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吸血鬼さん??

カタン

「あ、吸血鬼さん。

明日の午後一時、一緒に公園行こ。」

夜、弟の部屋に訪れた吸血鬼さんへの第一声がこれだ。

音でわかったのか、窓の方にニコニコ顔を見せている。

開けっ放しの窓から侵入した吸血鬼さんは、靴を履いたままベッドに着地。

連れのコウモリが弟の方に飛んで行き、まるで挨拶をするようにキィキィと鳴く。

超音波のイメージが強いコウモリがこういった鳴き声を出せるのは、吸血鬼さんの取り巻きだからかもしれない。

正にファンタジー。

返事をするように人差し指で近くのコウモリの腹や頭を撫でながら喋る弟。

もうすっかりコウモリとお友達だ。

汚れていないベッドを手で何回か払い、ストンと腰掛ける。

足を組んで弟を眺めた。

「基本的に、昼間は体力回復の為に睡眠をとる、と以前話した気がするが。このやり取りは今日で何回目だ。」

「十回前後だよん。」

両手で10と示す。

悪意のない弟に何十回目かわからない深い溜め息を零した。




白い日傘を差した男が宙を舞う。

緑のポンチョを身に纏い、手には薄地の白い手袋をはめている。

直射日光を防止するような完全防備。

取り巻きのコウモリは数十匹だけ従え、後は自宅で待機。

コウモリも太陽を見ただけで目が焼けただれてしまうからだ。

主のポンチョの中で飛行を手助けする。

背に生やした翼を極力小さくし、赤色の目の男は急いで目的の場所へ向かった。


―――


土曜日の午後。

今日は良い天気。

洗濯物がよく乾いて主婦達には嬉しいが、家族の分の昼食を作るのが面倒臭い。

ピンポン

住宅街に立ち並ぶ鷲見家のインターホンが鳴った。

駆け足で玄関に向かう母。

約束の時間より少し早い。

扉に手をついて向こう側の人に問うた。

吸血鬼(ドラキュラ)さんですか?」

「ああ。」

ガチャ

短いやり取りで疑いもせず扉を開ける。

目の前には青白い肌に、血に染まったように赤い瞳。

細長く先が尖った耳、鋭利な犬歯が唇からはみ出ている。

日傘を差して空を飛んでいたあの男だ。

外見通り男は吸血鬼。

鷲見一家には『吸血鬼さん』と呼ばれている。

「いらっしゃい。あの子ならリビングで待ってるわ。」

「そうか。」

「今日は一日よろしくね。」

優しく微笑む母に何度か頷く。

今日、吸血鬼さんが危険な昼間に現れたのは、弟との約束を果たす為。

夜は自身もコウモリも太陽に怯えず、安心して会いに行ける。

が、体力の消耗が晴眼者よりも早い弟とはあまり話せない。

決まった時間帯に寝ないと後日に響くからだ。

それが残念な弟は時々、こうして吸血鬼さんとお出掛けする約束を取り付ける。

勿論、吸血鬼さんが空いている日を選んでいる。

家の中を安全だとわかっているコウモリは一斉に主のポンチョから家の中に移動。

バサササ

迷わずリビングに飛んでいくコウモリは、白く細長い杖を握ってソファに座る人物に群がる。

帽子の上や肩、鞄の中に侵入する奴までいる。

それがコウモリだと気づいたのか、前髪が長くて鼻先と口しか見えない顔を上げて嬉しそうな声をあげる。

膝の上に乗る内の一匹をそっと掬い挨拶。

「いらっしゃい。君達も来てくれてありがとね。」

キィキィ

小さく笑む弟の言葉に返事をするようになくコウモリ。

カーテンで閉じられた部屋に日光は入ってこず、バサバサと羽を伸ばして飛び回る。

