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恋の大漁祭!

作者: 紫陽花

 卒業式


 クラスメートのすすり泣く声が聞こえる。

 みんなそれぞれの思い出が脳裏をよぎっているのだろう。


 そしてそれは校歌を歌うところで最高潮に達した。

 目から大粒の涙を流しながら泣く子、泣きながらも必死に歌っている子、すでに何を言っているのか分からない子、これもまた、みんなそれぞれである。


 私たちの卒業式は近年では例を見ないほどの感動的なものだったらしい。

 もちろん私も目頭が熱くなる場面が何度もあったが、この先のことを考えると、とても泣いてなどいられなかった。


 卒業式が終わり在校生の間をみんなが思い思いの顔で通り抜けていくなか、きっと私の顔だけ緊張して強張っていたに違いない。


 教室に戻り、担任の長い話が始まる前に昨晩、三時間かけて仕上げた『話があります。このあと裏庭まで来てください。』と書いてある手紙を隣の席の千秋君に誰にも見つからないようにそっと渡した。


 多分この瞬間の事は私と千秋君しか知らないこと、何だか二人だけの秘密を作ってしまったような気がして嬉しかった。


 もうこの後のことはほとんど覚えていない。


 担任の長い話の内容も、自分がどうやって裏庭に来たかも思い出そうとしても断片的な記憶しかない。


 裏庭は日が当たらないせいか少し寒くて薄暗かったが、人の姿は無く、告白には絶好の場所だった。


 十五分は過ぎただろうか、千秋君はまだ来ない。


 もしかしたら私が三年間、抱き続けたこの想いは伝えることがないまま終わりを告げてしまうのではないのだろうか、そんな考えが頭に浮かぶ。


 これが私の運命なのかもしれない、仕方のないことだ、きっと最初から決まっていたことなのだ、そんな言い訳をしながら終わるのは嫌だった。


 確かに千秋君と私では釣り合わないかもしれない。

 千秋君は陸上部のエースで背丈も高く、屋外のスポーツをしているわりには色白で、顔もパッチリとした目と鼻筋が綺麗に通っているのが印象的なかなりの美形で狙っている女子も多いと聞く。


 今でも思う、どうしてこんなに競争率の高い、高嶺の花的存在の千秋君を好きになってしまったのかと…… でも後悔はしていない、自分勝手だが悪いのは私ではなく、それだけ魅力的な千秋君がいけないのだ、そう思うことにしている。


 少し弱気なことを言っているが、自信がないわけではない、私は千秋君との接点をもつために陸上部のマネージャーになり、そのなかで一生懸命アピールしてきたつもりだ。

 そこら辺の女子よりは遙かにそして確実に成功確率は高いと思う。


 私は両頬を赤くなるほどの強さで二回叩いて気合いを入れた。


「よし!」


 そう言ってガッツポーズをとる。


「何してんのマネージャー?」

 どっぷりと妄想の世界に浸っていたとはいえ、後ろから近づいてくる人の気配に全く気づいていなかった私は、突然のことに吃驚して

「キャッ」

と有られもない声をあげてしまう。

 後ろを振り向くと千秋君のちょっと冷たい軽蔑した目が私を見ていた。


「な、なによ…私がガッツポーズをとったらいけないの? それに私にはマネージャーじゃなくて千春っていうちゃんとした名前があるんだから」


なんて可愛くない言い方…自分が嫌になる。


「別にそんなことはないけど、面白いなって思っただけです。マネージャーさん」


「意地悪」


「ごめん、ごめん」


 本当にいけずな奴だ。 でも、こういうところもすべて含めて好きなのだからたちが悪い。

 ごめんと言われただけで全てを許してしまう。

 恋愛というのは惚れた方が負けだと言うが、まったくその通りだ。


 しかし、こんな馬鹿話をしていられるのも今だけかもしれない、ふと今日寝る時に嬉しさと哀しさ、どちらで枕を濡らす事になるのだろうか考えた。


「で、話って何?」


 ここからが本番だ。


「えっと、あの〜なんていうか……」


 なんと歯切れが悪いことか、ここまで来て告白しないとでも言うかのようだ。


「だから、その〜つまり……」

 たった一言いうだけなのに、どうしても出てこない。


 その一言を言ってしまえばもう二度と千秋君と馬鹿話が出来なくなってしまうかもしれない、そう考えるだけで、とても怖くて哀しかった。


 私があなたに届けたい言葉はたくさんあるのに伝えたい想いは一つだけ……

「あなたのことが大好きです。」

 そうそれだけなのに……………??


 今のは誰が言った? 私?  いや違う。


 そのくらい今の私にだって分かる。

 周りを隅々までしっかりと見渡す。


 薄暗くて少し寒い裏庭には私と千秋君の二人だけ、なぜか色白のはずの千秋君の顔は茹で蛸みたいに真っ赤である。

 少し可愛い千秋君、初めて見る顔だった。


 でも千秋君の瞳は、私の瞳を見据えていて離さない。


 あまりにも真剣に見つめてくるので、恥ずかしさに耐えきれずに目をそらしてしまった。

 少し惜しいことしたと後悔する。


「もう一度言う、あなたのことが大好きです。」


「えっ」


 驚く私、千秋君が私を好き? そんなまさか、自惚れにもほどがある。


「いや違うな……千春のことが大好きだ。 俺と付き合ってくれ」


 もしかして夢をみているのかもしれない。


 でも、先ほど叩いた両頬はヒリヒリとまだ痛む……やっと夢じゃないことに気づいた。


 千秋君が私のことを好きなのだ。


 頭で理解するよりも早く体が反応していた。

 嬉しさのあまり目から雫が落ちる。

 私はその場に泣き崩れた。


「えっ!なんで泣くんだよ! ひどいこと言ったか俺?」


 こんなに慌てる千秋君、はじめてみた。


「う、ううん 違うの…お願いもう一度言って」


「うそ!四回目かよ!!」


 こんなに困る千秋君、はじめてみた。


「お願い、ねっ!」


「仕方ないな、よく聞いとけよ!」


 こんなに渋る千秋君、はじめてみた。


「山下千秋は河上千春のことが大好きです。」


「河上千春も山下千秋のことが大好きです。」


 周りから見ればだだのバカップルだろう。

 だけどそれでも構わない、千秋と一緒なら、なんにだってなれる。

 そんな気がする。



 今日は私の知らない千秋をたくさん見ることができた。


これからはずっと千秋を隣で見ていきたい。

 心からそう思う。



そういえば、どうやら枕は嬉しさで濡らすことになるらしい。










        おわり

読んで下さった方々ありがとうございます。評価、感想など何でも良いので待ってます。

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[一言]  恋愛物の王道―――と言ってしまうのは酷でしょうが、この王道はやっぱり王道と呼ばれるだけあって、むずがゆい感情を呼び起こしてくれる物語ですね。告白という題材を使って書かれた今回の物語は、この…
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