魔王がどタイプすぎて退治できません!
「ふっふっふ……。我が名は魔王ソウマ。よくぞここまでたどり着いたな、褒めてやろう、勇者アヤトとやら。だが、貴様もここで終わりだ。我が闇の炎に焼かれ、骨となり、灰と帰すがいい!」
禍々しいオーラを放ち、漆黒の軍服を翻す魔王ソウマ。冷徹極まるその美貌は、まさに国宝級。喋るだけで周囲の温度を凍りつかせるような圧倒的カリスマだ。
対する俺――勇者アヤトは、聖騎士の白い甲冑に身を包み、金髪をなびかせて正義の剣を突きつけた。
「魔王ソウマ! 今日こそは決着をつけてやる!!」
ビシッと決めた俺に対し、ソウマは途端に冷ややかな、それでいて酷く呆れた視線を送ってきた。
「……いや。決着って、もう何十回もついてるだろ決着。大体お前、俺が『我が名は魔王ソウマ』って名乗るたびにニヤニヤするのやめろ。毎回初対面のフリしてそれ言うの、こっちだってめちゃくちゃ恥ずいんだが」
「う、うるさい! あんまりこっちを見るな! 照れるだろ!!」
「またしても訳の分からないことを……っ。ちょこざいな、これでもくらえ!」
ソウマから放たれる漆黒の魔力。普通なら全力で避けるべき一撃だ。
だが、至近距離で「ちょっと怒って耳を赤くしているソウマの顔」があまりにも尊すぎて、俺の脳細胞は完全に消滅した。
(ウッ……至高……! ごちそうさまです……!)
ズドォォォォン!!!
ーーーーーーーーーーー
「……ううっ」
気がつくと、俺は王様の目の前にある棺の中に収まっていた。いつものお約束、強制帰還である。
「情けないぞ、勇者アヤトよ! もう何十回魔王ソウマに倒されれば気が済むのだ! この国で最強と謳われるお主をもってしても敵わぬというのであれば、軍隊を派遣するなど別の作戦を立てねば……」
ガバッと棺桶から勢いよく起き上がり、王様が言い切る前に俺は叫んだ。
「いいえ! 王様! 魔王ソウマは非常に危険極まりない……そう、全人類の心臓を掌握しかねない、恐るべき悪魔であります! 多勢に無勢、軍隊など出せば彼のお美しいお顔に傷が……ゲフン、作戦が狂います! 私一人に、今しばらくの機会をお与えください!」
「そ、そうか……。うむ、相分かった。お主のそこまでの覚悟、しかと受け止めた。魔王討伐に必要なものであれば、なんなりと用意するぞ」
「はっ! 感謝いたします!」
ーーーーーーー
王宮の塔のてっぺんから、はるか遠くに見える禍々しい魔王城を眺めながら、俺は一人で頭を抱えていた。
「くそ、こんなはずじゃなかったのに……!」
純粋な戦闘能力で言えば五分五分。いや、冷静に戦えば、わずかに俺の方が勝っているはずなのだ。
だが、あいつの顔が視界に入った瞬間、脳への情報過多で体の自由が利かなくなる。最初はソウマの特殊な精神魔法か何かだと思っていた。だが違った。単なる不可抗力、ただの私の性癖の暴走だった。
俺は大きく深呼吸をし、胸いっぱいに空気を吸い込むと、城下町に向かって全力で咆哮した。
「なんであんなにどタイプの顔なんだよーーーーーっ!!!」
俺の魂の叫びが、世界の果てまでこだまする。
風に乗って、ほんのちょっぴりでも魔王ソウマの元に届いていたらいいな、なんて淡い期待を胸に抱きながら――。
だが、ふと俺の脳裏に、ある重大な疑念が沸き起こった。
もし。もしも本当に、俺があいつをやっつけてしまったら、一体どうなるのだろう。
魔王は消滅し、世界には幸福が訪れる……のだろうか?
いや、待て。幸福って、なんだっけ?
あいつの、あの国宝級の顔面がこの世から永遠に消え失せた世界。それが幸福?