コウモリが吊り下がって休みやすいよう、リビングの壁と壁の間に幾つか長さ調整が可能な棒が掛けてある。

階段の窓には柄付きの板を斜めに立て掛けて、なるべく日光が入らないように。

全て母のささやかな配慮である。

バササ

何匹かが何処かに飛んでいった。

弟は顔だけ動かす。

リビングの入口に吸血鬼さんが壁に背を預けて立っていた。

腕を組み指先にコウモリを乗せる姿は絵になる。

「声かけてくれればいいのに。まだ気配だけでわからないよ。」

「私は急いでいない。それに、コウモリに休息が必要だ。」

悪びれる様子は微塵もなく、周りのコウモリを部屋に放つ。

すると弟を囲んでいたコウモリも飛び、部屋に設置された棒に吊り下がり休憩。

鞄の中に一匹だけ残っているが吸血鬼さんは特に気にしなかった。

「そろそろ行くか。忘れ物はないな?」

「オッケー。」

肘掛けを使って立ち上がる弟を自分の位置に来るまで眺める。

手は貸さない。

盲人用の白い杖を床にタンタンと当て、障害物がないか確認しながら歩く。

足取りは遅いが確実に。

焦らず急がすけれど早めに。

トン

杖の先端が吸血鬼さんの靴に当たった。

そういえば出会った当初からずっと土足で歩いている。

しかし床は汚れていない。

だから母は何も言わないでいる。

汚していたら鬼の形相で叱るだろう。

きっと逃げようとしても逃がさない。

それが母親。

やる時はやる。

問答無用で。

杖についている紐を手首に通し、吸血鬼さんのポンチョを軽く握る。

「お待たせ。」

コウモリと母に見送られ、二者は家を後にした。

白い日傘と帽子の背丈や格好がアンバランスで、母は一人クスクスと笑った。


―――


タンタン

弟は家を出てから吸血鬼さんに頼らず、一本の杖を使って歩く。

通る道の先をずっと同じリズムで左右に動かし、コンクリートの段差も難なく上る。

杖を使い慣れた手付きで石ころを退かす。

これらを続けながら隣の吸血鬼さんと会話をしている。

車や自転車などが通る場合、先ず吸血鬼さんが立ち止まり、弟が怪我しないようゆっくり引き止めながら端に寄せ、通り過ぎたら再び歩き出す。

それを繰り返しながら散歩コースを並んで進む。

そんな二者の会話は弟が質問して吸血鬼さんが答えるかたちが殆ど。

たまに弟が昨日の出来事や本の内容を喋る。

それに相槌を打ちながら耳を傾ける吸血鬼さん。

そうこうしている内に近所の公園にたどり着いた。

此処は休憩ポイントの一つ。

友達と遊びながらはしゃぐ子供達の声に弟の顔が緩む。

目を閉じてはいるが、この光景が瞼の裏で流れているのだろう。

ボールを追いかける少年。

滑り台を笑顔で滑る女の子。

ブランコで競う子供達。

縄跳びや鉄棒で練習する小学生。

それらをベンチで温かく見守る親。

弟の想像の世界が同じなのか違うのか、それは誰にもわからない。

もし全く違ったとしても、それが平和なモノであれば良いと思う。

弟が顔を横に向ける。

「吸血鬼さん、一休みしよっか。」

「そうするか。」

柵や低い段差に弟が躓かないよう注意しながら先に入る。

ポンチョを握らせながらゆっくりと歩き、入口近くのベッドに腰を下ろす。

先に弟が手で位置を確認しながら座り、吸血鬼さんは砂などを払った後に浅く腰掛ける。

公園の平和でのんびりとした居心地の良い空間に暫く浸る。

会話らしい会話もせず、縁側で日向ぼっこをするようにぼーっとしているだけ。

