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吸血鬼さん?

もうすぐ夜になる。

弟は自室で開いた本を指先でなぞり読書を楽しむ。

開けっ放しの窓から夜風が頬を撫でた。

肌寒いけれど薄手の長袖だから風呂上がりも平気。

キキ

一匹のコウモリが鳴いた。

それは意思をもって弟の部屋に近づく。

バサバサと翼を動かす音に気づいた弟はパタンと本を閉じた。

顔を窓の方に向ける。

屋根の上に誰か立っている。

血の玉のように赤い瞳の男が周りにコウモリを従え、ジッと弟を見つめていた。

その視線に気づき、ニコと笑む。

「こんばんは、吸血鬼(ドラキュラ)さん。」

「ああ。

今夜は冷える、風邪をひくなよ。」

「ありがと。」

藍色のポンチョと癖のある髪を靡かせ、音もなく部屋に踏み入れた。

男の背には黒いコウモリのような翼が生えていた。




静けさが残る月夜の晩。

黒猫が妖しげに光る月を金色の瞳に映し、犬は叫ぶように夜空に吠える。

コウモリは群れをなして狩りの範囲を広げ、保育園帰りの子供は母親と手を繋いでお遊戯の唄を歌う。

その汚れを知らない純粋無垢な丸い目があるモノを捉えた。

黒いコウモリを周りに従えた、赤い瞳の男。

肩につかない長さの髪は癖があり、宙に浮く体の縁を月光のようにぼやけた光が包む。

紫色のポンチョの上から黒い翼を背中に生やした中肉中背の背丈。

目にかかる少し長い前髪を夜風に靡かせ、男は薄い唇に人差し指をそっと添える。

魅せられたように男から目を離せない子供を母親が心配そうに伺い、ハッと我に返った子供は慌てて作り笑いを浮かべる。

母親を心配させまいとした子供心。

それに気付かないフリをした母親も慈愛に満ちた優しい笑みを子供に降り注ぐ。

チラリと子供はもう一度星が瞬く夜空を仰いだ。

しかし、男の姿は何処にもなかった。

あるのはただいるだけで夜を支配する橙色の月だけ。

バサササ…

何処かでコウモリが羽ばたく音が聞こえた。


―――


何処にでも在りそうな二階建ての一軒家。

インターホンの上に[鷲見]と彫られた表札が飾ってある。

特に何の悪評も中傷もない四人家族の家。

ただ、少しだけご近所で噂が流れている。

それを知らぬ一匹のコウモリが音を殺して忍び寄る。


…コンコン

二階の窓を誰かがノックした。

その部屋は前髪が異常に長い弟の自室。

因みに隣は大雑把な姉の部屋である。

カーテンがしまっていて窓の外は見えない。

ノックした向こう側は屋根。

人が乗れるスペースはある。

しかし、こんな夜中に来るのは不審者しかいない。

パタン

読んでいた本を閉じ、椅子から立ち上がる。

「どちら様?」

怯えも強がりも含まれていない声で質問する。

返事はない。

疑問に思った弟はベッドに膝を着き、カーテン越しに窓に触れる。

今はまだ肌寒い夜。

まだ薄い長袖が手放せない。

弟は再度問いかけた。

「誰?」

「この窓を開けてくれないか。」

やっと返事が貰えた。

この声は男性。

やはり不審者なのだろうか。

寒い中ご苦労様です。

弟は片手でカーテンを開けた。

シャッ

チカチカと点滅する電灯。

路上で鳴く一匹の野良猫。

弟の目の前に、あの男が立っていた。

橙色の月を背景にした姿は幻想的で、そこにいるのが幻のようにさえ思える。

男の耳は弟と比べると細長く、先端が尖っていた。

青白い肌でも気にならない男の容姿。

まるで、そう、映画に登場する“吸血鬼(ドラキュラ)”だ。

弟を見下ろす男の唇から吸血鬼ならではの尖った歯が覗く。

弟は男を仰ぎながら、内容は違うけれどこれで三回目。

「何者ですか?」

「観てわからないか?」

「はい、全然。

そうだ。今から開けますんで、中に入ったらあなたの名前教えてください。」

思い出したかのように窓の鍵を開ける。

口角を上げた弟は少しだけ楽しそうだ。

男はコウモリを肩に乗せ、黙って成り行きを見守る。

カチャ

鍵を下ろし、両手で窓を開けた。

ブワァ!!

