。とはいえ行く宛が無い。本来こういった襲撃がなされた時の避難場所は村の北側に作った地下空洞であるが、そこへ行くにはあの戦場をくぐり抜けなければならない。かと言って南側には大きな川とそこに巣食う水生の魔物がいる。一旦南側に村人を寄せてはいるものの、追い込まれている状況は変わらない。むしろ悪化していると言っていい。
イェラは泣きじゃくる娘を抱いて事の収束を願っていた。
そこで思わず呟いた。
「ティーくん・・・」
反応したのはチターナ。小さく呟いたつもりだったが密着するほど傍にいる娘の耳には入ってしまったようだ。
「そ、そうだよ!ティーちゃんは!?ティーちゃんはこの事知らないんだよね!?た、助けなきゃ!」
抱きしめる腕を振りほどこうとチターナがもがくが、イェラの腕の力は一向に弱まる気配を見せない。
「ダメよ、行ってはダメ」
「なんで!?ティーちゃん死んじゃうよぅ!」
「大丈夫、大丈夫だから・・・」
「大丈夫って!?大丈夫ってなにが!?ティーちゃんまだ子供なんだよ!?それも人族の、小さな子供!私よりも小さいんだよ!?」
「あの子なら、大丈夫だから」
イェラにはそうとしか言えなかった。ティアリスが村八分にされてから一度も会いに行ってはいないが、こっそり会いに行っているチターナやシャスティナを見る限り無事に過ごしていることが予想出来た。それこそ人族の小さな子供が親も居ないでたった一人暮らしている。小さい魔物くらいなら既に遭遇しているはず。そしてそれをうまく回避、ないしは退治しているはず。ともすればそれを成せる力は何処にあるか。数年前に見たティアリスの魔力測定。成人したエルフ並の魔力量を持つ当時3歳の少年が今では7歳。恐らく今の彼は自分が知る頃の彼より一段と大きく、一段と強く成長しているはず。・・・という希望的観測だが。イェラはそれで妙に納得している。そして隣に座るサマドも。
「そうじゃな、あやつなら、自分の身くらい自分でどうにかできるじゃろうな」
その言葉に目を見開くチターナ、及び周囲の村人全員。自分達では到底手も足も出ないような相手を人族の子供がどうにか出来ると村を代表する村長が言っているのだ。エルフでなくとも同じ反応をするだろう。
そんな中。
「うわああああああああああああ・・・っとぉ!」
空から飛んでくる黒い影、聞き覚えのある女の声が近づき、勢い余って地面をズザザザザァっと抉った。赤竜に吹き飛ばされたシャスティナである。
「なっ!?お前らまだこんな所にいたのか!?早く逃げろって!!」
「そうは言ったって川は渡れないし本来の避難場所はドラゴンの向こうよ!」
「ちぃ、アイツらがいれば・・・」
アイツら?とエルフ達が首を傾げた。
「ティアリス達だよ、アイツらならやってのけるかも知んねぇな」
あのウェリナ村の武人シャスティナが熱い信頼を寄せるティアリスという人族の子供。イェラ、サマド、シャスティナという村で知らない者は居ないと言わ占めるウェリナ村の有名人がこぞって口にする少年とは一体どれほどのものか。村人達の心にふつふつとそんな感情が広がった。
「チターナ!アイツら呼んで来い!ドラゴンはアタシが絶対にココで食い止めとくから!」
長槍を構えて目付きを鋭く尖らせるシャスティナ。
「そうじゃな、老い先短いワシも一肌脱ごうかのぅ」
服の袖を捲りあげて見た目に似つかわしく無い隆々とした筋肉を晒すサマド。
「団長の嫁として、恥ずかしくない姿でいないとね。チターナ、私達が絶対にここから先通さないから、行きなさい」
さっきまで娘の無謀を引き留めようとしていたのに状況が移り変わったせいでその無謀に向かわせようとする自分が酷く情けなくなり、せめて足止めくらいは出来るようにとどこか開き直ったような印象を醸すイェラ。
彼らの視線を向けられたチターナは力強く頷き、ティアリスの元へ走った。
☆★☆★☆
そして話は冒頭へ戻り今に至る。
「ティーちゃん!速い!速いって!怖いぃ!!」
「あぁ?急がねぇとイェラ達が危ねぇんだろ?だったら急ぐしかねぇだろ」
「だからってこれはぁ!!ひぃ!?」
今、チターナはティアリスに脇で抱きかかえられ、森の木々の隙間を猛スピードで走り抜けていた。ブォンと風音をたてて通り過ぎる木を見て一々「ひぅ!?」と反応していた。
森を抜けた先はあのボロ屋。最後に見たのは樹属性を手に入れた時なのでその頃より1年は過ぎている。
「確か避難所が無ぇって話だったな?」
「う、うん」
「わかった。ちょっと離れてろ」
そう言ってティアリスが腰の自作ポートから取り出したのは拳大の大きさをした一粒の種。それをぶんと投げると種はボロ屋の中へ消えた。
次の瞬間。
ズゴゴゴゴゴゴゴ・・・
ベキベキ、メキョッベキョッ!