吸血鬼さんも日傘を腕で固定してうたた寝をし始めた。

顔さえ日光に当たらなければ問題ない。

それに、普段昼間は熟睡しているから余計眠たい。

人間とは違う昼夜逆転生活の吸血鬼。

それでも弟の頼みを断れないのは哀れみからか気まぐれか。

吸血鬼さん自身よくわからない。

わからなくても構わない。

取り敢えず寝たい。

その隣で弟は肩掛け鞄の中のコウモリに今気付いた。

飲み物を飲もうとして手を突っ込んだ感触でわかったのだ。


―ザリ

手で太陽の方角を確認する弟に近付く一つの影。

吸血鬼さんよりは低いが歳の割には大きい方。

精悍な顔つきだが目付きが鋭い。

真ん中分けの髪はコスモスのような紫色。

横髪が耳にかかり、後ろ髪は首筋に当たる長さ。

黒い瞳と眉は黒くアジア系であると確証付ける。

耳に穴を空けておらず、服もタンクトップの上に襟付きの物を羽織っているだけ。

髪の色以外はまともな青年だ。

そんな青年はこんな身長だが今年十六歳。

高校生である。

何となく位置を認識した弟は太陽に背を向け、なるべく鞄を開けずにペットボトルを取り出す。

一方、危機に晒されているとは露知らず主と同じように熟睡しているコウモリ。

誤って飛び出す可能性は低い。

しかし隣の者が寝ているのにも気付かない弟は内心ヒヤヒヤ。

冷や汗を流しながらキッチリ隙間無く鞄を閉じる。

「オイ坊主、何コソコソしてんだよ。」

「あ、不良君だ。ヤッホー。」

ジーパンのポケットに手を突っ込んで弟の横に立つ青年。

表情一つ変えずに弟を見下ろしている。

弟は『不良君』と呼んでいるようだ。

二人は知り合いらしい。

声のした方に顔を上げ手を振るが、ペットボトルに肘が当たり落としてしまった。

地面を転がるペットボトル。

吸血鬼さんはまだ寝ている。

杖で探すが中々見つからない。

「あちゃー、やっちゃった。不良君取ってくれないかな?」

「しゃーねぇな。ほらよ。」

砂を払ってから手の平に掴みやすいよう乗せてくれる。

口は悪いが根は優しい人なのかもしれない。

「ありがとう。」

「…別に。」

ペットボトルを両手で持ち笑顔でお礼を口にする。

それに不良君は何故か恥ずかしそうに頬を染め、ポリポリと頬を掻く。

言われ慣れていないようだ。

ペットボトルのキャップを開けようと両手を使ってキャップのギザギザを探す。

見つけたはいいが固く絞められており中々回せない。

力一杯やって中味をぶちまけるという事故を未然に防ごうと考えているから余計時間がかかる。

それを見かねた不良君が弟の手からペットボトルを取った。

簡単にキャップを回して溢さないよう手の角度を調節してやる不良君。

案外世話焼きなのかもしれない。

「ほら、飲め。」

「ありがとう不良君。助かるよ。」

「…礼を言われるような事はしてねぇ。」

顔を逸らして呟く不良君の顔は赤い。

腕で口を隠す。

不良君の状態を知らぬ弟はゴクゴクと飲み物を飲む。

飲み終えたのでキャップを絞めようとするが、それに気付いた不良君が先に動く。

キュ

開けやすいよう少し緩めに絞められたキャップ。

鞄の中にまで入れてくれた。

勿論コウモリは無事である。

吸血鬼さんは動かない。

立ちっぱなしの不良君に弟は空いている左の箇所をポンポンと叩く。

「もし暇だったらお隣どーぞ。狭かったら言ってね?」

「…仕方ねーな。坊主が退屈そーだから俺が話し相手になってやるよ。」

