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再会した者

夜中の弟の部屋。

家族が寝静まった家の電気は全て消されていた。

弟の部屋も月明かりしか頼れる光はない。

黒髪の弟は珍しく目を開いて、長い前髪をおろしたまま窓の外を眺めていた。

その隣には壁に凭れ、横顔を黙って見上げる吸血鬼(ドラキュラ)さん。

片膝をたてた上に肘を乗せている。

「吸血鬼ってさ、みんな美人さんばかりなの?」

「私には美しいのかどうかはわからない。

ただ、人間が我々の容姿を見て、声を聴いて、雰囲気に当たれば、我々に惹かれるようにはなっている。“一目惚れ”と同じ原理だ。」

「じゃ、俺には意味ないね。見えないもん。」

頭の上のコウモリを人差し指で撫でながらヘラヘラとした笑みを浮かべる。

まるで仲間外れにされて嬉しがるひねくれ者のように。

自分は関係ない、と高らかに笑うように。

指先に乗せたコウモリに鼻先を当て合う弟の表情に歪みはない。

「…私もそう思う。」

「何がー?」

「独り言だ。」

此方に顔を向ける弟の横腹にトンと頭を寄せ、心地よい心音を耳に、スッと目を閉じた。




枯草色の髪が人々をすり抜ける。

肩の辺りで緩く結んだ真っ直ぐな髪は、緩やかに流れる川のように腰まで伸ばしている。

靴紐をキツく絞めたスニーカーが一歩進む度に、その髪が日光を浴びてサラサラとまるで金糸のように光る。

肌は泉の水のように透き通り、一瞬でも目を離せば消えてしまいそうなほど。

決意を秘めた凛々しい顔にはまだ年相応のあどけなさが残っている。

襟のある七分丈の服の胸ポケットに、お守りとして渡されたネクタイピンが刺してある。

胸には女性特有の膨らみがあり、胸を張って歩いているから余計強調される。

色々な物を詰め込んだ大きな旅行鞄を片手で運び、ズンズンと早足で人を避けることなく前進あるのみ。

人混みの中でもスピードを緩めない。

そんなことが出来ないと思われるが、彼女は人にも電柱にも全くぶつからない。

人にぶつかる瞬間、彼女の体が何もしていないのにヌゥと人の体を通り抜ける。

前方からやって来たサラリーマンの胸の中に彼女の頭が入り、一秒も経たない内にサラリーマンの背中に移動している。

全身もそれと同様で、最後に足がサラリーマンの踵を抜ける。

そして二人の距離が広がっていく。

サラリーマンは気づいていない。

体を通り抜けられたことも、彼女の容姿も、彼女の存在さえも。

他の人達もそうだ。

彼女がそこにいたということを知らない。

いや、わからない。


彼女はやけに長いアスファルトの坂道を歩いていた。

目的地まで、後少し。

「よいしょ。」

鞄を持つ手が痺れてきたのか、反対の手に持ち替える。

何気ない掛け声。

すれ違った女の子が声に反応して振り返るが、そこには誰もいない。

「…幻聴?あ、ヤバい系だ。急がなきゃ!」

空耳だと思うことにした。

ケータイを確認した女の子は顔を引き吊らせ、慌てて待ち合わせ場所を目指した。

一方、彼女は黙々と着実に坂道を上る。

長時間歩きっぱなしだが疲れた顔を見せない。

今日は日照りが強い。

彼女の足元に注目すると、人間なら必ずある筈のが“影”が無かった。

何処を探しても見当たらない。

それもそのはず。

彼女の正体は“透明人間”。

誰にも気づかれない、孤独な存在。

何も触れないし、声しか聞き取ってもらえない。

人々はそう認識しているが、実際は違う。

ある方法をすれば触れるようになるし、姿を認識してもらえる。

