有志
突然の坂城の登場に、俺は思わず目を見開いた。
坂城は隆起した岩の上に立ち、群衆を見渡していた。
恐らく、注意を引くために何か地属性のスクロールを使ったのだろう。
坂城は、大きく息を吸う。
「皆んな、落ち着け!」
よく通る声が、広い空間に響く。
それだけで、ざわついていた群衆の動きが一瞬止まった。
坂城はそのまま、ゆっくりと話し始めた。
「まず状況を説明する」
声は落ち着いている。
「ここはダンジョンの第一層だ」
「そして第一層は、このダンジョンの中で一番安全な階層でもある」
群衆のざわめきが、少しだけ弱まった。
坂城は続ける。
「車内カメラは生きているはずだ」
「今の状況は、外にも配信されている」
「時間が経てば、外部から救援が来る可能性も高い」
その言葉に、あちこちで安堵の声が漏れた。
だが坂城は、すぐに続ける。
「ただし、油断はするな」
「第一層にもモンスターは出る」
「だが、探索者が何人かいれば対処できるレベルだ」
視線を群衆へ向ける。
「それより問題なのは」
「二層や三層に乗客が取り残されている可能性だ」
少しだけ間を置く。
「ここで動揺して混乱が広がれば、救援の妨げになる」
「だからまず落ち着いてくれ」
俺はその様子を見上げていた。
――俺が考えていたことを、全部言っている。
しかも。
俺よりずっと的確に。
そして、簡潔に。
群衆の空気が変わっていくのが分かった。
さっきまでの混乱が嘘みたいに、坂城を中心に落ち着き始めている。
やっぱりすごいな、お前。
昨日、言われた言葉を思い出す。
「こっちのセリフだ」
小さく呟いた。
なぜか、少しだけ誇らしい気持ちになった。
坂城が再び口を開く。
「まずは」
群衆を見渡す。
「有志で探索者を募りたい」
「ダンジョンに潜った経験のある人は、手を挙げてくれ」
反対する声は出なかった。
むしろ、それが一番生き残る確率が高い。
そう思わせるだけの説得力が、坂城の言葉にはあった。
しばらくして。
群衆の中から、ぽつり、ぽつりと手が挙がる。
俺と坂城を含めて、五、六人ほどだろうか。
実際にはもう少しいるのかもしれない。
だが、この状況でそれを責める気にはなれなかった。
俺も、ゆっくり手を挙げた。
坂城は一人一人を確認するように頷いていく。
だが、その視線が俺のところで止まった。
ぴたり、と。
坂城の目が、わずかに見開かれる。
「神谷」
そう、呟いた気がした。
――――――――――
その後、早速有志の探索者が集められ、簡単な作戦会議に移った。
まずは状況確認も兼ねて、それぞれ簡単に自己紹介をすることになった。
最初に口を開いたのは坂城だった。
一瞬だけ迷ったような顔を見せたが、すぐに覚悟を決めたように言った。
「坂城だ。大学の探索パーティ、シーカーズのリーダーをやっている」
その言葉に、小さなどよめきが起きた。
群衆の中から「おぉ」と声が漏れる。
大学ではそれなりに知られた存在だ。無理もない。
続いて手を挙げたのは、ギルド登録をしている探索者の男性だった。
三十歳くらいだろうか。落ち着いた雰囲気の男だ。
「俺はギルド登録の探索者だ。会社員と兼業でやってる」
サラリーマンらしい。
「主に低層で簡単な討伐や採取をしてる。まあ、趣味みたいなもんだ」
肩の力の抜けた口調だった。
次は、同じ大学の探索学部に所属する一年生の女の子だった。
俺も坂城も面識はなかったが、その子は俺たちのことを知っているらしい。
「探索学部一年の……です」
少し緊張した様子で名乗る。
「簡単な治癒と、索敵ができます」
それはありがたい。
回復役がいるかどうかで、生存率は大きく変わる。
残りの二人は高校生の男子だった。
探索者と呼ぶには、まだ少し早い。
二人組で、どこか落ち着きがない。
「俺たち、配信に興味があって」
「ついこの前、初めてダンジョンに入ったばっかなんです」
聞けば、低層の浅い場所でスライムを一度狩った程度らしい。
それでも、この状況で手を挙げた勇気は大したものだ。
そして最後が俺だった。
「神谷」
短く名乗る。
元シーカーズだということは言わなかった。
「坂城と組んでいたことがある」
そうだけ伝える。
「頼りになる奴だ。安心して任せてくれ」
坂城がそう付け加えた。
俺はちらりと坂城を見る。
坂城は一瞬だけ目を落としたが、何も言わなかった。
正直に言えば、あまり戦力は芳しくない。
だが、この状況で贅沢を言っていられるわけもない。
こうしている間にも、取り残された人に危険が迫っている可能性がある。
時間は残されていなかった。
最早、一刻の猶予もなかった。