その瞬間を待ち構えていたかのように黒い物体が窓から侵入。

目をキツく閉じ、両腕で顔を守る弟は何が起こったのかわからない。

強い風が止んだのを見計らいそ~っと腕を下ろし、ペタペタと窓を触って確かめる。

何も壊れていない。

カーテンも破けてない。

顔も無傷だ。

ベッドも無事。

なら、一体何が起きたのだろう。

弟は首を傾げて考える。

「私は吸血鬼、分かりやすく言うとドラキュラだ。」

部屋の方から声がした。

弟が顔をそちらに向けると男が足を組んで椅子に座っている。

そして興味なさそうに弟の本をパラパラと捲り、パタンと閉じた。

「吸血鬼?ドラキュラ?」

「なんだ、お前は知らないのか?」

「いや、知っていますけど。本当に吸血鬼(ドラキュラ)なの?」

ベッドに腰掛けて話を聞く。

すると男は気を悪くしたのか口をへの字に曲げてしまう。

見た目が二十代の割には短気らしい。

腕組みをして顔を逸らし、ブツクサと愚痴を呟く。

全く、気が小さい男だ。

タタッ

ずっと男の文句に耳を傾けていた弟が突然走り出した。

不意を突かれた男は一歩反応に遅れてしまった。

「しまった!」

貴重な食料が。

と思われていた弟は部屋の扉を勢いよく開けた。

バン!

