騎士団長の受難
ティアリスが聖女像を体を張って持ち上げた末に聖女像の身体を破った頃、赤竜を見事撃退し満身創痍で王都へ戻ったテスィシート王国第二騎士団。それを率いるアルネージ・ギルフリッドはと言うと。
「第二騎士団団長、アルネージ・ギルフリッド。ただ今帰還しました」
「うむ」
テスィシート王国第17代目国王『イグ=ウィナス・ィクィンシー・テスィシート』の謁見であった。
「此度の赤竜との戦い、ご苦労であった」
「有り難きお言葉」
「・・・オルフィンのやつが死んだそうだな」
「はっ。これも私が先行するカルネマル団長を止められなかったせいです」
「ふん、あやつは傲慢が過ぎたからのう、さしずめ貴様ら第二騎士団に手柄を取られたくないとでも思っておったのだろうな。自業自得だ」
イグ=ウィナスはそう言うとすぐに興味を無くしたように次の話題へと移した。
「そこでだアルネージよ、オルフィンが死んだ今、騎士団統括の座に貴様を置こうと思っておる」
「・・・とてもありがたいお話ですが、私のような平民上がりでよろしいのでしょうか・・・?」
「うむ、貴様の言いたい事も分かっておる。だが貴様らはこの国の戦力で言わば剣である、どんなに身形の良い剣を用意したところで強くなくては意味が無い。わかるな?」
「はっ」
「貴族の中にも既にオルフィンの件を知っている連中がおる。現に何件か統括志願の書簡が届いておる。だが先も申したように剣は強くなくてはならん、平民上がりではあるが貴様の実力は重々評価に値する」
「有り難きお言葉」
「故に我は貴様以外に相応しい人間はこの国におらんと思っておる、下手に名ばかりの貴族に任せるとこの国は終わってしまうからな」
「そのお言葉は・・・聞かなかったことにします」
「うむ、そうしてくれ。して、引き受けてくれるか?」
「陛下のお言葉とあれば、不肖アルネージ・ギルフリッド、お引き受けしましょう」
そうして謁見は終わり、アルネージが謁見の間を出ると。
「お疲れ様です団長、どうでしたか」
第二騎士団副団長が出迎えた。
「あぁ、これで明日から統括だよ。ついでにそれに見合った爵位まで陞爵だ。おそらく伯爵あたりだろうな」
「それは、おめでとうございます」
「はぁー、ありがとう。けど俺みたいな小市民は今の地位で十分なんだよ」
現在のアルネージの爵位は準男爵。それが伯爵まで陞爵と言うことは二階級どころか三階級特進である。殉職以上の何かがあるのだろう。
「そうは言いましても、城伯ですよね、ほぼ子爵じゃないですか。領地運営も無いですし」
「それがどうだか、陞爵ってだけで肩身は狭くなる一方だ。貴族同士のわけもわからん会合やパーティーにも参加せねばならんし、第二第三と夫人希望で貴族のお嬢さんがたが俺みたいな三十路過ぎのおっさんに擦り寄ってくる。そして何よりも城下町の屋台に行けなくなってしまう」
「良いじゃないですか、美味しいものをいっぱい食べれて、別嬪さんがよってくるなんて幸せじゃないですか」
「何が良いもんか、あんなもの見てくれだけで美味い飯じゃないし俺は今の嫁さん一筋だ」
「堅物ですねぇ」
「堅物で結構」
そう言って二人は城を後にした。
「あ、団長」
「なんだ?」
「跡継ぎ・・・どうされるんですか?確か嫁ぎ先の決まった娘さんがお二人だけでしたよね」
「しまった、忘れてた・・・」
★☆★☆★
一方その頃ティアリスというと。
「よいしょっと、ふぅ、やっと完成だ」
バラバラの聖女像を泉まで数往復して運び出し終わったところだ。
周囲を花子が警戒していたため割とすんなり運び終わっていた。
ボロボロの見た目だが、土属性で補強したため聖女像はなんとか透明の鐘を持つことに成功した。
「これで後はこの鐘を鳴らすだけか」
ティアリスはそう思い周囲を見回すが撞木のようなものは見当たらない。
ともなれば素手で鳴らすのみ、と拳を作り、鐘目掛けて殴りつけるが。
スカっ
「はぁ?」
ティアリスの身体は通り抜け、鐘に触れることは叶わなかった。
「どうなってんだこれ、鳴らせねぇじゃんか」
二人揃って首を傾げたその時。
「ギギィ!?」
泉を留守にしていたノワールスライムが戻ってきた。
「おっ、来やがったなクソ野郎」
「ギャンギャン!」
二人は既に臨戦態勢、一匹で戻ってきた相手に鋭い目付きで睨んでいる。
「ギ・・・ギギィ!!」
一瞬狼狽した様な素振りを見せると声高に一鳴き。
すると石畳の隙間から、空になった泉から、染み出すようにスライムが顔を出した。
「あぁ?しゃらくせぇ、花子、飛べ!」
「ギャンッ!」
ティアリスの言葉通りに高く飛ぶと、両手に纏った冷気を床一面に染み出すスライムにぶつけた。
「まとめて凍っちまえや!!」
ビキィーンッッ!!
