牛頭
通路の奥から、重い衝撃音が響いた。
ドンッ。
続けて、岩を砕くような音。地面に何かを打ちつけたかのように、音がするたびに振動がこちらまで伝わってくる。
そして男の怒鳴り声。
「くそっ!」
坂城の声だった。
俺と凛は顔を見合わせる。
「戦闘中ですね」
「みたいだな」
俺たちは通路を急いで進む。
曲がり角を抜けた瞬間、視界が開けた。
中層最奥の広い空洞。その中央に巨大な影が立っていた。
牛の頭。曲がった二本の角。
そして人間のような筋肉質の体。
身長は二メートルを軽く超えている。
手には、岩塊のような戦斧。
赤い目がこちらを見た。
「……ミノタウロス」
探索者なら誰でも知っている名前だ。
中層の“壁”と呼ばれるモンスター。新人パーティなら、一瞬で叩き潰される。
そして、その周囲で戦っているのは――
シーカーズのメンバーだった。
「くそっ……!」
坂城が後ろに下がる。右腕から血が流れ、力が入らないのかだらりと垂れ下がっている。
どうやらさっきの攻撃を受けたらしい。
「坂城くん!」
ひなのが叫ぶ。
「大丈夫!?」
「大丈夫なわけあるか!」
坂城が歯を食いしばる。
「腕が……!」
ミノタウロスが地面を踏み鳴らす。
ドンッ。
空気が震えた。
既に前線は完全に崩れている。盾役はいない。坂城は腕をやられている。残りのメンバーは距離を取るだけで精一杯だ。
「マズいな」
俺は小さく呟く。
そのときだった。
「……おい」
坂城がこちらに気づいた。
俺を見る。そして顔を歪めた。
「なんでお前がいるんだ」
恐怖の中に、驚きが混じっている。
「役立たずは来るな!」
怒鳴り声が響く。
「邪魔なんだよ!」
その瞬間、ミノタウロスが動いた。
剛腕から、斧が振り下ろされる。
ドンッ!!
地面が砕け、メンバーの一人が悲鳴を上げた。
紙一重で躱したが、砕けた破片の大きさが威力を物語っていた。
「うわあっ!」
完全に押されている。その様子を見て、ひなのが口を開いた。
「ねえ」
甘い声だった。
「坂城くん」
「……あ?」
ひなのは坂城を見て、そのあと俺を見る。
そして、くすっと笑った。
「いいこと思いついた」
その笑顔には、妙な冷たさがあった。
「坂城くん」
「あいつ」
俺を指さす。
「囮にしようよ」
一瞬、空気が止まった。
「……は?」
坂城が眉をひそめる。
ひなのは平然としている。
「だって」
「役立たずなんでしょ?」
「だったら最後くらい役に立ってもらえばいいじゃん」
軽い調子で言った。
「ミノタウロスの注意を引いてもらえば」
「その間に逃げられるよ」
坂城は少し考えた。そして俺を見る。ほんの一瞬、目と目が合う。
「ひなの――」
その瞬間だった。
ミノタウロスがこちらにターゲットを変える。
ズン。
ズン。
巨大な体が踏み出す。
ドンッ。
地面が揺れる。
凛が短剣を構え、一歩前に出ようとした。
俺はその前に、小さく言った。
「凛」
凛がこちらを見る。
「いけそうか?」
迫ってくるミノタウロス。崩れた前線。シーカーズ。
凛はすぐ理解したらしい。
短く頷く。
「はい」
俺はミノタウロスを見る。
ナイフを構え、一歩前に出た。
「坂城」
俺は言った。
「逃げろ」
「……は?」
坂城が顔をしかめる。信じられないという表情だった。
口を開いたその瞬間、ミノタウロスが咆哮する。
巨大な体がこちらを向く。
次の獲物は、俺らしい。
俺は軽く肩を回した。
「凛」
「準備いいか」
「はい」
凛が短剣を静かに構え直す。
俺はミノタウロスを見上げた。
小さく息を吐く。
覚悟を決めた。
「ここは俺たちがやる。」
《鑑定結果》
【ミノタウロス】
大型獣人型モンスター
危険度:C
特徴
・怪力
・高耐久
・突進攻撃
弱点
・関節部
・視界の外からの攻撃
ドロップ
・ハイポーション
・ミノタウロスの角
・ミノタウロスの魔核
・戦斧
説明
中層に生息する牛頭の戦闘モンスター。
怪力と突進攻撃を得意とする。
単純なパワーでは上位モンスターに分類される。