その口元は完全に喜びに満ち溢れている。

男が手を伸ばした先で弟は目一杯大声を張り上げる。

近所迷惑も気にせずに。


「俺の部屋に吸血鬼キターーーーーー!!!!」


パコーン

吸血鬼は掴むより先に弟の頭を叩いた。


―――


弟の奇声にぞろぞろと集まる鷲見一家。

平社員の父に、専業主婦の母。

眼鏡を上げて珍しそうに男を確認する父は『本物か』と多少ビックリしている様子。

その隣で母は口に手を当て『あらあら』と言うがあまり驚いていない。

大学生で面食いの姉は頬を染め、うっとりとした表情。

家族の間に立っていた弟はニコニコと笑み、腰に手を添え自慢気に鼻を鳴らす。

四人の前で注目を浴びる男は気まずそうに弟の机で頬杖をつき、遠い目で窓の外を眺めていた。

ポンポン

頭を軽く叩かれ忌々しげに振り返ると、男が不機嫌である原因の弟がいた。

こんなに近いのに相変わらずうっとうしい前髪で顔が見えない。

弟はポンポンと男の頭から肩、肩から腕、と手を移動させていく。

その意味がわからず不審な目で睨んでも弟は止めない。

「姉ちゃん、吸血鬼さん美人?」

「そりゃもうあたし好みのイケメン!!!」

長い耳を興味深そうに触りながら姉に質問する。

こんな間近にいるのにわざわざ別の人間に聞く弟の心意がわからない。

男の顔を両手で優しく包み、顔のパーツを確かめるように触れていく。

顎、唇、頬、鼻、瞼と下から徐々に上っていき、最後は髪の毛。

やわやわと犬を撫でるみたいに両手が動きが嫌なのか、男は弟の手を掴んで片手でくくる。

「いい加減にしてくれ。私は動物ではない。」

「吸血鬼さん、綺麗な顔してるね。体温は低いけど肌スベスベ。姉ちゃんよりも髪の毛ふわふわしてて気持ちいい。」

「…今更綺麗と言われても嬉しくないんだが。もしや馬鹿にしてる?」

上機嫌で褒める弟に悪意は込められていない。

素直な感想を述べただけなのに男の怒りを買ってしまっている現状が上手く飲み込めない。

日本人特有の黒い髪を揺らして顔を近付ける。

前髪が男の額にかかるまで近付き、男はあることに気づいた。

弟の意味不明な言動が漸く理解出来た。

こんなに前髪が長ければ気付かない。

「吸血鬼さん、どうして怒ってるの?」

「お前、盲目か?」

こんなに近いのに視線が交わらない。

目の前の二つの瞳は忙しなく動き、焦点が定まっていない。

仮に目の前で手を振っても無反応。

無視しているのではなく、手に気付かないだけ。

スッと瞳が閉じられた。

「微かにだけど光と暗闇の判別は可能だよ。

あ、もしかして吸血鬼さんそれで怒ってたの?ごめんごめん。先に言えば良かったね。」

「あ、いや、えと、お前が謝ることは、多分ない。私も悪かったところはある。すまない。」

明るく謝る弟としどろもどろ謝る男の温度差。

悪いと思ったことはキチンと謝る男、もとい吸血鬼さん。

何を言えば良いのか混乱している吸血鬼さんに胸キュンな姉は終始幸せそう。

大きめの胸の前で手を合わせて目の保養中。

後日友達に自慢することだろう。

グウゥゥ

突然誰かの腹の虫が呻き声をあげた。

その音は切なさを感じる音色で、よほど腹が空いてると感じられる。

発生源は晩御飯を食べ終えた鷲見一家の腹からではない。

となると、残るは一者。

椅子の上で頭を抱えて縮こまっている、耳がほんのり赤い吸血鬼さん。

ポンチョの中に折り畳んだ足を腕で胸に着くまで引き寄せ、膝に顔を押し付ける。

恥ずかしくて頭から湯気が出る吸血鬼さんに微笑みを向ける夫婦。

「母さん、吸血鬼さんに食事を作ってくれ。」

「わかりました。

吸血鬼さん、食べれない物はありますか?」

「いや、お構い無く…。血しか飲まないので。」

ポツリと呟いた言葉に姉がすかさず挙手をした。

その瞳は期待に夢見る乙女のようにキラキラ輝いている。

姉が発言する前に吸血鬼さんが宣言した。

「私は処女(オトメ)童貞(セイジャ)の血しか飲まない。この二つの人間の血が一番美味い。」

ガーン!!

