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断罪の咎人トーマ  作者: 橋比呂コー
Mission1 通り魔を退治せよ
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1-3 獄中生活

「では次のニュースです。A市で帰宅途中の女子高生が何者かに火をつけられ殺害されるという事件が発生。その容疑者と思われる男を川に突き落として窒息死させたとして、〇〇大学三年の當間雄介容疑者二十一歳が殺人容疑で逮捕されました。

 同市では数日前から若い女性が火をつけられて死亡するという通り魔事件が発生しており、殺害された穂村豪志三十三歳はその容疑者として捜査線上に浮上していました。また、殺害された女子高生當間茜さん十七歳は當間容疑者の妹であったとのことです。

 警察では穂村容疑者が茜さんを殺害したとみて容疑者死亡のまま書類送検。當間容疑者に関しましてはその報復として殺害に及んだとして、現在取り調べを続けております」

 連続通り魔事件の犯人に対し報復殺人を働いたとして、當間雄介の名は日本全国を駆け巡った。この事件が発生するより前、連日のように穂村の犯行はワイドショーで取り上げられていた。それゆえ、穂村の残忍性はほぼ全国民が知るところであった。

 加えて、ついに穂村の犯行動機が明らかにされなかったこともそれを助長していた。取り調べ中、當間は穂村については一切語ろうとはしなかった。快楽で殺人を繰り返していたなんて知れたら社会的混乱は計り知れない。そんな大義名分で話さなかったのではなく、単に妹が殺された理由を納得したくなかったからである。


 未曾有の凶悪犯を殺害したのだ。一部では當間の行動を英雄視する声もあった。情状酌量の余地のない相手を始末したとして、彼の逮捕はあり得ないという極論まで飛び出す始末だ。

 だが、報復とはいえ、殺人という罪を犯したことには変わらない。當間当人も、逮捕以降しばらく塞ぎこみ、必要最低限の会話をするほかは他人と関わることはなかったという。


 その後の第一審で下されたのは懲役五年であった。

「妹を殺されたことによる報復という点では情状酌量の余地はある。しかし、被害者である穂村豪志を殺害するにまで至ったのは正当防衛の範囲を大きく逸脱していると認めざるを得ず、それ相応の罪を適用するのが妥当である」

 それとともに裁判長から与えられた判決を、當間は無言で受け入れた。弁護士は控訴を申し出たのだが、當間の方からそれを辞退し、結果懲役刑が確定したのであった。


 あの事件が発生してから七年。執行猶予を経た後、當間は懲役生活を甘んじることとなった。日中は監視員が目を光らせる中、工場での単純労働。それが終わると簡易便所と敷布団しかない粗末な監獄で寝るだけの毎日だ。

 受刑者の間で、凶悪殺人犯を殺した男として、當間は有名になっていた。だが、過度の馴れ合いを避ける當間の態度は軟化しておらず、結局は孤立していった。

 「凶悪犯を倒した英雄なんて気取ってんじゃねえ」と罵倒されたこともあったが、當間としてはそうしてもらった方が気は楽であった。


 自分は英雄になりたかったわけではない。ただ、妹を助けたかっただけだ。それが妹を救えなかったばかりか、犯罪者という烙印を押される始末だ。

 自分がいくらなじられようとそれは構わない。人として誤った行為をしたのだから、当然の報いだ。

 しかし、どうしても許せないことがある。それは妹の命を守れなかったこと。


 妹の明確な死を起爆剤にして、ようやく穂村へ反撃することができた。でも、本当ならそれより前の段階で止めに入ることもできたはずなのだ。どうしてそれができなかったのか。


 そんな苦悶に苛まれつつも、當間は黙々と課せられた仕事をこなしていった。この日も変わりなく労働を終え、差し出された簡素な食事を口にする。味のついていないパンに冷めたスープ。機械的にパンを頬張り、スープで流し込もうとスプーンを手に取る。

 その途端、右手に痛みが走りスプーンを落としてしまう。その手のひらには赤く膨れ上がった傷が生じていた。


 夢中になって火の中に手をくべてしまったせいか、當間の両手のひらには醜い火傷の跡があった。医者によると、皮膚移植をしない限り完治は無理とのことだったが、囚人である彼にそれだけの資金が用意できるはずがなかった。日常生活を送る上では不自由しないが、たまに痛みがぶり返すことがある。その度に妹のあの悲鳴がフラッシュバックし、當間はうなだれるのであった。


 今回も例に漏れず罪悪感に苛まれ、貴重な食事も喉を通らなくなってしまう。パンとスープをそれぞれ半分ほど残し、當間は壁にもたれかかった。そうして目を閉じていると、日中の労働の疲れもあってか、自然に深い眠りへとおちていくのであった。


 頭がぼんやりとしているが、気が付いた時には摩訶不思議な空間にいた。周囲の風景は明らかに牢獄ではない。前後左右が闇に覆われているのだ。更に、地に足がついている感覚がない。無重力空間を遊泳しているというべきか。

「ここは、どこだ」

 當間の第一声は納得のいくものであった。豚箱から一気に宇宙に移動しているなど、魔法でも使わないと不可能だ。そうでないとすれば、考えられうる可能性はこれしかない。


 非常にベタな方法ではあるが、當間は自身の頬をつねる。これで痛かったらどうしてやろうかと思っていたのだが、

「痛くない」

 いくらつねっても感覚がないのだ。つまりは夢の中ということである。


 それにしてはやけに意識がはっきりとしている。そもそも、夢の中で夢だと自覚できる時点で異常ではあるのだが。自身の置かれている状況が全く把握できずに頭を抱える。

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