「やったー。」

ストン

ベンチの端を文句言わずに背を丸めて腰掛ける。

背に弟の腕が当たるがお互い気にしない。

逆に不良君の背中の広さを確認するように左手でペチペチと触り始めた。

何となく吸血鬼さんが眠っているのに弟は気付いた。

静かな寝息が隣から聞こえる。

不良君は足を組んで顔だけ弟に向ける。

触られても叩かれてもされるがまま。

弟の好きにさせている。

「不良君の大きいね。吸血鬼さんよりもガッシリしてる。前より身長伸びた?」

「多少な。」

「成長期って逞しい。これからもどんどん伸びるのかぁ。ちょっと羨ましい。」

己は諦めたような内容だが嬉しそうな口振り。

年下の子供の成長を素直に喜んでいるのだ。

口数が少ない不良君は肘を膝に置いて、両手の指先を絡ませる。

弟の奥にいる吸血鬼さんに視線を向けるが未だ起きる気配はない。

連れがそんなので大丈夫かと心配になった。

一方、不良君の背中に満足した弟は手を離すかと思いきや、丸まった背中に乗せたまま。

指先で文字を書いたりして遊ぶ。

小中学生やイチャイチャラブラブカップルがする行為だ。

内心そう思いながらも遊び相手になってやる。

背中の中心をなぞる指先の順番で文字を想像し答える。

しかし中々当たらない。

「ドラえ〇ん。」

「ブー。」

「ドラ〇ンズ。」

「ハズレー。」

「どら焼き。」

「違うよー。」

「……?」

頬杖をついて考える。

弟はずっと同じ単語を書いている。

こういうのが苦手なのか何十回も答えているが正解数はゼロ。

眉間に皺を寄せて真剣に悩む不良君。

遊んでいる子供が涙目になって逃げ出す程度の恐さ。

書いている単語は五文字。

ヒントは生き物。

最大ヒントは“吸血鬼(キュウケツキ)”。

読者様はもうお分かりだろう。

弟の隣で昼寝をしている者のことです。

…しかし、一向に進展しない現状。

数えきれないほど外れてイライラしてくる不良君と、飽きも呆れもせず延々と書いてやる弟。

もう正解を教えてやれば良いのに。

だが、そうすると不良君のプライドが許さない。

年甲斐もなく拗ねてしまうからだ。

それからも二人はヒントをちょこちょこ出しながら続けた。


―――


もう大分日が傾いてきた夕方。

手を繋いで帰る親子が次々と公園を後にする。

子供達はお互いに手を振り合い、元気に明日の約束を交わす。

親に今日の事を話ながら子供のペースで帰路を歩く。

微笑ましい光景を不良君は目で追った。

カァカァ

電線の上に烏が集まり二人の行為を馬鹿にするように鳴く。

黒い全身を前後に揺する行為はまるで人間が指差して嘲るのと同じ。

「ドラ〇ちゃん」

「だから五文字だって。」

「あぁ?他に何があんだよ。」

「ドラ〇〇〇。四文字目は小文字。」

キレる不良君をポンポンと宥めながらゆっっっくり書いてやる。

貧乏揺すりの代わりに膝をトントントンと人差し指で叩いて唇を尖らせる不良君。

流石に百回も越えれば弟も疲れてきた。

子供でもわかりやすいように一文字を大きく。

昼間に比べて公園には片手で数えられるくらいしか人が残っていない。

バサッ

弟の背後でポンチョを翻す音が周りに響いた。

振り返る二人の先には夕暮れを眩しそうに眺める吸血鬼さんが立っていた。

すると、鞄の中にいた筈のコウモリが器用に抜け出し、羽音をたてて吸血鬼さんの周りを飛ぶ。

いつの間にか白い日傘を畳み、ベッドに立て掛ける。

ゴウッ!

