幸運
ミノタウロスの巨体が崩れ落ちてから、しばらく空洞は静まり返っていた。
さっきまで響いていた轟音が嘘のようだ。巨大な死体の周囲には、まだ血の匂いが残っている。
俺はゆっくり息を吐き、立ち上がった。心臓の鼓動はまだ速い。
視線を落とす。
床に、小さな光がいくつか転がっていた。
「……ドロップか」
俺はしゃがみ込み、手に取る。凛も隣に腰を下ろし、興味深そうに覗き込んだ。
鑑定。
視界の端に文字が浮かぶ。
【ミノタウロスの戦斧】
攻撃力+40
【ミノタウロスの魔核】
アイテム素材 市場価値150万
【ハイポーション】
軽度の骨折や臓器の損傷なら治療可能
「……おお」
思わず声が漏れた。
凛も目を見開く。
「ミノタウロスの戦斧と魔核……これはかなりの当たりです」
魔核を手に取る。赤黒い石が内部から鈍く光っている。
「これだけで150万か」
凛が頷く。
「戦斧も高く売れるはずです。二つ合わせれば……300万くらい行くかもしれません」
「マジか」
新人探索者が聞けば腰を抜かす額だ。
そしてもう一つ。
俺はポーションを拾い上げた。
透明な瓶の中で、淡い光を放つ液体が揺れている。
「ハイポーションか」
凛が言う。
「これも高価です」
俺は瓶を軽く振りながら少し笑った。
「なるほどな」
「?」
凛が首を傾げる。
「いや。ハイポーションがレア枠になるのか……」
普通なら回復薬はハズレ枠だ。ポーションとか解毒薬とか。
だが、足元の戦斧と魔核を見ると、どう考えても格が違う。
「俺のスキル」
「本当に反転してるんだな」
凛が静かに頷いた。
「……そうみたいですね」
俺はしばらく考え、それから立ち上がる。そしてポーションを持ったまま坂城の方へ歩いた。
坂城は壁にもたれかかっていた。顔色が悪い。右腕の傷からまだ血が滲んでいる。
俺はその前にしゃがみ込み、ポーションをそっと地面に置いた。
「それ」
坂城が視線を落とす。
「ハイポーションだ」
坂城は一瞬だけ驚いた顔をした。
「……いいのか」
俺は肩をすくめて笑う。
「いいだろ」
坂城は少し黙った。
そのときだった。
「ちょっと!」
鋭い声が空洞に響いた。
ひなのだ。怒った顔でこちらを睨んでいる。
「何やってんのよ!」
俺は首を傾げる。
「何って?」
「何ってじゃないでしょ!」
ひなのが怒鳴る。
「こいつ!」
俺を指差す。
「逃げ回ってただけじゃない!」
空洞に声が反響する。
「私たちが戦ってたのに!」
「最後だけ横取りして!」
「何よそれ!」
……俺は少し考えた。
そして頷く。
「そうだな」
ひなのが止まる。
「……は?」
「確かに。ほとんど凛が倒したようなもんだしな」
横を見る。
凛が少し驚いた顔をしていた。
だがひなのの怒りは収まらない。
「だったら!」
叫ぶ。
「レアドロップも置いて行きなさいよ!」
そのとき。
「……ふざけないで」
凛の声だった。
低く、冷たい。
空気が一瞬で変わる。
ひなのが振り向く。
「は?」
凛が一歩前に出る。
「あなた」
「さっき逃げようとしてましたよね」
ひなのが眉を吊り上げる。
「何よ」
「それが普通でしょ!」
吐き捨てるように言う。
「勝てない相手なんだから!」
凛は静かに首を振った。
「勝てないのに」
一歩踏み出す。
「他人の為に立ち向かえるのが強さだって」
凛の目がひなのをまっすぐ見据える。
「分からないんですか?」
空気が凍った。
別のメンバーも視線を逸らした。
誰も、ひなのを擁護しない。
ひなのの顔が歪む。
空洞に沈黙が落ちた。
俺はその空気を見て、少し頭を掻いた。
「……まぁ」
肩をすくめる。
「確かに運が良かっただけだと思う」
ミノタウロスの死体があった場所を見る。
「タイミングとか作戦とか」
「全部運が良かった」
それから凛を見る。
「でもまぁ」
少し笑う。
「今日一番の幸運は」
肩をすくめた。
「凛と出会えた事かな」
凛が固まった。
「……っ」
顔が一気に赤くなる。
「な、何言ってるんですか」
視線を逸らす。
耳まで赤い。
「もう……」
小さく呟く。
「調子狂います」
俺は笑った。
シーカーズのメンバーは黙ってその様子を見ていた。




