新生活と百合猿と子恐狼
皆さんお待ちかね、メインヒロイン登場です。
メインヒロインと言っても、現在の予定としては各章毎にメインヒロインが居て現地妻じゃないけどそんなニュアンスで行こうと思ってます。
ティアリスが一人暮らしを初めての二ヶ月。家の壁が強固になり、庭というか家の前の空間に風呂が出来た。狩猟した魔物の量も増えてきて置き場所に困り始めた。
約束当日にシャスティナが違反したり、その翌日にチターナまでもが違反したりとあるがそれでも今現在の彼の生活は非常に充実していた。
ティアリスの朝は早く、森に時計なんて文明の利器は無いが時刻にして早朝5時。眠い目を擦りながら羊毛狼の毛皮で作ったブランケットから抜け出した。
増設した洗面所で水魔術を使い顔を洗い、羊毛狼製のタオルで顔を拭く。
外へ出て朝露を含んだ空気を肺いっぱいに取り込むように深呼吸。準備運動を始め、ひと月ほど前から続けているランニングに向かう。距離にして8km、4歳の子供が走るには長いが、身体強化の魔術を元にして軽い医学知識を加えた筋肉増強の魔術を使っているため可能にした。
筋肉増強、ティアリスが独自の解釈で自身の魔力を繊維状に考え筋肉に重ねるものだ。魔力による筋繊維が増え、使える筋肉も増加する。この魔術はティアリスが身体強化の魔術に存在する“無駄”の削減を主として考えた結果だ。
身体強化とは大量の魔力を消費する代わりに爆発的な身体能力を得る魔術だ。普通に使った場合、エルフ並の魔力を保有していない限り5分と持たない。それは身体強化の内容が「鎧のように魔力を纏い、身体全体を強化する」と言うものだったからだ。つまり強化をしても“意味が無い部位”に余分な魔力を消費しているのだ。例えば耳などの筋肉が存在しない部分、直接肉体の強化に使用されない空を埋めている魔力。そういった無駄があるため消費が激しいのだ。
そういった問題点を改善したのが筋肉増強、魔術らしい名前は決まっていないが身体強化で消費される魔力を約十分の一に押さえ込んだ優れものだ。
だいたい30〜40分のランニングを終え、帰宅したティアリスは朝食作りに移った。
今朝の献立はたまにチターナやシャスティナが持ってくる黒くて硬いパンと単眼鶏の卵で作った白身が青みがかった緑色の目玉焼き、森で採取した得体の知れない白い野菜で作ったゲテモノサラダの三品だった。
「あむ、はむ・・・・・・・・・米が食べたい・・・」
ティアリスの切実なる願いだった。
朝食のあとは掃除だ。日々清潔を重んじるのは日本人の性だろうか、と言っても掃除機など存在しないし、拭き掃除したところで壁材は泥なのだから汚れしか出ない。せいぜい風魔術で床の埃などを集めるだけで、10分そこらで終わってしまう。
簡単な掃除を済ませて続いては狩りに出掛けるのが日課だ。布製品として使うための羊毛狼や、食材に使う魔物、いつか換金するための素材となる魔物。見つけ次第狩っている訳ではないが、あれもこれもと手を出していたら持ち帰れないほど狩っていたりするのはザラにある。最近になってようやっと加減を覚えた。
「さってと、今日は何がいるかな〜♪」
ティアリスは鼻歌交じりに自前で作ったナイフと武器を担ぎ森の奥へと進んだ。
彼が武器に使っているものは、初日に狩ったギリーベアーの骨に鋭く尖らせた石を括りつけた不格好な斧、ナイフはこれまた石を鋭利に砕いた物に革を巻いて柄を作っただけである。
こんな物で魔物を傷付けられるのか、答えは不可である。しかしティアリスの攻撃方法は主に魔術であるがゆえ近接武器はさして重要ではないのだ。あくまで万が一程度にしか考えていない。
「おっ、羊毛狼か」
実験段階にある気配察知の魔術を展開していたティアリスは一匹の羊毛狼を見つけた。
羊毛狼、その名の通り羊の毛のような体毛を生やした狼だ。本物の羊毛と比べると些か毛質が硬いが使う分にはなんの問題もなく羊毛として使えるほどだ。なぜこの狼には羊毛が生えているのか、それはより確実に餌となる羊を狩るために自身を羊に化けさせ、群れの中に潜り込み唐突に襲うのだ。至るところの羊飼いが羊と勘違いして襲われるのがよくあると、これはシャスティナ談である。
「毛皮は傷付けたくねぇしやっぱ水だな、コイツは」
小さくつぶやくとティアリスは羊毛狼に気づかれないように風下へ移動し、草むらの蔭から狙いを定める。
「コレにも名前つけなきゃな・・・」
手の先に細く鋭く変形させた水の杭を作り出す。それは螺旋状に捻れ、貫通力を増していた。
「ウォータードリル・・・アクア、ドリル?何でもいいや、チターナに決めてもらおう」
名付けを諦め、さっさと目標に水の杭を打ち込む。水の杭は吸い込まれるように羊毛狼の足の付け根より少しそれた所を穿った。つまり羊毛狼の心臓だ。
