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断罪の咎人トーマ  作者: 橋比呂コー
Mission1 通り魔を退治せよ
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1-4 異世界転移

「お目覚めのようだね」

 暗闇を掻き分け、一人の少年が姿を現した。ウール生地の一枚布にサンダルと古代ギリシア人を連想させる格好をしている。クリーム色の髪を肩まで伸ばし、下手をすれば少女と間違えそうな中性的な顔立ちであった。

「誰だ、お前は」

「ハハハ。そんなに身構えなくてもいいよ」

 とっさにファイティングポーズをとった當間を、少年は笑い飛ばしながらなだめる。當間が構えを解くと、少年は続けた。

「僕の名はカムゥ。君たち人間の住まう世界よりも更に上位の次元に住まう者。まあ、簡単に言うと神様ってところかな」

「神様だと」

「疑うのも当然だね。僕と最初に出会った人間は決まってそういう反応をしたからさ。でも、僕が神だというのは変えようのない事実さ。それに、君自身もここが現実の世界ではないことぐらい自覚しているだろ」

 それは先刻確かめたばかりだ。それに付け加えて神と自称する少年。まさかという可能性に行き当たり、當間は青ざめた。


「君はなかなか想像力が豊かのようだね。心配しなくてもここは死後の世界ではないよ。現時点ではまだ君は死んでいないからさ」

「カムゥとか言ったか。お前、俺の考えが読めるのか」

「散々思考回路を通じて神頼みしておいて、考えが読めるかなんて驚くだって。君たちの思念が読み取れなくちゃ、宣託なんて成立しないだろ」

 何を言っているのかよく理解できなかったが、神頼みから初詣を連想してようやく腑に落ちた。小難しい話を抜きにすると、カムゥは人間の思考を丸裸にできるということだ。


「君とはいわゆるテレパシーで会話していると思ってもらえばいい。そして、ここがどこかという疑問についてだが、そうだな、夢の中とでも言っておこうか」

「信じたくはないが、夢の中でお前と会話しているってことでいいんだな」

「理解が早くて助かるよ。まあ、そういうことにしておいてくれ」

 この空間といい、前触れなく現れた謎の少年といい、夢でなければ説明がつかない現象が立て続けに発生している。むしろ、これを現実として受け入れろと言われる方が無理がある。


「さて、あまり長い時間人間の神経に干渉はできないからね。さっさと要件を話そう。初めに断わっておくと、これから僕が話すことは決して夢物語ではない。そのことは肝に銘じておいてくれ」

「前説はいいから、とっとと言いたいことを言ったらどうだ」

 じれったさから、當間はポケットに手を突っ込む。カムゥは咳払いすると、いきなりとんでもないことを言い放つのであった。


「なら単刀直入に言おう。君には異世界の犯罪者を滅してほしい」


 當間は開いた口が塞がらなかった。夢の中で変な少年と出会っただけなら、まだ夢物語として処理できる。だが、この依頼はおいそれと受け入れられるような代物ではなかった。混乱する當間を尻目に、カムゥは説明する。

「君たちが住んでいる世界にも、規律を破り、世の平穏を乱す悪党がいるだろう。それと同じように、こことは違う世界、同時並行世界とでもいうべきかな、そこにも悪党が存在するんだ。

 しかもそいつらは、その世界の住人では手が付けられないほど力をつけてきている。もはや、他次元の世界から介入しないと平常は保てないと判断したってわけさ」

「おとぎ話としては面白そうだが、実際にそんなことが起きているとは甚だ信じがたいな」

「そう思うのも無理はないだろうね。でも、その異世界、マギカというんだけど、そこではごく普通に魔法が存在しているんだ」


 異世界の問題を解決してほしいというだけでもお腹いっぱいなのに、そのうえ魔法が存在していると告げられたのだ。もはや當間の処理能力は限界を超えていた。

「魔法の力は君たち人間が扱うには強力すぎる代物だ。君の世界、リライズと呼んでるんだけど、そこにも地震やら噴火やら、人間ではどうしようもない自然災害というものが存在するだろ。その気になれば魔法でそれぐらいのことは起こせるわけさ。

 もっとも、そんなことができるやつはほとんどいないから安心していいよ。でも、人ひとりを殺せるぐらいの魔法なら容易に習得できるな」

 マギカという異世界の住人は、ごく普通に殺傷能力がある術を扱えるということだ。それで犯罪を起こされるなら、他世界からの干渉でもなければ和平を保てそうもない。そんな殺伐とした世界に放り出されるなど、自殺行為と等しい。


