帰路
凛がポケットから転移石を取り出した。
「一つずつ使いましょう」
そう言って、俺を見る。
「神谷さん、怪我してますし」
「先に使ってください」
「いいのか?」
「はい」
凛は頷いた。
「この辺りはしばらく安全です」
「……じゃあ」
俺は転移石を握る。
「また後で」
「はい」
石を砕く。
足元に魔法陣が広がり、光が体を包んだ。
視界が一瞬白く染まって――
次の瞬間、俺はダンジョン入口の広場に立っていた。
外の空気。
日差し。
さっきまでの坑道が嘘みたいだった。
「……帰ってきたか」
思わず呟く。
右腕がズキリと痛む。
やっぱり折れてるな。
近くのベンチに腰を下ろす。
少し待つと、光の粒が集まって、そこに凛の姿が現れた。
「お待たせしました」
「いや」
俺は軽く手を振る。
「俺も今来たところだ」
凛が時計を見る。
「……三時ですね」
「丸一日探索してた気分だった」
「同感です」
凛も小さく笑った。
「これからどうします?」
俺は右腕を見る。
「……とりあえず」
「病院かな」
凛が頷く。
「近くにギルドの診療所があります」
「寄っていきましょう」
⸻
診療所はダンジョン入口のすぐ近くにあった。
探索者用の医療施設らしい。
事情を話すと、すぐに診察室へ通された。
医者は俺の腕を見て、レントゲンを確認し、簡単に言った。
「骨折ですね」
やっぱりな、と思う。
「ただ、この折れ方なら問題ありません」
医者は棚からハイポーションを取り出した。
「ダンジョン素材の薬は優秀ですから」
「昔なら手術でしたが、今はこれで済みます」
そう言って処置が始まる。
薬が腕の中に染み込むような、不思議な感覚が走った。
痛みは少しずつ引いていく。
「完全に戻るまでは数日かかります」
医者が言う。
「一週間は安静ですね」
腕にギプスが巻かれる。
探索はしばらく無理そうだ。
一方、凛は頭部の検査だけだった。
結果は異常なし。
その言葉を聞いた瞬間、俺はようやく息を吐いた。
「よかった」
凛が少し苦笑する。
「心配しすぎです」
「当たり前だろ」
俺は言う。
「死にかけたんだから」
凛は少しだけ視線を逸らした。
全部終わる頃には、時計の針は十九時を回っていた。
⸻
診療所を出る。
空は夕方の色に染まっていた。
凛が言う。
「今日は解散ですね」
「そうだな」
「報告書は私が作っておきます」
「納品は来週にしましょう」
「助かる」
今の腕でギルドに行っても、たぶんまともに動けない。
その申し出はありがたかった。
⸻
帰りの電車は、思ったより空いていた。
座席に並んで座る。
窓の外には、夕暮れの田んぼが流れていく。
しばらく沈黙が続いたが、その静けさは嫌いじゃない。
隣で、凛が小さく息を吐く。
そして。
そのまま、ゆっくり俺の肩に寄りかかってきた。
「……」
寝ている。
完全に熟睡だ。
よほど疲れていたんだろう。
俺は少しだけ動こうとして、やめた。
そのまま肩を貸す。
窓の外を見る。
今日のことを思い出す。
ダンジョン。
初討伐。
鉄骨。
スチールゴーレム。
死にかけた。
俺はちらりと右腕を見る。
ギプスに固定された腕。
……。
骨が折れた。
苦笑する。
そして小さく息を吐いた。
思った以上に。
楽しい遠足だった。




