別れ
それから、数分が経った。
残酷だが、いつまでもここに留まっているわけにはいかない。
さっきの爆発音を聞きつけて、別のモンスターが寄ってくる可能性もある。
ひなのを引きずってでも、この場から離れなければならない。
一秒でも早く。
だが。
そんな事は今は関係ない。
「ひなの、そのままでいいから聞いてくれ」
ひなのは顔を伏せたまま、肩を震わせている。
俺は続けた。
「俺が来た時には、もう恵さんは亡くなってた」
「状況から見て、やったのはさっきのレイスだと思う」
ひなのの肩が小さく揺れる。
「……ひなのが仇を取ったんだ」
慰めにならないことくらい分かっている。
それでも、何も言わないままここを離れるのは、どうしても不誠実な気がした。
「……っさい」
やがて、嗚咽の混じった声が漏れる。
「慰めのつもり?」
「自分のせいじゃないって……そう言いたいわけ?」
「そうだ」
俺は即答した。
「俺のせいじゃない」
ひなのがゆっくりと顔を上げる。
涙で濡れた目が、まっすぐこちらを見た。
俺は続ける。
「そして」
一番言いたかった言葉を、はっきりと口にした。
「お前のせいでもない。」
「だから自分を責めるな。」
その瞬間、ひなのの唇が震えた。
何か言おうとして、声にならない息だけが漏れる。
やがて、目から新しい涙が溢れ落ちた。
俺は少しだけ間を置いて言った。
「立てるか?」
ひなのは答えない。
俺は続けた。
「向こうに恵の遺体がある」
「正直、苦しい最期だったと思う」
一瞬、言葉が詰まる。
「……まだ残ってるか分からないけど」
「それでも良ければ、案内する」
そう言って、俺は先に立ち上がった。
ひなのはまだ泣いていた。
だが、数秒後。
ゆっくりと立ち上がる。
そして、小さく言った。
「……連れてって」
⸻
恵が倒れていた場所へ戻る。
そこには、さっきと同じ静けさが残っていた。
遺体は、まだそこにあった。
その瞬間。
「恵!」
ひなのが駆け出した。
俺が止める間もない。
恵の元へ飛び込み、その場で膝をつく。
そして。
「……っ」
一瞬、顔を見て固まった。
だが、次の瞬間。
ひなのは震える左手で、恵の目に触れた。
恐怖で見開かれたままの瞼を、そっと閉じる。
「辛かったよね……」
声が震えている。
「助けてあげられなくて……ごめん……」
そう言って、恵の体を抱きしめた。
そのときだった。
恵の体が、ふっと光った。
小さな光の粒子が浮かび上がる。
やがて全身が淡い光に包まれ、ゆっくりと崩れていく。
光の粒子が、空気に溶けるように広がった。
まるで、静かに空へ還っていくようだった。
最後の光が消えるまで、ひなのは何も言わずに見つめていた。
やがて。
ひなのの頬を涙が伝う。
それでも、ほんの少しだけ笑って。
「……バイバイ」
小さく、そう呟いた。
⸻
俺は内心、少し驚いていた。
通常、ダンジョンで死んだ遺体はすぐには消えない。
モンスターも人間も、しばらく経ってから消滅する。
個体差はあるが、命を失った肉体はやがて魔素となってダンジョンへ還元されるからだ。
だからモンスターはどれだけ倒しても減らない。
ダンジョンコアを破壊しない限り、ダンジョンが消えない理由もそこにある。
恵がレイスにやられてから、どれくらい時間が経っていたのかは分からない。
だが、あの状態でここまで遺体が残っていたのは奇跡だと思った。
だけど……もし。
もしこれが、ひなのにとって少しでも救いになったなら。
それでいい。
そう思った。
⸻
それからしばらくの間。
ひなのは俺に背を向けたまま、そこに立っていた。
恵が消えた場所を、ただ見つめている。
俺は周囲を警戒しながら、何も言わずに待った。
そして。
「神谷」
ひなのが、ゆっくり口を開く。
振り返った。
その目には、涙の跡が残っている。
だが。
瞳の奥には、静かな火が灯っていた。
「私も手伝うよ」
ひなのは言う。
「何すればいい?」