姉は110のダメージを受けた。

部屋の隅でしくしく泣く姉を父は複雑な気持ちで慰める。

子供がいる時点で吸血鬼さんの候補から除外されている夫婦。

誰も気付かない間に母は階段を下りて台所に。

空腹と恥に耐える吸血鬼さんの周りを心配そうにコウモリが飛び交う。

クイクイ

吸血鬼さんの背後で軽く二回ポンチョを引っ張る弟。

微かな光と暗闇しか判別出来ない瞳は閉じられており、今の状況を理解していない。

遠慮なく弟の肩や頭に乗る取り巻きのコウモリ。

何故か主の吸血鬼さんよりも寛いでいる。

椅子の上で小さくなっている者が振り返ると、不思議そうな顔と出くわした。

体にかかる重みや羽ばたく時にかかる風も気にせず、弟はわしゃわしゃと吸血鬼さんの髪を撫で回す。

指通りのいい柔らかい髪がボサボサになる。

最後にポンと頭に手を乗せニコッと笑む。

これは顔が見えない弟の慰め方。

殆どが嫌なことがあった姉にしてやっている。

愚痴を聞き終えた最後にコレをすると効果大。

…しかし、吸血鬼さんは初めての体験。

どう反応すれば良いのかわからず固まっていた。

何時もなら喜ぶ姉の笑い声が聞けるのに、今回は無反応。

おかしいな、と思いながらもう一回。

ガシッ

だが、止められた。

困惑気味の吸血鬼さん。

頭上に?を沢山浮かべている。

突然手首を掴まれても触ろうとするのか、手の動きは止まらない。

力は吸血鬼さんの方が強いが、弟も負けてはいない。

いいなー、と半口を開けて羨ましがる姉の頬は桃色のまま。

その横で胡座をかいて見守る父は欠伸を漏らす。

仕事の疲れが溜まっているのだろう。

コックリコックリと舟を漕ぎ、とても眠たそうだ。

二者の攻防戦が続く中、ふと見上げた先に弟の首筋。

吸血鬼にとって一番飲みごたえのある部位。

それを見た途端、カッ!と赤色の瞳が瞳孔を開いた。

歯がガチガチと喧しく鳴り、犬歯が鋭さを増す。

「フゥー、フゥー、」

野性の本能が爆発せぬよう理性が必死に制御するが、それも時間の問題。

膨れ上がった欲望に打ち勝てるほど強くつくられていない。

しかも断食して数週間が経つ。

飢えに苦しむ吸血鬼さんに目の前のご馳走は毒。

その首筋に吸い付いて、体が干からびるまで飲み干したい。

喉を生ぬるいモノで潤いたい。

この歯を肌に食い込ませたい。

―しかし、コイツは盲目だ。

これ以上苦しむのは酷ではないか。

別の人間で、いや、もう動けない。

この場で食すしか、でも何か嫌だ。

様々な感情が入り交じり、血を飲むのを躊躇われる。

ドン

弟をベッドの方に突き放して距離を置く。

肩や頭上で休んでいたコウモリ達がバササと弟から離れた。

それほど強く押していないから弟は無傷。

その行為に怒った姉は吸血鬼さんに殴りかかろうと立ち上がる。

「ちょっと吸血鬼さん!あたしの弟に何してるのよ!?」

「落ち着きなさいお姉ちゃん。吸血鬼さんはいま混乱してるんだ。ほら、あの子は無傷だ。」

いくらイケメンでも弟に手を出す奴は許せないらしい。

落ち着いた態度で宥める父に肩を掴まれ、姉はキュと下唇を噛み締める。

先程のメロメロの恋心は何処へやら、キッと怒りと牽制を含めて吸血鬼さんを睨む。