(……無理。そんな世界、俺が生きていけない)
じわりと目頭が熱くなり、涙が頬を伝う。
だが、俺が放棄すれば他の奴がソウマを狙うだろう。他の不届き者に、あのお美しいソウマを傷つけさせるわけにはいかない。
「最期は……俺がこの手で抱きしめて、看取ってやるからな、ソウマ……!」
俺は固く心に誓うと、涙を拭って王様の元へと猛ダッシュした。
魔王討伐に「必須」のアイテムを懇願するために。
ーーーーーーーーーーー
「ふっふっふ……。我が名は魔王ソウマ。よくぞここまでたどり着いたな、褒めてやろう、勇者アヤト、って――おい、お前、何をしてるんだ?」
いつものように荘厳に名乗りを上げたソウマが、途中で素のトーンに戻ってツッコんだ。
無理もない。玉座の前に現れた俺は、白い甲冑姿のまま、目元に漆黒の目隠しをがっちりと巻いていたのだから。不審者以外の何者でもない。
「はっはっは! 今日こそは、決着がつくぞ! なんせ俺は、王宮の宝物庫から譲り受けた『必勝アイテム』を装備しているからな!」
「必勝アイテム……? その、あからさまに前が見えてなさそうな目隠しのことか?」
「そうだ! お前の顔を見るから体が動かなくなる! ならば、お前を視界に入れなければなんてことはない! 俺本来の力を余すことなく――」
『究極魔法・グラインド!』
「ぶふっ!?」
ドォォォン!!!
俺が言葉を言い切るより早く、ソウマの容赦ない無詠唱魔法が炸裂した。
衝撃で吹き飛ばされ、視界が真っ暗なまま意識が遠のいていく。
(ちくしょう……あいつ、低音の冷たい声もめちゃくちゃタイプじゃねえか……!!)
声だけで脳が溶けた俺は、そのまま光の速さで棺桶へと強制送還された。
(※ちなみに、この次の戦いでは「声がダメなら」と耳栓をして挑んだが、視界を塞がれた上に音まで遮断され、ただの『何も見えないし聞こえない無防備な人間』になった俺は、ソウマ会った瞬間、訳の分からないうちに一撃でやられていた。)
ーーーーーーーーーーー
その後も俺は、何度も、何度も、それこそ実家に帰る回数より魔王城へチャレンジし続けた。
だが、そのたびにソウマの美貌か美声に脳を焼かれては瞬殺され、気がつけば王様の目の前の棺桶へと強制送還される日々。
ついにその瞬間が訪れた。
「勇者アヤトよ。これで、お主が魔王にやられたのは【通算100回】となった」
王様は深いため息をつき、憐れむような目で俺を見下ろした。
「もう、諦めんか。正直な話……お主が魔王城に突撃するたびに、道中の魔物どもを嬉々として狩り尽くしてくれているおかげで、すでにこの国はめちゃくちゃ平和なのじゃ。十分な褒美は取らす。じゃから、もう隠居して――」
「いいえ! 王様!!」
俺はまたしても王様の言葉を遮り、大声を上げた。
「魔王をあのままにしておいては、いつしかまた魔物がうようよと再生されるでしょう! いや、もう再生してるかも! ほら、あそこの窓の外になんか禍々しいの見えませんか!? ね!! だから王様! 行かせて! 俺をソウマの元へ行かせてぇぇぇ!!!」
「(ソウマに会えない世界なんて嫌だー!)」という魂の叫びを隠し、俺はまるで新作の玩具をねだる幼児のように、ピカピカの聖騎士の甲冑を着たまま王宮の床をゴロゴロと転げ回った。
「わ、分かった! 分かったからそんなみっともない真似をするな! !」
「あ、ありがとうございます!」
バッと瞬時に立ち上がり、爽やかに微笑む。
「……ハァ。それでじゃな、お主が文字通り命を懸けて時間を稼いでくれた間に、我が国の総力を挙げ、魔王の弱点を突く『神器』の開発に成功したのじゃ」
「じんぎ……? 神器ですか!?」
「さよう。この神器を使えば、魔王の行動をしばらくの間、完全に封じ込めることができる。お主はその隙に、魔王を討伐せよ。……ちなみに、この神器は超希少な素材を使い切ったため、もう二度と作れん。つまり、今回が最後の戦いになる。失敗したらどうなるか、分かっておるな?」
「しょ、承知いたしました。もし今回、私が敗れるようなことがあれば、魔王討伐の任を退き、大人しく隠居いたします」
俺は、すでに机の上に用意されていた契約書に、有無を言わさず血判を押させられた。
実質的な、戦力外通告一歩手前の崖っぷち。
静まり返った謁見の間で、俺は自分の胸に手を当てた。
別に、この状況に甘えていたわけじゃない。だが、心のどこかで「ソウマに会いに行けるこの戦い」を、ずっと楽しんでいた自分がいたことは否定できなかった。
いや、楽しかった。楽しすぎた。というか、めちゃくちゃ好き。愛してる。
ぶんぶんと頭を振って煩悩を削ぎ落とす。
(……いやいや!今度こそ、今度こそ本当に決着をつけるんだ!)