しかし、これが意外と難しい。

経験者が断言する。

俯いて歩く人間が多い地域なら尚更困難。

けれど、彼女はそれを成功させた。

だから今、この人間界にいる。

長い坂道を上りきると、場所が見えてくる。

後もう一踏ん張り。

「いるといいな。」

逸る気持ちを抑え、目的地である小さな公園を目指した。


―――


今日も一人、弟は公園にいた。

家を出る前に母に手渡された折り畳み式の日傘をさして、何時ものようにぼーっとしている。

「ねぇねぇ鷲見お兄ちゃん。」

「どうしたの?」

小学生の子供達が話し掛けてた。

たまに顔見知りの子供達がこうやって喋りかけてくれる。

勿論、苦手な不良君がいない時限定だが。

今日はバイトがあるのか不良君は公園にいない。

だから安心して弟に近づけた。

弟も声だけで子供の名前がわかるくらいには親しい。

しょっちゅうこの公園にいるのと、ご近所の噂などで、弟は意外と有名だったりする。

それに加え、二ヶ月くらい前から吸血鬼(ドラキュラ)さんと一緒にいる姿を度々目撃されている。

美人な吸血鬼さんはご近所の女性に人気があるが、高嶺の華なのかそっと見守られるだけ。

しかも、あの不良君と親しげにしているから、色々と噂は絶えない。

だが、当の本人は興味ないのか、相変わらずのほほんとしている。

子供の一人が弟の手を引っ張る。

「一緒にセミ取りしよーぜ。またあの技やって見せて。」

「えー、どうしよっかなぁ。」

わざと考える仕種をする。

腕を組んで『うーん』と唸る。

子供達は弟を取り囲んでお願いし始めた。

中には弟の服を引っ張ったり、膝を叩いたりする子もいる。

「いーじゃんいーじゃん。」

「頼むよー。」

「あれやれるの鷲見兄ちゃんだけなんだよ!」

子供達の熱意に負けた風に『ハァー』とわざとらしい溜め息を吐いて、帽子を被り直した。

人差し指だけを立てて、皆を見回すように顔を動かす。

此処にいる全員、弟が盲目なのを知っている。

ドキドキしながら見詰める期待を含んだ瞳。

ニッと歯を見せた弟に、子供達の顔がパッと明るいものになった。

「仕方ないなー。後でちゃんと逃してあげるんだよ?約束。」

「やった!」

「大収穫するぞー!」

「君達は本当に元気だなぁ。俺はもう歳だから羨ましいよ。」

「鷲見兄ちゃん何言ってんだよ。まだ二十歳前だろ。」

「あたしのパパよりも若いじゃない。しっかりしてよね。」

「アハハハ!それもそうか。そりゃ失礼しました。

んじゃ、始めますか。」

ケラケラと楽しそうに笑う弟を見て、自然と子供達も笑顔になる。

ポンポンとベンチを叩いて愛用の白い杖を探すと、一番大人しい女の子が手渡してくれた。

その子の頭にポンと手を置き『ありがとう』とお礼を言えば、はにかみながらも嬉しそうに頷いた。

急かす周りを宥めながら立ち上がり、肩掛け鞄がずり落ちないよう親指で掛け直す。

杖を持たない左手を三人に引っ張られ、背中を二人に押されながら公園の端に導かれる。

そこには木が立ち並ぶ数少ない日陰。

ミーンミンミン

頭上から蝉の大合唱。

弟の日傘を使う小さな女の子が『あ!』と指差す先にはアブラゼミ。

すかさず男の子が虫取網片手に駆け出した。

一番大柄な男の子が弟を見上げる。

「鷲見お兄ちゃん、何処にいる?」

「暫しお待ちを。」

スッと空を仰ぎ、じっと耳を澄ます。

神経を耳に集中させ、次の瞬間、ビシッとある方向を指差した。

「あっちの木にアブラゼミ二匹。その隣の木にはミンミンゼミ一匹。」

「よっしゃ行くぞ!」

