2-2 救世主登場
「その程度じゃ生ぬるいな。もっとやれ」
「マギス・バレット」
ボス格の盗賊の命令に従い、エネルギー弾が連発される。子供でも十分習得可能なこの攻撃魔法は威力としては最底辺に位置する。せいぜい相手を怯ませる程度で、主に護身用として使う方が多い。とはいえ、連発されればそれなりに殺傷能力を持つ。
また、魔法を発動する際には、発射のためのエネルギーを構築するため、専用の文言を唱える必要がある。しかし、一度発動準備を整えてしまえば、後は実際に魔法を使用するための起爆剤となる呪文だけで連発可能だ。
一般男性に殴られ続けたぐらいの傷を負っているはずだが、それでもなおマーヤに屈服の意思はなかった。弾道により白地のワンピースに亀裂が入り、柔肌から鮮血が流れ出している。
「兄貴、こいつなかなかしぶといですぜ」
「もっと強力な魔法じゃないと駄目なんじゃないですかね」
「そうか。なら、俺が痛めつけてやろう」
手下二人が道を開けると、ひときわ体格のいい盗賊が進み出た。彼も手下と同じように掌を広げる。
「ケヌチウ テリナ トンガンダ シウユ ヲイウキョ ルナラサ ヨクリョマ」
そして文言を唱えるのだが、手下たちのものよりも明らかに長く、複雑なものであった。それに呼応しているかのように、彼が生成しているエネルギー弾も肥大化していく。さくらんぼの大きさを通り越し、リンゴ、いや、スイカほどにまで成長している。
子供だましのちゃちな銃弾とは訳が違う。それより上位の魔法を放たれると察し、マーヤは更に身を固める。発動する際に集中させるエネルギーが大きいほど、当然ながら威力は上がる。今から放たれようとしているそれは、当たり所を間違えれば数日は寝込むほどの傷になることは間違いなかった。
そうは分かっていても、もはや回避できるだけの猶予はマーヤに残されていない。この荷物を手に入れるためだけに、こんな残虐行為にも及ぼうとしているのだ。恨みを込めて睨みつけるが、相手はそれで同様するような輩ではなかった。
そして、盗賊の手より魔法が発動する。歯を剥き出しにし、しっかりと腕を伸ばす盗賊。対し、マーヤは観念して目をつぶる。
「待てよ。お前ら何やってんだ」
万事休すの場面で、あまりにも予想外の方角から声がかかった。それに気を取られ、盗賊は魔法の発動を停止する。
くせ毛を掻き揚げ、コートを揺らめかす長身の男。そいつは先ほどまで昼寝をしていた人物に違いなかった。しかも、小心者ならすくみ上るはずの盗賊たちの威圧の視線を浴びてもなお、萎縮することがなく、むしろ堂々と進行してきたのだ。
「昼寝していたところ悪いな。ちょっと悪ガキにお仕置きしていただけだ」
「こんな年端もいかない娘を一方的にいたぶっておいてお仕置きね。どう見ても児童虐待なんじゃないか」
そう言って男はせせら笑う。盗賊たちは眉をひそめたが、どうにか自分たちが非難されているということは感じ取った。それで素直に低頭するならそもそも悪党なんかに身を投じているはずもなく、逆に刃向ってきたのだった。
「大人しく寝ていればそのままにしておこうと思ったが、邪魔をするならお前にも痛い目に遭ってもらわないといけないな」
手下の盗賊二人が進み出て手のひらを広げる。そこには未だ魔力の残滓があり、少し力を加えるだけですぐさまエネルギー弾を再生することができた。
「マギス・バレット」
二人同時に魔力のエネルギー弾を放つ。男はたじろぐような挙動を見せたが、すぐさま平生を取り戻すと両手でエネルギー弾を受け止めるようにしつつ、文言を口走った。
「レマモ ヲレワ テリナ トキヘウショ ヨズミ」
両手が青く光り、矢継ぎ早に魔法発動の呪文を口にする。
「アクルア・クライペウス」
盗賊が繰り出したエネルギー弾は男の胸に直撃するはずであった。しかし、直前に発動した魔法。間違いなくその影響だろうが、エネルギー弾は到達寸前に突如消え去ったのだ。
手下たちはその男が何をしたのか全く分かっていなかった。それ以前に、自慢の魔法がいとも簡単に封じられたという衝撃が思考回路を停止させてしまっていた。
その一方で、ボスはかろうじて男の所業を捉えることができた。魔法が到達する寸前に使用されたのは盾の魔法だった。人間が当たり前に魔法を使うことのできるこの世界では、流浪人としか思えないこの男が魔法を使ったところでおかしな点はない。それに、攻撃魔法が存在しているので、防御用の魔法もまた存在しているというのは自明だ。
驚愕すべきは、いきなり攻撃されたにも関わらず、咄嗟に、かつ正確に盾の魔法を展開できたことだ。その男の正体不明の素性が追い打ちをかけ、盗賊たちに畏れを抱かせるには十分であった。
完全に萎縮してしまう手下であったが、ボスは己を鼓舞するかのように怒声を張り上げた。
「てめぇ、本当に一体何者だ」
「俺の名か。俺はトーマっていうんだ」
その男、トーマはコートを脱ぎ捨てるや、堂々と右手を掲げるのであった。