待っていろ、俺のダーリン。いや、魔王ソウマよ!
たぎる情熱を抑えきれなくなった俺は、王様の前で
「うおおおおお!」
と威勢よく聖剣を振り上げた。
――結果、要注意人物と見なされ、その場で近衛兵たちに一時拘束された。
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「ふっふっふ……。我が名は魔王ソウマ。よくぞここまでたどり着いたな、褒めてやろう、勇者アヤト、って――え? お前、泣いてる……?」
いつもの玉座から立ち上がったソウマが、セリフの途中で完全に硬直した。
それもそのはず、俺は魔王城の廊下の時点ですでに涙が溢れまくっており、道中にいた気のいい魔物に「お前、大丈夫かよ……」と鼻水を拭いてもらいながら、ようやくここにたどり着いたのだ。
「うっ……ううっ……えぐ、えぐっ……!」
「ちょ、なんだよそれ。お前らしくねーじゃん……」
あまりの変貌ぶりに動揺したのか、ソウマの口調がどことなく素のタメ口になっている。
「そんなボロボロの状態で、戦えるわけないだろ? もう今日は帰れよ。また別の日に来い。俺はな、お前から逃げも隠れもしねーから」
(かっ、っけえぇぇぇぇーーーーー!!!)
もしも俺の体力が可愛いハートマークで表記されていたら、今の一言で特大のピンクのハートに変化して大爆発していたに違いない。
「ち、ちがうんだ、ソウマ……っ」
「え、お前、今サラッと俺のこと呼び捨てにした? てか前々から思ってたけど距離感バグってない?」
「マジで、今回が最後の戦いなんだよ……!」
「いや、お前毎回『今日こそ最後だ』とか言ってる気がするけど!?」
「これを見てくれ!!」
俺は、王様から授かった水晶型の神器を高々と掲げた。
その名も、神器【マオウトメール】。越中富山の薬売りを彷彿とさせる、あまりにも安直なネーミングセンスのアイテムである。
「な、なんだそれは……っ!」
しかし効果は絶大だったのか、あからさまにソウマが怯え、数歩後ずさった。
勝機! 俺は【マオウトメール】を突き出しながら、ソウマに向かって一歩、また一歩と近づいていく。
「どうだ、ソウマ!!」
「くっ……! くっさ!!! 何だそれ、めちゃくちゃ臭い!!! やめろ、近づけるな!!!」
まさかの、物理的な「激臭」による精神攻撃だった。
「ちょ、マジでそれ無理だから! 鼻が曲がる!!」
「やーいやーい! これでもくらえー! 待て待てソウマ〜〜!!」
漆黒の軍服を翻して本気で逃げ回る超絶美形の魔王と、臭い水晶を持って笑顔で追いかける爽やか勇者。
俺はソウマとの至福の鬼ごっこを、すこぶる楽しんでいた。
だが、逃げるソウマの美しい横顔を見つめながら、俺の脳裏にふと、小さな、本当に小さな疑問が浮かばないでもなかった。
(……果たして、この神器の使い方は本当に合っているのだろうか?)と。
ーーーーーーーーーーー
ドタバタと魔王城の最深部で繰り広げられる、小学生レベルの鬼ごっこ。
しかし、その時間は唐突に終わりを告げた。
「わわっ、くそ、足がからまる……!」
逃げ回っていたソウマが、自身の豪奢な漆黒のマントに足を絡ませ、派手にあおむけに転倒したのだ。
チャンス! 俺はここぞとばかりにソウマの細い腰に飛び乗り、完全に馬乗りになった。
「わはは! 覚悟するがいい、ソウマよ!」
「ちょっと待て、どっちが魔王なんだ!!」
嫌がるソウマの抗議を無視し、俺は神器【マオウトメール】を高々と掲げた。
その瞬間、にわかに神器が眩い輝きを放ち、あたり一面を真っ白な光の世界へと引きずり込んでいく。
「あ……あ、あ……」
ソウマの美しい瞳からスッと光が消え、口をパクパクとさせたまま完全にフリーズした。
「お、おい! 大丈夫かよ……! ――あ、そうだ、これが本当の効果だったか!」
冷や汗を拭い、俺は腰の鞘から本来の目的である「聖剣」に手をかけた。
光の中で身動き一つ取れないソウマは、まるでいつかこの時が来るのを分かっていたかのように、観念してそっと目を閉じる。
(くそ……諦めた顔まで国宝級にかっこいいのかよ!)