「向こうにアブラゼミ三匹。一匹は高い所にいるから気をつけて。」

「わかった!」

次々と蝉の居場所を指示し、子供達が走り回る。

種類や何匹いるかまで言い当てる。

実際に弟が言った木に蝉がいて、数もちゃんと当たっている。

高さまでわかってしまうから子供達は興奮する。

日傘を使う女の子はずっと弟の隣でセミを捕まえる光景を眺める。

虫籠に集まるセミに男の子も女の子も目をキラキラ輝かせた。

「兄ちゃんもっと!」

「んー、あっちの電柱に二匹並んでいるよ。車に気をつけて取りに行きな。」

「あいよー!行くぜ!」

「待てよ!」

駆け出す男の子を筆頭にぞろぞろとついていく子供達。

ウズウズしていた女の子も弟に日傘を返し、小走りで追いかけた。

弟の周りには満足した子と疲れてへたりこむ子が残された。

みんな汗だくでへとへとだ。

虫籠には車のサイレンよりも喧しいほど蝉が入っている。

戻って来た子供達の顔はどれも満足そうに笑っていた。


―――


子供達は最初の約束通り、虫籠の蝉を全部逃がしてやった。

一番年長の子の家に涼みに行くと言って弟と別れた。

最後に『ありがとう』と喜んでいた声に嬉しくなる。

手を振って見送ると子供達も振り返し続けた。

再びあのベンチに戻りボケーっとする。

一気に静かになった。

今日は特に日差しが強くて暑い。

空気がムワッとする。

弟の顎から汗が滴り落ちる。

タオルで拭いても止まらない。

水分補給するが、ペットボトルのお茶が温い。

冷たい飲み物が欲しくなる。

もう熱中症になりそうだ。

今日は早めに切り上げよう。

「帰ろうかな。」

杖を使って立ち上がり、そう呟いた時だった。

ザッ

砂を踏む音がした。

そこには先日、丁度此処で出会った透明人間さんが立っていた。

両手には大きな旅行鞄。

しかし、弟は誰だか気づいていない。

「不良君、じゃないね。足音が違う。」

先程の蝉の居場所を当てるように断言する弟。

ドサッ

透明人間さんは荷物を地面に置き、スッと両手で弟の手をとる。

その目は真剣そのもの。

ギュッと握る力がこもる。

体温や肌の感触でやっと誰だか気づいた。

あの日、突然いなくなった人。

「もしかして透明人間さん?」

「そうだ。あの時は黙って帰ってすまなかった。準備とかで色々と慌てていたの。」

「忙しかったならしょうがないよ。気にしないで。

けど、無事で何よりだ。元気だった?」

「お陰様で。君も変わらないな。」

深く問い詰めず、心配したことだけを話す弟に透明人間さんは顔を綻ばせた。

あの日、不良君は弟に『あの女は帰った』とだけ伝えた。

別れ際に透明人間さんが流した涙や、ぐちゃぐちゃの笑顔は一切触れずに。

だから、弟は何も知らない。

だから、何も聞かない。

あの子が言いたくないのなら尚更。

無理強いする理由(ヒツヨウ)はない。

ズイ

手を包んだまま体を近付ける透明人間さん。

真面目な顔に戻っている。

化粧一つしていない唇が若干早口になる。

焦っているのか、追い詰められているのか、雰囲気で透明人間さんが切羽詰まっているのだけはわかった。

杖を持った手で頬に触れる。

透明人間さんは切り出した。

「暫くの間、君の家に居候させてほしい。

私は人間界を色々知りたくて、君達以外の友達も沢山つくりたくて、再び人間界に訪れた。

一通り満足したらちゃんと家に帰る。迷惑はかけない。私達透明人間の食事は空気だから食費はかからない。私に出来ることは何でもする。頼れるのは君と、あの厳つい顔の青年しかいないんだ。頼む!」

ガバッ!