ずもももも・・・
様々な音をたてて現れたのは巨大な木。幹の下部が大きく膨らみドーム状になっている。上部は周囲に大きな影を作るほど広がった枝葉は青々としていた。
「コレでいいだろ」
「・・・・・・・・・へ?」
「だからコレでいいだろって、避難所」
「ふぇ?」
「何面白い顔してんだ・・・よっと」
幹の部分に手を添え魔力を流すと人が通れるほどの穴が広がった。
「なに・・・これ・・・?」
その内部は広く、詰めれば人が50人は入れる空間があった。
「やっぱ暗ぇな、ライトを付与するのはまだ無理か・・・」
この巨木、と言うよりもさっき投げ入れた種。予想通り素種子から作り出した種子である。なんとなくで作り出した『ハウスツリー』の種だ。種一つで家が建てば楽だろうなぁ程度の思いつきがコレを生み出したのだ。だがそれほど力を入れた作品ではないせいか、照明を仕組むことも、窓を作ることも出来ないような欠陥品であると言うのはティアリス談である。だがこの場において窓が無いと言う欠陥は覆った。家としての体裁を整えるべく巨大化、巨大化のせいで居住区以外の部分も巨大化した、なら居住区をそれに耐えうるほど強固にすればいいと言う流れで壁は分厚く、花子の風の爪撃でも表面に傷をつけた程度である。
ティアリスのこのハウスツリーの最終目標は“居住可能”“冷暖房完備”“照明付属”“風呂トイレ別”“窓有り”“収納あり”“回収可能”と言った機能を全て付けることだそうだ。ちなみに冷暖房完備までなら実現済みである。
と、ティアリスの樹属性技術で作り上げた夢のハウスツリーの説明はこのくらいにして。
なんとも自然に無属性魔術のシャインを後付けでハウスツリー内部に付与したティアリスはチターナに言った。
「これぐらい広けりゃ良いか?」
「う、うん・・・」
それにチターナはぎこちなく頷いた。
取り敢えず避難所を作ったティアリスはチターナを連れて外へ出て、シャスティナ達と交戦していると言うドラゴンの元へ走った。
「あぁ!お母さん!!」
「あれか、花子!」
「ガウ!!」
チターナを抱えるティアリスを越して花子はドラゴンへと走った。
「花子ちゃん先に行かせて良かったの?」
「あぁ、アイツなら大丈夫だ。ぶっちゃけ俺より強いからな」
「へぇ〜・・・え?」
「その話はあとあと、今は連中の救助が先だぞ」
「う、うん!」
☆★☆★☆
先に赤竜の元へ向かった花子は。
「ガウ!!」
接近と共に爪をドラゴンの顔に振った。
「Ghrrraaaaaaaaaaaa!!!!!」
「な、なんだァ!?」
「は、花子!!」
突然の攻撃に苦しむ赤竜とそれに面食らうジャリオ、攻撃の主を見て援軍の到着を喜ぶシャスティナと、反応は三者三様だった。
「恐狼!?ちィこんな時に来んじゃねェよ!!」
ジャリオは花子へ向けて剣を振りにかかる。だがそこでシャスティナから待ったが掛けられた。
「待て!そいつは敵じゃない。敵じゃない・・・よな?」
なんとも自信なさげに花子を見る。過去の因縁があるためか発言に決定打が無い。しかし花子はシャスティナを一瞥し、「今回だけ」と言外に伝えていた。
憎み憎まれる仲。片や獣。片や獣のような武人。一時的な協力関係は無類の強さを誇っていた。それこそ手負いではあるが赤竜と対等に渡り合える程に。
もし、彼女達がもっと良い出会いをしていたら・・・この森は誰のものになっていただろうか。
「嫌だと思うけど、ちょっと手伝ってくれ!」
「ガウッ!!」
彼女達は赤竜へと走った。
次回予定1/17