 當間が返答を渋っていると、カムゥは更にゆさぶりをかけてきた。

「もちろん、協力してくれるのなら君にも魔法の力を授けるよ。それも、その気になれば自然災害級の威力を出せる飛び切りのやつをね。それに、言葉が通じなきゃお話にならないから、最低限のマギカの公用語の会話術も与えよう」

 その提案を聞き、當間の肩が震えた。抗いようのない圧倒的な力。それがあればもう悪の魔の手に屈することはないではないか。そう、あの時みたいに。


「なかなか面白そうな話ではあるな。けれども、そう簡単に異世界に行きます、なんていうと思うか」

 魔法を使えるという提案は魅力的ではあるが、どこまで本気で言っているのかいまいち判別し難い。なので、揺さぶりをかけたつもりであった。

 しかし、カムゥは人の良さそうな態度を一変させてきたのだった。

「素直に提案を受け入れるとは思ってないからね。そんな反応をするのも計算済みさ。それならば、君に現実を知ってもらうしかない。

 このまま普通に刑期を終えて実社会で過ごすというのならそれでもいい。でも、殺人なんて最大の禁忌を犯した君がまともに社会生活を送れると思うかい」

 それはあまりにも痛いところを突いた指摘であった。


 刑期を終えて出所した時には三十過ぎになる。小遣い稼ぎのコンビニバイトしかやったことのない野郎を雇ってくれる企業など、このご時世に存在するだろうか。犯罪者支援の更生機関も存在しているだろうが、それが当てになるとは限らない。せいぜい超絶ブラック企業で使い捨てにされるのが関の山だ。

「そのうえ、死んだ後で君が送られるのは確実に地獄だ。生きているうちには味わうことのできない責め苦を永遠に受け続けることになるわけさ。

 つまり、このまま普通に生き続けていても絶望しかありえない。そこを救済してやろうって提案しているんだ」

 意地悪くカムゥは接近してくる。彼の話術に嵌った形になるが、どう考えても選択肢は一つしかありえなかった。


「どうやら、俺に拒否権はないみたいだな」

「それは異世界転移に同意したと見なしていいのかな」

 その問いかけに、當間は意を決して頷いた。道徳規範からすれば、いかに過酷だろうと現実世界に生きて罪を償うのが筋ではある。しかし、あまりにも胡散臭くてうまい話ではあるが、苦行から逃れる救済策が転がってきたのだ。それを完全に無視できるほど、當間は人間ができていなかったのである。


「さて、君の夢に干渉できる時間の限界も迫ってきた。さっそくマギカへと向かうよ」

「向かうって、俺の体はどうするんだ。俺は夢を見ている状態なんだから、一度目覚めるなりしないと駄目なんじゃないか」

「むしろ逆だね。牢獄にある君の体を放棄し、魂をマギカへと渡らせる。マギカで新しい肉体を構築してそこに魂を憑依させる。こうすることで異世界転移完了さ。古い肉体は魂が入っていないから死亡したも同じ。リライズの医師たちなら心臓発作で突然死と診断するだろうね」

 一度本気で殺してそこから異世界に転生させてもいいではないかと思われるが、カムゥの説明ではそれでは不都合だという。


 転生の場合、生前の記憶は一旦リセットされる。前世の記憶を持っているなんて人間もいるらしいが、そんなのは例外中の例外である。犯罪者を排除するという使命を忘れてしまっては元も子もないのだ。

 そして、これが一番の理由だが、転生してしまうとどの異次元世界に生れ落ちるか全く分からない。確実にマギカへと移転するためには、死亡したと見せかけて、魂を意図的に移動させるしかないのだ。


 魂だけを移動させるというオカルトチックなことを仕出かそうとしているわけだが、特段呪文を唱えなくてはならない等、そんな制約はなかった。この夢ともうつつともつかない不可思議空間で、カムゥに続いて特定ルートをたどるだけで、マギカへの転移が完了するのだそうだ。

 更に、すでにマギカでは新しい肉体が用意されているらしい。當間が肯定すると見込んでいたとしか思えない用意周到さ。詐欺の被害に遭った気分になったが、當間は大きく首を振る。カムゥが飛び跳ねるように不可思議空間を移動する間、一切振り返ることはせず、その後を追う。


 やがて、強烈な光が襲い、そこで一旦當間の意識は途切れるのであった。

次回から舞台は異世界へと移ります。

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