弟の手を離し、膝に手をつき深々と腰を折る。

目は固く閉じられ透明人間さんの決意が計れる。

突然離れた顔に驚いた弟は、近くにいるはずの存在を手探りで探す。

頭を下げている透明人間さんはそれに気づいていない。

唇をキュッと結び返事を待つ。

いなくなってしまったのかと一人不安にかられる。

こういう事態が弟は一番恐い。

最初から一人なら構わないのだが、何も言わずにいなくなられると酷く心配してしまう。

見えないから余計に。

キョロキョロと左右に首を振り、じっと耳を澄ます。

が、風の音や車が走るエンジン音など、大きめなモノしか耳に入らない。

人が呼吸する微かなモノが聞こえない。

堪えきれなくなって名前を呼んだ。

その声は僅かに震えていた。

「透明人間さん、まだいる?いたら返事してくれると嬉しい。」

「あ、君はそうだったな。すまない。不安にさせてしまった。」

頭を上げた先に立つ弟が、必死に自分を探しているのにやっと気づけた。

さ迷う手を透明人間さんが取り、弟は確かめるようにギュッと握り返した。


―――


鷲見君のリビングで透明人間さんの経緯を聞いていた母は、終始優しい笑みを浮かべていた。

そして今もその柔らかい雰囲気は変わらない。

ニコッと僅かに首を傾げて、弟一人を諭す。

「ちゃんと説明しないと、家族全員の晩御飯抜きよ。この意味、“作り話”を考えられる頭があるなら…わかるわよね?」

最後に『ん?』と語尾を強めた言葉に重みを感じる。

向かいの席に座っていた弟は食事の時に使うテーブルに両手を着き、深々と頭を下げた。

「ごめんなさい。

セミ取り以降の俺の心情や言動その他もろもろは半分嘘です。透明人間さんのは最初以降はでっち上げです。本当は頼まれた後、直ぐ様『別にいいよ。父さんの許しが出れば』って言いました。調子に乗りました。