二人の目の前で強く己の体を抱き締める男は欲にジッと堪えていた。

緊迫した空気の中、場違いな声がベッドの上から聞こえる。

「ビックリした。吸血鬼さんどうしたの?」

ゆっくりベッドから起き上がり、真っ直ぐ吸血鬼さんに手を伸ばす。

しかし距離がある為、その手は何も触れられない。

そうとは知らぬ弟は両手を前後左右に動かして闇雲に吸血鬼さんを探す。

無思慮な行為に諦めは存在しない。

ただ探し者を探すだけに意識を集中させる。

「吸血鬼さーん、もしや避けてる?それは酷いなぁ。」

中々目的の者に出くわさないことで勘違いしたのか、ムスと拗ねた顔を作る。

本当は全く動いていないし避けてもいない。

ずっと同じ場所にいる。

しかし弟にはわからない。

ギシ

ベッドに手をついて立ち上がった。

ペチペチと左手で壁を確認し、右手で吸血鬼さん探し続行。

目隠しをした人間がするような動き。

的はずれな場所に進む弟はゴミ箱を蹴ってしまった。

中にゴミが入ってなかったのが幸いして部屋にも弟にも被害はない。

コロコロと転がっていくゴミ箱はコンと音をたて椅子にぶつかり、少しずつ動きを止めた。

「あれ?そっちにいるの?」

そんな所に物があるのに気づいていなかった弟は音がした方に顔を向けた。

壁から手を離し一歩一歩足場を確認しながら前へ。

頼れる物がない空間で耳の記憶だけを頼りに進む。

ポン

「あ、吸血鬼さん発見。部屋が静かだから、もう帰ったかと思ったよ。」

大分遠回りしたが記憶にあるポンチョの手触りにホッと一安心。

ちょっとした仕返しにペシペシと吸血鬼さんの頭を叩く。

部屋には姉しかいない。

父は風呂に入って寝た。

明日も朝から仕事で多忙なのだ。

体操座りで吸血鬼さんの動向を伺う姉も口から大きな欠伸が漏れ、今にも寝そうな雰囲気。

「どうしたの?」

無言でされるがままの吸血鬼さんが心配になり、肩に手を置いて顔を覗き込む。

赤い瞳の目の前に弟の首が晒される。

飢えが、理性を壊した。

グイッ!

強引に腕を引っ張られた。

長い爪で服が破けた。

よろめく弟の袖を捲り犬歯を剥き出しにする吸血鬼さん。

姉は熟睡。

危険を知らせる者はいない。

後僅かで腕に歯が食い込む。

その時、本能に従う頭に弟の声が染み込んだ。


「血を吸われても吸血鬼にならない?」


ピタ

先程の父のように落ち着いた口調。

成すがままではあるが、受け入れている訳ではない。

受け入れる理由も拒絶する理由も弟にはない。

危険だとわかっていても。

プクリと少しだけ刺さった箇所から血の玉が二つ膨らむ。

それが重力に従い吸血鬼さんの舌の上に流れる。

待ちに待ったご馳走を溢さぬよう薄い唇を傷口に当て、一滴残らず舐めつくす。

血は少しだけだが、吸血鬼さんは天国にいるような表情を浮かべ、うっとりとした眼差しを傷口に向ける。

赤い舌で唇を舐め、やっと質問に答えた。

「それはこちら(吸血鬼)次第だ。仲間にしようとすれば人間の体内に我々の血を流し、時間が経てば吸血鬼の完成。もしくは間隔をあまり空けずに飲みまくれば、最悪死ぬか吸血鬼になる。なったとしても下級だかな。

