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断罪の咎人トーマ  作者: 橋比呂コー
Mission1 通り魔を退治せよ
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1-1 連続殺人犯

 きっかけは一通のメールだった。それがもとで、當間とうま雄介は寒空の中駆りだされていた。差出人は當間茜。彼の四歳年下の妹である。


「塾で帰りが遅くなったから迎えに来て」

 そんな他愛のない内容であった。ここ最近、市内で通り魔事件が多発しているという。しかも、被害者は若い女性ばかりらしい。十七歳の高校二年である茜は十分その標的になりえた。学校側からも、夜道の一人歩きは控えるようになんて通達が来ているのだろう。

 最寄駅から自宅までは少し距離があるとはいえ、大通りを辿ればさほど心配はあるまい。危惧すべきは人通りの少ない河川敷沿いではあるが、裏を返せばそこさえ抜ければ不安要素は皆無というわけだ。


 日が落ちるのが早くなるにつれ、身震いするような外気にさらされることになる。念のため羽織ってきた黒のコートが殊の外役に立っている。用心するに越したことはないが、過剰反応しすぎだ。さっさと迎えに行って早々に温まろう。そう心に決め、速足で駅へと向かう。


 いくら凶悪犯罪が多発しているとはいえ、よもや自分たちがその被害に遭うわけがない。そんな他山の石思考の者がほとんどであろう。當間もまたその一人であった。

 反面、そんな甘い考えが瓦解するのもまた容易いことではあった。


 最寄り駅に到着したものの、どこにも茜の姿はない。周辺施設をうろついてみたが、結局彼女を発見するには至らなかった。それでも見落としているかもしれないと思い、當間は茜へと電話をかけてみる。

 しかし、いくらコール音を響かせてみても、茜が応答することはなかった。もしや、途中で入れ違いになったか。徒労に終わりそうだと嘆きつつ、當間は元来た道を引き返す。


 そして、例の河川敷に差し掛かった時であった。なにやら河原の方から喧騒が聞こえる。男女が言い争いをしているようだ。

 このような修羅場には無為に介入しない方が得策ではあるが、當間はどうしてもこの二人のいざこざを見過ごすことができなかった。

 なにせ、その女性は當間があまりにも聞き慣れた声を発していたからだ。


 ゆっくりと河原へ続く階段を下りていく。街灯の光が行き届いていないせいか、二人の姿ははっきりと視認できない。それでも、河原に到達する直前ぐらいで、ようやくその姿を捉えることができた。

 それとともに、當間は息を呑むことになる。制服姿で長い黒髪の少女。他人の空似とも思いたかったが、よく人形に形容されるその顔立ちは見間違えるはずもなかった。

 當間の妹である茜が屈強な男に胸倉をつかまれていたのである。


 男の方は角刈りで厚手のジャケットとスラックスを着用していた。これで背広だったらヤクザかと思われる風貌であった。左目の下に走る切り傷がその強面を更に際立たせている。


「いい加減に離してください」

 茜はその男穂村から逃れようと身をよじるが、穂村は下卑た笑い声を発するだけで一向に放す気配はない。

「なあお嬢ちゃん。これは何だと思う」

 始終喚いていた茜であるが、穂村が懐より取り出した物を目の当たりにし絶句した。


 それは、刃渡り五センチほどのサバイバルナイフであった。


 當間と茜、二人の共通認識として、近頃話題の通り魔の手口が脳裏を駆け巡った。夕暮れ時から夜中にかけて人通りの少ない場所を歩く女性を狙う。その犯行は残虐で、まずはナイフでめった刺しにする。

「や、やめてください」

 消え入りそうな声で懇願する茜であるが、穂村は構わずゆっくりと制服の上着を切り開いていく。一枚、また一枚と開帳していくたびに、下着に包まれた胸が顕わになる。羞恥と恐怖がないまぜになった甘い吐息を漏らし、茜は顔をそむける。

 當間は震えながらも携帯電話に手を伸ばす。早く警察を呼ばなくては。しかし、すぐそばに存在する理不尽な暴力を前に、指先がこわばってしまっている。たった三つの番号を押すことさえままならないのだ。

 それに、物音を立てて感づかれたら一巻の終わりだ。内心では、すぐにでも穂村を突き飛ばして茜を解放してやりたい。だが、蛇に睨まれた蛙のごとく、當間は身を縮めることしかできなかった。


 ひときわ大きく轟く絶叫。すぐそばでこの世の条理を大きく逸脱した行為が展開していることが信じられず、當間は目を背ける。

 胸の谷間を抉るかのように突き刺した一撃。それを引き抜くと、穂村は腕、足、首筋と至る部位を滅多刺しにしていく。それも、あえて浅く切り刻むのに留めておく。死には直結しないが、全身からあふれ出す自らの鮮血を前に狂い悶えるのは必至であった。


「もう、やだ……」

 消えりそうな声で崩れ落ちる茜。それを無理やり立たせ、穂村は執拗にナイフを振るう。これが彼の常套手段であった。恐怖と激痛を全身に刻み、抵抗する意思を奪う。そう簡単に絶命させたりはしない。絶望にのたうちまわるその様こそ、穂村にとって最高の美酒であるのだから。

 弾き飛ばされ、痙攣しながら横たわる。そんな無残な妹の姿を前に、當間は傍の雑草を執拗に握りしめていた。いとも簡単に引き抜いてしまうが、なおも放すことを辞さない。


 當間はもどかしかった。残虐非道な振る舞いを目撃しても介入できない理由。それが分かりきっていたからだ。


 力だ。理不尽なまでの暴力に抗する力。當間にはそれが決定的に足りない。だからこそ萎縮してしまう。今の當間には八つ当たりするがごとく雑草を引きちぎるしかなかった。


 そんな愚かな弱者を嘲笑う死神は、ついに最後の攻勢に出る。胸元から取り出したのはライターであった。たばこに火をつけるかのような軽い感覚でそれを着火する。そして、そのまま茜の制服へと引火させたのだ。

「熱い、熱いよ」

 炎はゆっくりと茜の制服を浸食していく。ばたつき、炎を消そうとするが、先にナイフで抉られた傷がその動作を阻害する。自らの身が炎に包まれる様をただ眺めるしかできなかった。

 市内で話題になっている通り魔事件。その残忍性を際立たせているのがこの手口であった。半殺しの被害者に火をつけて息の根をとめるというまさに鬼畜な所業。


「ハハハ、燃えろ、燃えろ」

 全身に火が回りのたうつ茜を眼下に、穂村は高らかに笑い声をあげる。激痛に侵され、身動きすることもままならない彼女は、ひたすらに命を削る猛火に耐え忍ぶしかない。

 躊躇なくこんなことを仕出かすなんて、まさに人の皮を被った悪魔であった。手の中で粉々になった雑草がはらはらと舞い落ちる。


 痛い、苦しい、熱い。あらん限りに苦痛を表し転がりまわる茜。そのうちふと発した一言が當間の心に火をつけた。


「助けて、お兄ちゃん」


 茜の位置からは當間は確認できていないはず。当然、穂村も苦し紛れの一言としか思っていなかった。

 だが、當間だけは違った。ダイレクトに自分が助けを求められた。音を立てるのもいとわず河原に降り立ち、小石を蹴散らしながら走る。もはや當間に迷いなどなかった。むしろ、それを払拭するがごとく大声を張り上げている。


 穂村にとって第三者である當間が介在してくることは想定外であった。怯んだ彼はサバイバルナイフを取りこぼしそうになる。それでも、口封じのためにまとめて始末すれば問題はない。改めてナイフを握りなおすが、當間の行動に唖然とするのだった。

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