焔衝
駅長レイスの影が動いた。それと同時に、フードが微かにこちらを向く。
「…っ!」
俺は咄嗟にひなのを抱き寄せて、ベンチの端にいっそう体を押し付けてうずくまった。
(ヤバい、気付かれたか…?)
だがレイスは直ぐに反対側に向き直る。その姿を見て何となく理解した。こいつが見ているのはホームではなく線路だ。永遠に来ない列車が来るのを、今か今かと待ち侘びているようだった。仮にこいつが、廃駅の駅長の幽霊と考えると、何となく納得できそうな話だと思った。
それと同時に、一縷の希望が見える。
「ひなの、いけるかも知れない」
俺は言った。
「アイツはまだ俺たちを見ていない、というより線路に夢中だ。電車が来るのを待ってる。幽鬼系は火に弱いから、一撃デカいのを当てればやれるぞ」
自分で話しながら、この千載一遇のチャンスに興奮しているのが分かった。今やり過ごしてもこの先出会わないとは限らない。やれる事ならここで倒すのがベストだ。
「…わかったわ」
ひなのが言った。
「…で、いつまで抱きついてんのよ」
気付くと咄嗟に抱き寄せた手が、ずっとひなのの背中を抱いたままになっていた。言われて、俺は慌てて手を離した。
取り繕うように、気を取り直して俺は言う。
「…とにかく。今のうちに一撃でやる。これが俺たちの唯一の勝利条件だ。もし外したら全力で逃げる。例え四層まで逃げても、四層にアイツよりヤバい奴もそうそういないだろう」
ひなのがぎゅっと口を結んだ。そして強く、頷いた。
「距離があるが、いけそうか?」
ひなのに問う。これが最終確認だった。
「誰に言ってるのよ」
「さあ、どこにいるか教えなさい」
俺は慎重に距離を測る。50メートル手前くらいか。目印になりそうなものを探す。看板…は数が多すぎる。白線、ベンチ、乗車口…どれも伝えづらい。
その時だった。駅の番線表示と柱が目に入った。文字は相変わらず読めないが、他のものに比べてかなりわかりやすい目印だ。
「ひなの、あの柱の手前にある番線表示が分かるか?あのぶら下がってる四角いやつ」
胸の先で小さく指を指す。ひなのは頷いた。
「よし、じゃあ距離はあの番線表示の2メートル手前だ。そして、狙う場所だが…奴は今、白線の直ぐ内側だ。今は棒立ちだが、動き出しそうなら逐一指示する。」
これで俺の出来る事は全てやった。
後はひなのの成功を祈る事と、失敗した時に全力で逃げられるよう足をほぐしておくことくらいか。
「…神谷」
ふいにひなのが言った。
「ありがとね」
今まで聞いたことがない優しい声だった。そして、ふっと微笑んだ。その笑顔を見た時、なぜか胸の奥がチクリとした。
「行くわ」
ひなのは直ぐに指定された場所に向かって、集中して魔力を練り始めた。鑑定を使わなくても分かるくらい、ひなのの周りの魔素密度が上がっている。事前の通り、溜めて溜めて、一撃で屠るつもりらしい。この状況において、それが最適解だった。
ひなのはスキルは火産霊。
読んで字の如く、体内や周囲の魔素を自分の魔力として、火属性の魔法を自在に扱うことが出来る。
一見ただ強力なスキルだが、火を使う性質上、扱いがとても難しい。一般的に固有スキルが発現する年齢は12〜15歳前後と言われているが、ひなのがスキルを発現したのは10歳の時だ。
クラスメイトとの喧嘩で、相手の男子に筆箱で殴られた。その際、逆上したひなのが相手に掴み掛かると相手が発火して、一命は取り留めたが大惨事になったらしい。
スキルの突発的な発現での事故はよくある話なので、ひなのは無罪放免になったが、それでも転校は余儀なくされ、その後もその年齢の子が持つには余りにも強力なスキルに相当苦労したようだ。
才能は元々あったが、それでも今日に至るまで血の滲むような努力をして、今や火力と魔力操作は学部内でもトップクラスとなった。