突然強風が公園を吹き抜けた。

その時、夕焼け色に染まった髪が舞い踊るように靡く。

青白い肌が刹那、人間と同じ肌色に変わった。

「…っ。」

弟の帽子が飛ばないよう手で抑えていた不良君は一部始終を見つめていた。

いや、目が離せなかった。

ゴクリと息を飲む。

生唾が乾いた喉を流れる。

夢物語の住民のように美しいその姿に視界を全て奪われた。

薄く開いた唇が喉と同じようにカラカラに乾く。

チラと顔を此方に向けた吸血鬼さんの肌は元の色に戻っていた。

見下ろす男と視線が交わり、不覚にもドキッとしてしまう。

吸血鬼さんと不良君はまだ数回しか会っていない。

慣れないその容姿と雰囲気にバッとあからさまに顔を背けた。

バタバタともがく弟にも気付かない。

「君、そろそろ腕を離してやれ。弟の首がもげる。」

「わ、悪ぃ坊主。大丈夫か?」

「ビックリしたけど平気。けど、本当に首が取られるかと思った。」

頭をギリギリと締め付けていた腕を解放し、オロオロと慌てながら弟の様子を伺う。

吸血鬼さんは立ったまま弟の帽子の上に手を置き雑に撫でる。

そのせいで弟の髪がボサボサになってしまった。

前髪が長いからちょっとしたホラー。

帽子を外して手で髪形を直す不良君。

恐る恐る痛めてしまった首を労る。

「もう大丈夫だよ。ありがとう。」

「放っておくと悪化するかもしれん。帰ったら冷やせよ。」

「酷い損傷はしていない。気に病むな。」

「あんたが怪我したんじゃねぇだろ。人間はちょっとの損傷で死ぬ時もあんだよ。」

ギン!

