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出どころ知れない異世界より  作者: 耳朶楽
第一章
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ふたり

命名「花子」から数時間、チターナのおかげで走るくらいなら問題なくなった花子と遊び倒したチターナのご帰宅の時間である。


「じゃーねーティーちゃん!また来るねー」


「個人的には来て欲しくないけど・・・気をつけてねー」


ティアリスは見えなくなるまで手を振り続けるチターナを最後まで見届け家に戻った。


「ふぅ、もう日も暮れてきたし外に出るのはやめにしよう」


ティアリス宅に新たに加わった住人に目を向けると深く落胆した。


「育てんのかぁ・・・飯作って、散歩して、飯作って、糞掃除・・・は森ん中に捨てればいいや、ここは日本じゃねぇんだし」


食料庫を見て花子が食べられるメニューを考えているティアリスの足元に(くだん)の花子が寄ってきた。


「ん?どうした、また飯か?」


「くぅん、くぅん」


しゃがみこむティアリスの手に頭を擦り付けている。


「なんだ、撫でて欲しいのか」


どうやら花子は昼前に撫でられたのを痛く気に入ったようだった。


「晩飯・・・はいっか、午後は動いてねぇし。昼の残りでも温めて食うか」


「きゃん!」


割と仲がいい一人と一匹であった。



〜翌日〜


「花子、働かざるもの食うべからずって言葉わかるか?」


「?」


「つまりだ、飯が食いたきゃ己の力で全てを蹴散らし全力でもぎ取って来いっつぅことだ」


全くもって違う。


「というわけで今日からお前にみっちり狩りを調教(おし)え込む。仮にも恐狼(ドレッドウルフ)だ、成長すればお前は最強の狩人(ハンター)になれるはずだ」


「きゃん!」


「そしてお前は美味い飯が食えるようになり俺は楽ができる!」


「きゃん!?」


「win-winの関係って奴だ。悪くない話だろう?」


「くぅ・・・?」


花子はティアリスの言葉に首をかしげている。

元野生の魔物なせいか彼の言う言葉を理解する事は出来ない。出来ないがニュアンス程度なら伝わるようで、今から狩りに出掛けると言うことは理解した。


「じゃあとりあえず行くか、お前の食う分の食料を確保しなけりゃならん」


「きゃん!」


ティアリスが先導し昨日と同じルートを辿る。


「確か昨日はここら辺にいたんだけどな、血の匂いに釣られて大物はいないか・・・」


「くぅん・・・?」


アテが外れ少々気を落とすティアリスを励ますように花子は彼の足に頭を擦りつける。


「なんだ、慰めてくれてんのか。ありがとうな」


「きゃん!」


元気よく鳴く花子を見て思わず頬を緩める犬派のティアリス。


「よし、気を取り直して別んとこ探すか!」


「きゃんきゃん!」


より森の奥へと進むのであった。




しばらく森の中を進むとオークの群れを見つけた。

木で出来た棍棒を担いだ数匹のオスのオークが木の実を拾っているメスや子供のオークたちを守るように囲んでいた。

この世界におけるオークは地球のような醜悪な扱いではなく、どちらかと言うと愛玩動物に近い。大人になっても体長が1mほど、桃色の皮膚とぷっくり太ったお腹を持ち、二足歩行する豚は魔物でありながら都市部ではペットとして飼育されていることも珍しくない。