だからだろうか。
過去のトラウマと制御が効かないスキルを長年の努力で克服してきたひなのにとって、俺は受け入れ難い存在らしかった。
レアスキル持ちというだけで同じパーティに席を置き、鑑定やドロップアップで戦闘は他人任せ、という俺の在り方が気に入らないのは当然の話だった。
だから逆恨みだとは思いつつ、先日の追放の一件があってなお、俺はひなのが嫌いではなかった。
ひなのが魔力を練り始めてから、凡そ30秒。
ブッ、とひなのの鑑定も途切れた。蓄積された魔力量が俺の鑑定限界を超えたのだ。
駅長レイスは微動だにせず、まだあそこに佇んでいる。今なら一撃であのバケモノを仕留め切れる。
「やれ」
「頑張れひなの」
思わず声に熱が籠る。恵の仇を、お前自身の手で晴らしてやれ。
そう思った瞬間。
ひなのがレイスのいる方に杖を向けて、言った。
「爆ぜろ。」
言い終わると同時に溜め込んだ魔力を解放され、50メートル先で大爆発が起こる。
夜のダンジョンが一瞬昼になったように明るくなり、衝撃と爆風で砕け散ったホームの屋根や看板、ベンチなどがあちこちに吹き飛んだ。
爆発の衝撃で俺のところまで突風が吹き付ける。風に舞った土ぼこりに思わず目を瞑り、手で顔を防いだ。
鼓膜が震え、地鳴りのような振動に身体が震えるを待つ事数十秒。
やがて衝撃が収まり、ゆっくりと目を開ける。
辺りは静寂と土煙だけが残っていた。
煙が晴れていく。
俺は再び鑑定を発動し、注意深く目を凝らした。
攻撃の場所はドンピシャだった。駅長レイスのいた場所は、爆発の衝撃で跡形もなく砕け散っている。ホームの大部分が抉れ、半円形のクレーターが先程の威力の大きさを物語っていた。
レイスの姿はどこにもない。念の為周辺も確認したが、影も形も見当たらなかった。
静寂が辺りを包みはじめる。
同時に、勝利への実感が遅れてやってきた。
ひなのの、いや。俺たちの勝ちだ。
「ひなの!やったぞ!」
振り返ってひなのを見ると、ひなのはまだ油断せずに杖を構えていたが、俺の言葉でようやく杖を下ろして、壁に寄りかかった。
「見た?ざっとこんなもんよ」
強がっているが、相当消耗したようだ。膝が笑っており、指先にも力が入らないらしい。そういうが早いが、その場でへたり込む。
「私たちの勝ちね」
だが、こちらを見上げた笑顔は力強く、眩しかった。
思わず、目を奪われる。今まで意識してなかったが、こいつ意外と美人だよな、と場違いなことを思ってしまう。
…こんな時に何考えてるんだ、俺は。
頭を軽くふり、思考を整える。一先ずの脅威は去ったが、ひなのを消耗させてしまった状態でまだ先は長い。
とりあえず少し休んでから、早く進まなければ。先程の駅長レイスのドロップに役立つものがあれば良いが。
——-鑑定。
ドロップを探そうと見渡す。その時、急に違和感を覚えた。
ドロップ品がどこにもない。
吹き飛ばされた可能性もあるが、ダンジョンの両端はホームの壁に阻まれ、今の俺は100メートル先まで見渡せる。
馬鹿な。
もしかして、まだ終わりじゃないのか?
そんな馬鹿な。気づいた途端、足元がぐらついた。壁に手をついて踏みとどまるが、その気付きが正しいことは自分の心臓の鼓動が証明していた。
終わってない。
まだアイツは生きている。
「ひなの」
声が震えていた。
「マズいぞ」
恐怖で喉が掠れる。
「神谷!」
瞬間、ひなのの叫ぶ声が聞こえた。
ハッとして振り返ろうとするが、その瞬間、俺は心臓が止まりそうになった。
俺の直ぐ隣で、フードを被った黒い影が佇んでいた。
ひなのは当初、よくいるクズキャラにする予定だったのですが、気づけばこんな性格になっていました。でも書いていて楽しいです。




