三層
二層に残された人がいないか、注意深く周囲を観察しながら進む。
通路は長く、そして単調だった。だが、不思議と迷う感覚はない。
やはり予想通りだ。
電車が元になったダンジョンなら、構造はある程度決まっている。
一本道。分岐はほとんどない。
車両構造がそのまま空間に反映されているのだろう。
歩きながら、鑑定を発動し続ける。視界に薄く情報の層が重なる。
二層に現れるモンスターは、ほとんどが小型の機械型だった。
ウォッチフライのような監視型。警備ドローンに似た個体。
どれも金属の身体と、レンズ状のコアを持っている。
どうやらこのダンジョンは、元になった電車の性質を強く反映しているらしい。
監視装置。機械。管理。
そういったものが、モンスターとして具現化している。
そして、この手の相手にナイフはほとんど役に立たない。
刃が通らないわけではないが、効率が悪すぎる。
今の装備は折りたたみナイフだけだ。
さっきの金槌は、乗客の学生に渡してしまった。
「……失敗したな」
小さく呟く。
こんなことなら、あの金槌を手放すんじゃなかった。
だが、あの判断自体は間違っていない。あそこには武器が必要だった。
今は進むしかない。
牽制を入れながら距離を取る。鑑定で位置を把握し、回避を優先する。
索敵と回避。それだけに集中して奥へ進む。
それでも、胸の奥では不安が膨らんでいた。
三層に取り残された人がいる。
もし既にモンスターに襲われていたら――。
その考えを振り払う。今は進むしかない。
しばらく歩いた頃だった。
突然、視界が開けた。
「……」
思わず足を止める。
そこは、駅のホームのような空間だった。
三層に到達したらしい。だが、普通の駅ではない。
空は暗い。
天井なのか、空なのか判別できない黒い空間が広がっている。
ホームは寂れていた。
ひび割れた床。錆びた手すり。壊れたベンチ。
そして壁には、広告の看板のようなものが並んでいる。
だが、その文字は読めなかった。
ミミズがのたうち回ったような歪んだ線。
文字なのか、落書きなのかすら分からない。
人間が作った駅に似ている。
だがどこか決定的に狂っている。
妙な圧迫感があった。
鑑定を維持したまま、周囲を見回す。
反応はない。乗客もモンスターも、この範囲にはいないようだった。
このまま進もうとした、その時だった。
「――ッ」
突然、目に鋭い痛みが走った。視界が白く弾ける。
涙が溢れ、目を開けていられない。
「く……っ」
思わずその場にしゃがみ込む。目を押さえる。
痛みは鋭く、じんじんと広がっていく。
呼吸を整える。そして気づいた。
鑑定だ。
二層に入ってから、ほぼずっと使い続けていた。
索敵と回避。距離測定。
想像以上に負荷がかかっていたらしい。
「……やばいな」
小さく呟く。
鑑定を解除する。視界から情報の層が消えた。
二、三分ほどだろうか。痛みは徐々に引いていく。
涙を拭いながら、ゆっくりと立ち上がった。
「……行くか」
鑑定は、しばらく使わない方がいい。
視覚と気配だけを頼りに、慎重に進む。
それから五分ほど歩いた頃だった。
線路の上に、人影が見えた。
誰かが横たわっている。
「……」
足を止める。
血は見えない。動きもない。
こんな場所でなければ、寝ているのかと勘違いしてしまうほど静かだった。
だが、ここはダンジョンだ。油断はできない。
周囲を確認する。物音はない。モンスターの気配も感じない。
ゆっくりと近づく。
服装と体つきから、女性だと分かった。
様子がおかしい。
そう思いながら、慎重に距離を詰める。
鑑定は使わない。さっきの痛みを思い出す。
……仕方ない。
俺は地面に突っ伏しているその身体を、足で軽く押した。
仰向けに転がす。
その瞬間。
俺は目を見開いた。
顔が異様だった。
口は大きく開かれている。
口内から吹き出した泡が、まだ乾かず残っていた。
目は見開かれたまま。
頬や首筋には、爪で引っ掻いたような傷が何本も走っている。血が滲んでいた。
余程の恐怖だったのだろう。
苦しみながら死んだことは、想像に難くない。
だが。
一番驚いたのは、それではなかった。
その顔に、見覚えがあった。
「……」
大学で、何度か見かけたことがある。
名前は思い出せない。だが間違いない。
この女は――
「……ひなのの友達だ」
嫌な予感が、胸の奥で静かに膨らんだ。