お母様本当にごめんなさい。凄く反省してますから、晩飯抜きはどうか止めて下さると大変嬉しいです。」

「次は四回目だから、本当にやるわよ。仏の顔も三度まで。」

見えない母の顔は想像出来ず、夏なのにやけに背中が寒かった。


弟と母にはルールがあった。

それが作られたのは、弟の悪い行いが原因。

光を失った弟はそれ以来、面白半分で作り話やデマカセを話して家族を困らせるようになった。

それはとても良く作られていて、家族は毎回騙された。

そこで、裏の大黒柱、鷲見家の母が名案が思いついた。

『“仏の顔も三度まで”という諺があるでしょ。それに基づいて、あなたが三回嘘をつくのを許してあげる。でも、四回目には“家族全員”食事抜きよ。勿論、私もね。』

翌日、弟は早くも四回目の嘘をつき、それは実行された。

夜遅くに帰って来た父はお茶だけで我慢した。

事情を聞いても愚痴一つ口にしなかった。

その隣で母もお茶で堪えていた。

姉は弟に状況を説明しながら、何度も何度も背中を叩いて怒った。

自分以外の人間が巻き添えになる。

しかも、仕事で疲れた父までも食事無し。

晩御飯だけはなるべく皆で食べようと心がけて、仕事が終わると自宅に直帰する父の横顔を思い出した。

腹を鳴らしながら階段を降り、リビングにいた母に謝罪した。

その時、生まれて初めて土下座をした。

しかし、その日の晩御飯は作られなかった。


そんな経験などもあり、弟の嘘を吐く回数は激減。

母は回数をしっかり記憶していて、四回目になるとその日の晩御飯を絶対作らない。

姉や父が何か買って食べることも禁止する。

でも、朝ごはんはちゃんと作るから心配は要らない。

弟は毎回直ぐに謝っているので朝ごはんを食べれるが、もし何もしなかったら朝ごはんまで無しになるかもしれない。

自分一人だけならまだ良いが、“家族全員”が無しになるという条件が負い目を抱かせる。

だが、悪い癖は簡単には直らない。

フゥと溜め息を一つ。

ゆるゆると頭を上げた弟に玄関を指差して告げる。

「お父さんには私が説明しておくわ。お客さんを待たせると失礼だから呼んで来なさい。」

「母さんありがとう。」

「次からは気を付けなさい。」

椅子から立ち上がり、右手を前に伸ばしたまま駆け足で玄関に向かう。

壁に手が当たるとそこから慎重になり、玄関に顔を出して『透明人間さん』と手招きする。


それから数分後、例の方法で透明人間さんと母が対面。

しかし、『こんにちは』と挨拶しただけで吸血鬼さんの時同様、驚いた様子は見られなかった。

逆に透明人間さんが驚愕の表情を作り、流石この子の母親、と何故か頷いていた。

母に色々と説明されている間に姉が帰宅。

勿論例の透明人間と会える方法をした。

初対面の透明人間さんに『わ、驚いた』と口に手を当てて、前の二人よりは普通の反応を見せた。

が、すぐ『肌スベスベで羨ましーな。カワイイし、モテるでしょ?』と唇を尖らせて頬に触れる姉に、やはり親子だな、と妙に納得している透明人間さんがいた。


―――


透明人間が泊まる部屋は、姉の強い希望で姉の部屋になった。

ガールズトークがしたいらしい。

明るくお喋りな姉に、積極的に雑談をしない透明人間さんはたじたじ。

何回か弟に助けを求めたが、軽くたしなめられても姉は止まらない。

興奮状態の姉は誰にも手がつけられない。

最終的に姉の部屋に引きずられるように透明人間さんは消えていった。

それから数時間、父が帰るまで恋愛話を延々と語られたらしい。

晩御飯の時は弟の隣でグッタリしていた。

透明人間さんは食事を断ったのだが、母が『晩御飯はなるべく皆で食べる。この家の数少ないルールですから』と微笑むので何も言えなくなった。

震える唇を噛み、弟の背中で顔を隠す。

今まで溜め込んでいた不安が溢れたように瞳に溢れ、悟った弟は何もしなかった。

帰宅した父は説明を受け、食卓で『今日は疲れただろう。ゆっくりするといい』とだけ。

目尻に皺を寄せた父に言葉が出ず、席を立ち頭を下げた。

その日の晩御飯の味はきっと忘れない。


風呂上がりの透明人間さんは弟の部屋にいた。

入れ替わりで今は姉が湯船に浸かっている。

ベッドに促されるままに腰掛け、長い髪をタオルで丁寧に水滴を吸い取る姿は色っぽい。

上気した頬に無防備なパジャマ。

充分な目の保養になるのだが、惜しいことに弟は拝めない。

残念。

そんな弟は本棚から取り出した点字の本を、爪が必要以上に伸びた指先で黙読している。

それに気づいた透明人間さん。

爪切りがないか弟の机の上を確認するが特に見当たらない。

部屋を見渡すが目的の物は視界に映らない。

仕方ないので下にいた母に聞こうと腰を上げる。

バサッ

開いた窓から聞こえた、翼が羽ばたく音。

大型の生き物が持つ小鳥とは違う大きいモノに、聞き覚えがあった。

自分の世界で数え切れないほど耳にした、最も気にくわない種族と言っても過言ではない者のモノ。

急いで窓を閉めようと振り返った先は、黒。

屋根の上で大量のコウモリが羽ばたき、中央には林檎のように赤い色をした瞳の吸血鬼(ドラキュラ)さんが佇んでいた。

本日のポンチョのカラーは桃色です。

ジト目で見詰められ、吸血鬼さんの薄い唇が開く前に、考えるよりも先に動いた。

ピッシャアアンッッ!!