鋭い眼光で睨む。

烏が何羽か逃げ出すほど迫力がある。

が、吸血鬼さんは何処吹く風。

何もなかったように懐中時計を確認。

もうすぐ十七時。

そろそろ公園を出なければならない。

けれど吸血鬼さんは何も言わなかった。

弟が『帰ろう』と言い出すまで散歩に付き合う。


夜道は昼間よりも危ない。

夜の散歩の時は絶対誰かに同行してもらわないと、弟は行かせてもらえない。

それほど危険なのだ。

万が一、ライトを点けていない車に誤って轢かれる可能性がある。

耳や杖に全神経を集中させて歩く弟が、クラクション無しに危険を知るのは難しい。

強盗や通り魔に遭遇しても気配だけでは無理。

抵抗したとしても相手の場所がわからなければ意味がない。

しかも、弟は晴眼者のように安々と走れない。

人気が少なければ助けも呼べない。

…だからこそ、日頃から安全な道を通るよう心がけなくてはならない。

一人ではポックリ逝ってしまうから。

死体しか残らないから。

最期は灰になって墓に入れられるだけだから。

ちゃんと自覚しているから、恐い思いをするのはよくわかっているから。

だから、弟は“自分が可能なことは自ら進んでやる”と決めている。

周りに、誰かに縋りっぱなしで生きてると、もし誰もいなくなった時に自分はのたれ死ぬしかなくなるから。

何か自分で出来ることを見つけないと、将来大変だから。

家族に頼りっぱなしは不可能だから。

同年代の普通の人と同じラインに立っていないから、何倍も努力してやっと自分は肩を並べられるようになる。

頭で理解しているから、弟はこう言う。

『俺は意地っ張りで負けず嫌いだから“可哀想”で手を貸してほしくないんだ。だから、俺が頼んだ時しか手伝わないで。お願い。』

家族や身近な人達、吸血鬼さんに宣言している。

弟らしいと言えばそれで終わりだが、それを実行するのは自他共にやきもきする。

何度も何度も失敗して、色々やり方を自分なりに考えて、そうやって手に入れる弟。

見守る周りは手を差し伸べたくて、やってあげたくて堪らないのに手伝えない。

もどかしくてイライラする気持ちを抑えて、弟が成功した時には一緒に喜ぶ。

家族もこれまで沢山の苦労を重ねた。

それが今に繋がっているのだ。

弟は家族にとても感謝している。


ヒュウウ

風が涼しくなった。

弟は杖をしっかり握り、ベンチに手をついて立ち上がる。

タンタンタンと地面を叩いて確認。

靴で踏んだりして足場の安全を注意。

それからキョロキョロと顔を左右に動かす。

何処にいるかわからない吸血鬼さんに大きな声で呼びかける。

「吸血鬼さーん、そろそろ帰るよー?もっかい寝てないよねー?此処に置いてっちゃうよー?」

「おい。」

パコーン

背後に立っていた吸血鬼さんが弟の後頭部を叩く。

容赦ない一撃。

前に倒れる体。

腕を広げて受け止める準備をする不良君。

ザリ

何とか踏ん張り耐えた弟。

両手を杖の上に重ねて体重をかけ、下の手がズレてもガシッと握って持ちこたえた。

スタンバイしていた不良君にあと少しで頭突き寸前。

ギリギリだ。

帽子を鞄の中にしまったのが良かった。

被ったままだと帽子の鍔が直撃して不良君が痛かったと予想。

ガバ!

勢いよく上半身を起こして後ろに抗議する。

「もう、盲人を手荒に扱わないでよ。ギリだったじゃん。」

弟はムスと口をへの字に曲げて文句を言う。

グラッ

だが、勢いが良過ぎて今度は後ろに倒れそうに。

今度は支え無し。

杖は両手の中にあり、時間を止めれる超能力がない限り使い物にならない。

だが、弟の隣に移動していた吸血鬼さんが片腕で一回り小さい背中を抱き止めた。

子供のように軽くはないはずだが、吸血鬼さんは顔色一つ変えず弟をしっかりと両足で立たせる。

結果、弟は無傷。

杖を持つ手に杖を握らせ、最後にコツンと中指で軽く当てる。

「なら、障害者らしく大人しくすることだな。お前が怪我したら、暫く散歩に行けなくなるぞ。」

「吸血鬼さんありがと。

えー、それは嫌だよ。歩かないと足腰弱るじゃん。不良君にも会えなくなるし。」

肩にとまったコウモリに頬擦りをしながら不満を口にする。

人差し指で不良君がいそうな場所を指して存在を強調する。

話の内容にまさか自分が加わるとは思ってもなかった不良君。

嬉しさと恥ずかしさとその他もろもろが入り交じって、取り敢えず顔を赤くして怒鳴り付ける。

耳まで熱がこもり湯気があがりそう。

「べ、別にしょっちゅう会ってるわけじゃねーから俺は関係ねぇし!自惚れんなバカ坊主!」

「だからこそじゃん。週に一、二回しかお話できないから大切なんだよ?わかってる?