一瞬にしてスライムたちは氷結、地面からは肌に突き刺さるような冷気を発していた。
「ギィッ!?!?」
なんとか空中に逃れ巻き込まれず済んだノワールスライムはその光景を見て驚愕の声を上げた。
しかし二人はそんな暇も与えず追撃に出た。
「ガァ!!」
花子が強靭な爪をノワールスライムに突き立てる。
耐久力は軒並みのノワールスライムは身の危険を感じて柔らかい身体を捻った。
液状化こそ出来ないが、そこは腐ってもスライム。身体の形を変える程度ならお手の物だ。
花子の爪撃を辛くも避けたノワールスライムはそのまま自由落下し、氷漬けの地面に着地した。冷たさを全身で感じ、ぶるりと身を震わせていた。
「ちっ、大人しく凍っときゃいいものを・・・」
悪役の言いそうな口ぶりである。ちなみにこの時の花子は「アタシの爪の餌食になってりゃいいものを」と内心思っていた。
「まぁいい、二体一だ、スライム共が戻って来る前に・・・ちぃ、遅かったか」
その言葉の示す意味は、津波のように通路を駆け抜けるスライムであった。しかしそれだけではなく。
ぴちょん・・・
「あん?」
ぴちょん・・・ぴちょん・・・
「ギャン?」
ぴちょん・・・ぴちょん・・・ぴちょん・・・ぴちょんぴちょんぴちょんぴちょんぴちょんぴちょん
「ギッギッギィ」
「あ〜・・・」
天井に蔓延る水、地面と同じように天井から染み出してきたようだ。
余裕を手に入れ、笑い声のように鳴くノワールスライム。
「「「「「「「「「「キィ」」」」」」」」」」
天井から滴るスライムは通路を抜けてきたスライムと合体し巨大な一体のスライムと化す。
恐らくこの神殿内の全てのスライムと合体したのだろう。その大きさは既に泉の部屋のキャパシティを超えつつある。
「「「「「「「「「「キキ・・・」」」」」」」」」」
「ちょいマズい、このまま行くと天井落ちるぞ」
ともなれば、二人に残された道は二つ。一つはノワールスライムを先に叩くこと、もう一つは巨大化したスライムたちを無力化してからノワールスライムを叩くか。どちらにせよノワールスライムは引っ叩かれる運命にある。
「先黒いの行くぞ!」
「ギャン!!」
ティアリスは両手にバーナーを宿し、花子は爪に鎌鼬を宿しノワールスライムとの距離を瞬く間に縮めた。
「ハッ、反応出来てねぇぞ!」
二人が魔術の射程圏内に入った時にノワールスライムは微動だにしておらず、それを二人は反応しきれていないものだと思っていた。
「オラァ!!」「グラァ!!」
二人の魔術は正確にノワールスライムを捉えていた“はずだった”。
「「!?」」
狙い違わず交叉したところには激しく水飛沫が舞うだけで、ノワールスライムの姿は無かった。
「ギッギッギ」
ノワールスライムは少し離れたところでしてやったりと言った笑い声を出していた。
「水に姿を映したか・・・舐めたマネしやがって」
ノワールスライムは巨大スライムの一部を自分の前に板状になるように配置し、そこへ自分の姿を投影していた。二人が狙ったのはその虚像である。
「ギッギッギ、ギィ!!」
ノワールスライムが高らかに鳴くと、二人の周囲を囲うように水の壁がせりあがった。
その水壁の中に身を隠したノワールスライムは二人を“囲んだ”。正確には囲んだわけではなく、先程のように水壁へ自分の姿を映しているだけなのだが、視覚的には十数匹のノワールスライムに囲まれたように見える。
ここでティアリスは考えた。“なぜ巨大化したスライムが直接攻撃をしないのか”。
水壁の大元である巨大スライムを一瞥。小刻みに震え、形が歪に変化し、その度に整形し直そうと収縮するさまを見て取れた。所によっては穴があいたように水を垂れ流す部分もあった。
つまり、このスライムたちは形を維持出来ないのだ。
「馬鹿だなぁ、タネさえ分かっちまえば対処は簡単だぜ?花子!」
「ギャン!」
「目を閉じろ、周りを見るな、気配を感じ、匂いを嗅ぎとりやつの居場所を見つけろ」