普通、このように吸っても吸血鬼にはならない。人間の本に書いてある説明はデマカセばかりで参考にはならんぞ。」

名残惜しそうに腕から顔を離す。

ジーッと傷口を見つめる吸血鬼さんの頭上で、弟は驚くべき事を口にした。

その頃、姉はまだ弟の部屋にいた。

床に横たわりスゥスゥと寝息をたてている。

まだ提出するレポートが終わっていないが大丈夫だろうか。

「そうなんだ。なら、吸ってもいいよ。俺の意識が残る程度にね。殺さないでよ。」

「本当か!?」

「ただし、さっきのも含めて一つ条件付き。」

玩具を買って貰った子供のように瞳を輝かせる吸血鬼さん。

最後の言葉に一変して嫌そうな顔をするが弟には効果なし。

何となく空気で察したのか宥めるようによしよしと吸血鬼さんの頭を撫でる。

子供のわりに大人な対応である。

そんな弟は今年十九歳。

現在十八歳である。

のわりに姉より小さい。

成長期に伸びなかった結果でもあるが、両親がそれほど大きくないという遺伝子の問題も含まれていると考えられる。

けれど本人はそのことを気にしていない。

人目を気にしなくなったから。

それが最大の理由と言えよう。

弟の手を握りドキドキしながら次の言葉を待つ吸血鬼さん。

不安を隠せない。

良くない条件ではないよう心の中で祈るのみ。

手を包む冷たい温度の細い手に弟は小さく笑った。

自分より一回り大きい手から伝わる震動が素直だったから。

「とても簡単だよ。

これから俺と友達になって、色んな事を教えてほしい。吸血鬼さんの事とか、吸血鬼の事とか色々。」

「……驚いた。随分と楽な条件だな。」

「友達は多い方が人生楽しいでしょ。」

キョトンとする吸血鬼さんの前でニコニコ笑顔の弟の声は弾んでいた。

吸血鬼さんもフッと微笑む。

別に条件を破っても勝手に飲んだりすれば良いのだが、たまにはこんなのも面白い、と吸血鬼さんは一者頷いた。

コンコン

開いた扉をノックする。

そこにはスパゲティが入った皿を手にした母が。

目を細め母親が子供を温かく見守る時の眼差しを二者に与える。

「血しか要らないと言われてたけど、一応スパゲッティを作ってみました。良かったらどうぞ。」

コトン

弟の机の上に置きっぱなしの本を片付け、音をなるべくたてないよう皿を置く。

弟の怪我を見て状況を察したのか目尻に皺を寄せた柔らかい笑顔を吸血鬼さんに向ける。

「同意なら構わないけど、ほどほどに。ね?」

「…はい。」

語尾を強めた母の笑顔が怖かった。

母は強し。

固まったままコクリと頷いた吸血鬼さんに満足したのか、入口で爆睡する姉を起こして部屋を後にした。


「……。」

無音の部屋に二つの呼吸だけ。

吸血鬼さんは先程の傷口の上に歯をたてる。

ズブリ

そのまま肌に噛みついた。

容赦ない痛み。

「ぃ…たい。」

目尻に大粒の涙を浮かべ、ポンチョをギュとキツく握る弟。

指先が白くなるほど強く。

ギリと歯が鳴り、初めての感覚に喉が仰け反った。

全身の血液がこの部分に集中しているようにさえ感じた。

背筋がゾクゾクする。

沸き上がる高揚感に浸りたくなる。

けど、恐い。

この感情の波に囚われてしまいそうで。

コウモリに囲まれた中心でポタポタと涙が落ちた。



「―という話はどう?俺達の出会いの話。」

「所々捏造や偽りがある。なんだあの私は。」

パコーン

「いたっ。」

椅子に座る弟の頭からいい音が鳴った。

それを笑うように吸血鬼さんの取り巻きのコウモリが鳴く。

呆れ顔の吸血鬼さんは溜め息をついた。

叩かれた箇所を擦りながら弟はケラケラと楽しげに笑う。

懲りてない弟の額を人差し指と中指を合わせて小突き、ストンとベッドに腰掛ける。

長い足を組み、肩や頭に乗るコウモリの内の一匹を両手の器の中に入れて喋る弟を眺める。

コウモリが日本語を喋れる訳がなく、一人でクスクス笑っている。

その光景に吸血鬼さんも目を細めて笑った。

「どうしたの?何か可笑しかった?」

「いや、お前は何時も可笑しいから安心しろ。」

「え、酷ーい。

全くお前の主人はあんなことしか言えない残念な者だねー。そうかそうか、お前も苦労しているんか。大変だな。」

「また捏造するな。」

立ち上がり片手でグイと弟の頭を押す。

しかしコウモリとの会話を止めようとしない。

弟の周りにコウモリが集まる。

まるで井戸端会議のようだ。

頭痛がする吸血鬼さん。

クイ

不意にポンチョを引っ張られた。

コウモリに囲まれた弟がニィと歯を見せている。

そんな弟に苦笑。

クシャリと髪を無造作に撫で回した。

されるがままの弟の髪はボサボサに。

今度は吸血鬼さんがクツクツと喉を鳴らして笑う。

「そんなにボサボサ?」

「実験に失敗した博士のような髪形だ。」

怒らない弟の酷い髪を手櫛で直してやる。

長い爪で傷つけないよう丁寧に、少しずつ荒れを落ち着かせる。

「これ終わったら夜の散歩行こ。たまには夜の空気吸いたい。」

「いいぞ。一応、両親か姉に伝えておけよ。」

「わかった。」

机に手をついて立ち上がる弟。

先に部屋の扉を開けた吸血鬼さんに礼を述べ、コウモリと共に部屋を後にした。


橙色の満月を大勢の犬が遠吠えをする声が最後に聞こえた。

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