重さ
――お前は責任感が強すぎるんだよ。
――自分一人で抱え込むな。
頭の中では、いくらでも言葉が浮かんでくる。だが、それを口に出すことが出来なかった。
坂城が自分で決めたことだ。パーティを抜けた俺が、今さら何か言う資格があるのか。そう考えると、言葉が喉で止まる。
それでも。
「待てよ」
気付いたら、声が出ていた。
坂城がこちらを見る。
「なんでそうなる」
俺が言うと、坂城は少しだけ目を伏せた。そして静かに答える。
「……俺が探索者を辞めれば」
ゆっくりと顔を上げる。その目には迷いがなかった。
「俺一人がバカだったってだけで済む。関係ない他のメンバーに、これ以上迷惑はかけられない」
だから。
坂城は続けた。
「それで終わりだ」
「だから、そう言う話じゃないだろ!」
自分でも驚くくらい大きな声が出た。坂城が目を見開く。
俺は構わず続けた。
「シーカーズだぞ」
大学のトップ探索者パーティ。装備も資金も大学から支援されている、いわば大学の看板チームだ。
学部の中でも各分野の優秀な成績者だけが集められ、学生の憧れであり、大学の宣伝にも使われている。
俺はレアスキルの鑑定持ち。ひなのは魔素量と魔法攻撃力。坂城は物理攻撃や各種耐性の高さ。
他のメンバーも含めて、数百人の学部生からほんの一握りが抜擢される。そのリーダーが坂城だった。
その重圧は、きっと俺が思っているよりずっと重かったはずだ。
だが。
それでも。
胸の奥に、どうしようもない怒りが湧いてくる。
坂城が何をした?
今まで散々持ち上げておいて、一度信頼が落ちたら誰も助けない。助けようともしない。
そして。
結果的に、俺も戻らなかった。
坂城を一人にしたのは、大学でもシーカーズでもない。俺だ。
その事実が、余計に腹立たしかった。
部室に沈黙が落ちる。
しばらくどちらも口を開かなかった。外から学生の笑い声が聞こえる。まるで別の世界みたいだった。
やがて、坂城が口を開いた。
「すまんな」
短く、それだけ言う。
俺は顔を上げた。
坂城は少しだけ笑っていた。
「もう決めたことだ」
その言葉に、迷いはなかった。
俺は何か言おうとした。だが、結局何も言えなかった。
このままだと、そう遠くないうちに坂城はシーカーズを、いや探索者そのものを辞めてしまうだろう。
いっそ、凛を説得して誘ってみるか。
頭の中にそんな考えが浮かぶ。だがすぐに打ち消した。
そんなことをしても、何の解決にもならない。そもそも坂城が首を縦に振るとは思えなかった。
俺は小さく息を吐く。
「また明日来る」
それだけ言って、部室を出た。
わだかまりを抱えたまま廊下を歩く。ドアを閉め、何となく振り返ったその時だった。
階段の影に、人の気配を感じた。
俺は反射的に鑑定を発動する。視界に情報が浮かぶ。
……ひなの。
「おい」
呼ぶと、影が少し動いた。
「なによ」
渋々といった様子で、ひなのが姿を見せる。腕を組み、明らかに不機嫌そうな顔をしていた。だが、その目は赤い。
俺は短く言う。
「坂城、辞めるつもりだ」
ひなのは何も答えない。おそらく、さっきの話を聞いていたのだろう。
俺は続ける。
「何か言ったらどうだ」
言いながら、自分でも分かっていた。これは八つ当たりだ。苛立ちをひなのにぶつけているだけだ。
そんな自分が、余計に腹立たしい。
ひなのが顔を上げた。
「なによ」
低い声だった。
そして、吐き出すように言う。
「あんたも。坂城も。私のせいだって言えばいいじゃない!」
思わず目を見開く。
ひなのは構わず続けた。
「いっつもそう。自分が悪い、自分のせいだって。文句があるなら最初から言えばいいじゃない」
声が震えている。
「いつも大人ぶりやがって。そういうところがムカつくんだよ!」
叫ぶように言うと、ひなのはそのまま走り出した。
廊下を駆け抜け、あっという間に姿が遠ざかる。
俺は追わなかった。ただ、その背中を見ていた。
振り返った一瞬。ひなのの目に、涙が浮かんでいるのが見えた。
もっと早く。
お互いに本音をぶつけていれば。
そう思うには、もう遅すぎた。