「ギャンギャン!」
花子はそう鳴き、気持ちを落ち着けた。
静かに、静かに、静かに。
滴る雫を耳で感じ、流れる匂いを鼻で感じ、隠れる気配を肌で感じ。
いる、いる、いる、いる、いる。
無数の気配が包み込む、弱い。
もっと絞る、探す、感じる、見つける。
いる、いる。
とても強い気配、すぐ近く、暖かい、優しい、けどこれじゃない。
もっと深く、もっと遠く、もっと、もっと、もっと。
いた。
「ガァ!!!」
「ギギッ!?」
花子は力強く踏み込むと、幾数枚もの水壁を突破し、ノワールスライムを肉薄した。
絶対だと思っていた壁を一瞬で崩されたことに驚愕したせいで回避が遅れたノワールスライムは花子の爪撃を喰らった。しかし花子も水壁のせいで威力は極端に落ちていたためか、それで決着とはいかなかった。
しかしそれでいい。突き破った水壁からは滝のように水が流れ、折角合体したスライムたちを再び分散させた。
「ギ・・・ギギィ!?」
呻きながらその光景を見たノワールスライムは驚愕の声をあげた。
もはや死に体のノワールスライムは二人の驚異ではなく、大量のスライムもまた同じであった。
「んー、ちょっと遊ぶか」
「ぎゃん?」
そう言ってティアリスはある実験を行った。
『圧縮』の魔術である。
以前ボロ屋の倒壊を防ぐために使用した状態保持の魔術を応用し、風によって真空空間を作成、そこへ流れ出たスライムを吸わせる。すると・・・。
ヒュゴォォォォオオオオオオオ
「「「「「「「「「「キッ、キキィ!?」」」」」」」」」」
大量のスライムたちは瞬く間に吸われ、巨大化と圧縮を繰り返していく。部屋を埋め尽くさんとしていたスライムはどんどんティアリスの作った真空空間に吸われていき超圧縮され、何かをかたどっていく。
「「「「「「「「「「キィィィー!」」」」」」」」」」
必死になって逃げる。
「「「「「「「「キッ、キッ、キィ!!」」」」」」」」
吸われゆく仲間を見て死ぬ気で逃げる。
「「「「「キィイィイィイ!!!」」」」」
もはやブラックホールと呼んでも過言で無い。
「「「キィ・・・」」」
諦めの雰囲気が場を制する。
「キ・・・」
とうとう最後の一匹まで吸ってしまった。
「これは・・・・・・・・・人には向けられねぇな」
相手がスライムで良かったと心の底から思ったティアリスであった。
補足をすると、スライムは死なない。切られれば分裂し、焼かれれば蒸発し、冷やされれば溶けるまで凍る。世界中の水が循環するが如くスライムも世界中を循環する。ただの水が魔力を得て魔物化しただけで肉体を持たないスライムは決して死ぬことは無いのだ。
現にこのように圧縮されたところで死んではいない、一つになっただけである。
「ギィ・・・・・・・・・・・・」
ノワールスライムも信じられない物を見たと言った反応である。
しかしそこで妥協しないのがティアリス。
「よっと」
器用にも圧縮したスライムを変形させ、肩に担ぐほどのハンマーへと変えた。
「悪ぃがさっさと進む、悪魔の懺悔、聞かせてもらう!!」
下手に魔術を解くと圧縮が開放されてしまうためスライムのハンマーを魔術で動かす。
勢い良く振られるハンマーは正確にノワールスライムを捉え、その全身に激しい衝撃を与えた。
それだけでは済まず、ノワールスライムと接触した部分は魔術による圧縮が解け、ジェット噴射もかくやと言う速度でスライムを放出した。
「ンギィィィィィイイイイ!?!?!?」
スライムたちに巻き込まれながら水平に飛ばされるノワールスライム、その先にはボロボロの聖女像と鐘だった。
ッカーン!!
素手では触れることすら叶わなかった鐘、そこにノワールスライムはぶつかり断末魔と思える鳴き声を零し鐘を鳴らした。
その時、ティアリスは思った。
「(あれ、魔術で滑らしたりして運べばあの石像壊さなくて済んだんじゃ・・・)」
やはりどこか抜けていた。