さらに食用としても重用される。柔らかく、脂ののった肉は庶民でも手の届く嗜好品とされ、祝い事などで食卓に並ぶことがままある。


「きゃん!ハッ、ハッ、ハッ」


「しっ、まだ気付かれていない。風下に移動して・・・っておい!」


「あおぅぅぅん!!」


ティアリスが待ったを掛けるが時既に遅く、目を肉一色に染めた花子は前方の無数の生肉(オーク)に飛びかかった。


「ぶもっ!?」


いち早くそれを察知したオークは、相手が恐狼(ドレッドウルフ)である事。そしてまだ子供であることを把握し仲間に襲撃を知らせた。


「ぶもぉ!ぶぎぃ!!」


「「「ぶぎっ!!」」」


子供程度なら俺らでもやれる!オークの意地を見せるんだ!そう言っているかのように強い目をしてオークたちは花子に対峙した。


「ぐるるるるるるぅ・・・・・・きゃんっ!!」


「ぶぎぎぃ・・・!」


子供であろうと流石の恐狼(ドレッドウルフ)、鳴き声に微かながらの魔力を灯しオークたちを威嚇する。

しかしまだ未熟、動きを止めたのは一瞬であった。


「ふぶぅ・・・。ぶっぶぎぎぃ!!」


すぐ様反撃に移ったオークは三匹で一つのグループを二つ作り、二方向から挟むように攻めた。


「きゃうん!?」


オークたちの予想外の集団行動に花子は驚きの声を漏らした。

左右から迫ってくるオークたちから距離を取るべく花子は後ろに飛び、なんとかオークの攻撃を避ける。


「ぶびひぃ!!」


避けた先を追うようにまた別のオークが追い討ちを掛ける。

振りかぶった2本の棍棒は着地に足を取られた花子の脳天へと吸い込まれる。


ガコンッ!


衝撃を覚悟した花子の目の前には一本の白い骨。ティアリスの武器だ。


「馬鹿犬が!勝手に突っ込むんじゃねぇ!!」


「きゃん!?」


「「ぶぎぎ!?」」


花子は急に怒鳴られたことに、オークは人族の子供に攻撃を防がれたことに驚愕した。

オークは力を加えティアリスの武器を押し込もうとするがビクともしない。無駄だと悟り、距離を取りにバックステップをするが。


「逃げんじゃねぇよ!」


「「ぶもっ!?」」


着地地点に突如穴が現れ、二匹のオークはそのまま落ちていった。


「ぶっ」


「「「ぶもも〜!!」」」


自分たちでは敵わないと理解し、残りのオーク達は武器を放り投げ逃げていった。


「きゃ、きゃんきゃん!」


「追うんじゃねぇ!」


逃げるオークに深追いをしようとした花子を戒める。

名残惜しそうに遠ざかって行く背中を見つめ、くぅ〜と切なげな声をあげた。しかし二匹も仕留めたなら十分だろうと気を取り直し、穴に入った獲物を覗こうとした。


「待った」


「きゃうん?」


涎をダラダラと垂らしながら花子が振り返ると、そこには睨みつけるようなティアリスの顔があった。


「・・・なんで勝手に突っ込んでった?」


「くぅん・・・」


「お前一人・・・一匹でどうにかなると思ったのか?」


花子は恐狼(ドレッドウルフ)でAランク、オークはEランクの魔物で本当なら話にならないほど余裕である。しかし花子はまだ子供、狩り自体もこれが初めてで、なおかつ相手はオークと言えど数の暴力があり花子だけでは少々難があった。


「まぁ、今回はこれが俺との初めての狩りだから多めに見るとして。次こんな事があったらただじゃあ済まねぇぞ」


4歳児から有り得ないほど怒気を孕んだ声を聞き、萎縮した花子は小さく消えそうな声で返事した。


「きゃん・・・・・・」


それから数十分、ティアリスたちの間に会話は無かった。元から言葉が通じないため言葉なんて無かったが、それでもティアリスと花子の間には重苦しい空気が漂っていた。主に花子の気落ちのせいだが。

ティアリスも思いのほか花子が打たれ弱かったことに考えを巡らせこの気まずい状況を打開する策を考えていた。


「あー、ちと早ぇがここらで飯でも食うか」


元気がない相手にはやはり食だと言うことで、先程狩ったオークをその場で焼いて食うことにした。


「んおっ、こいふあんふぁいうめぇなぁ。んぐ、どうだ、食わねぇのか?うめぇぞ?」


「くぅん・・・・・・」


香ばしく焼けた匂いを放つ骨付き肉を花子の目の前に差し出すが全く意に介さないと言った感じでボーっと目の前に置かれた肉を見つめている。

どうやら直接自分が取っていない物を食べていいのかと悩んでいるようだ。働かざるもの食うべからずを深く捉えているのだ。


「・・・いいか?花子。お前は今コレを食べて良いか悩んでいるんだろう?直接仕留めたのは俺だから」


「くぅん・・・」


「今回は俺がほぼ全部やったからそうなるが、これからは二人で協力して獲物を仕留めるんだ。そこにはどっちが仕留めたからどっちの物っていうことは無い」


「くぅ?」


「二人で取った。だからそれは“二人”のもんだ。俺とお前、一緒に狩った二人のだ」


ティアリスの言葉は花子に通じない。通じないが“伝わった”。

養ってくれる親じゃない、競い合う友じゃない、殺し合う敵でもない。従うべき主でもない。彼と私は同じ。同じ物を手に入れ、同じ物を食い、同じ時間同じ場所を過ごす“二人”という“一つ”の存在。