「ギャイン!?」
突如訪れた衝撃に驚き、羊毛狼は走って逃げたした。
「うっし、追っかけっか」
ティアリスは筋肉増強を両足に掛け後を追った。
100mほど先で地べたに寝そべる羊毛狼を見つけた。
「グルルルル・・・フーッ!フーッ!」
ティアリスを視認した羊毛狼は襲いかかるわけでも、ましてや逃げるわけでもなくティアリスを睨み続けた。
「悪ぃな、コレもお互い奪い合う仲だったんだからと諦めてくれ」
羊毛狼にそう言うと、水を半円形の薄い形に成形し、弱った羊毛狼の首に撃ち込んだ。
ボトンとなす術なく羊毛狼の首が落ち、身体が糸が切れたように倒れた。
「・・・・・・悪ぃな・・・」
ティアリスは目を閉じ両手を合わせそうつぶやくと慣れた手つきで解体作業に移った。
「ふわぁ〜・・・ねみぃ・・・」
羊毛狼の血抜きを行っている最中、暖かな陽射しに目を細めながらそう言った。
「・・・ふわぁ・・・んあ?」
2回目のあくびをしそうになった瞬間、気配察知の範囲内に何かを察知した。
「数は・・・3、4か、百合猿と・・・?気配が弱くてわかんねぇな。村のガキとかだったら恩でも売っとくか」
よし、と言い立ち上がると気配がする方へ静かに向かった。
百合猿とは、尻尾の先が百合の花のような形をしており、そこへ食料の木の実や綺麗な石などを保管し持ち運ぶ習性を持つ。大量の石や砂などを詰め込みハンマーのように敵へぶつける攻撃や、投げつけたりもする。また百合猿の爪は長く丈夫で武器に加工することがよくあるため高価で取引される。
そしてこの百合猿は全ての個体がメスで生まれ、メス同士で番を作ることが多い。しかしメス同士で子孫を作ることは叶わないので似たような習性を持つ薔薇猿と一時的に交尾を行い子孫を残す。薔薇猿、こちらはオス同士で番を作る種だ。
「百合猿が三で・・・ありゃあ・・・恐狼のまだ子供か」
目視したそこには三匹の百合猿が一匹の恐狼の子供を囲み襲っているところだった。
「がるるぅ・・・」
「キッキキ!」
「キィー!」
「クッキャキキキ!」
三匹の百合猿は子供恐狼をおちょくるように周囲を回っている。
「キッ!!」
「きゃいんっ!」
背後に回った百合猿が鋭い爪で恐狼を引っ掻いた。
「キキッ!」
「きゃいっ!?」
攻撃をしてきた百合猿の方へ恐狼が向くと、目を離した別の百合猿にまた後ろから引っ掻っかかれると言う悪循環に陥っていた。
「百合猿ね・・・」
ティアリスは何故か自然と自身が持つ貧相な武器を見た。
「爪・・・・・・・・・取るか・・・!」
しばらく百合猿と腰の武器を交互に見つめたあと、両手に魔力を込めて4匹に飛び込んでいった。
「オラァア!!その爪寄越せやゴラァ!!」
左手にはさっき羊毛狼を仕留める時に使った水の半円、右手には初めて魔術を使った時に偶然出来た高火力のバーナー。
空中にいる間に左手で一匹を上半身と下半身に真っ二つにし、勢いそのまま残った2匹のうち1匹に馬乗りになり右手で心臓部を焼き尽くした。
「キィッ!?!?」
最後の一匹は突然の来訪者に驚きを隠せず声をあげた。
「だっしゃらぁ!ラストォ!!」
振り向き様にティアリスは右腕を筋肉増強でパワーアップさせ、力一杯最後の百合猿の顔面を殴りつけた。
「キッキャァァァァアアアア!!!???」
左頬を全力で殴られた百合猿は空中を3回転半して脳天から巨木にぶつかり息絶えた。
「ふぅ・・・」
ティアリスが集団に乗り込みそれの制圧に要した時間、僅か3秒。
周囲を見回し別の脅威が無いことを確認し、筋肉増強の魔術を解いた。
「ん?」
最初に目に付いたのは襲われていた子恐狼だった。
「かなり衰弱してんなぁ・・・」
少し悩むと、腰に巻いた小袋から練った薬草を取り出し子恐狼の目立つ傷口に塗った。
「ちぃと痛ぇかもしんねぇが我慢しろよ」
薬が傷口に触れるとビクンと身体を震わせた。
大きい傷口に薬を塗ると子恐狼はそのまま眠ってしまった。
「あぁ〜、とりあえず百合猿共から爪引っぺがして尻尾切り取るか」
子恐狼を目の付くところに寝かせ、百合猿の解体に入った。
「あぁ〜!!俺の、俺の羊毛狼がぁ!?」
百合猿の解体を終え、元の場所に戻ってくると血抜きをしていたはずの羊毛狼が無くなっていた。
「ヤッタゼ。!」
「アリガトナァス!」
ティアリスの視線の遥か先で2匹の薔薇猿が羊毛狼を担いで走り去るところが見えた。ところで酷い鳴き声である。
「あんのホモ猿共がぁぁぁぁあああああああ!!!」
ティアリスの叫びは虚しく森に響いた。
恐狼と書いてメインヒロインと読む。
今日は日曜なので調子乗ってもう一本投稿しちゃおうと思います。朝ね。