突然の音に肩を震わせた弟の前でガチャ、と窓の鍵まで閉める。

「ハァ、ハァ、」

走っていないのに息が乱れ、ドッと嫌な汗が噴き出す。

シャッとカーテンを閉めた透明人間さんに恐る恐る声をかけた。

「透明人間さん、何かあった?」

「…いや、烏が入ってしまいそうだったから慌ててしまった。驚かせてしまった、すまない。」

「そうだったんだ。

それにしても、もうそろそろ来ても可笑しくないんだけどなー。」

「?」

パタン、と読んでいた本を机に置き、透明人間さんの隣に膝をつく。

ギシとベッドが軋む。

窓のカーテンを開けようとする弟にドキッと心臓が跳ねた。

バササ

「あ、来た来た。」

危険を止めるよりも先に向こう側のコウモリの羽音に気づいた。

嬉しそうな声に疑問が浮かぶが、取り敢えず抱き着いて阻止する。

「駄目だ!危ないからやめろ!」

「え、何が危ないの?友達が訪問しに来ただけだよ。

あー、大丈夫大丈夫。透明人間さんの血は飲まないように注意しとくから。」

何を勘違いしたのか、腰に抱き着く透明人間さんの頭をポンポンと叩いて宥める。

その言葉がスッと上手く飲み込めずポカンとしている隙に、カチャと窓の鍵が下ろされた。

ザァッ

片手で開いた僅かな隙間からコウモリが侵入する。

黒色に囲まれる弟を間近で見上げるしか出来なかった。

瞳孔が開いた瞳が動けるようになったのは、コウモリの主が部屋に踏み込んだ時。

癖のある髪を靡かせながら優雅な足取りで窓から堂々と入る。

我が物顔の吸血鬼さんに精一杯の虚勢を張ろうと、弟から離れ、怒鳴り付ける為に口を大きく広げる。

横目で透明人間さんを見据える吸血鬼さん。

瞳にはちょっとだけ怒りが含まれている。

緊迫した空間。

だが、場違いな明るい声がぶち壊した。

「ハハッ!君達くすぐったいよ。」

阿呆面のような顔で声がした方を向くと、弟がコウモリと戯れていた。

楽しみに笑う弟の周りには敵意や戦意の欠片もない、吸血鬼の(シモベ)にしては珍しい大人しい性格のコウモリだけ。

まるで挨拶をするように体を擦り付けたり、キィキィと鳴いている。

信じられない光景だった。

人間を“食料”としか考えていない吸血鬼にはあり得ない。

取り巻きのコウモリならターゲットが逃げないように、周りを取り囲み体の端に噛み付いたりするはず。

それか羽や体を使って体当たりしたりして弱めるくらいはする。

なのに、全くそれをする気配が伺えない。

友好的にしか見えない。

「嘘だ。」

目の前に広がる光景への驚愕と、記憶の間違いかもしれないという不安が言葉に現れた。

混乱する脳内、ケラケラと笑う弟、それを見守るような眼差しを浮かべる吸血鬼さん。

何もかも、わからない。

弟に青白い手を伸ばす吸血鬼さんに枕を思いっきり投げつけた。

避けることはせず、片手でいとも簡単に払い落とす。

睨む視線に負けじと睨み返す。

「私の友人に触れるな!お前ら吸血鬼は人間に害しか与えない!高等な種族とか何かは知らないが、手を出せば許さないぞ!」

「透明人間さん、落ち着いて。吸血鬼さんは、わぶ。」

訂正しようと弟が近づくも吸血鬼さんが背中に隠し、話を遮ってしまう。

ポンチョの感触にこれが誰のかは気づいたが、先に吸血鬼さんが喋る。

「私がどの人間と関わろうと君には関係ない。違うか?」

「っ!だが、」

「確かに、コイツには情けで血を与えてもらっている。“同意”を踏まえての行為に、君はまだ口を挟むか?」

グイッ

隠していた弟を自分の前に出し、長袖のパジャマのボタンを外す。

現状がよくわからず、?を頭に沢山浮かべる。

抵抗する理由もなくされるがまま。

しかし、透明人間さんには吸血鬼さんの行動の意味がわかっていた。

はだけさせられた弟の左肩と二の腕の間の曲線に赤い穴が四つ。

上顎と下顎の犬歯が食い込まれた痕で、二ヶ月近く経っているのに中々塞がらない。

触ってみると少し凹んで、穴が空いているのがわかる。

「…っ。」

悔しそうに目を伏せた。