花子がそう理解した瞬間その目にさっきまでの気落ちした悲壮感は無く、ただ目の前にある獲物を“二人で”食すと言う感情に満ち、大きく口を開けた。


「きゃん!」


「元気出たか、よしよし。どんどん食え!どんどん食って次の獲物を仕留めに行くぞ!」


「きゃんきゃん!!」


二人で食べる食事を満喫した花子であった。






この一件から一年と数ヶ月。花子の成長は目まぐるしく、ティアリスとのコンビネーションはまさに一心同体。人と獣と言う相反する関係は意味を成さず、水と油が混ざり合う不思議な現象が起きていた。


目が覚める時間は一緒、朝のランニングも食事もトレーニングも一緒。風呂も寝る時も一緒。一人と一匹は片時も離れることはなかった、共に生まれた双子でもこうはならないだろうと思えるほど。


特にそれが存分に発揮されるのが狩猟。

ティアリスが魔術で、花子は耳と鼻で獲物を見つけ、言葉どころか合図らしきものも無くお互いの行動は決まる。

場所は森の中にぽっかりとある平原、今日の獲物は芝山羊(グラスゴート)だ。体毛に棲む地域の芝を生やし地面と視覚的に同化させる山羊。芝があるため皮膚から肉部まで厚みがあり、生半可な弓矢や剣では傷を付けることすら叶わない。

だが逆に言ってしまうとそれだけだ。擬態能力に長け、防御力が高い。それだけだ。芝の分普通の山羊よりも鈍重で足は遅い。角まで芝が張っているから貫通力に欠ける。“二人”の前では相手にならない。それが例え百を越える群れであろうとも。


芝山羊(グラスゴート)を視認出来る距離まで近付いた二人は息を殺し、より確実に狩れる距離まで風向きを気にかけながら近づく。

合図も予備動作も無くある程度の距離で止まった。ティアリスは左に、花子は右に全く同時に駆けた。すでにこの時点で二人には互いが何をすべきか、仕留める獲物の数、またどの個体かまで意思疎通出来ている。


「ギャンギャン!」


風上に移動した花子はわざと大きく鳴き、芝山羊(グラスゴート)の意識を自身に向ける。


「GyaoooooooooooooN!!!!!!!」


花子が魔力を織り交ぜた特大の咆哮。それを特定の個体のみが立ち竦むように調整。百以上の芝山羊(グラスゴート)の内から仕留めるべきわずか三匹のみを残し、他の芝山羊(グラスゴート)は森に逃がす。逃げていく姿に一瞥もくれず狙い撃ちした三匹を視線で射止める。


シュッ

シュッ

シュッ


三匹の心臓部に寸分違わず水の矢が撃ち込まれる。それも個々で違う芝の張りが薄い部分を通し。


「「「メ゛ェ゛ェ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛・・・」」」


唐突な胸の痛みに耐え切れず叫んだ鳴き声は、入り込んだ水が魔術で操作され心臓を内部から滅茶苦茶にしたため絶命と言う形で終了する。気配を悟られず魔術を放ったティアリスの手で。


しかしその日は普段と違うことが起きた。


Fiiiiiiiiin...


上空から不穏な鳴き声。集まった二人に巨大な影が指す。


「んだぁ?」


「?」


足元の影は次第に小さく、しかし上空の黒い影は反比例して大きくなる。


「ちっ!!」


「ギャン!!」


二人は獲物をそのままにいっせいにその場を飛び退いた。


巨大な何かは地面に突撃し、周囲に土埃を上げる。


「Fiiiiiiiiiiiiiiii!!!!!」


耳をつんざくような声、ブオンと風が巻き起こり土埃を飛ばす。晴れた視界に二人が捉えたものは。


「グリフォン・・・ってやつか」


大空(そら)()ける鷲獅子、グリフォンだ。

寒くて指先かじかみます。

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