吸血鬼さんは勝手に現れるけどね。約束しないと昼間に訪問してくれないし。」

「月一の食事の為だ。他の奴に横取りされたらムカつくからな。

普段昼間は棺桶の中で眠っている。五個の目覚まし時計とコウモリのおかげで今日も無理矢理起きた。」

「まぁ酷い。俺は傷ついたよ。吸血鬼さんにめっちゃ傷つけられたよ。シクシク。

毎回お疲れ様です。」

わざと欠伸を漏らすと嘘泣きしていた弟がペコリと腰を折った。

けれど『昼寝していたじゃん』と詰め寄れば『さっさと帰るぞ』と先に行く。

はぐらかされたことに拗ねるかと思えばケラケラと声をあげて笑い、不良君に別れを告げてから追いかけた。

テンポの良いやり取りを不良君は未だに顔を赤くさせたまま傍観していた。

手を振る弟に小さく振り返す。

公園の入口で待っていた吸血鬼さんに気づいた弟。

わざと大きな溜め息をついて冗談混じりに何か言っている。

それに吸血鬼さんはフッと微笑み、弟の頬をギュムとつねる。

痛くないのかヘラヘラ笑っている。

肩を並べて鷲見家に帰る二者を見送り、何故か居た堪れない気持ちになった不良君も踵を返した。

早足でこの場から遠ざかる。

そして公園には烏だけになった。


―――


夜、弟の部屋に二者と姉がいた。

ベッドに腰掛けた吸血鬼さんの隣で、恍惚の状態を晒け出して熱い眼差しを向ける姉。

気にせず会話を楽しむ二者。

パジャマ姿の弟は晩御飯を食べ、お風呂にも入り、寝る準備は万全。

だが、まだ寝ない。

「吸血鬼さんって家族いるの?」

「人間と同じように我々にも家族がいる。

我々の種族は一人前と認められた時点で家を出て自分の家を探さなくてはならない。己の立派な家庭をつくらない限り身内とは会えない。そういう決まりだ。」

「あたし人間で良かったー。弟がいないとか人生の半分くらい失っちゃう。」

明るい声で無邪気な笑顔でギューと抱き締める姉の背中をポンポンと叩く。

背中に抱き着いてじゃれる姉を好きにさせて会話を続行。

「それって寂しいね。結婚するまで独りぼっちなんでしょう?」

「家族や親戚などに自主的に会うのは禁じられているが、友がいるからそこまで孤独ではない。コウモリもいる。」

バササ

スッと左手を上げると一匹のコウモリが指先に留まる。

周りを飛び回るコウモリに若干逃げ腰の姉は、抱き締める力を更につよめた。

「ぐぇ。姉ちゃんギブ、ギブギブ!」

ペシペシ

首を思いっきり締める腕を何度も叩いて解放を求める。

しかし昔、合気道をちょっとかじった腕はそう簡単に外れない。

まだ死にたくないから叩く手にも力がこもる。

姉は吸血鬼さんと自分(と弟)を取り囲む沢山のコウモリにパニクっている。

ギュッと目を瞑り、顔を弟の背中に押しつける。


「コウモリ恐いコウモリ怖いコウモリ嫌コウモリ大量発生ヤダアァァァァァ!!!!」


数分後、気絶した弟を吸血鬼さんが救出。

『盲目の筈なのに綺麗な景色が見れたよ。』

後日、謝罪に部屋を訪れた姉に窓の外に顔を向けたまま、弟はそう呟いたらしい。



「何であの時直ぐに助けてくれなかったんだよ。見損なったわ吸血鬼さん!」

両手で顔を覆い隠し、嘘泣きを開始する。

前髪が長いから顔の上半分は見れないという固い鉄壁がある。

しかし、吸血鬼さんにはお見通し。

敢えて無視を決め込む。

「まだ体の疲れがとれてなく、昨晩は頭がぼーっとしていた。」

嘘と真実を混ぜた言い訳をする。

だが、弟も成長している。

吸血鬼さんが嘘を言う時の癖を見破りビシッと指差した。

「貴方は嘘をつきましたね!?」

「何のことやら。」

「俺にはわかっているんだからね!」

「なら、お前の嘘泣きはどうなんだ?」

「何のことやらわかりません。」

互いにしらばっくれて顔を背けた。

シーン

暫く沈黙が流れる。

コウモリも全く動かない。

遠くで犬の遠吠えが聞こえる。

最近よく鳴いている。

「フフッ。」

沈黙に耐えかねた弟が拳を手に当てて笑う。

それを合図にコウモリも羽を広げたりとリラックスする。

「お前の負けだな。」

「そういうことにしてあげよう。」

「減らず口め。」

「痛いなぁもう。」

グイと強めに頭を押す吸血鬼さんの手首を掴んでもうさせないようにする。

したり顔を吸血鬼さんに向けるが、今回は耳を摘ままれた。

爪で傷つけないよう親指と人差し指で引っ張る。


ガチャ

そんなやり取りをしていると姉が登場。

嫌な予感がする二者。

弟の背中に冷や汗が流れる。

予想は的中。

姉は目にした百匹程度のコウモリに耳鳴りがするほど悲鳴をあげ、慌てて隣の部屋に駆け込んだ。

姉が見えた瞬間に耳を塞ぎ、一部始終を呆れた眼差しで観ていた吸血鬼さん。

一方、弟は水色のポンチョの中に頭を突っ込み、昨夜のように一方的に巻き込まれないよう、吸血鬼さんに抱き着いて離れない。

一つのトラウマが弟の心につくられてしまった。

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