俺はちっと舌打ちをすると、剣から手を離し、全力でソウマの胸に抱きついた。
「ねえねえソウマ、俺のことどう思ってる?」
「あ……あ……」
ソウマは時間の狭間で声が出せない。
「え? なに? 聞こえなーい。俺さー、初めて会ったときから、ソウマのこと結構気になってたんだよね。あー、言っちゃった!」
俺は照れ隠しに、ソウマの綺麗な顔面をバシバシと拳で殴りつけた。光の勇者の容赦ない筋力により、ソウマの鼻からうっすらと鮮血が滲み出る。
ソウマは時が止まったまま、すこぶる嫌そうな、苦悶の表情を浮かべている。
うん、間違いない。初めてくらう告白に、照れて動揺しているに決まっている。
俺は懐から四つ折りにされた紙を引っ張り出すと、ソウマの指にその鼻血をたっぷりと塗りたくり、紙の所定の位置へ無理やり押し付けた。
「よしっ、オッケー!」
ソウマの目の前にその紙を突きつけた瞬間、神器の光が弾け、効果が解ける。
「ッ、ぐ、はあ、はあ、はあ……! な、なぜ私を殺さない!? そして、なんだこの不気味な紙は……? こん、いん……とどけ……?」
「俺がソウマを殺す? そんなの出来るわけないじゃん。ってか、したくない。お前がもしトラックに轢かれそうになって死にそうになっても、俺が絶対に助ける」
「いったい、何を言っているんだお前は……!」
「そしてこれは『婚姻届』と言ってな! これに血判を押した者同士は、一生添い遂げる国の一大契約なのだ!」
俺は満面の笑みで、婚姻届をソウマの前に叩きつけた。
「ふざけるな! 『究極魔法・グラインド』!!」
青ざめたソウマが、超強力な破滅魔法を婚姻届に叩き込む。だが、紙には傷一つ付かない。
「なっ!? 『無限魔法・タイメンザイ』! 『最終魔法・ガンキ』! 『カリキトウ』! 『ゼンリツセン』!!」
ソウマはパニックに陥り、彼が知りうる限りの、ありとあらゆる禁忌の魔法を絶叫しながら叩きつけた。魔王城の天井が崩れかけ、轟音とともに、はげしく埃が舞う。
――だが、煙が晴れたあとも、その紙は新品同様にツヤツヤとしていた。
「はあ、はあ……な、なんなんだこの呪わしい紙は……! なぜ燃えない!?」
「だから、婚姻届だって。俺たち、結婚するんだよ?」
俺はうっとりと微笑み、甘えるようにソウマの腕にすり寄る。
「ああ、その紙? これはね……お前たち魔族がこれまでに殺してきた人間たちの、おぞましい怨念と未練を極限まで集めて、俺が研究に研究を重ねて自作した特級咒物さ。魔族の力では絶対に傷つけられない仕組みになってるんだ。たとえ魔王のお前であってもね」
フフ、と笑いながら、俺は自分の親指をガリッと噛みちぎり、血を滲ませた。
「ひいっ……!」
最強の魔王ソウマが、小さく悲鳴を上げて怯える。
俺はその血まみれの指を、婚姻届の自分の名前の欄へ思い切り叩きつけた。
「さあ、これでめでたく、俺たちは正真正銘の夫婦だ」
「ちょっと待て! こんな、悪魔みたいな所業、許されるわけ――」
恐怖と混乱が限界を迎えたのか、ソウマはがくりと意識を失い、その場に崩れ落ちた。
俺はすかさず、気絶したソウマの体を愛おしそうにお姫様抱っこで抱え上げる。
すると、呪いの効果か、はたまた愛の力か。
ゆっくりと目を覚ましたソウマは、虚ろな瞳で俺を見つめ、トロンとした声でこう囁いたのだった。
「……アヤト、愛している」
「うん、俺も愛してるよ、ソウマ」
こうして、魔王は勇者の手によって(文字通り生涯)封印され、世界には永遠の平和が訪れたのだった。めでたし、めでたし。
(おわり)




