噂
目が覚めた時、時計は十時を回っていた。
「……やば」
思わず声が出る。
大学は九時からだ。完全に寝坊だった。
ベッドの上でしばらく天井を見つめる。
体が重い。
昨日の疲れが、まだ抜けていなかった。
ダンジョン。
スチールゴーレム。
骨折。
そして……凛。
「……そりゃ寝るか」
俺は小さく呟いた。
とりあえず起き上がろうとすると、腕のギプスに気がついた。
ズキ、と鈍い痛みが走り、昨日の事を思い出させる。
「うん」
「ちゃんと現実だな」
顔を洗い、適当に身支度を整えると、家を出た頃にはもう昼が近かった。
⸻
大学に着いたのは、十二時半だった。
講義はほぼ終わりかけの時間だ。
まあ、仕方ない。
そう思いながら校内を歩く。
その時だった。
妙な視線を感じた。
すれ違う学生が、ちらちらとこちらを見る。
小声の会話。
ひそひそ話。
「……?」
なんだこれ。
俺は少し歩く速度を落とす。
すると、前を歩く二人の会話が聞こえてきた。
「やっぱ本当らしいよ」
「マジで?」
「昨日ダンジョンで」
「シーカーズ助けたって」
……ん?
俺は足を止めた。
「追放されたのに戻ってきて」
「助けたんだろ?」
「やばくない?」
そこで二人が振り向いた。
目が合う。
「あ、えっと……」
気まずそうに視線を逸らす。
俺は頭をかいた。
「……いや」
思わず声をかける。
「それ、その配信の話。たぶん違うぞ」
二人がきょとんとする。
「結果的にそう見えるだけで、真実は違う」
俺が言うと、二人は顔を見合わせた。
そして。
「いやいや」
「謙遜でしょ」
「そういうとこだよな」
……。
「違うって」
俺が言うが、二人はもう聞いていない。
「やっぱすげーな」
「英雄じゃん」
「いや英雄じゃない」
否定したが、完全にスルーされた。
二人はそのまま盛り上がりながら去っていく。
俺はその背中を見送った。
……なんだこれ。
噂って怖いな。
事実が、ずいぶんと都合よく改造されている。
とりあえず、坂城に会おう。
あいつなら状況を知っているかもしれない。
⸻
シーカーズの拠点は大学の部室棟だ。
そこへ向かって歩く。
途中、廊下を曲がったところで足を止めた。
前から歩いてくる人影は見覚えのある顔だった。
「……神谷」
ひなのだった。
目が少し赤い。
泣いた後みたいだ。
俺を見るなり、顔を歪める。
「……なによ」
吐き捨てるように言う。
「いい気味でしょ」
いきなり当たり散らされた。
「……え?」
「満足?」
ひなのは続ける。
「追い出されたサークルがボロボロになって、戻ってきて助けた英雄様」
皮肉だった。
「いや」
俺は首を振る。
「それ違う」
「違わない!」
ひなのが声を荒げる。
周囲の学生がちらっとこちらを見る。
「全部あんたのせいでしょ!」
「……いや」
さすがにそれは違う。
「結果的にそうなっただけで」
「俺は別に」
そこまで言ったところで、ひなのが笑った。
乾いた笑いだった。
「……ほんっと、そういうとこよね」
涙が滲んでいる。
「ムカつく」
そう言って、ひなのは俺を睨んだ。
そして。
「坂城なら部室にいるわよ」
それだけ言って、俺の横を通り過ぎていった。
すれ違いざま、小さく聞こえた。
「……バカ」
俺は振り向かなかった。
ただ、少しだけ息を吐く。
「……やっぱり」
面倒なことになってるな。
俺は部室棟へ向かって歩き出した。