ギリギリと力強く拳を握り締める。

吸血鬼につけられた痕はいわばマーキングのようなもの。

言い換えれば、“これは私の物だから私以外は手を出すな”という印。

こうすれば物好き以外は大抵の者が諦めるし、独占できる。

他にも色々あるが、それはまた今度。

ベロンと傷痕の上を長い舌で見せ付けるように舐めた。

「んっ。」

まだ慣れない感触に掴んでいたポンチョをキュと握った。

声が漏れぬよう奥歯を噛みしめ耐える。

ペタペタと何かを探す手に一旦止め、そっと顔を包む弟を下から仰ぐ。

仕返しと言わんばかりか冷たい頬をムニーと左右に引っ張り、コツンと軽く頭突きをした。

ペチペチと頭を叩くが全然痛くない。

「もう、お腹すいてるの?それなら言ってくれなきゃ、ビックリしたじゃん。バカバカ。」

「腹は何時でも空いている。だが、食事は明日だ。明日で一ヶ月になる。」

ムスッと頬を膨らませて怒る弟の質問に、吸血鬼さんは正直に答える。

ブチブチ並べる文句を流しながら衣服を整えてやる。

結局、血は一滴も吸わなかった。

本当に明日まで我慢するのだろう。

グシャリと長い髪を無造作に掴み自分の顔を隠す。

悔しかった。

敗北を味わったような感覚。

ムカつく。

この単語が頭を占める。

「私は謝らないぞ。悪いのはお前ら吸血鬼だ。」

「勝手にしろ。」

静かに部屋を去ろうとする透明人間さんを、空気が読めていない弟が引き留めた。

振り返ると吸血鬼さんのの頭をバシバシ叩く弟の姿。

「そうそう。

透明人間さん、この吸血鬼さんは口は悪いし、よく俺のことを叩くけど、俺の“友達”なんだ。無愛想なだけで悪い奴じゃないよ。気にくわないことがあれば遠慮なく叩くといい。スッキリするから。」

「オイ。」

パコーン

吸血鬼さんの髪をボサボサにさせる弟の額を平手打ち。

至近距離なので威力も何時もの倍だ。

背中から倒れそうになるが、腰に添えられるように回されていた腕が支える。

二者のやり取りを面白がるようにコウモリが周りを飛び交う。

ジンジン痛む額を手で抑える弟の後ろで、透明人間さんがポツリと呟いた。

「…考えておく。ありがとう。

おやすみ。」

「おやすみ、透明人間さん。」

聞き取りにくい小さなモノだったのに、弟の耳にはちゃんと届いた。



「透明人間さんと知り合いだった?仲が悪かったらごめんね。」

「いや、初対面だ。彼女が私を嫌うのは、私が“吸血鬼”だからだ。私と彼女が生まれた世界では、吸血鬼の存在を嫌う者が少なくない。

お前が謝る必要はない。」

弟から体を離そうとする。

今、きっと酷い顔だ。

見えないけれど、見られたくない。

しかし、弟は離れなかった。

両手で吸血鬼さんの髪をワシャワシャと乱暴に撫でる。

目を開けても見えないけれど、顔を覗き込むように見下ろす。

姉にする慰め方。

ただ黙って髪をボサボサにさせるだけなのに、安心させるような手つきがとても温かい。

「俺は吸血鬼さんと一緒にいて楽しいよ。」

この優しさに抵抗など不可能。

ニッと歯を見せた無邪気な顔に偽りはない。

引き寄せるように、求めるように弟の体を抱き寄せた。

「その世界では嫌われ者でも、この家の家族は吸血鬼さんのこと嫌いじゃないよ。

透明人間さんは環境が関係してるから、許さなくて良いから、嫌いにはならないであげて。」

「わかってる。」

スリ

腹に頬擦りをするとくすぐったいのか身動ぎをする。

けれど、引き剥がそうとはしない。

「俺には甘えていいよ。たまには息抜きしないと倒れちゃう。」

「…気分でな。」

「もう、吸血鬼さんは素直じゃないなー。」

ポンポンと広い背中を叩きながらクスクス笑う弟。

大きな子供に甘えられている気分。

普段は大人で冷静だから、今くらい自由にさせてやろうと思う。

甘ったれから離そうとするまで。

手探りで吸血鬼さんの頬を見つけ、親指で小さく撫でた。

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